東京の中野駅からほど近い雑居ビルの二階、薄暗い階段を上がった先に久我探偵事務所はあった。白地に青文字で書かれたシンプルな看板が目印だ。「実家の父のことなんです」 冷房の風がひかえめにあたる応接スペースで、依頼人の宮崎春香は訴える。「去年母を亡くして、今は一人で住んでいるんですが、今年に入ってから様子がおかしいんです。若い女性に何度もお金を渡しているみたいで、詐欺ではないかと心配で」 所長の久我健人は真剣なまなざしで聞き返す。「詐欺といいますと?」「妙なものを買わされてるんです。幸福になれる線香とか、気持ちを穏やかにさせる石とか」「典型的な悪質商法ですね」「そうですよね。父が言うには、そのボランティアの女性、中山さんはホープ・リレーションズっていう団体に所属しているらしいんです。 最初は話を聞いてくれるだけだったみたいなんですが、いつからかお金を渡すようになったようで、預金額がどんどん減ってるんです」 不安そうに宮崎春香は伏し目がちになり、膝の上に置いた手をぎゅっと握った。 久我はできるだけ穏やかな口調で確認する。「お金が減っているのは、その中山さんのせいだとお考えなのですね」「ええ、そうです。父はお金のかかるような趣味は持っていませんし、他に考えられません」「お父様は何とおっしゃっているのですか?」 宮崎春香は再びため息をついた。「それが、まったく疑ってないんです。中山さんの言う通りにすればいいと思いこんでいて……だから、父に考え直してもらえるよう、調査を依頼したいんです」 久我は事情を把握し、うなずいた。「分かりました。ぜひ調査しましょう」「ありがとうございます」 宮崎春香はほっとした顔をし、久我はさっそく依頼料について説明を始めた。 話が済み、依頼人が帰っていったところで久我は言った。「間遠、向かってくれるか?」 デスクで退屈していた間遠桜が立ち上がる。派手な金髪に、どこか挑戦的なやんちゃな顔つき。久我探偵事務所を代表するベテラン調査員だ。「どこですか?」「依頼人の父親の調査だ。場所は練馬区大泉学園町。現地で聞き込みを行い、可能な限り、生活状況を把握すること」「分かりました」「詳細な情報と必要な資料は、あとで君のスマホへ送信する」 久我の言葉に間遠はうなずき、壁にかけて
Last Updated : 2025-12-04 Read more