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chapter3:知り合い以上友達未満Ⅰ

last update publish date: 2026-10-26 20:35:45

教室の出入口の扉が全開により、隣のクラスからの騒がしい声が廊下を通じて響き渡る昼休み。

「よっしー。さっきから廊下気にしているけど、何かあんの?」

廊下側の二列目の最前席。クラスメイトの座席を借りて座っている千晃の真横、廊下側の座席から間延びした声に問い掛けられた。

「まあ……待ち人?」

問い掛けてきた天然パーマの男、辻本英治つじもとひではるの目線は手元のタブレットに夢中で、その内容が女性アイドルの動画であることは把握済み。辻本は千晃の唯一の趣味であるアイドルの追っかけのヲタク友達だ。

「それ、桜田のことだろ?」

そしてもう一人、辻本の真後ろの座席で動画を横目にお弁当を食しながら、二人の会話を聞いていた、飯田元樹いいだもときが当然のように口を挟んでくる。黒髪短髪で真ん中分けの眼鏡、こいつも同じアイドルのグループが好きな仲間。

「もちろん」

千晃は当然だと言うように胸を張ってそう返す。

「今日は桜田来るのか?」

そんな自信は飯田の問いかけによって直ぐに消失された。

「……分からない」

いつ来るかも、果たして今日は学校に来るのかも分からないのが優作だ。

「というか、来るかも分からないのに毎日この時間になると気にしてるけど、桜田の連絡先は分からないの?」

お弁当をつついていた飯田が、おかずの肉団子を口に頬張りながら問う。

「うん」

「まじで?よっしーと桜田君って友達なんじゃないの?」

目玉が飛び出るんじゃないかってくらい驚いた表情を見せた辻本は、声も大きく、一瞬にしてクラス中の注目を集めては、次の瞬間、そんな周りの視線を気にした飯田に後頭部を思い切り叩かれる。

「辻本、うるさい」

辻本は叩かれた反動で上半身を前のめりにさせ、後頭部を摩っていた。

「優は詮索されるのを嫌がるから俺は執拗に聞くことはしないの」

彼が朝から来ないのは唯の寝坊なのか、それとも別の理由があるのかは、ここ二年ほどの付き合いである千晃も知らない。唯一知っている彼の情報は、椿が嫌いで同性が恋愛対象で、カツカレーが好きなことぐらい。

学校以外での彼のことが気になりはするけど、千晃が私情に踏み込もうとすると、冷たくあしらわれるのがオチだった。本音は連絡先だけでも知りたいと思うが、半分は自分の興味本位で優作に近づいているだけに、芸能人のパパラッチのように彼の私情に執着するのも違う気がした。

「ほんと、よっしーと桜田君って不思議だよなー……。あ、ほらほら。飯田っち見てよ、モモたんのソロのターンだぞ」

普段の会話もしながら、ちゃんと推しの動画に集中している辻本は器用なのか、それとも俺の話を聞き流しているだけなのか……。

「分かったから」と半ば鬱陶しそうな表情の飯田の肩を叩いて興奮した様子をみせると、辻本の意識は完全に動画の方へと向いてしまった。

そんな二人を眺め、千晃は教室の出入口を気にしていると、教室の後方から肩まである髪の毛をハーフアップにした噂の男が入ってきた。  

男は教室に入るなり、真っ先に廊下側から三つ目の最後尾の座席に座る。朝から人のいなかった千晃の左隣が漸く埋められた。

千晃は飯田の「噂をしたら桜田じゃん」の呟きに生返事をすると、自然と優作の座席の方へと足が向かっていた。別に飯田と辻本といい加減に付き合っているわけではないが、優作を見る事が出来た日は、道端でタヌキと遭遇できた時のような特別な気分になる。

「優、おはよ」

「ん……」

優作の右隣の自席に着いては、スマホを弄っている彼に話し掛ける。千晃が声を掛けたにも拘らず、一切こちらに目線を向けることなく、頷くだけ。挨拶したのに返してこないなんて、不愛想もいいところだが、最初こそはその優作の塩対応にしつこく突っかかっていたものの、何回か彼の相手をしているうちに諦めがついて気にすることはなくなった。 

これが彼の通常運転だ。

千晃は背もたれを脇に抱えて、そんな彼の横顔を眺めていた。顎のラインがくっきりとした端正な顔立ちに、男前というよりは中性的に近い。

正統派な漢(おとこ)というような男子より、綺麗目系の顔立ちが異性の目を惹くこのご時世で椿が落ちるのも納得する見た目に、千晃ですら見惚れてしまうほどだった。

そんな優作が、一週間ほど前に下級生に恋をした。それ以来、彼の動向を気にしてはいたが、千晃の思い違いだったのかと錯覚するほど、今のところ浮ついた様子はなかった。

「優、昼は?」

「まだ。よしおかあー。食堂行きたい」

優作は、千晃が何気なく問いかけたことに対して、ニッと口角をあげると、甘えた声でそう提案してきた。誰かに甘えることに慣れているのだろうか。

この優作の表情と声音には毎回、胸がキュッとさせられる。特に断る理由もなく返事をすると、優作は即座に座席から立ち上がっては教室を出て行ってしまった。

千晃も慌てて鞄から財布を取り出すと彼の後を追う。昼食は持参してきたお弁当で飯田と辻本と共に既に済ませていたものの、優作に誘われたらとりあえず着いていく。

食堂に着いて食券機の前に並ぶなり、優作は「いつものよろしく」とだけ千晃に告げてくると、飲食スペースのテーブル椅子にそそくさと座ってしまった。完全にパシリ感が否めないが、これもいつもの事なので、溜息は吐きたくなるものの気にするだけ無駄だ。それに、日頃塩対応の彼に、笑顔でお願いされると強くは断れない。 

凡人の自分と違い、見た目も性格も文句なしの王様気質に頭を抱えたくなるが、嫌々付き合っているわけではないし、仕方がないかと受け流せる程度のことだった。

千晃は券売機でカツカレーの食券を購入すると配膳の列に並び、毎回優作の為に通っていたら仲良くなった食堂のおばちゃんと世間話をしてカレーが運ばれてくるまでの時間を潰していた。話の区切りがついたところで、漸く、お目当てのものがトレイの上に置かれ、そのまま慎重な足取りで優作の元まで届ける。

平々凡々でも年齢問わず誰とでも仲良くできる千晃に対して、辻本が不思議がっていたように優作は誰にも寄り付かない一匹狼タイプだ。校内では優作と一番近しい存在で居られていることに少しだけ、優越感みたいなものはあった。

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