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chapter3:知り合い以上友達未満Ⅱ

last update publish date: 2026-10-27 17:00:15

正直なところ、優作が千晃のことを友達と思っているかは、本人しか知らないところだし、しつこく纏わりついてくるハエのような、金魚の糞のような存在にしか思っていないのかもしれないけど……。

「優、お待たせ」

優作のいる席までカレーを運び、テーブルに置く。声を掛けたが、彼は左に顔を背けたまま動かなかった。 

一点だけを見て、彼の瞳は何かを捉えている。千晃は彼の視線の先を追うように同じ方向を見遣ると、ひとつ隣のテーブル席に、例の一目惚れした青年が、一人で学食を食べていた。奇遇にも優作と同じメニュー。

何故だか凄く、胸がモヤモヤする。

「優」

もう一度、優作に呼びかけても返事がない。青年を映して離れない瞳に千晃の中で漠然とした不安が過る。今日までそんな素振りを見せていなかったし、むしろ忘れかけていたくらいだ。

彼の姿を目に留めた突端、周りが目に入らなくなるほど、優作が青年に惚れていたなんて思いもしなかった。優作が恋をしている姿なんて滅多にお目にかかれないから、微笑ましく見守りたいところではあるが、素直に喜べない自分もいた。むしろ、こんな姿を見ているのが嫌で、意地でもその視線を此方へと向かせたくなる衝動に駆られる。

「おい、優」

千晃は眉間に皺を寄せながら、彼の額を目がけて人差し指と親指で弾く。

「いたっ」

見事的中した指は、優作の額にあたり、痛みが生じたことで、漸く存在に気づいてもらえた。その直後に、「よくも邪魔をしてくれたな」と訴えるような鋭い眼差しを向けられる。千晃は優作の攻撃的な視線に気づかないフリをして、黙って彼の向かいの椅子に腰を下ろした。

「御礼くらい言えよな」

何故、自分がこんなにもムキになっているのかは分からないけど、虫の居所が悪い。

「吉岡、ありがとう」

そんな千晃の感情を知ってか知らずしてか、優作が珍しく素直に御礼を言ってきたことにより、沸々としていた苛立ちのようなものが一瞬で収まっていった。

カレーを乗せた匙をとって自らの口元へと運ぶ優作を眺めながら、先ほどの自分の醜さに反省をする。普段であれば、千晃が彼の食事を持ってくるのが当たり前かのように、優作から御礼の言葉など返ってくることはほとんどない。千晃にとってもそれが当たり前だし、そのことに関して咎めることなどしなかった。だけど今日は、青年の姿に釘づけの優作を見て、我慢ならなかっただけの話。

俺ってこんなに浅ましい奴だったっけ……。

「飯代、いくらだっけ?」

自分の抱いてしまった感情に自己嫌悪に陥っていると向かいの優作が問うてくる。彼にしては、これまた珍しい発言に、千晃は思わず「えっ…」と声を出して顔を上げた。

優作は少しだけ腰を浮かせて、ズボンの尻ポケットから黒革の長財布を取り出すと、右手首を掴んできたかと思えば小銭を握らされた。手のひらを徐に開いて、中身を確認すると五百円玉硬貨が乗せられている。

御礼と同時に、今の今まで御飯代を律儀に渡してくることはなかったのにと疑心暗鬼になった。

一体どういう風の吹き回しなのだろう。

「これくらいで足りる?」

驚きで言葉を失っていると、優作は小首を傾げて問てくる。

「足りるも何も多いくらいだけど……」

「あーそう。なら、いいよ。まんまやるよ。いつも奢って貰ってるし」

単なる優作の気まぐれか、それとも本当にお詫びのつもりで渡してきているのか。今までの彼の行動からでは後者の考えは確率的に低い。であれば、前者の気まぐれの線しかないが、優作のことであるから何か裏があるのではないかと勘繰ってしまう。

「優。もしかして、カレーになんか変なものでも入ってた?」

「はぁ⁉っんなわけあるかよ。そんなこと言ったらお前の恋人の学食のおばさんに失礼だろ」

「確かにそうだけど……っておばさんは恋人でもなんでもないから」

気さくで優しい学食のおばさんに限って、そんなことはあり得ないし、あったとしたら大問題だ。軽い冗談のつもりで言ってみただけなのに、思わぬ変化球を食らった。

「いつも楽しそうに話してんじゃん?」

「世間話だよ。なんでそうなるかな。というか、そうやって揶揄っている優こそ。どっちが失礼って話だよ」

必死におばさんとの関係を否定し、ムキになった千晃が面白かったのか、優作は口元を左手で抑えると控えめに声を出して笑っていた。

彼の笑いの壺になっていることに不貞腐れながらも、優作からもらった五百円玉がどこか特別な感じがして、胸元の生徒手帳に忍ばせる。皮肉り合っていても優作が自分の前で笑ってくれているのは心地いい。

特に深い意味はないのに、こんなに喜々としてしまうのは何故だろう……。

優作の笑いがひと段落して、彼が再び食事に集中し始めると、千晃は時折彼に視線を向けながら、スマホのゲームをして時間を潰していた。

「あの子いるね」

話題に振るつもりなんてなかったが、顔を正面に向けて視線を送ることを拒んでいても、彼の双眸の動きが青年を映したいと訴えている。このまま気づかないフリをしてやり過ごそうと思っても、優作の細かな仕草が気になって千晃は放っておくことはできなかった。

「あの子って……?」

青年のことを話題にあげると分かりやすく眉がピクリと上がり、反応を示している割には、白を切る姿がいじらしい。

「優の一目惚れした子」

「っ……⁉ げほっ……げほっげほっ……はあ⁉」

何事にも関心が薄くて、何処か冷めているような優作が手に取って分かるように動揺している。

噎せ返った優作は、即座に手元にあったお冷を飲むと深く息を吐いた。先ほど揶揄われたお返しと思って触れた話題がまさか効果抜群だったとは思わず、わかり易い反応を見せてくれる彼が面白い。

「別に好きというか……。ちょっとタイプで気になるだけだし……」

正直に話すのが恥ずかしいのか、目を伏せながらもカレーを口に運ぶペースが速くなり、ハムスターのように頬袋に口に含んだカレーが溜まっていく。

「それを好きって言うんだよ。気になってるなら話し掛けてみたら?案外、直ぐに仲良くできそうじゃない?」

「お前じゃないんだし、そんなホイホイ話し掛けられるかよ」

本当は話し掛けたい癖に、恋愛に関しては奥手なのか、なかなか行動に移さない彼が焦れったい。いつものお人好しで自分が今から青年の所に話し掛けに行って仲介してあげようか。なんて考えてみたものの、そんなことを口走って、鬱陶しがられるのは目に見えていたし、そもそも千晃自身が乗り気じゃなかった。

「それは残念……。あの感じなら、優でも話しやすそうと思ったんだけどなー…」

優作の恋が成就するかなんて神のみぞ知る話ではあるが、青年の雰囲気からして話し掛ければ答えてくれそうではある。残念だなんて言いながらも積極的ではない優作に安堵している気持ちに、自己嫌悪に陥ったところで、向かい側から大きな溜息が聞こえてきた。

もしかして、今の気持ちを優作に悟られてしまっただろうか……。

表情に出さないように意識はしていたものの、優作の憂鬱そうな溜息が自分に向けられたものではないかとドキリとする。しかし、そんな千晃の不安はすぐに杞憂に終わった。どうやら溜息の原因は千晃にあるのではなく、彼の背後から迫りくる人物によるものだと察した。

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