結城麗華も後ろを振り返り、彼女たちとは反対方向に進んでいく内海唯花を見た。「あの子が私たちに微笑んでた?知らない子よ」「じゃあ、私の勘違いね。てっきり彼女が私たちに笑いかけてるものだと思ったのよ」結城麗華の友人も多くは考えなかった。彼女はまた後ろを向いてちらちら見た。内海唯花がすでに遠くに行ってしまったのを見ると笑って言った。「私ったら、本当に勘違いしたのね。あのお嬢さんとっても綺麗な子だったわ。気品もあるし、ちょっと見ただけでも、どこかの家のご令嬢かと思うくらいよ。あなたのお知り合いだと思ったわ」友人は結城麗華をからかって言った。「私たち星城の名家の娘だったら、あなたを見かけたらすぐに微笑みかけるでしょ」結城麗華には三人の息子がいる。一番有名なのはもちろん長男だ。その長男は結城グループの当主であり、結城家の地位で言えば結城おばあさんを除いて一番重要な位置にいる人間だ。結城家の男たちはまだ若者の二人を除いて、みんな才能のずば抜けた人達だ。一人はまだ高校生で、もう一人は成人したばかりだから結婚は早い。この二人以外の結城家の七人の坊ちゃんは結婚適齢期になっている。結城家なのだ。星城のトップクラスの富豪で、正真正銘の名家だ。だから、この結城家にお嫁に来て「若奥様」という身分を手に入れたい女性がどれほどいるだろうか?それで結城麗華と彼女の二人の相嫁は社交界で最も注目される貴婦人なのだった。結婚適齢期の娘がいる家は必死に結城麗華とその相嫁たち三人とコネを作りご機嫌取りをしていた。彼女たち結城家の親戚になろうと夢を見ているのだ。結城麗華は淡々と笑って言った。「私に笑いかけたって無駄よ。我が結城家は古臭い考え方なんて持っていないもの。子供たちの結婚に関しては私たち年長者はアドバイスはするけど、子供に代わって結婚相手を決めたりなんかしないわ。息子たちが好きになった女性が、品行方正であれば同意するつもりよ」彼女は長男の嫁である内海唯花をあまり気に入っていなかった。しかし、唯花の人柄は良いことを知っていた。長男が内海唯花を妻として迎え入れると決めたからには、母親として唯花のことが嫌いでも息子の前で文句を言ったりはしなかった。さらにこの結婚を強制的に決めた義母である結城おばあさんに対しても不満は持たなかった。彼女は内海唯花の悪口も言わなかっ
義母から知り合いではないふりをされても、内海唯花はそれが理解できた。それにあまり気にしなかった。歩いて車を止めているところまで戻り、鍵を開けて助手席に結城理仁に買った服を置くと、彼女は運転してそこを離れていった。少ししてトキワ・フラワーガーデンに帰ってきた。結城理仁はまだ帰ってきておらず、彼女はベランダに行き彼女の小さな花壇をきれいに整えた。バラがたくさん咲いていたので、彼女はハサミを持ってきて何本か切り取り、捨てるのはもったいないのでリビングに持って来ると必要ない枝を切り落とし花瓶に挿した。「プルプルプル……」内海唯花の携帯が鳴った。彼女がその電話に取ると、それは彼女の店のお隣さんからだった。彼女はさっき結城理仁に服を買いにショッピングに出かけ、ペットを連れていくのは不便だったので隣の店に世話をお願いしていたのだ。「高橋さん、私すっかり忘れていました。すみません、今すぐペットを迎えに行きます」内海唯花はもしこの電話がかかってこなかったら、完全にペットのことを忘れていただろう。悪いけど、彼女はかなり忙しかったのだ。それに今日ペットが来たばかりだったから、慣れておらず、犬と猫のことなどすっかり頭になかったのだ。「内海さん、ワンちゃんたちはマンションの入り口まで送って行くよ。下に降りてきてくれればいいから」高橋おじさんは電話で言った。「あなたが暫く経っても迎えに来ないもんだから、たぶん忘れちゃってるんだろうと思ってね。ちょうど私もやることがないし、ワンちゃんたち連れてきたよ」高橋おじさんとはあの占いの本を見て、自分でも運命占いができると思っているあのお隣さんのことだ。彼はいつも内海唯花には金持ちの相が見えていて、最初は苦労するが、後々成功して幸せになれると思い込んでいた。だから将来は彼らと彼女は全く違う世界の人間になると思っている。彼ら夫婦が星城高校の前に小さなお店を始めてから、彼は内海唯花たちと衝突したことは一度もなかった。牧野明凛のことも高橋おじさんの目には高い地位と財産を手に入れる運命の女性に映っていた。もちろん、牧野家という家柄があるのだから、牧野明凛はすでにそうではあるのだが。「高橋さん、すぐに出ますね」内海唯花は高橋おじさんに感謝しながらも、申し訳なく思った。急いでそう言うと、すぐに電話を切
高橋おじさんもこう言っているので、内海唯花も「おじさん、お気をつけて」と言うしかなかった。おじさんは三輪のバイクに乗って来ていた。おじさんは笑って内海唯花に手を振り、三輪バイクに跨って去って行った。彼が帰った後、内海唯花は結城理仁に電話をかけた。「どうしたの?」結城理仁の低く落ちついた声が聞こえてきた。「結城さん、もうすぐ仕事終わる?」結城理仁は少し沈黙し、ドキドキしていた。彼女は恋しくなったのか?しかしすぐに結城理仁はそれを否定した。内海唯花が彼を恋しいと思うわけがない。彼は最近、多くのことを考え過ぎだ。「何か用かな?」結城理仁は彼女に直接答えなかった。彼女が彼にいつ仕事が終わるのか聞いてきたその理由を聞いてから答えを出そうと思ったのだ。「その、私急いで外に出ちゃったものだから、鍵を持って出るのを忘れたのよ。玄関のドアはもう閉めちゃって、うちってオートロックにしてるでしょ、だから今家に入れないの。もし残業があるなら、今からタクシーであなたの会社に鍵を取りに行くわ。もうすぐ仕事が終わるなら私玄関の前で待ってる」結城理仁は少し考えてから言った。「今から帰るよ。タクシーで来なくていいから」「わかったわ。家の前で待ってるね」結城理仁は一言うんと返事し、電話を切った。九条悟は結城理仁の話を聞いた後、自分がまた上司の代わりに引き続き顧客とビジネスの提携について話さなければならないとわかった。彼は結城理仁が口を開く前に、物分かり良く言った。「急いで行きな。ここは俺が対処するから」結城理仁は親友の肩をポンポンと叩くと、トイレに行っている顧客が戻って来てから、申し訳なさそうに急用ができたので先に失礼すると顧客に言い、理解をもらってからボディーガードを引き連れてスカイロイヤルホテルを後にした。九条悟は思った。家族から今後結婚の催促をされ、お見合いの場を設けられたら、絶対に行ってみよう。そうすればもしかしたらお見合い相手を気に入り、上司のようにスピード結婚できるかもしれないから。妻ができたら、彼は上司と同じように妻から電話が来るとすぐに仕事を全て放り投げて家に帰り奥さんと一緒にいられるのだ。この世で一番大事なのは妻なのだ!内海唯花はあまり待たずに結城理仁が帰ってきた。「ペットを連れて散歩に行って
「あなたへのサプライズよ」結城理仁はその袋を受け取って見た後「また服か?」と言った。彼は服を取り出して見た。今回彼女はとても気前が良く、彼にブランドの服を買ったのだった。「私男の人に何かプレゼントしたことないから、すごく喜ばせることできなくて、こういうささやかなものだけどね。この間あなたにあげた服は高いものじゃないの。ひとセットで二万円ちょっとくらい。今回のはブランドのものを買ったから、ひとセットで二十万以上するものよ。つまりたくさんのお金を身にまとっているようなものよ。これでもサプライズにならない?私、この年になってもこんな高い服はお金がもったいなくて着られないよ」結城理仁は笑った。「君の性格とお財布事情からみれば、こんな高い服を俺に買ってくれるのは、確かにサプライズだな」以前彼にプレゼントした服と比べれば、何倍も良いものだ。うん、確かにサプライズだ。「お姉ちゃんのために佐々木俊介の不倫の証拠を集めてくれてありがとう」「大したことじゃないよ。君のお姉さんは俺のお姉さんと同義だ。自分の姉の手伝いをするんだから、それは当然のことだろう。それなのにわざわざ俺に服を買ってお礼をするなんて水臭いよ」突然彼に服を買ってきたと思ったら、なるほど彼が手伝ってくれたことに対する感謝だったわけだ。彼女は彼にとても気を使っていて、家族として見ていないのだ。彼が彼女を助けたら、彼女はいつもこのような方法でお返しをし、彼に貸しを作ろうとしなかった。そう気づいて、結城理仁は自分が悲しめばいいのか、喜べばいいのかよくわからなかった。結婚したばかりの頃、彼女がこのようにしてきたら、彼は彼女が常識を持っている人だと感じていたことだろう。今は、彼は彼女がかなり他人行儀だと感じてしまう。彼女の世界には彼がいないかのように。でもそれは彼女を責められることではない。一体どこのどいつが彼女に契約させたのだ?「お姉ちゃんがいっつも私にあなたには良くしなさいって言うの。あなたに新しい服を買ったこと、もしお姉ちゃんが次こんなこと言ってきたら、あなたから教えてあげてよね」結城理仁は失笑して言った。「わかったよ。今後君のお姉さんに会ったら、俺から彼女に伝えるよ。俺が着ている服はみんな君が俺にプレゼントしてくれたものだってね。もし君が俺に下着も買っ
母と息子が電話を終えると、結城理仁は眉間にしわを寄せて少し考えた後、ベランダのハンモックチェアに腰掛けて子猫を抱いているあの人に尋ねた。「君はもしかして俺が知らないところで母さんに会ったりした?」内海唯花は驚いた。彼女は義母と出会った件を彼には何も話していないのに、どうして知っているのだろう?結城理仁はベランダに出てくると、彼女の目の前に立った。彼の黒光りした瞳が彼女の美しい顔を見つめた。そして「今日もしかして母さんに会ったんじゃないか?」ともう一度真剣に尋ねた。内海唯花は彼が携帯を持っていたので、義母が彼に電話をしてきたのだと思い、彼に白状するかのように急いで説明した。「あなたに服を買いに行った時に偶然あなたのお母様を見かけたの。挨拶しようと思ったんだけど、お母様は私だと気づかなかったみたいで、ご友人の方と笑いながらおしゃべりして行ってしまったのよ。だから挨拶をしに行かなかったの」結城理仁はとても頭が切れる人だ。それに自分の母親である。彼は祖父母に育てられたとはいえ、両親と疎遠になっていたわけでもなく、両親との関係も非常に良かったのだ。だから、自分の母親がどんな人間なのか、とてもわかっていた。彼女の母親は内海唯花が息子の嫁であると誰かに知られたくなかったのだ。まず、社交界で彼が結婚したことを彼のために隠している。次に、母親は内海唯花に少し不満を抱いている。内海唯花自体を嫌っているわけではなく、彼女の出身を気にしているのだ。つまり唯花と息子とでは住む世界が完全に違うと思っているわけだ。母親は彼を可哀そうに思っていた。おばあさんには九人の孫がいるが、おばあさんの恩返しのために内海唯花と結婚することになったのは彼だったから。少し黙ってから、結城理仁は言った。「母さんは少し近視なんだよ。だけど眼鏡をかけるのは好きじゃなくて、外で知り合いに会ったとしても、とても仲の良い人じゃなければ、人違いするかと思って声かける勇気がないんだよ。それで知らない人のふりをして去って行くんだ。内海唯花はハッとして「そういうことだったのね。だから私がお母様を見た時、あちらも私を見ていたのにすぐに知らないふりした様子だったんだ。だから私も挨拶しにくくってさ。気まずいじゃない?」「次母さんが出かける時には眼鏡をかけるように言っておくよ。今夜みたいなこと
夫婦二人はどちらもこの前の冷戦状態のことは話さなかった。そして、こうやって静かに仲直りすることになった。内海唯花は本来冷戦状態のまま半年が終ってもいいと考えていたが、彼が彼女を気にかけてくれるのでまた彼に対して心が動いた。あの半年の契約を取り消しにしてほしいくらいに。しかし、それが自分の一方通行の気持ちで、最終的に彼女は彼を愛しても、彼の方が彼女を愛してくれないかもしれない。そして半年の契約期間が過ぎて、二人が離婚したら彼は何もなかったかのように平気な様子で新しい生活を始めるだろう。そうなると彼女のほうは彼を失った苦しみを抱え、彼を忘れるまでにかなりの時間がかかるはずだ。誰かを愛するのは簡単なこと。愛した人を忘れるのは難しいこと。「安心して、私とお姉ちゃんでは解決できないことはきっとあなたに手伝ってもらうから」彼がこころよくそう言ってくれるので、彼女が直接断ると気まずくなるから、そう返事した。「お姉ちゃんが家に帰った後、私電話かけたの。今のところ大丈夫みたいだったわ。お姉ちゃんは我慢強いから、まだそうするべきじゃないと思ったら衝動的に行動したりしないの。今はお姉ちゃんが衝動に駆られて思い切った行動をしてしまえばとても不利になっちゃうし」陽のために彼女の姉は俳優の卵から、あっという間にハリウッド女優並みに演じられるようになったのだ。ガラスの仮面の主人公のように完璧にその役を演じ、佐々木家の人たちは全く彼女が裏で何をしようとしているのか気づいていなかった。「お姉ちゃんの義母と義姉がまた来たの。なんで来たのかその目的はわからないんだ。明日陽ちゃんを迎えに行った時に、お姉ちゃんに聞いてみる」佐々木唯月は明日から東グループで働き始めるので、佐々木陽は内海唯花がお店で面倒を見ることになるのだ。内海唯花は甥が生まれてからというもの、ずっとお世話をしてきた。そのおかげで、叔母と甥っ子の仲は非常に良く、唯花と一緒にいても泣きわめくことも母親を恋しがることもなかった。「ベビーシッターを雇って君の代わりに陽君を見てもらおうか?陽君は何にでも興味があって動き回る年頃だろう。君たちは忙しい時があるし、もし注意していなくて彼が店から出て行ってしまうようなことがあれば、どうなるかは想像したくないだろ」結城理仁は非常に気が利く人だ。内海唯花は
内海唯花は立ち止まった。結城理仁もそれに合わせて立ち止り、静かに彼女を見つめ、優しく尋ねた。「どうしたの?」「ベビーシッターのお金は私が出すわ。陽ちゃんのお世話のために雇うんだもの、陽ちゃんは私の甥っ子でしょ、私がお金を出して当然よ。あなたに出してもらう義理はないわ」今ベビーシッターを雇うのもお金が結構かかる。家にかかる出費は全部彼が出してくれているのだ。だから内海唯花は彼から甘い汁を吸い過ぎていると感じていた。結城理仁は耐えきれず、手を伸ばして彼女のほっぺたをつねって言った。「君はいつも細かいところを気にして、はっきりと分けて考えるよな。俺達は今家族だろう、家族なのにそんなに細かく気にしてどうするんだ?君と結婚手続きをしたあの日、君に言ったよね、結婚するからには君を養うつもりだって」「陽君も俺を『伯父さん』って呼んでるじゃないか。俺もあの子がとても好きなんだ。あの子の世話をするためになら、喜んでベビーシッター代を出すよ」少し話を途切らせてから、結城理仁は小声で付け加えた。「一番は、俺が妻である君を疲れさせたくないだけだ」「なんて?」「だから、お金は、俺が出すよ」結城理仁はどうしても譲らなかった。内海唯花は口では彼に敵わず、少し考えてから言った。「わかった、このお金はあなたに出してもらう。結城さん、今週末って何か予定ある?」「何か用事?」内海唯花は犬のリードを引きながら、前に歩きながら話した。「私たちが結婚してから結構時間も経ったし、あなたの実家にはまだ行ったことがないじゃない?だから、週末時間があるなら、あなたの実家に連れて行ってもらえないかなぁって」彼の家族たちは家に来たことがあるが、彼の嫁である唯花はまだ正式に彼の実家に行ったことがない。今でも彼の実家が一体どこにあるのかわからないのだ。「あと半月も経たずにばあちゃんの誕生日が来るんだ。その日、うちの家族がみんな揃うから君を実家に連れて行くよ。一度で俺の家族、親戚、友人たちにも会えてちょうど良いと思うよ」「おばあちゃんは傘寿のお祝い?」「いや、違うよ。ただ特に仲の良い親戚たちが集まって一緒に食事するだけだ」もし傘寿のお祝いであれば、彼ら結城家はおばあさんの誕生日パーティーを開く。星城の上流階級たち名家を招いた盛大なパーティだ。それで
佐々木俊介はドアノブを捻って開けようとしたが、ドアは開かなかった。佐々木唯月が内鍵をかけているのだろう。彼はドアをノックした。「唯月、開けてくれ」佐々木唯月はドアのところまで来たが、その場に立って彼を部屋に入れようとせず尋ねた。「何か用?」「唯月、ちょっと相談したいことがあるから、部屋に入れてくれないか」ここは本来夫婦二人の主寝室なのだが、今は佐々木唯月が占拠している。佐々木俊介は良い気がしなかった。しかし、唯月に頼んで姉の子供の世話をしてもらうために機嫌を取らねばならず、俊介は我慢して怒らなかった。「明日じゃだめなの?もう遅いじゃない」「まだ十一時だろ。俺は普段会食があればこれくらいにやっと帰って来られるんだ」佐々木唯月は佐々木俊介が義母と義姉に関係のある相談をしようとしていると考えた。彼女も知りたいと思い、体を部屋のドアから離して「言い終わったら、自分の部屋に戻って寝てよ」と言った。佐々木俊介は心の中で悪態をついた。あの夜は酒を飲んでいたから、我慢できずにあんなことしたんだ……。この俺がお前に触りたいと思ってるとでも?しかし表向きには「ちょっと待ってて、取って来るものがあるから」と言った。そう言うと、彼は後ろを向き、急いで彼が今寝ている部屋に戻り、小さなプレゼントボックスを手に取った。それは彼が仕事終わりにわざわざ佐々木唯月に買いに行ったパールのネックレスだった。高価なものではなく、数千円の淡水パールだ。彼はすぐにその箱を持って主寝室に入った。佐々木唯月は部屋にある二人用ソファに腰掛けて彼を待っていた。佐々木俊介は部屋に入った後、まず息子を見た。息子がぐっすりと寝ているのを見て、気持ちが和らぎ、腰をかがめて息子の小さな顔にキスをして顔を撫でた。そして、また体を起こして振り返り唯月の隣に座った。「ハニー」「名前で呼んで」佐々木唯月は淡々と彼の自分に対する呼び方を訂正した。彼からそんな呼び方をされると気持ち悪かったのだ。佐々木俊介は恥ずかしくなってはにかみ、あのプレゼントの箱を佐々木唯月に渡して言った。「唯月、お前に謝るよ。この間は俺が殴って悪かった。何があってもお前に手をあげるべきじゃなかった。俺の間違いだって認めるから、許してもらえないか?これ、お前のために買ってきたんだ。開けて見て
唯花は清水が掃除しようとするのを見て、特に気にせず先に出かけた。清水は彼女を玄関まで見送り、エレベーターに乗ったのを確認してから、家に戻り急いで携帯を取り出して理仁に電話をかけた。最初、理仁は電話に出なかった。清水は連続三回もかけたが、それでも出てくれなかった。仕方なく、清水は彼にメッセージを送った。「若旦那様、若奥様が薬を飲みました」すると、一分も経たず、理仁は自ら電話をかけてきた。「唯花さんが何の薬を飲んだんです?」理仁の声はいつものように感情が読めないくらい冷たくて低かったが、彼をよく知っている清水はわかったのだ。彼は今緊張している。「若奥様は寝不足で、頭と目が痛いと言って、鎮痛剤を飲みましたよ」理仁は一瞬無言になった。びっくりしたじゃないか!清水がはっきり説明してくれなかったせいで。彼は唯花が薬を飲んで極端な行動をしたのかと勘違いしたのだった。いや、これは彼の考えすぎだ。唯花は明るい性格だから、他の誰かがそんな極端な行動をしようとも彼女はしない。ましてや理仁が原因でそんな行動をすると思うなんて、自意識過剰にもほどがある。彼女の心の中で、彼は明凛とも比べられないのだ。「若旦那様、若奥様は朝食を食べた時いろいろ話してくださいました」清水はため息をついた。「若旦那様、どうか考えてください。若旦那様は一体若奥様のどこが好きなんですか。もし若旦那様の思う通りに彼女を変えようとしたら、変わった若奥様はまだ若旦那様が好きな彼女でしょうか」「彼女は何も話してくれなかったんですよ。隼翔も知っていることを、俺が知らないなんて」「若旦那様こそ、あらゆることを若奥様に話しているんですか。どうか忘れないでください。若旦那様はまだ正体を隠しているではありませんか。若旦那様のほうが多くのことを隠しているでしょう」理仁は暗い顔をした。「清水さん、どっちの味方なんだ?」「もちろん若旦那様の味方ですが、だからこそ、こんな身分に相応しくないことを口が酸っぱくなるぐらい言ってるんです。でないと、ただの使用人である私が、こんなことを言いませんよ」「清水さんのことはちゃんと尊重していますよ」理仁は確かにプライドが高く横暴だが、使用人に対する礼儀はきちんとしていた。「おばあ様は実家に帰ったばかりなのに、ま
「これは彼がまだ私のことを完全に家族として見ていない証拠ですよ。彼自身がそれをできてないのに、どうして私にだけ要求できるんですか?他人に厳しいのに、自分に甘いにもほどがあるでしょう。それは強引ではありませんか?なんでも彼を中心として考えないと、すぐ怒るし、しかも、私が彼を家族として見ていないって言いだすんですから。私も苛立って、彼が自己中心過ぎて、心が狭いじゃないって言ったら、あっちは電話を切っちゃいました。それでメッセージを送っても全然返事してくれませんでしたよ。毎回こうなんです。怒るとメッセージも電話も無視して、まるでわがままで面倒くさい彼女みたいです」清水「……」若旦那様は確かにそんな性格で、若奥様の分析はいかにも正しかった。理仁は小さい頃から後継者として育てられ、弟たちは常に彼を中心にしていた。結城グループを引き継いだ後は、おばあさんと両親はもう一切手を出さず、彼を本当に結城グループのトップにさせた。会社では、彼の言うことが絶対で、誰も反論できないのだ。弟たちも社員も、相変わらず彼を中心に動いている。元々独占欲が強い性分だったので、そんな環境で育てられたら、ますます自己中心的な性格になってしまった。彼は全てを支配するのに慣れてしまっているのだ。周りの人が自分に従うのが当然だと思っている。唯花は人生を彼に支配されたくないし、何でも従ったり依存したりするのも嫌だった。だから、理仁は自分が唯花に無視されたと思っていた。それで、唯花が彼を重視しておらず、家族として見ていないと感じてしまったのだ。しかし唯花の言った通り、彼自身はすべてのことを何も隠さずに彼女に教えているだろうか。「清水さん、日数を数えてくれますか?今回はこの冷戦が何日続くか見てみましょう。もうメッセージを送るのも面倒くさいと思いました。送ったってどうせ見ませんよね。また私のLINEを削除したかもしれませんよ。もし本当に削除してたら、今度こそ絶対また友だちに追加しませんからね!」清水は彼女を慰めた。「……結城さんは確かに少し横暴なところがありますが、本当に唯花さんが彼を重視していないと、他人扱いされてると思い込んで、それで怒っているんでしょう」「ちゃんと説明したのに、それでも納得できないなら、私にどうしろって?もういいわ、怒りたいなら勝
「内海さん、焦らなくて大丈夫ですから、ゆっくり朝ごはんを食べてください。さっきお姉さんから電話があって、教えてくれました。陽ちゃんをお店に連れて行ったら、そこに牧野さんがいらっしゃったそうです。だから私たちは直接お店に行けばいいから、お姉さんのお家に行かなくていいですよって」それを聞いて唯花はホッと胸をなでおろした。そして食卓に座った。清水は今朝いろいろな具材のおにぎりを用意してくれていた。それから、味噌汁とおやつに黄粉餅まで。黄粉、餅……唯花は携帯を取り出してその小皿に盛られた黄粉餅の写真を撮り、あの怒りん坊に送ってやった。もちろん、結城某氏は彼女に返事をしてこなかった。唯花はぶつくさと不満をこぼした。「内海さん、おにぎり、美味しくなかったですか?」清水は唯花が何かを呟いているのを聞いて、おにぎりが美味しくなかったのかと勘違いし、尋ねた。「内海さんはどんな具材がお好きなんですか。教えてくれれば、明日作りますよ」「清水さん、私好き嫌いないので、どんな具材でも好きですよ。ささ、清水さんも座って、二人で食べながらおしゃべりでもしましょうよ」理仁が家にいないので、清水はかなり気楽にできる。若奥様の前では若旦那様はかなり和らいだ雰囲気を持っているが、理仁のあの蓄積された威厳では清水が一緒に食卓を囲む時にはやはり常に気が抜けないのだ。「清水さん。あなたは結城家の九番目の末っ子君を何年もお世話してきたんですよね。理仁さんと知り合ってからもう何年も過ぎているでしょう?彼ってなんだか俺様な感じしません?自己中心でわがままだと思ったことありません?彼の前で少しも隠し事をしちゃいけないって要求されたことは?」清水はちょうど味噌汁に口をつけたところで、彼女からこの話を聞き、顔をあげて唯花のほうを向き、心配そうに尋ねた。「内海さん、どうしてこのようなことをお聞きになるんですか?」唯花は餅をつまみながら、言った。「昨日の夜、理仁さんとたぶん喧嘩になって、今、ちょっと、また冷戦に突入しちゃったかなって」清水「……」夜が明けたと思ったら、若旦那様と若奥様はまた喧嘩なさったのか。しかも、また冷戦に突入しただって?「内海さん、結城さんとどうして喧嘩になったんですか?」ここ暫くの間、若旦那様と若奥様の関係は見るからにと
数分後、ベッドに座って少し何かを考え、ベッドからおりて自分の生活用品を片付け始めた。そして、それを持って自分の部屋へと戻った。彼の部屋で、彼のベッドで寝るのをやめよう。唯花は怒って、また自分の部屋に戻り寝ることにしたのだ。そして一方の理仁もこの時悶々としていた。唯花からメッセージが届き、彼はそれを見たが返事はせず、そのまま削除してしまった。彼はこの時、ただ唯花から彼は心が狭いと責められ、家族として見てくれていないことだけが頭の中を巡っていた。携帯をテーブルの上に置き、理仁は起き上がってオフィスの中を行ったり来たり落ち着かない様子で、とてもイラついていた。そして、彼はコーヒーを入れに行った。コーヒーを飲んだ後、無理やり自分を落ち着かせて、仕事に没頭し始めた。徹夜する気だ。唯花ははじめは怒りで寝返りを打ち、なかなか寝付けなかったが、一時間少し粘ってやっと怒りが収まってきた。彼も別に初めてこんなふうになったわけではないし、毎回毎回彼のせいでこのように怒っていては、寿命が短くなってしまって、損してしまう。それで彼女は怒りを鎮めて、夢の世界へと旅立つことにした。怒りたい奴は勝手に怒っていればいいさ!すぐ怒る奴はいつも彼を中心にして世界が回っている。自分だって全てのことを彼女に教えることはできないくせに、彼女には小さい事から大きい事まで全てを話すよう要求するのだ。彼は今ここにいないのに、言ったとして、帰って来てくれるというのか?姉の今回の件は、実際彼女自身も特に何もしていないのだ。彼女の伯母が佐々木家の母親と娘に自己紹介をしただけで、あの二人を驚かせてしまったのだ。そしてその後どうするかを決めたのは姉だ。陽のことを考え、姉は最終的に和解することにしたのだ。これは姉が決めたことだ。彼女は姉が決めたことは何でも尊重する。それなのに彼ときたら、また隼翔が知っていて、彼は知らなかったと言って噛みついてきた。東隼翔は姉の会社の社長だぞ。そんな彼が会社の目の前で起きたことを知っているのは、それは当然のことだろう?別に彼女がわざわざ東隼翔に教えたわけではないというのに。なんだか彼は勝手にヤキモチを焼くみたいだ。この夜、唯花は遅い時間にやっと眠りにつくことができた。出張中の理仁はコーヒーを二杯飲んで、翌日の
姉と佐々木俊介が出会ってから、恋愛し、結婚、そして離婚して関係を終わらせ、危うくものすごい修羅場になるところまで行ったのを見てきて、唯花は誰かに頼るより、自分に頼るほうが良いと思うようになっていた。だから、配偶者であっても、完全に頼り切ってしまうわけにはいかない。なぜなら、その配偶者もまた別の人間の配偶者に変わってしまうかもしれないのだからだ。「つまり俺は心が狭い野郎だと?」理仁の声はとても低く重々しかった。まるで真冬の空気のように凍った冷たさが感じられた。彼は今彼女のことを大切に思っているからこそ、彼女のありとあらゆる事情を知っておきたいのだ。それなのに、彼女は自分から彼に教えることもなく、彼の心が狭いとまで言ってきた。ただ小さなことですぐに怒るとまで言われてしまったのだ。これは小さな事なのか?隼翔のように細かいところまで気が回らないような奴でさえも知っている事なのだぞ。しかも、そんな彼が教えてくれるまで理仁はこの件について知らなかったのだ。隼翔が理仁に教えておらず、彼も聞かなかったら、彼女はきっと永遠に教えてくれなかったことだろう。彼は彼女のことを本気で心配しているというのに、彼女のほうはそれを喜ぶこともなく、逆に彼に言っても意味はないと思っている。なぜなら、彼は今彼女の傍にいないからだ。「私はただ、あなたって怒りっぽいと思うの。いっつもあなた中心に物事を考えるし。少しでも他人があなたの意にそぐわないことをしたら、すぐに怒るでしょ」彼には多くの良いところがあるが、同じように欠点もたくさんあるのだった。人というものは完璧な存在ではない。だから唯花だって彼に対して満点、パーフェクトを望んではいない。彼女自身だってたくさん欠点があるのは、それは彼らが普通の人間だからだ。彼女が彼の欠点を指摘したら、改められる部分は改めればいい。それができない場合は彼らはお互いに衝突し合って、最終的に彼女が我慢するのを覚えるか、欠点を見ないようにして彼に対して大袈裟に反応しないようにするしかない。すると、理仁は電話を切ってしまった。唯花「……電話を切るなんて、これってもっと腹を立てたってこと?」彼女は携帯をベッドに放り投げ、少し腹が立ってきた。そしてぶつぶつと独り言を呟いた。「はっきり言ったでしょ、なんでまだ怒るのよ。怒りたいな
「理仁、彼女がお前に教えなかったのは、きっと心配をかけたくなかったからだ」隼翔は自分のせいで彼を誤解させてしまったと思い、急いでこう説明した。しかし、理仁は電話を切ってしまった。隼翔「……しまった。もしあの夫婦が喧嘩になったら、どうやって仲裁しようか」結城理仁という人間は誰かを好きになったら、その相手には自分のことを一番大事に思ってもらいたいという究極のわがままなのだ。彼のように相手を拘束するような考え方は、時に相手に対して彼がとても気にかけてくれていると感じさせもするし、時に相手に窮屈で息苦しさを感じさせるものだ。致命的なことに、理仁は自分が間違っているとは絶対に思わない。彼が唯花にしているように、彼が彼女を愛したら何をするのも唯花を助けたいと思っている。しかし、唯花は非常に自立した女性だから、いちいち何でもかんでも彼に伝えて助けてもらおうとは考えていない。しかし、彼は唯花がそうするのは理仁のことを信用しておらず、家族として認めてくれていないと勘違いしてしまっているのだった。隼翔はまた理仁に電話をかけたが、通話中の通知しか返ってこなかった。「まさかこんな夜遅くに内海さんに電話をかけて詰問を始めたんじゃないだろうな」隼翔は頭を悩ませてしまった。彼もただ二言三言を言っただけなのに、どうしてこんなおおごとになったのだ?悟は普段あんなにおしゃべりだというのに、一度もこんな面倒なことになっていないじゃないか。理仁はこの時、本当に唯花に電話をかけていた。夫婦はさっき電話を終わらせたばかりだから、理仁は彼女がまだ寝ていないと思い、我慢できずに電話をかけてしまったのだ。確かにこの時、唯花はまだ寝ていなかった。携帯が鳴ったので、布団の中から手を伸ばし携帯を取ってからまたすぐ布団の中に潜り込んだ。寒い。少しの間暖房をつけていたが、すごく乾燥するから彼女は嫌で切ってしまったのだ。理仁の部屋には湯たんぽはない。理仁という天然の暖房は出張していていないから、彼女は布団にくるまって暖を取るしかなかった。携帯を見るとまた理仁からの電話だった。彼女は電話に出た。「どうしたの?もう寝るところよ」「今日何があったんだ?」理仁のこの時の声は低く沈んでいた。唯花は彼と暫く時間を一緒に過ごしてきて、彼の声の様子が変わったのに気
彼女とは反対に、彼のほうはどんどん彼女の魅力にやられて、深みにはまっていっている。「プルプルプル……」そして、理仁の携帯がまた鳴った。彼は唯花がかけてきたのだと思ったが、携帯を見てみるとそれは東隼翔からだった。「隼翔か」理仁は黒い椅子の背もたれに寄りかかり、淡々と尋ねた。「こんな夜遅くに俺に電話かけてきて、何か用か?」「ちょっと大事なことをお前に話したくてな。お前のあのスピード結婚した相手に伯母がいることを知っているか?それは神崎夫人みたいだぞ。彼女がずっと捜し続けていた妹さんというのは、お前の奥さんの母親だったんだ」隼翔は悟のように噂話に敏感ではない。人の不幸を隣で見物して楽しむようなタイプではないのだ。しかし、彼はこのことを親友にひとこと伝えなければと思った。「神崎グループとお前たち結城グループはずっと不仲だろう。神崎玲凰とお前が一緒にいることなんてまず有り得ないだろうからな。お前たちの関係はギスギスしててさ……そう言えば」隼翔はようやく何かに気づいたように言った。「お前があの日、神崎玲凰を誘って一緒に食事したのは、お前の結婚相手が神崎夫人の姪だと知っていたからなのか?だから、早めにあいつとの関係を良くしておこうと?」理仁は親友に見透かされて、恥ずかしさから苛立ちが込み上げてきた。彼らは電話越しで距離があったから、隼翔は理仁が当惑のあまりイラついていることに気づかなかった。「あの日は気分が良かったし、神崎玲凰が珍しく顧客を連れてスカイロイヤルに食事に来たもんだから、俺は寛大にもあいつらに奢ってやっただけだ。ただうちのスカイロイヤルは噂に違わず最高のホテルだと教えてやろうと思っただけだ。俺は別に神や仏じゃないんだから、どうやって先に神崎夫人が捜していた妹が俺の義母だなんてわかるんだ?俺もさっき妻に聞いて知ったばかりだぞ」まあ、これも事実ではある。しかし、彼は予感はしていた。神崎夫人の妹が彼の早くに亡くなってしまった義母だと。だからあの日、神崎玲凰に出くわしたから、彼は太っ腹に彼ら一行にご馳走したわけだ。「知ってるなら、どうするつもりだ?」隼翔は彼を気にして尋ねた。「神崎グループとはわだかまりを解消するのか?」「唯花さんと神崎夫人が伯母と姪の関係でも、俺ら結城グループの戦略変更はしないさ。強
唯花は彼の電話に出た。「俺は湯たんぽなんかじゃないぞ!」唯花が電話に出たと思ったら、彼はいきなり不機嫌そうな声で呼び方を訂正してきた。唯花は笑った。「だって今寒いんだもの。だからあなたを思い出したの。あなたって湯たんぽなんかよりずっと温かいから」理仁はさらに不機嫌な声をして言った。「寒く感じなかったら、俺のことを思い出しもしないと?」唯花は正直に認めた。「寒くなかったら、たぶん、こてんと寝ちゃうでしょうね。あ、あとあなたに『おやすみ』のスタンプも送ってあげるわよ」理仁は顔を暗黒に染めた。「もうお仕事は終わったの?まだなら頑張ってね。私は寝るから」唯花は電話を切ろうとした。「唯花さん」理仁は低い声で言った。「神崎夫人との鑑定結果はもう出たの?」「出たわ。神崎夫人は私の伯母さんだった。だから私と彼女は血縁者なの」理仁はそれを聞いて心の中をどんよりと曇らせていたが、それを表面には表すことはなかった。話している口調もいつも通りだ。「親戚が見つかって本当に良かったね」「ありがと」姉と十五年も支え合って生きてきて、突然実の伯母を見つけたのだ。唯花はまるで夢の中にいるような気持ちだった。なんだか実感が湧かない。「そうだ、理仁さん。おばあちゃんがまた自分の家に引っ越して行っちゃったの。今夜辰巳君が迎えに来たみたい。私は家にいなかったから、清水さんが教えてくれたのよ」この時理仁が思ったのは、ばあちゃん、脱兎のごとく撤退していったな!だ。「ばあちゃんが住みたいと思ったら、そこにすぐ住んじゃうんだ。俺はもうばあちゃんがあちこち引っ越すのには慣れっこだよ」おばあさん名義の家もたくさんある。よく今日はここに数日泊まって、次はあそこに数日泊まってというのを繰り返していた。だからおばあさんから彼らに連絡して来ない限り、彼らがおばあさんを探そうと思っても、なかなか捕まらないのだった。「今日他に何かあった?金城琉生は君の店に来なかっただろうね?」「あなたったら、こんなに遠くにいるのに、餅を焼いてる匂いでもそっちに届いたわけ?金城君はとても忙しいだろうから、私に断られた後はたぶんもう二度と私のところに来ないはずよ。だから安心して自分の仕事に専念してちょうだい。私は絶対に浮気なんかしないんだから」そして少し黙ってから
清水は自分が仕える結城家の坊ちゃんをかばった。「内海さん、私があなた方のところで働いてそう時間は経っていませんが、私の人を見る目には自信があります。結城さんと唯月さんの元旦那さんとは全く別次元の人間ですよ。結城さんは責任感の強いお方ですから、彼があなたと結婚したからには、一生あなたに対して責任を負うことでしょう。結城さんは女性をおだてるのが得意な方ではないですし、若い女性が自分に近づくのを嫌っていらっしゃいます。見てください、牧野さんに対しても会った時にちょっと会釈をする程度で、あまりお話しにならないでしょう。このような男性はとてもスペックの高い人ですけど、誰かを愛したらその人だけに一途です。内海さん、お姉さんの結婚が失敗したからといって、自分の結婚まで不安になる必要はないと思いますよ。愛というものは、やはり美しいものだと思います。結婚だって、幸せになれるものなんですよ。みんながみんな結婚してお姉さんのような結婚生活を送るわけではありませんでしょう。私は以前、結城さんの一番下の弟さんのベビーシッターをしていました。彼の家でもう何年も働かせてもらって、結城家の家風はとても良いということをよく知ってるんです。結城さんのご両親世代は愛や結婚というものに対してとても真剣に受け止めていらっしゃいます。とても責任感の強い方々ですよ。結婚したら、一生奥さんに誠実でいます。結城さんもそのようなご家庭で育ってらっしゃったから、責任感のあって、誠実な結婚というものをたくさん見て来られたでしょうし、彼自身も一途な愛を持っていることでしょう。今後、内海さんが結城さんと何かわだかまりができるようなことがあったり、結城さんが内海さんに何か隠し事をしていて、それが発覚したりした時には、しっかりと彼と話し合ってみてください。立場を逆にして、相手の立場に立ってみれば、それぞれの人にはその決断をした理由というものがあるんですから」唯花は理仁のあのプライドが高い様子を思い出し、確かに佐々木俊介よりも信頼できるだろうと思った。それに、結婚当初、彼女に何か困ったことがあった時に、彼女と理仁は一切の感情を持っていなかったが、彼はいつも彼女のために奔走して解決してくれた。今までのことを思い返してみれば、理仁が俊介よりも責任感が強いということがすぐ見て取れた。そして、唯花は言った。