佐々木母はまた離婚協議書を取り、何回もよく見返した。唯月に分ける金額を見るたびに、胸が締め付けられるような顔をして言った。「半分分けるって言ったでしょ?この金額おかしいよ」「家と車は唯月が要らないって言ったから、別に彼女に補償金を払わなきゃ。全部合わせると、この金額なんだ」佐々木母「……じゃ、家のリフォーム代は?」俊介は答えた。「含めてないよ。俺はもうあいつに言ったんだ。リフォーム代は絶対返さないって」それを聞いて佐々木母はようやく気が少し楽になった。「リフォームにも数百万かかったから、これを請求してこないなら、うちは幾分かマシね」少なくとも、そこまで気が病まなかった。「俊介、唯月はどうやってこの証拠を集めたんだ?」佐々木父は息子の嫁にそんなツテはないはずだと思った。「もしかして、誰かが手伝ってあげたんじゃないか」「聞いたけど、答えてくれなかったんだ。一体誰に手伝ってもらったのか、俺もさっぱりわからない。ここまでできる人物は絶対相当な厄介者だぞ。俺にとっても爆弾みたいな危険な者だから、父さん、怖くないわけがないだろう。だから、妥協しかないんだ」佐々木母もようやく状況を把握して、疑いながら言った。「唯花夫婦がやったんじゃない?」「陽の一件では、唯月はこんなもん出してなかったから、あの時はまだ持ってなかったはずだ。たった数日でこれだけの証拠を集めてきた。きっと短期間で集めたものだろう。唯花の夫の家族には確かに人が多いけど、皆一般人なんだ。そんな能力はないはずだ。母さん、そんなに心配しなくてもいい。俺らが唯月の要求を受け入れれば、きっと大丈夫だろう。唯月も離婚協議書に、離婚後俺に絶対また報復したりしないと書いてるし」俊介の両親はまた黙り込んだ。俊介は時間を確認してから、彼ら二人に言った。「父さん、母さん、もう帰らないと。明日も仕事だ。午後になったら休暇を取って離婚の手続きをしに行く予定だから」二人は黙っていた。俊介はまた少し座ってから、帰って行った。彼が帰った後、佐々木母は夫に行った。「あなた、本当にこのまま俊介たちを離婚させる気なの?もう止められないの?」離婚しなかったら、お金を分ける必要もないし、孫もそのまま佐々木家の子だ。息子と唯月も夫婦のままなのだ。「俊介がもう決めただろう?俺らはどうしようもない
「英子も仕事がうまくいってないって、一体どうしたの。職場でよくやっているんじゃなかったっけ?どうしてうまくいかなくなった?」佐々木母はぶつぶつ言いながら、娘に電話をかけた。電話で英子がイライラしながら言った。「お母さん、私にもさっぱりわからないのよ。皆わざと私を陥れるようなことをしてきたの。一日中ずっと嫌がらせしてくるわ。ほっとできる時間なんて一分もないよ。お母さんったら、俊介が離婚したいならさせたらいいじゃん?あの子は優秀なんだから、また結婚なんてできるでしょ」「唯月がどこからか、たくさん証拠を集めてきたのよ。全部俊介を不利にさせようとするものばかりよ。それで、俊介が唯月の要求を全部受け入れるしかなくなったんだ。離婚すると二千万以上も取られるわ。陽ちゃんの親権も渡さないと。まして毎月六万円の養育費付きよ」「俊介にそんな大金あるわけ?」英子はびっくりした。「俊介が前から隠して移した財産よ。まさか唯月に証拠をにぎられちゃったなんて。まあいいわ、あなたも大変だったみたいだし、明日一緒に行かなくてもいいよ。お母さんはお父さんと明日早く星城へ行って唯月姉妹に会ってくるわ」英子はすぐに返事した。「お母さん。唯花を説得しょう。彼女を説得できたら、きっと唯月も納得できるよ」「お母さんもそう思うわ」佐々木母と娘はしばらく電話でおしゃべりしてから、ようやく電話を切った。……唯花は仕事を終わらせると、先に姉の家へ行った。姉の離婚後の居住場所を話し合うためだ。案の定、唯月は妹の家に住むことを拒否した。彼女は言った。「俊介がちゃんとお金を送ってくれれば、もうお金で困ることがないから、あなた達の家に住まなくてもいいよ。まず適当に家を借りて、それから不動産屋を回るつもり。もらったお金で小さな家の頭金が払えるはずだし。「残ったお金については、とりあえず東グループでまだやっていけるかどうか試してみてからね。無理だったら仕事を辞めて、前に言ったようにそのお金で弁当屋をやるわ」唯花はこれ以上姉を説得しなかった。そしてただ彼女に言った。「お姉ちゃん、もしお金が足りなかったら、私に言って。先に貸すこともできるからね」「わかったわ。本当に必要だったら、絶対唯花に言うよ」唯花は姉に抱かれた甥の頭を撫でた。「おばたん」「おばちゃんが抱っこし
携帯を見てみれば、可哀想に床に転がったままだった。確かに部屋で待ってはいてくれたが、まさか寝た状態で待っているとは。まさに理仁の、そのうきうきとした心に冷たい水をかけられてしまった。彼はおばあさんから買った指輪を持ってきて、今晩唯花につけようと思っていたが、結局この仕打ちだ。理仁はベッドの端に腰をかけ、手を出し軽く唯花の頬をつねった。「本当に子供のようにぐっすりだな」頬をつねってから、彼は頭を下げ、彼女の頬に、それから唇にもキスをした。それでようやく彼女の携帯を拾ってあげて、サイドテーブルに置いた。妻が寝たまま彼の帰りを待っていたのに少し不満だが、少なくとも確かに彼の部屋で待ってくれていた。某若旦那様にとって、これが僅かな慰めだった。翌日、唯花が目を覚ますと、視野は大きい花束でいっぱいだった。その花束の後ろに、理仁の整った顔が見えた。彼女は瞬きをした。自分が夢を見てるわけじゃなくて、今見ているのは確かに理仁だということを確認し、彼女は起き上がり、笑いながら言った。「お帰り」「唯花さん、おはよう」おはよう?「うそ、もう朝?朝まで残業したの?」「いや、昨日の夜帰ってきたんだ。誰かさんが待っていてくれるって約束しといて、一人で先に夢の世界へ飛んで行っただけさ」唯花は恥ずかしそうに笑いながら、そのきれいな花束を受け取った。「お花屋さんがこんなに早く開いてるの?」「俺が買いたいと思うなら、いつでも買えるよ」理仁は彼女が花束を受け取った後、体を屈め、黒くてキラキラした瞳で彼女の美しい顔をじっと見つめながら、低くかすれた声で聞いた。「おはようのキスは?」彼女に贈ったこの花束は、実家の執事である古谷に電話をかけ、実家の庭で一番美しく咲いていた花をとり、専用車で送らせたのだ。朝、目を開けてすぐきれいな花束をもらうなんて、理仁の心遣いとロマンチックな行動に感動し、唯花は何のためらいもなく、彼におはようのキスをした。「唯花さん。聞きたいことがあるなら、直接言っていいよ」唯花は嬉しそうに花束を愛でながら尋ねた。「どこの花屋さんで買ったの?綺麗だね。うちのベランダに植えたどの花よりもきれいに咲いているわ」「ある園芸店に電話して注文して、専用車で届けてもらったんだ。こんな早い時間に、開いてる店はない
「唯花さん」唯花が彼に指輪をつけてくれた時、理仁は優しい声で言った。「これから、何があっても、絶対別れようとか、離婚しようとかお互いに言わないようにしないか?」唯花はこの対の指輪が夫婦二人によく似合っていると思い、心の中で彼のセンスを密かに褒めていた。選ぶ時に彼女を連れて行かなかったとしても、ちゃんと彼女に似合うものを選んでくれた。そして彼の話を聞くと、彼女は顔を上げ返事をした。「それはできないわ。もしあなたが佐々木俊介のようなクズだったとしても、離婚するって言い出せないの?浮気した男なんて、早くそいつを蹴っ飛ばしたほうが楽よ。傍に残していても気分が悪くなる一方だわ」理仁はまず彼女と誓いを結んで、後で自分の正体がばれてしまったとしても、彼女が離れることができないように仕掛けようとしたのだが。全く引っかかってこない。こんなロマンチックな状況でも、彼女はしっかり冷静さを保っていた。さすが結城理仁が惚れた女だ。「じゃ、俺が浮気しない限り、何があっても離婚なんか口にしないでくれる?この一生ずっと夫婦でいたいんだ」理仁は絶対に浮気などしないと自負していた。彼のような性格の男は、一度誰かを愛したら一生変わらない。だからこそ、怖くなってきたのだ。もし唯花が彼が結城家の御曹司だと知った時、彼の傍から離れるのではないかと。「何か後ろめたいことでもしたの?」唯花は逆に彼に尋ねた。「本当に変よ。朝っぱらから専用車で花束を送ってこさせたり、結婚指輪まで用意してくれたり。宝石にはあまり詳しくないけど、とっても高いものでしょ。普通の日なのに、ここまでよくしてくれるなんて、絶対変だよ。きっと何か後ろめたいことをしたんでしょ。そうやって甘い言葉でごまかして、私に罠を仕掛けて、後で私が気づいたとしても怒らないようにしている。そうでしょ?」理仁は黙って彼女を見つめた。暫くして、彼は手を伸ばし、唯花の髪の毛を撫でながら、何食わぬ顔で淡々と言った。「この頭の中で、とんでもないことを想像しているんだな。わざわざロマンチックなことをしようとしたのに、誤解されるなんて」「私が勘違いしたの?」唯花は彼のいたって冷静で自信満々な顔を見て、少しためらった。「本当に後ろめたいことしてない?」理仁は逆に彼女に聞いた。「俺がどんな後ろめたい
「まだはっきり決まっていないんだ。仕事が片付いたらすぐ帰るよ」「じゃ、いつ出発するか教えてね。荷造りを手伝うから。車で空港まで送るし」彼の部屋には彼女の着替えを置いていないため、自分の部屋に戻って身なりを整えに行こうと思った。理仁は彼女が部屋を出ようとするのを見ると、思わず手を伸ばし、彼女の腕を掴んだ。その黒い瞳がじっと彼女の美しい顔を見つめた。「それだけ?」「……」唯花はただただ瞬きをしていた。彼の意図がわからなかった。それだけ?じゃないなら、どうしろと言うのか。まさか出張先まで送ってほしいとか言い出すわけじゃないだろうね。「家族が一緒に行っていいの?」理仁は口角を引き攣らせた。「一緒に行けないでしょ。空港に送るだけじゃだめなの?」この時、理仁は彼女を掴んだ手を離した。唯花は彼の手を見て、眉をひそめて言った。「最近ようやく口数が少し多くなったかと思ったのに、また黙っちゃって。はっきり言ってくれないし、私が本当にそれでわかると思うの?私頭悪いから、わからないよ。着替えて来るね。朝ごはんはどうする?外で食べる?それとも自分で作る?」唯花は外へ向かって行きながら尋ねた。「好きにすればいい」彼の声が少しむっとしたのを聞いて、唯花はドアの前で立ち止まり、振り返ってチラチラと何回も彼を見てから、ドアを開けて出て行った。部屋を出るとおばあさんをみつけて、唯花は何もなかったように挨拶をした。「おばあちゃん、おはよう」「おはよう」おばあさんはニコニコしながら、唯花が孫の部屋から出て来るのを見ていた。夫婦二人は実際まだ何もしていないが、少なくとも同じベッドで寝起きをしているから、これは大きな一歩だ。結局、朝ごはんは家で食べることになった。唯花は二人にうどんを作ってあげた。素朴なものだが、それでも美味しい。「プルプルプル……」この時、唯花の電話が鳴った。姉からの電話かと思ったが、携帯を見ると知らない番号からだった。それを見て、彼女の表情が曇った。知らない番号だったら、基本的に実家の厄介なクズ親戚たちからのものだろう。この前、姫華が彼女のために親戚たちを懲らしめてくれてからというもの、あの人達はしばらく静かになっていたのだ。今日また電話をかけてきて、一体何をしようとしている
「私はそんなこと言ってないでしょ、あなたが自分で勝手にそう言ったんだから」内海じいさん「……お前今どこにいる?今何時だと思ってるんだ?まだ店を開けてないのか?勤勉な人はもう早々に店を開けてお金を稼いでいるぞ」「理仁さん、うちのおじい様ったら、私の店の開店時間を気をかけてるのよ。もう太陽が出てきてる?早く携帯を持ってベランダに行ってきて。今日は太陽が西から昇ってくるかもしれないわよ。世界珍百景を写真におさめなくっちゃ」内海じいさんは暗い顔をしながら声をあげた。「唯花!話を逸らすな、真面目に話してるんだぞ。今俺は伯父さん叔母さんたちと一緒に店の前で待ってるんだ。早く来て店を開けろ。朝ごはんも食べていないから、来る途中で朝ごはんも買ってこい」「周りに朝食を売っている店なんてたくさんあるでしょ。食べないなら、そこでお腹を空かせてれば?」彼らに朝食を買ってあげるほど親切な気分には全くなれなかった。どうせお腹が満たされたら、また彼女のことを罵るだろう?内海じいさんは唯花の態度に頭にきて、口を開けてまた罵ろうとした時、携帯を内海智文にとられてしまった。智文はできるだけ優しそうに言った。「唯花、俺だ、従兄弟の智文だ。今店の前で待っているから、早く来てくれないか?大事な用事があるんだよ」「朝ごはんを食べ終わったら行くわ」「わかった、じゃ、待ってるぞ」智文は言い終わると、電話を切った。「実家の連中がまた来た?」唯花が電話を切ったのを見ると、理仁は声を低くして尋ねた。彼が裏で小細工をしていたため、奴らは今はかなり苦しい状況に陥っているはずだが、まさかまた来る度胸があるとは。本当に悟の言ったように、彼らに何もかも失わせたら、もうこれ以上恐れるものなどないと思って、無理やり唯花にお金を請求しようとしているというのか?「うん。たぶん全員私の店の前で待っているんでしょ。一体何をしたいのかさっぱりわからないわね。どうせまた私におばあさんの医療費を無理やりに請求しようとするんでしょ。人数が多いからって別に怖がったりしないよ、私は」おばあさんには親孝行してくれる子がたくさんいるから、彼女のような好かれていない孫が医療費を払う順番など回ってこないだろう。彼女の従兄たちは唯花姉妹たちよりずっといい生活をしていたのだから。「あとで、店まで送
唯花は心の中で冷たく嘲笑った。頭上三尺に神あり、神様はいつも見ている。いつか絶対報いというものがくる。内海じいさんとばあさんも例外なく、報いを受ける日はそう遠くないはずだ。「彼らが何の目的で来ようと、私たちも一緒に行くわ。喧嘩になっても人数では負けてないでしょ?」おばあさんはどうしても唯花に同行すると主張した。唯花は自分一人でも強いと言いたかったが、実家のクズたちが全員店に集まって、実際に本当に喧嘩になったら、人数で確かに負けているのは明らかだった。だから、おばあさんの同行を止めなかった。姉の話によると、おばあさんはなかなか強いという。朝食のうどんを食べると、唯花は食器を片付けようとした。おばあさんが孫を一瞥すると、理仁は黙って椅子から立ち上がり、唯花から食器を受け取ってキッチンへ洗いに行った。「唯花ちゃん、あまり理仁を甘やかしすぎちゃだめよ」おばあさんは唯花に言った。「ちゃんと家事を手伝わせなくちゃ。この家は夫婦二人のものだから、二人一緒に分担しないとね。彼は確かに毎日仕事で疲れてるけど、唯花ちゃんだって働いているでしょ。疲れるのは同じよ。家で王様みたいにさせちゃだめよ。ちゃんと家事をやらせてね。そうしたらあなた自身も楽になるでしょ」「おばあちゃん、理仁さんは十分しっかりしているよ。いつも家事を手伝ってくれるの」あのクズの元義兄のほうこそ正真正銘の王様なのだ。家に帰ったら何もしない。何もかも姉にやらせておきながら、彼に「手足がちゃんとついているから自分のことは自分でしてください」と言えば、すぐ「一日中ずっと働いて疲れてるんだから、家で休ませろ」と不満を返してくる。それから、姉が毎日家で子供の世話だけ見ていて楽にしているだけなのに、家事まで彼の手を煩わせて、とんでもない怠け者だ、と……これ以上あのクズ男の話を言ってもうんざりしかしてこない。姉はもうすぐ彼を成瀬莉奈という女に譲って、新しい生活を手に入れるのだ。今後、成瀬莉奈は本当に俊介を甘やかして、何もさせずに楽にさせるだろうか?「彼ら兄弟たちは、将来自立できるように小さい頃からちゃんとしつけをしていたの。確かになかなかできる男になったわ。でもね、あなたが彼が仕事で疲れてるって気遣いすぎて、つい甘やかさないか心配なのよ。唯花ちゃん、いい男っていうのは、自
キッチンにいる理仁には二人のお喋りが筒抜けだった。おばあさんが唯花のことを甘やかすのは日常茶飯事で、理仁はもうとっくに慣れていた。おばあさんはずっと孫娘が欲しくて欲しくてたまらなかった。結局、九人の男の孫だけだ。おばあさんは唯花の人柄が気に入ったので、最初から孫娘のようにかわいがっていた。しかし、孫娘はいつかは他のところにお嫁に行くものだと突然気づき、考えを変えた。それからというもの、いろいろな手を使って、唯花を孫の嫁にしようとしたのだ。そうすれば、ずっと結城家にいるだろう。理仁は食器を洗い終わると、コンロもきれいに拭いた。全部終わると、洗剤で布巾を丁寧に洗い、何度も手を洗ってからキッチンを出てきた。唯花は立ち上がり、彼のスーツとネクタイを持ってきてあげた。彼女はまだ彼にネクタイをしてあげるのには不慣れだが、今は彼が言いだすのではなく、彼女自らしてくれるので、理仁は嬉しいと思っていた。皿洗いだけで、美人なお嫁さんに世話をしてもらうご褒美がついてくるなら、これは儲けたと理仁は思った。おばあさんも唯花の行動に満足そうだ。ちゃんと何か理仁にしてあげることを忘れなければ、理仁は絶対彼女にぞっこんになるだろう。夫婦はお互いに与え合うことで長く一緒にいられるものだ。何もかも一方的に与え続ければ、絶対いつか疲れがきて、その愛も冷めてしまうのだ。三十分後。三人が店に着いた時、店はすでに開いていた。しかし、店を開けた明凛は内海家の人達に一切お客としての振る舞いをしていなかった。内海じいさんだけが智明に店から椅子を運ばせて外で座っている以外、他の人は店の前で立ちっぱなしでいたり、しゃがんだりして、イライラした様子だった。智文は何本目の煙草を吸ったか、もうわからないほどだった。彼は結城社長に匿名の手紙を送った後、自分が結城グループに入ることができると自信満々だったが、結局何の反応もなかった。結城グループどころか、他の中小企業ですら採用してくれなかった。誰も彼を雇おうとしなかったのだ。彼だけでなく、内海一族全員の仕事に影響が出ていた。商売している者も顧客が奪われ、赤字のない日が一日も訪れなかった。智文はこれが唯花の後ろ盾の仕業だと誰よりも理解していた。彼は怖気づいたのだ。だから祖父を説得し、彼に一族の人を連
神崎詩乃は冷ややかな声で言った。「あなた達、私の姪をこんな姿にさせておいて、ただひとこと謝れば済むとでも思っているの?私たちは謝罪など受け取りません。あなた達はやり過ぎたわ、人を馬鹿にするにも程があるわね」彼女はまた警察に言った。「すみませんが、私たちは彼女たちの謝罪は受け取りません。傷害罪として処理していただいて結構です。しかし、賠償はしっかりとしてもらいます」佐々木親子は留置処分になるだけでなく、唯月の怪我の治療費や精神的な傷を負わせた賠償も支払う必要がある。あんなに多くの人の目の前で唯月を殴って侮辱し、彼女の名誉を傷つけたのだ。だから精神的な傷を負わせたその賠償を払って当然だ。詩乃が唯月を姪と呼んだので、隼翔はとても驚いて神崎夫人を見つめた。佐々木母はそれで驚き、神崎詩乃に尋ねた。「あなたが唯月の伯母様ですか?一体いつ唯月にあなたのような伯母ができたって言うんですか?」唯月の母方の家族は血の繋がりがない。だから十五年前にはこの姉妹と完全に連絡を途絶えている。唯月が佐々木家に嫁ぐ時、彼女の家族はただ唯花という妹だけで、内海家も彼女たちの母方の親族も全く顔を出さなかった。しかし、内海家は六百万の結納金をよこせと言ってきたのだった。それを唯月が制止し、佐々木家には内海家に結納金を渡さないようにさせたのだ。その後、唯月とおじいさん達は全く付き合いをしていなかった。佐々木親子は唯月には家族や親族からの支えがなく、ただ一人だけいる妹など眼中にもなかった。この時、突然見るからに富豪の貴婦人が表れ、唯月を自分の姪だと言ってきたのだった。佐々木母は我慢できずさらに尋ねようとした。一体この金持ちであろう夫人が本当に唯月の母方の親戚なのか確かめたかったのだ。どうして以前、一度も唯月から聞かされなかったのだろうか?唯月の母方の親族たちは、確か貧乏だったはずだ。詩乃は横目で佐々木母を睨みつけ、唯月の手を取り、つらそうに彼女の傷ついた顔を優しく触った。そして非常に苦しそうに言った。「唯月ちゃん、私と唯花ちゃんがしたDNA鑑定の結果が出たのよ。私たちは血縁関係があるのあなた達姉妹は、私の妹の娘たちなの。だから私はあなた達の伯母よ。私のこの姪をこのような姿にさせて、ひとことごめんで済まそうですって?」詩乃はまた佐々木親子を睨
一行が人だかりの中に入っていった時、唯花が「お姉ちゃん」と叫ぶ声が聞こえた。陽も「ママ!」と叫んでいた。唯花は英子たち親子が一緒にいるのと、姉がボロボロになっている様子を見て、どういうわけかすぐに理解した。彼女はそれで相当に怒りを爆発させた。陽を姉に渡し、すぐに後ろを振り向き、歩きながら袖を捲り上げて、殴る態勢に移った。「唯花ちゃん」詩乃の動作は早かった。素早く唯花のところまで行き、姉に代わってあの親子を懲らしめようとした彼女を止めた。「唯花ちゃん、警察の方にお任せしましょう」すでに警察に通報しているのだから、警察の前で手を出すのはよくない。「神崎さん、奥様、どうも」隼翔は神崎夫婦が来たのを見て、とても驚いた。失礼にならないように隼翔は彼らのところまでやって来て、挨拶をした。夫婦二人は隼翔に挨拶を返した。詩乃は彼に尋ねた。「東社長、これは一体どうしたんですか?」隼翔は答えた。「神崎夫人、彼女たちに警察署に行ってどういうことか詳しく話してもらいましょう」そして警察に向かって言った。「うちの社員が被害者です。彼女は離婚したのに、その元夫の家族がここまで来て騒ぎを起こしたんです。まだ離婚する前も家族からいじめられて、夫からは家庭内暴力を受けていました。だから警察の方にはうちの社員に代わって、こいつらを処分してやってください」警察は隼翔が和解をする気はないことを悟り、それで唯月とあの親子二人を警察署まで連れていくことにした。隼翔と神崎夫人一家ももちろんそれに同行した。唯花は姉を連れて警察署に向かう途中、どういうことなのか状況を理解して、腹を立てて怒鳴った。「あのクズ一家、本当に最低ね。もしもっと早く到着してたら、絶対に歯も折れるくらい殴ってやったのに。お姉ちゃん、あいつらの謝罪や賠償なんか受け取らないで、直接警察にあいつらを捕まえてもらいましょ」唯月はしっかりと息子を抱いて、きつい口調で言った。「もちろん、謝罪とか受け取る気はないわよ。あまりに人を馬鹿にしているわ!おじいさんが彼女たちを恐喝してお金を取ったから、それを私に返せって言ってきたのよ」唯花は説明した。「あの元義母が頭悪すぎるのよ。うちのおじいさんのところに行って、お姉ちゃんが離婚を止めるよう説得してほしいって言いに行ったせいでしょ。あ
佐々木親子二人は逃げようとした。しかし、そこへちょうど警察が駆けつけた。「あの二人を取り押さえろ!」隼翔は親子二人が逃げようとしたので、そう命令し、周りにいた社員たちが二人に向かって飛びかかり、佐々木母と英子は捕まってしまった。「東社長、あなた方が通報されたんですか?どうしたんです?みなさん集まって」警察は東隼翔と知り合いだった。それはこの東家の四番目の坊ちゃんが以前、暴走族や不良グループに混ざり、よく喧嘩沙汰を起こしていたからだ。それから足を洗った後、真面目に会社の経営をし、たった数年だけで東グループを星城でも有数の大企業へと成長させ、億万長者の仲間入りをしたのだった。ここら一帯で、東隼翔を知らない者はいない。いや、星城のビジネス界において、東隼翔を知らない者などいないと言ったほうがいいか。「こいつらがうちまで来て社員を殴ったんです。社員をこんなになるまで殴ったんですよ」隼翔は唯月を引っ張って来て、唯月のボロボロになった姿を警察に見てもらった。警察はそれを見て黙っていた。女の喧嘩か!彼らはボロボロになった唯月を見て、また佐々木家親子を見た。佐々木母はまだマシだった。彼女は年を取っているし、唯月はただ彼女を押しただけで、殴ったり手を出すことはしなかったのだ。彼女はただ英子を捕まえて手を出しただけで、英子はひどい有り様になっていた。一目でどっちが勝ってどっちが負けたのかわかった。しかし、警察はどちらが勝ったか負けたかは関係なく、どちらに筋道が立っているかだけを見た。「警察の方、これは家庭内で起きたことです。彼女は弟の嫁で、ちょっと家庭内で衝突があってもめているだけなんです」英子はすぐに説明した。もし彼女が拘留されて、それを会社に知られたら、仕事を失うことになるに決まっているのだ。彼女の会社は今順調に行ってはいないが、彼女はやはり自分の仕事のことを気にしていて、職を失いたくなかったのだ。「私はこの子の義母です。これは本当にただの家庭内のもめごとですよ。それも大したことじゃなくて、ちょっとしたことなんです。少し手を出しただけなんですよ。警察の方、信じてください」佐々木母はこの時弱気だった。警察に連れて行かれるかもしれないと恐れていたのだ。市内で年越ししようとしていたのに、警察に捕ま
東隼翔は顔を曇らせて尋ねた。「これはどういうことだ?」英子は地面から起き上がり、まだ唯月に飛びかかって行こうとしていたが、隼翔に片手で押された。そして彼女は後ろに数歩よろけてから、倒れず立ち止まった。頭がはっきりとしてから見てみると、巨大な男が暗い顔をして唯月を守るように彼女の前に立っていた。その男の顔にはナイフで切られたような傷があり非常に恐ろしかった。ずっと見ていたら夜寝る時に悪夢になって出てきそうなくらいだ。英子は震え上がってしまい、これ以上唯月に突っかかっていく勇気はなかった。佐々木母はすぐに娘の傍へと戻り、親子二人は非常に狼狽した様子だった。それはそうだろう。そして唯月も同じく散々な有様だった。喧嘩を止めようとした警備員と数人の女性社員も乱れた様子だった。彼らもまさかこの三人の女性たちが殴り合いの喧嘩を始めてあんな狂気の沙汰になるとは思ってもいなかったのだ。やめさせようにもやめさせることができない。「あんたは誰よ」英子は荒い息を吐き出し、責めるように隼翔に尋ねた。「俺はこの会社の社長だ。お前らこそ何者だ?俺の会社まで来てうちの社員を傷つけるとは」隼翔はまた後ろを向いて唯月のみじめな様子を見た。唯月の髪は乱れ、全身汚れていた。それは英子が彼女を地面に倒し殴ったせいだ。手や首、顔には引っ掻き傷があり、傷からは少し血が滲み出ていた。「警察に通報しろ」隼翔は一緒に出てきた秘書にそう指示を出した。「東社長、もう通報いたしました」隼翔が会社の社長だと聞いて、佐々木家の親子二人の勢いはすっかり萎えた。しかし、英子はやはり強硬姿勢を保っていた。「あなたが唯月んとこの社長さん?なら、ちょうどよかった。聞いてくださいよ、どっちが悪いか判定してください。唯月のじいさんが私の母を恐喝して百二十万取っていったんです。それなのに返そうとしないものだから、唯月に言うのは当然のことでしょう?唯月とうちの弟が離婚して財産分与をしたのは、まあ良いとして、どうして弟が結婚前に買った家の内装を壊されなきゃならないんです?」隼翔は眉をひそめて言った。「内海さんのおじいさんがあんたらを脅して金を取ったから、それを取り返したいのなら警察に通報すればいいだけの話だろう。内海さんに何の関係がある?内海さんと親戚がどんな状況なの
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ