「商業管理局と警察署だ」この時、森川晋太郎がいきなり入ってきて、淡々と告げた。病室にいた全員の目線が一斉に晋太郎に集まった。渡辺翔太は眉を深く寄せながら、「まさか盗み聞きの趣味があったとは」と皮肉った。晋太郎は目を細くして、「ドアが開いていたし、聞きたくなくても声が耳に届いていた。」と答えた。長澤真由は翔太の皮肉を気にせず、「商業管理局がどうしたの?」と晋太郎に聞き返した。晋太郎は椅子に座り、「他殺であれば、紀美子の父親が、他の誰かが狙っていたものに手を出した可能性がある」と言った。入江紀美子は眉を寄せ、晋太郎に聞き返した。「つまり、父は他人の利益に触れていた可能性があるということね?ただの商業競争の関係であれば、すべての受注契約書は記録があるはず。そこから切り込んで調査するべきだと?」「そうだ、流石は秘書出身だな」晋太郎は感心した様子で頷いた。紀美子は晋太郎の肯定を気にせず、「お兄ちゃん、父が勤めていた間のその会社の受注記録を、調べてもらえる?」と翔太に聞いた。「分かった、任せて」「紀美子、調査のことは私達に任せて。君は無理しないでちゃんと休んで、怪我を治してくれればいい。」紀美子は頷き、「分かったわ……叔父様、叔母様」真由は感動して紀美子の手を握り、「いい子ね!叔母さんは、君が認めてくれれば、死んでも心残りはないわ!」と言った。紀美子は微笑んだ。翔太と渡辺夫婦が帰った後。紀美子は晋太郎に、「昼ご飯食べに行かないの?」と聞いた。晋太郎は携帯でメッセージを編集しながら、「肇に買ってくるように指示した」と答えた。紀美子は暫く晋太郎の携帯を見つめてから言った。「もし忙しいなら、先に帝都に帰ってくれていいわ」晋太郎は手を止め、口元に笑みを浮かべて言った。「忙しくなければ残ってもいい、ということか?」「……」紀美子は、晋太郎がそう返してくるとは思っていなかった。彼女は晋太郎の話を無視した。30分後、杉本肇が昼ご飯を持ってやってきた。今回はお粥だけではなく、豪華なおやつも入っていた。美味しそうな匂いは、紀美子の食欲を大きく掻きたてた。肇は料理を一品ずつテーブルに置いて、「入江さん、これは全部晋様のご指示で買ってきたもので、みんなが入江さんが好きなも
パスワードを入力すると、チャット画面がポップアップしてきた。狛村静恵からのメッセージだった。「晋太郎、あまり心配しないで、私は念江くんと一緒に待ってるから」紀美子は驚いて、無心でその会話を見つめた。それは……森川晋太郎の携帯だった……彼女は自分の携帯だと思ってパスワードを入力した。パスワードは紀美子の誕生日。まさか晋太郎が、自分の誕生日をパスワードに設定していたとは。しかも、偶然とはいえ、静恵からのメッセージも見てしまった。念江と一緒に晋太郎の帰りを待っているだって?静恵に虐待されたこともあるのに!晋太郎が、あんな女とずっと一緒にいたなんて!それだったら、何故彼は自分に、警戒を解いてもらいたいなどと言ったのだろう。彼は、自分がどれほど矛盾しているか自覚していないのか?!紀美子は携帯を枕元に戻した。目の前の料理が、急に味がしなくなった気がした。心臓の痛みが彼女を現実に引き戻した。彼女は、彼の言葉と嘘っぽい行動を見て、もう簡単には信じられなかった!数分後、晋太郎が病室に戻ってきた。紀美子が冷めた表情で、ベッドに呆然と座っているを見て、彼は眉を寄せた。「何故食べない?」晋太郎はベッドの縁に座って、「左手じゃ箸が使えないから?」と尋ねた。紀美子はゆっくりと視線を取り戻し、冷たい口調で言った。「もう、帰っていいよ」晋太郎の目つきが厳しくなり、もっと冷たい口調で言った。「同じ言葉を何回繰り返させれば気が済む?」「ここに残ってもどうにもならないでしょ?」紀美子は厳しい声で彼を問い詰めた。「帝都にはあなたを必要とする人が沢山いるでしょ、なんでここに残るの?!」晋太郎は、彼女はどうしたのかと戸惑った。さっきまで何も無かったのに、なぜ急に反抗してくる?「そこまで俺に帰ってもらいたいのか?」晋太郎は冷たい声で聞いた。「そうよ!」紀美子ははっきりと答えた。彼がそこまで静恵のことを残したいのなら、彼女には、もう、2人の幸せを壊すつもりは無かった!晋太郎のオーラが急に冷たくなり、「紀美子、俺が何を間違ったというんだ!」と言った。それを聞くと、紀美子の怒りは一瞬で湧き上がり、負けずに言い返した。「間違ってるなど、一言も言ってないわ!ただあな
そう考えながら、森川晋太郎はテーブルに置いていた携帯と資料を持って、病室を出た。帰る前に、晋太郎は杉本肇に残って入江紀美子の世話をするように指示した。肇も外で二人の喧嘩が聞こえていた。自分のボスの寂しい後ろ姿を見送って、肇は病室に入った。彼には紀美子に言いたいことが沢山あった!紀美子の前に来て、肇は厳しい声で言った。「入江さん、何故晋様にあんな態度を取ったのか私は理解できません。晋様は、あなたが病院に運ばれたのを知ってから、手元の全ての仕事を置いてここに来ました。あなたがICUに入れられたのを見た時、一歩も離れずに外で待っていたのを知っていますか?彼は食わず眠らずにあなたが目覚めるのを待ち、自らあなたの世話までしたのに、何故晋様にあんなことを言ったのですか?入江さん、私には理解できません!」「もういい」紀美子は俯きながら、かすれた声で言った。「あなたも帰っていいよ」彼女はもう、愛人にはなりたくなかった。晋太郎にも、二股をしてほしくなかった。狛村静恵に関しては、彼女はもうそれ以上考えたくなかった。肇は深く眉を寄せながら、彼女を問い詰めた。「入江さん!一体どうしたのですか?晋様が、一体何をしたというのでしょうか?あなたが会社を立ち上げたばかりの頃、晋様がどれほど助けてあげたのか、どれほど、あなたの会社にちょっかいを出そうとした輩を退けたのか、あなたには分からないかもしれないが、あなたの会社がこれほどの短時間で帝都の商業界に、石垣を固めたのは、晋様の働きがあってからのものですよ」紀美子の表情に動揺が見えた。彼が自分を助けた?でも、それがどうしたというのか?彼が助けてくれた分は、静恵が彼女にもたらした苦痛の償いになるのか?彼女が思い出したくない過去の数々、全ては彼が静恵を甘やかしたことによるものだった。今更どう受け止めろというのか?!彼が未だに静恵と連絡を取りあっているのを、ただ見て見ぬ振りをしろというのか?!彼には、自分が静恵の後ろ盾をしていることで、紀美子がこの先、どれほど苦しめられることになるのか分からないのだろう。彼女はもうこれ以上背負いきれなかった。「出ていって!」紀美子は冷たい声で言った。「入江さん!」肇は往生際が悪く続けて問
入江紀美子はゆっくりと体を起こし、左手を両目に当て、「やっぱり私は彼と合わないわ」と言った。杉浦佳世子は手を顎に当てながら言った。「通常であれば、晋太郎はもう静恵と縁を切っているはずよ。静恵は前、念江くんにあんなひどいことをしたのに、晋太郎が彼女のことを許せるはずがない」「万が一本当に彼女のことが好きだったら?」紀美子はあざ笑いながら言った。。「それはもっと有り得ないわ!」佳世子はすぐに否定し、説明し始めた。「ほら、もし悟さんがあなたの子供を虐待したとしても、彼のことを好きになれる?或いは、もし悟さんが晋太郎の全てを奪ったのを知っても、まだ彼と一緒にいたいと思える?」「いいえ」紀美子は間髪を容れず答えた。「それでいいじゃない」紀美子は腕を下ろし、軽く眉を寄せながら言った。「なら、静恵と晋太郎は今、どういう関係?」「そこよ!」佳世子は不思議そうに紀美子を見て、「今はその2人の関係を明らかにするべきだわ」と言った。「彼と静恵の話をするのには、抵抗があるわ」紀美子は自分には彼女に傷つけられたトラウマがあると自覚していた。佳世子はどう慰めたらいいかが分からず、話題を変えるしかなかった。「で、あなたはいつ転院するつもり?」佳世子の言葉で転院の話を思い出した紀美子は、「ちょっと医者さんに聞いてくれる?できれば今日中に戻りたい」と言った。佳世子は立ち上がり、「分かったわ、ちょっと聞いてくる。もしできるなら、このまま転院の手続きを進めるね」と言いながら病室を去った。30分後。佳世子は病室に戻り、紀美子にまず帝都の病院に連絡を入れてからでないと、転院の手続きができないことを伝えた。しかし、翌日の午前には帰れるはずだ。紀美子は特に異議はなく、頷いて受け入れた。午後、佳世子はもう一つのベッドで横になって携帯を見ていた。暫く見ていると、彼女はそのまま眠ってしまった。紀美子も同じく暫く休もうとすると、枕の下に入れていた携帯が急に振動した。彼女が携帯を手に取り、メッセージを送信した人の名前を見ると、体が固まった。携帯を開き、森川次郎からのメッセージを確認した。「そろそろ起きたと思うが、今回の慈善事業はなかなかよくできている」次郎が必ず何かを言おうとしているのを知
狛村静恵は息を整え、笑顔で挨拶をした。森川貞則はエサを与えていた手を止め、横目で彼女を見てから、また魚にエサをやりはじめた。静恵が近くまで来てから、貞則は口を開いた。「よくもまた尋ねてきたものだ」静恵は笑顔で、「叔父様、その言い方はちょっとひどいですわ」と言った。貞則は冷たく鼻を鳴らし、やや厳しめの口調で言った。「うちの孫に何をしたかを、ワシが知らんとでも?」静恵は眉を上げ、「あれはもう過ぎたことですし、今の私は、念江の命の恩人ですよ」と言った。確かに、そのことがあったので、貞則は静恵が入って来るのを許した。彼は持っていた魚のエサを隣の石製のテーブルの上に置き、座ってから聞いた。「で、何をしに来た?」静恵も隣に座り、単刀直入に言った。「今回来たのは、次郎さんのことです」貞則の目つきは変わらず冷たいままであった。まるで彼女と次郎とのことを知っていたようだ。「次郎は君と何の関係もないが、何か言いたい?」貞則は聞いた。静恵は全く貞則の話を気にせず、「次郎さんが入江紀美子と接触しているのも、MKに戻りたいのも知っています。この2件について、私が彼の力になれます」貞則は目を細くして静恵を見て、「君が、晋太郎を説得して次郎をMKに戻らせるほどの力を持っているとでも?」と聞いた。「説得できるかどうかは自信がありませんが、晋太郎を妥協させる方法なら知っています」「どんな?」「紀美子です」貞則は眉を寄せ、「彼女に何の関係がある?」と聞いた。静恵は自分にお茶を注ぎながら言った。「晋太郎がどれほど彼女のことを気にしているのかについて、叔父様も分かっていますよね?」「あいつは今、彼女のところにいる」貞則は鼻を鳴らして言った。「例えば、次郎さんに彼女と婚約を結ぶように強いたら、どうなります?」貞則はすぐに断ろうとしたが、まだ言葉を言い出していないうち、静恵に阻まれた。「もちろん、本当の婚約ではありません。晋太郎に選択をさせる為のものだけです」貞則は暫く考えてから、「つまり、あいつに会社と紀美子の間で選択を迫るのか?」と尋ねた。静恵は頷き、答えた。「そうです、彼が紀美子を選んだら、止むを得ず次郎さんをMKに戻らせることになります」貞則はあざ笑い、言った。
狛村静恵はそのまま、冷静に座ってお茶を飲んでいた。暫くすると、森川貞則は、「晋太郎に次郎をMKに入れさせることができるのなら、次郎を君と結婚させる」と言った。そうは言っていたものの、貞則は既に心の中で策略を練っていた。静恵を森川家に入らせることは絶対不可能だ!だがこの女、利用価値はある。それに、彼は静恵が入江紀美子を殺人犯に仕立てようと仕立てた証拠を握っていた。静恵を捨てる時が来たら、手段はいくらでもある。静恵は笑って、「やはり叔父様は気前のいい方。紀美子が戻ってくれば、すぐに計画を実行できます」と言った。……夜。杉浦佳世子は、紀美子と晩ご飯を食べてからホテルに戻って休んだ。午後8時頃、紀美子は入江佑樹からのメッセージを受け取った。彼らは既に家に戻っていて、松風舞桜が彼らを外に連れて遊んできたとのことだった。紀美子は子供達と暫く雑談してから、桜舞にメッセージを送り、ついでに10万円を送金した。桜舞は30分以上経ってからやっと返信した。「入江さん、子供達にお風呂に入らせていて返信が遅れました。お金は受け取れません」「文字の入力は大変だし、お金は素直に受け取ってほしい」「入江さん、お金は本当にいいです。私はこの子達が好きですから。一緒にいるのがただ楽しいです」「……」桜舞がそこまで言うならと、紀美子はそれ以上言わなかった。「分かったわ、ありがとう、苦労をかけたね」桜舞は笑顔の絵文字を返信した。携帯を置いて、紀美子は立ち上がってトイレに行こうとした。布団を捲った途端、病室のドアが押し開けられ、森川晋太郎が入り口に現れた。紀美子は少し驚いて、何故彼が戻ってきたんだと疑問に思った。紀美子がベッドの横に立っているのを見て、晋太郎は眉を寄せながら、「何をしている?」と聞いた。紀美子は俯きながら、冷たい声で、「何で戻ってきたの?」と聞き返した。晋太郎はまっすぐに紀美子の前に立っていて、「君のことが心配だからだ」と答えた。紀美子はあざ笑い、トイレに向おうとした。「私は自分で大丈夫だから、あなたの助けは要らないわ」晋太郎は彼女の後ろについて、「君は静恵のことで怒っている、そうだろ?」と言った。紀美子は立ち止まり、彼が、自分がメッセージを読んだことに気づい
「入江さんの方は、見張りを残さなくてもいいのですか?」杉本肇は聞いた。エレベーターの扉が開き、森川晋太郎は大きな歩幅でエレベーターを出ながら、「小原を呼んでこい」と指示した。「かしこまりました、晋様」10分後。晋太郎は撫安県警察署の入り口についた。中に入るとすぐに、殴られて顔に傷がついた田中晴を見つけた。隣には、晴と喧嘩をしていた3人の男がいた。彼らの顔にも傷がついていた。晋太郎が晴の目の前に立つと、晴は首を振りながら晋太郎を見た。「よう、来たか」「お前、何てことをした!喧嘩で警察署に連れて来られるなど、シャレにならんぞ!」そう言いて、彼は後ろにいた肇に、「保釈金を払ってこい」と指示した。「待ってください。彼達はまだ、示談にするかどうか話が終わっていません」と、警察は言った。晋太郎はネクタイを引っ張り、イラつきながら晴の隣に座った。晴はすぐに、「ごめん、迷惑をかけちゃった」と謝った。晋太郎は晴を押しのけながら、「お前とこいつら、どっちが先に手を出した?」と聞いた。「奴らが先に手を出した!」晴はその三人を指差し、「俺はただ酔っちゃって、少し彼らに触れただけで殴られた」と可哀想な表情で答えた。「おい、デタラメなことを言うんじゃねえよ!」急に1人の男が立ち上がって晴に怒鳴った。「お前が俺の女に手を出したからだろ!」男は、怒鳴った傍から、警察に注意された。「静かにしなさい!ここは警察署だ、まだそんなに威張るのか?!」「警察官さん、こいつがうちの女に触れたこと、どう処理してくれるんっすか?」男は不服そうに聞いた。晋太郎は冷たい目線で晴を睨み、「お前は人の女に手を出したのか?」と尋ねた。晴は慌てて手を振りながら説明した。「違う!俺はただ彼女の傍を通っただけだ!俺は無実だ!」「嘘つけ!お前、俺の女の尻を触らなかった?!」「黙れ!」晋太郎のオーラ―は一瞬で冷たくなり、男を見る真っ黒な瞳の奥には、怒りの炎が燃えていた。。「お前ら、こいつがその女の尻を触った証拠を出せ。でないと、今回のことはタダでは済まないからな!」自分の親友を殴り、紀美子との大事な時間を奪った奴らを、晋太郎は許すつもりはなかった。徹底的に潰してやる!晋太郎のオーラ―が強
晴をホテルに送った後、晋太郎は病院に寄った。しかし、紀美子が眠っているのを見て、邪魔になるのを恐れてそのまま帰った。翌日。佳世子と翔太は早朝から病院に来て、紀美子の転院手続きを手伝った。9時。手続きが完了した。佳世子は紀美子の持ち物を整理しながら言った。「もう少しで終わるよ、荷物はあまり持ってきてないしね」紀美子は椅子に座ってぼんやりしていて、佳世子の言葉を聞いていないようだった。隣の翔太は仕方なくもう一度声をかけた。「紀美子?何をそんなにぼんやり考えてるの?」紀美子は我に返った。「何でもないよ。終わったの?叔父さんと叔母さんは?」「車の中で待ってもらってるよ、外は寒いから」翔太は言った。そう言いながら、翔太は新しく買ったダウンジャケットを紀美子にかけ、帽子とマフラーもつけてあげた。一通りの身支度を終えると、紀美子は翔太に包まれてクマのようになった。この時、紀美子の心はまったくここにないことは明らかだった。佳世子は紀美子に困惑した視線を投げかけた。「もしかして、晋太郎を待ってるの?メッセージ送ったら?」紀美子は黙ったまま、まるで機械のように携帯を取り出して晋太郎にメッセージを送った。内容は、彼女が退院することを伝えるものだった。晋太郎が何日も面倒を見てくれたので、何も言わずに去るわけにはいかない。特に他の意味はなかった。喧嘩しても、怒っていても、挨拶は基本だ。翔太と佳世子は互いに目を合わせた。「晋太郎がここに来てから、紀美子の心をまた引き寄せたみたい」佳世子は呟いた。「もし本当に仲直りするなら、俺も止めはしないよ」翔太は笑って言った。「今、紀美子は怒ってるよ」佳世子が注意した。翔太は少し驚いた。「どうしたの?」「あいつの他に、誰が紀美子を不快にさせるっていうの!」佳世子は唇を尖らせ、「静恵に決まってるじゃん」と言った。翔太の表情が少し暗くなった。晋太郎と静恵がまた一緒になったのか?もしそうなら、晋太郎にきちんと話をするつもりだった。絶対に、紀美子に辛い思いをさせたくない!ホテル。晋太郎はビデオ会議をしていた。数日間会社を離れていたため、多くのことを急いで決定しなければならず、紀美子のメッセージを見ることができなかった。会議が終わると、すでに1
紀美子は翔太に事情を簡単に説明した。話を聞いた翔太は深くため息をついた。「あの子たちはみんなしっかりした子たちだ。自分で決めたことなら、無理に引き止めるわけにはいかない。尊重してやらなきゃな。だが……こんな場所で気分転換するべきじゃない」「そういえば、翔太さんはここで何を?」佳世子は話題をそらすように尋ねた。翔太はバーの入口を一瞥しながら答えた。「あの連中は舞桜の遠縁の親戚たちなんだ」二人は顔を見合わせ、紀美子は怪訝そうに聞いた。「どうして舞桜の親戚と一緒に?」翔太は苦笑し、鼻をこすりながら答えた。「実はな、舞桜と一週間後に婚約する予定なんだ」「えっ!?」二人は声を揃えて叫んだ。「そんな大事なこと、どうして教えてくれなかったの?」紀美子は驚きを隠せなかった。佳世子は舌打ちした。「翔太さん、私たちより早いじゃない!」「彼らが帰ってから紀美子に話そうと思ってたんだ」紀美子は軽く眉をひそめた。「さっき見かけたけど、舞桜と同世代くらいの人たちみたいね。難しい人たちなの?」「なんというか……」翔太は小さくため息をついた。「茂の親戚と似たような連中だ。だから君には早く知らせたくなかったんだよ。彼らは本当に面倒を起こすから」「舞桜が止めないの?」佳世子は聞いた。「いつまでも我慢してばかりじゃダメよ!」「止めないわけじゃない」翔太は言った。「舞桜の父親からの試練のようなものだ。舞桜は彼らのことで父親と大喧嘩したんだ。でも、父親は自分だけでは決められないと言ったらしい。舞桜の祖父の意向もあるみたいで」紀美子は話の裏を読み取って聞いた。「もしかして、その祖父って……舞桜と兄さんの関係に反対してるの?」「そうだ」翔太は率直に認めた。「舞桜の祖父は、海軍の偉いさんでさ。我々のような商人のことを、なかなか認めてはくれない」「今どきそんな家柄を気にするなんて!」佳世子は呆れたように言った。紀美子はしばらく考え込んでから言った。「でも、そうでなければ、舞桜もここまで来て兄さんと出会うこともなかったわね」「うん、その通りだ。前に舞桜が俺に会いに来たことが、余計に彼女の祖父の反感を買ったらしい」「舞桜は良い子よ」紀美子は翔太を見つめて言った。
「結婚を発表する日に、この件も公表する」晋太郎はペンを置いてから答えた。今のところ、自分はまだ紀美子を正式に口説き落としていない。いきなりこんな話をしても、笑いものになるだけだ。夜。紀美子は佳世子に連れられ、帝都に新しくオープンしたバーに来ていた。入り口に入った瞬間耳をつんざくような音楽が聞こえてきて、紀美子は鼓動が早くなるのを感じた。彼女は佳世子の手を引き寄せ、耳元で叫ぶように言った。「佳世子、ここはやめようよ。あの人たちに知られたら、飛んでくるに決まってる」「どうしていけないの?」佳世子は紀美子の手を引っ張って中へ進んだ。「あの人たちはあの人たち、私たちは私たちよ。付き合ってるからって、こういう場所に来ちゃいけないルールでもあるの?正しく楽しんでるんだから、平気でしょ!」紀美子は佳世子が気分転換のために連れてきてくれたのだとわかっていた。だが、こういう騒がしい場所は苦手だった。理由は主に二つあった。一つは環境が乱雑なこと、もう一つは晋太郎の性格だ。彼が知れば、このバーごとひっくり返しかねない。自分でトラブルを起こすつもりもなければ、晋太郎に誰かに迷惑をかけさせるつもりもなかった。ボックス席に着いても、紀美子はまだ佳世子の手をしっかり握っていた。「佳世子、やっぱりここは嫌だわ。静かなバーに変えようよ?」「え、何?!」佳世子は聞き取れなかった。紀美子はもう一度繰り返し言った。「紀美子、まず座って落ち着いて話を聞いてよ」佳世子は言った。紀美子は彼女の意図を察し、しぶしぶ一緒に座った。佳世子は紀美子の耳元に寄った。「晋太郎、まだ記憶が戻ったって認めてないでしょ?」紀美子は彼女を見て尋ねた。「それがここに来ることと何の関係が?まさか、彼を刺激したいの?」佳世子は激しく頷いた。「男ってのはみんなそうよ。何か起こさないと本当のことを言わないのよ!」「だめだめ」紀美子は慌てて首を振った。「言わないのは彼の勝手よ。私がどうするかは私の自由。佳世子、本当にここにいたくないの」佳世子はまだ何か言いたげだったが、ふと目の端に映った人影に気づき、言葉を止めた。そしてじっとその見覚えのある姿を見つめながら言った。「紀美子、あの人……あなたのお兄
二人は涙を見せれば、ゆみがますます別れを惜しんでしまうことを恐れていたのだ。「ゆみ、待ってるから!毎日携帯見て、お兄ちゃんたちからの連絡を待ってるからね……ゆみはちゃんと大きくなるよ。ご飯もいっぱい食べて、悪さしないで……うう……早く帰ってきてね……」紀美子も、堪えきれず涙をこぼした。晋太郎がそっと近寄り、彼女を優しく抱き寄せた。この別れは、誰の胸にも重くのしかかっていた。ゆみは学校に行かなければならなかったので、佑樹と念江を見送った後、昼食を取るとすぐに急いで飛行機で帰って行った。紀美子は、がらんとした別荘を見回し胸の奥にぽっかりと穴が空いたような感覚に襲われ、ソファに座ったまま呆然としていた。今にも、子供たちが階上から駆け下りてきてキッチンで牛乳を飲むような気がしてならなかった。そんな紀美子の様子を見て、晋太郎は携帯を取り出し佳世子にメッセージを送った。1時間も経たないうちに、佳世子が潤ヶ丘に現れた。ドアが開く音に、紀美子がさっと振り向いた。佳世子と目が合うと、一瞬浮かんだ期待の色はすぐに消えていった。佳世子は小さくため息をつき、紀美子の隣に座った。「紀美子、まだ子供たちのことで頭がいっぱいなの?」紀美子は微かに頷いた。「うん……なかなか慣れなくて。佑樹と念江も行っちゃったし、ゆみもすぐ帰っちゃったし……」「あの子たち、本当にあなたに似てるわ」佳世子は言った。「あなたが帝都を離れてS国に行った時も、こんな風に自分の目標に向かって突き進んでたもの」紀美子はぽかんとし、思わず苦笑した。「あれは状況に迫られてのことよ」「そんなこと言ったら、まるで子供たちがあなたから離れたくてたまらないみたいじゃない」佳世子は紀美子の手を握った。「そんな話はやめましょう。午後はショッピングに行くわよ!」「ちょっと!」紀美子は驚いたように彼女を見つめて言った。「どうして急に来たの?」佳世子はきょろきょろと周りを見回し、晋太郎の姿がないのを確認すると、小声で言った。「実は、あなたのご主人に頼まれて来たのよ!」紀美子は、ご主人様という言葉を聞いて顔が赤くなった。「え、え?ご主人なんて……私、彼とはまだそんな関係じゃないのよ……」「遅かれ早かれ、そうなるんだから!」佳
俊介は淡く微笑んだ。「晋太郎、子供たちは俺にとって実の孫同然だ。心配する必要はない」その言葉を聞いて、紀美子は少し安心した。一行は保安検査場の目の前まで来ると、紀美子は子供たちの前にしゃがみ込んだ。彼女は無理に笑顔を作りながら、子供たちの腕に手を置いて言った。「一時間後には搭乗よ。誰と一緒でも、自分のことはきちんと守って。無理しないでね」佑樹と念江は頷いた。「ママ、心配しないで。僕たち、できるだけ早く帰るから」佑樹は言った。「ママも体に気をつけてね」念江は笑みを浮かべて言った。「パパと一緒に、今度は妹を作ってよ」紀美子は一瞬固まり、念江の鼻をつまんで言った。「ママとパパはまだ何も決めてないの。その話はまた今度ね」ゆみを待っている晋太郎は、周囲を見回しながらふと紀美子の方を見た。口を開こうとした瞬間、背後から慌ただしい足音が聞こえてきた。「お兄ちゃん!!念江お兄ちゃん!!」ゆみの声が響き、一同が振り返った。ゆみは小さな体で次々と乗客の間を縫うように駆け抜け、全力で佑樹と念江の元へ突進してきた。そして両手で二人の首にしっかりと抱きついた。「間に合ったよ!」ゆみは泣きながら二人の肩に顔を埋めた。「お兄ちゃんたちの見送り、間に合って良かった」佑樹と念江は呆然と立ち尽くした。まさかゆみがこんなに遠くまで見送りに来てくれるとは思ってもいなかったのだ。二人の目が一瞬で赤くなった。これ以上の別れの贈り物はないだろう。二人はゆみをしっかりと抱きしめ、必死に冷静さを保ちながら慰めた。「もう、泣くなよ!」佑樹はゆみの背中を叩いた。「人がたくさんいるんだぞ。恥ずかしくないのか」念江の黒く大きな目は優しさに溢れていた。「ゆみ、わざわざ来てくれてありがとう。大変だったろう」ゆみは二人から手を放した。「向こうに行ったら、絶対に自分のことをちゃんと気遣ってね。時間があったら、必ず電話してよ。分かった?」佑樹と念江は、思わず俊介を見た。その視線に気づいたゆみは、俊介を睨みつけた。「あなたのくだらない規則なんて知らないよ!お兄ちゃんたちを連れて行くのはいいけど、連絡を絶たせるなんてひどいよ!ゆみは難しいことは言えないけど、家族は連絡を取り合うべきだってわか
紀美子は箸を握る手の力を徐々に強めながら、優しく言った。「念江、大丈夫よ。本当にママに会いたくなったら、会いに来ればいい」念江はぽかんとした。「でもあそこは……」紀美子は首を振って遮った。「確かにルールはあるけど、抜け道だってあるはずでしょう?」念江はしばらく考え込んでから頷いた。「うん。僕たちが認められれば、きっとすぐにママに会える」紀美子は安堵の表情でうなずいた。子供たちと食事を終えると、彼女は階上へ上がり、荷造りを手伝った。今回は晋太郎の部下に任せず、自ら佑樹と念江の衣類や日用品をスーツケースに詰めていった。一つ一つスーツケースに収める度に、紀美子の胸の痛みと寂しさは募っていった。ついに、彼女は手を止め俯いて声もなく涙をこぼし始めた。部屋の外。晋太郎が階下へ降りようとした時、子供たちの部屋の少し開いた扉から、一人背を向けて座っている紀美子の姿が目に入ってきた。彼女の細い肩が微かに震えているのを見て、晋太郎の表情は暗くなった。しばらく立ち止まった後、彼はドアを押して紀美子の傍へ歩み寄った。足音を聞いて、紀美子は子供たちが来たのかと慌てて涙を拭った。顔を上げ晋太郎を見ると、そっと視線を逸らした。「どうしてここに……」「俺が来なかったら、いつまで泣いてるつもりだったんだ?」晋太郎はしゃがみ込み、子どもたちの荷物をスーツケースに詰めるのを手伝い始めた。「手伝わなくていいわ、私がやるから」「11時のフライトだ。いつまでやてる気だ?」晋太郎は時計を見て言った。「もう8時半だぞ」紀美子は黙ったまま、子供たちの服を畳み続けた。最後になってやっと気付いたが、晋太郎は服のたたみ方すら知らないようだった。ただぐしゃぐしゃに丸めて、スーツケースの隙間に押し込んでいるだけだった。紀美子は思わず笑みを浮かべて彼を見上げた。「あなた、本当に基本的なことさえできないのね」晋太郎の手は止まり、一瞬表情がこわばった。彼は不機嫌そうに顔を上げ、紀美子を見つめて言った。「何か文句でもあるのか?」紀美子は晋太郎が詰めた服を再び取り出しながら言った。「文句を言ったところで直らないだろうから、邪魔しないでくれる?」「この2日間で、弁護士に書類を準備させた。明日届く
「それは――龍介さんが自分で瑠美とちゃんと話すしかないんじゃない?」紀美子は微笑みながら言った。「紀美子、今夜は瑠美を呼んでくれてありがとう」龍介はグラスを持ち上げた。紀美子もグラスを上げて応じた。「龍介さんにはお世話になりっぱなしなんだから、こんな簡単なことでお礼言われると困るわ」夜、紀美子と晋太郎は子供たちを連れて家に戻った。紀美子が入浴を終えたちょうどその時、ゆみから電話がかかってきた。通話を繋ぐと、ゆみはふさぎ込んだ声で聞いてきた。「ママ、明日お兄ちゃんたち行っちゃうんでしょ?」紀美子はぎょっとした。「ゆみ、それは兄ちゃんたちから聞いたの?」「うん」ゆみが答えた。「ママ、お兄ちゃんたち何時に行くの?」浴室から聞こえる水音に耳を傾けながら、紀美子は言った。「ママも正確な時間わからないの。パパがお風呂から出たら聞いてみるから、ちょっと待っていてくれる?」「わかった」ゆみは言った。「ママ、それまで他の話しよっか」紀美子はゆみと雑談をしながら、十分ほど時間を過ごした。すると、晋太郎がバスローブ姿で現れた。ゆみの元気な声が携帯から聞こえてきたため、晋太郎は髪を拭きながらベッドの側に座った。「もう11時なのに、まだ起きてるのか?」紀美子が体を起こした。「佑樹たち明日何時に出発するのか知ってる?」晋太郎は紀美子の携帯を見て尋ねた。「ゆみはもう知ってるのか?」「知ってるよ!」ゆみは即答した。「パパ、私お兄ちゃんたちを見送りに行きたい」「泣くだろう」晋太郎は困ったように言った。「だから来ない方がいい」「嫌だ!絶対に行くの。だって次に会えるのいつかわからないんだもん」ゆみは強く主張した。その声は次第に震え始め、今にも泣き出しそうな顔になった。晋太郎は胸が締め付けられる思いがした。「分かったよ……専用機を手配して迎えに行かせる」そう言うと彼はベッドサイドの携帯を取り上げ、美月に直ちにヘリコプターを手配するよう指示した。翌日。紀美子は早起きして、子どもたちのために豪華な朝食を用意した。子供たちは、階下に降りてきてテーブルいっぱいに並んだ見慣れた料理を目にすると、驚いたように紀美子を見つめた。「これ全部、ママが一人
龍介は瑠美に笑いかけて言った。「瑠美、この前は助けてくれてありがとう」彼がアシスタントに目配せすると、用意してあった贈り物が瑠美の前に差し出された。「ささやかものだけど、受け取ってほしい」瑠美は遠慮なく受け取り、龍介に聞いた。「開けていい?」「どうぞ」瑠美は上にかけられていたリボンを解き、丁寧に箱のふたを開けた。中身を目にした瞬間、彼女は驚いて目を見開いた。「えっ!?これどうやって手に入れたの?!瑠璃仙人の作品でしょ!?」「前に君が玉のペンダントしてたから、好きなんだろうと思って」「めっちゃ好き!!」瑠美は興奮して紀美子に言った。「姉さん!これ梵語大師の作品よ!前に兄さんに探させたけど全然ダメだったのに!」紀美子は玉のことには詳しくないため、梵語大師が誰なのかもわからなかった。彼女はただ穏やかに微笑んで言った。「気に入ってくれて良かったわ」一方、晋太郎の視線は龍介に留まった。龍介の目には、かすかな熱意のようなものがある。紀美子を見る時には決して見せたことのない眼差しだ。もしかして、龍介は瑠美に気があるのか?晋太郎は探るように口を開いた。「吉田社長の狙いがこんなに早く変わるとはな」龍介は瑠美の笑顔から視線を外し、晋太郎の目を見つめて言った。「森川社長、それはどういう意味だ?」晋太郎は唇を歪めて冷笑した。「吉田社長、新しい対象ができたのに、なぜまだ紀美子に執着してるんだ?」それを聞いて、瑠美は驚いて顔を上げ、龍介と紀美子を交互に見た。紀美子は瑠美の視線を感じ取って、説明した。「私と吉田社長は何もないから、誤解しないで」「誤解なんてしてないよ」瑠美は言った。「でも晋太郎兄さんが言ってた『吉田社長の狙い』って、私のこと?」紀美子も、晋太郎のその言葉の真意はつかめていなかった。龍介のような、感情を表に出さず落ち着いていて慎重なタイプが、活発で明るい瑠美に興味を持つのだろうか。もしかすると、あの時瑠美が龍介を助けたことがきっかけなのか?二人の年齢差は10歳ほどあるはずだ。でも、性格が正反対なほど惹かれ合うって話もある。もし瑠美が龍介と結婚したら、みんな安心できるだろう。「もしよければ、瑠美さん、連絡先を教えてくれないか?」
そう言うと、晋太郎はさりげなく紀美子から車の鍵を受け取った。佑樹が傍らで晋太郎をじっと見て言った。「パパ、違うよ。ママが誰かとお見合いするわけじゃん」晋太郎は生意気な佑樹を見下ろしながら聞き返した。「じゃあ、何だって言うんだ?」佑樹は笑いながら紀美子を見て言った。「ママみたいな美人、お見合いなんて必要ないじゃん。ママに告白したい人を並ばせたら、地球を一周できるよ」念江も付け加えた。「前におばさんから聞いたけど、ママの会社の重役や課長さんたちもママに気があるらしい」晋太郎の端整な顔に薄ら笑いが浮かんだが、その目には陰りがあった。「ろくでもない奴らだ。君たちのママはそんなやつらに興味ない」重役と課長か……晋太郎は鼻で笑った。計画を早める必要がありそうだな。「そろそろ時間よ。遅れちゃうわ。三人とも、もう出発できる?」紀美子は腕時計を見て言った。一時間後。紀美子と晋太郎は二人の子供を連れてレストランに到着した。龍介が予約した個室に入ると、彼はすでに待っていた。紀美子を見て龍介は笑顔で立ち上がった。「紀美子、来たね」紀美子が前に出て謝った。「龍介さん、ごめん。渋滞でちょっと遅れちゃった」「気にしないで」龍介は晋太郎を見上げて言った。「森川社長、久しぶりだな」晋太郎は鼻で嗤い、皮肉をこめて言った。「永遠に会わなくてもいいんじゃないか」龍介はその言葉を無視し、子供たちにも挨拶してから席に着いた。紀美子が子供たちに飲み物を注いだ後、龍介に尋ねた。「今日は何の用?」「じゃあ単刀直入に言うよ」龍介の表情が急に真剣になった。「紀美子、瑠美は君の従妹だよね?一度彼女に会わせてくれないか?」紀美子は驚き、晋太郎と視線を合わせてから龍介を見た。「この前の件で瑠美に会いたいの?」龍介は頷き、率直に答えた。「ああ、命の恩人に対して、裏でこっそり調べたり連絡するのは失礼だと思ってね」「紹介はできるけど、彼女が会ってくれるかどうかはわからないよ」「頼むよ。あれからずっと、ちゃんとお礼も言えてなかったから」紀美子は頷き、携帯を取り出して瑠美の番号を探し出した。「今連絡してみる」電話がつながると、瑠美の声が聞こえた。「姉さん?どうした?
どっちみち焦っているのは晋太郎の方で、こっちじゃないんだから。これまで長い年月を待ってきたのだから、もう少し待っても構わない。2階の書斎。晋太郎はむしゃくしゃしながらデスクに座っていた。紀美子が龍介と電話で話していた時の口調を思い出すだけで、イライラが募った。たかが龍介ごときに、あんなに優しく対応するなんて。あの違いはなんだ?ちょうどその時、晴から電話がかかってきた。晋太郎は一瞥してすぐに通話ボタンを押した。「大事じゃないならさっさと切れ!」晋太郎はネクタイを緩めながら言った。電話の向こうで晴は一瞬たじろいだ。「晋太郎、家に着いたか?なぜそんなに機嫌が悪いんだ?」晋太郎の胸中は怒りでいっぱいになっており、必然と声も荒くなっていた。「用があるなら早く言え!」「はいはい」晴は慌てて本題に入った。「さっき隆一から電話があってな。出国前にみんなで集まろうってさ。あいつまた海外に行くらしい」「無理だ!」晋太郎は即答した。「夜は予定があるんだ」「午後、少しカフェで会うだけなのに、それも無理か?」午後なら……夜の紀美子と龍介の待ち合わせに間に合う。ついでに、あの件についても聞けるかもしれない「場所を送れ」30分後。晋太郎は晴と隆一と共にカフェで顔を合わせた。隆一は憂鬱そうにコーヒーを前にため息をついた。「お前らはいいよな……好きな人と結婚できて」晴はからかうように言った。「どうした?また父親に、海外に行って外国人とお見合いしろとでも言われたのか?」「今回は外国人じゃない」隆一は言った。「相手は海外にいる軍司令官の娘で、聞くところによると性格が最悪らしい」晴は笑いをこらえながら言った。「それはいいじゃないか。お前みたいな遊び人にはぴったりだろ?」「は?誰が遊び人だって?」隆一はムッとして睨みつけた。「お前みたいなふしだらな男、他に見たことないぞ!」「俺がふしだらだと?!」晴は激しく反論した。「俺、今はめちゃくちゃ真面目だぞ!」隆一は嘲るように声を上げて笑った。「お前が真面目?笑わせんなよ。佳世子がいなかったら、まだ女の間でフラフラしてたに決まってるだろ!」「お前だってそうだったじゃないか!よく俺のことを言える