「彼は、君の父に、母と離婚して渡辺家から出るか、そうでなければ監獄へ送ると脅かした。君の父は気の強い方で、責任感も強いから、自分が監獄に入れられようと、君たち親子を守ろうとした。君の母がそのことを知って、外祖父と大喧嘩をして、君の父を残してくれないと、彼と親子関係を解除するとまで言い出した。こうして、君の両親は一銭ももらえずに渡辺家を出た。最初の頃は、私達は君の良心に従って戻ってくるように勧めていた。しかしその後、私達が勧誘しすぎていたせいか、彼達は私達と完全に縁を断った。私達は5年間も人を遣って彼達を探していたが、全く手掛かりが掴めず、警察が家に来るまでは、君の父が亡くなったことを知らなかった」入江紀美子は思わず布団を握りしめ、渡辺裕也に父の死因を聞いた。「溺死だ」紀美子は目を大きく開いて、「つまり、自殺?」と聞いた。裕也は首を振りながらため息をつき、「私達は彼が自ら命を絶つような人だと信じられない。彼は自分よりも君たち親子を愛していた。だから彼は、どんなに辛くても君たち親子を捨てるようなことを、絶対するはずがない。」「自殺じゃないなら、犯人は誰なの?!」紀美子は焦って聞いた。渡辺夫婦は辛い顔色が浮かべ、「手掛かりはまだ何も掴めていない」と言った。「有り得ないわ!」紀美子は激昂した。「殺人事件であれば必ず手掛かりがある!或いは……」紀美子の話は途中で止まった。或いは父を殺害した人が大金持ちで、金を使って裏で権利を握っていた人なら……でないと手掛かりがないことはない。裕也は苦笑いをして、「ほら、その点は皆も思いついているが、証拠がない」と言った。紀美子は必死に気持ちを抑えて、「私の母は?」と尋ねた。裕也は固まり、目元が赤く染まった。彼は苦痛を帯びて泣きそうな声で言った。「紗月ちゃんは自殺をした。私達が彼女を見つけた時には、既に大量の睡眠薬を飲み込んでいた」長澤真由は涙がこぼれながら言った。「私達が紗月さんを見つけた時、既に君の姿は無く、君が一体何処に連れていかれたのかは分からなかった。君の身分が分かった後、翔太が君は孤児院にいたのを教えてくれた。君の両親の死は私達が一番悔しい出来事。あの時、私達がもっと強く彼達が家を出るのを止めていたら、或いは……」
「商業管理局と警察署だ」この時、森川晋太郎がいきなり入ってきて、淡々と告げた。病室にいた全員の目線が一斉に晋太郎に集まった。渡辺翔太は眉を深く寄せながら、「まさか盗み聞きの趣味があったとは」と皮肉った。晋太郎は目を細くして、「ドアが開いていたし、聞きたくなくても声が耳に届いていた。」と答えた。長澤真由は翔太の皮肉を気にせず、「商業管理局がどうしたの?」と晋太郎に聞き返した。晋太郎は椅子に座り、「他殺であれば、紀美子の父親が、他の誰かが狙っていたものに手を出した可能性がある」と言った。入江紀美子は眉を寄せ、晋太郎に聞き返した。「つまり、父は他人の利益に触れていた可能性があるということね?ただの商業競争の関係であれば、すべての受注契約書は記録があるはず。そこから切り込んで調査するべきだと?」「そうだ、流石は秘書出身だな」晋太郎は感心した様子で頷いた。紀美子は晋太郎の肯定を気にせず、「お兄ちゃん、父が勤めていた間のその会社の受注記録を、調べてもらえる?」と翔太に聞いた。「分かった、任せて」「紀美子、調査のことは私達に任せて。君は無理しないでちゃんと休んで、怪我を治してくれればいい。」紀美子は頷き、「分かったわ……叔父様、叔母様」真由は感動して紀美子の手を握り、「いい子ね!叔母さんは、君が認めてくれれば、死んでも心残りはないわ!」と言った。紀美子は微笑んだ。翔太と渡辺夫婦が帰った後。紀美子は晋太郎に、「昼ご飯食べに行かないの?」と聞いた。晋太郎は携帯でメッセージを編集しながら、「肇に買ってくるように指示した」と答えた。紀美子は暫く晋太郎の携帯を見つめてから言った。「もし忙しいなら、先に帝都に帰ってくれていいわ」晋太郎は手を止め、口元に笑みを浮かべて言った。「忙しくなければ残ってもいい、ということか?」「……」紀美子は、晋太郎がそう返してくるとは思っていなかった。彼女は晋太郎の話を無視した。30分後、杉本肇が昼ご飯を持ってやってきた。今回はお粥だけではなく、豪華なおやつも入っていた。美味しそうな匂いは、紀美子の食欲を大きく掻きたてた。肇は料理を一品ずつテーブルに置いて、「入江さん、これは全部晋様のご指示で買ってきたもので、みんなが入江さんが好きなも
パスワードを入力すると、チャット画面がポップアップしてきた。狛村静恵からのメッセージだった。「晋太郎、あまり心配しないで、私は念江くんと一緒に待ってるから」紀美子は驚いて、無心でその会話を見つめた。それは……森川晋太郎の携帯だった……彼女は自分の携帯だと思ってパスワードを入力した。パスワードは紀美子の誕生日。まさか晋太郎が、自分の誕生日をパスワードに設定していたとは。しかも、偶然とはいえ、静恵からのメッセージも見てしまった。念江と一緒に晋太郎の帰りを待っているだって?静恵に虐待されたこともあるのに!晋太郎が、あんな女とずっと一緒にいたなんて!それだったら、何故彼は自分に、警戒を解いてもらいたいなどと言ったのだろう。彼は、自分がどれほど矛盾しているか自覚していないのか?!紀美子は携帯を枕元に戻した。目の前の料理が、急に味がしなくなった気がした。心臓の痛みが彼女を現実に引き戻した。彼女は、彼の言葉と嘘っぽい行動を見て、もう簡単には信じられなかった!数分後、晋太郎が病室に戻ってきた。紀美子が冷めた表情で、ベッドに呆然と座っているを見て、彼は眉を寄せた。「何故食べない?」晋太郎はベッドの縁に座って、「左手じゃ箸が使えないから?」と尋ねた。紀美子はゆっくりと視線を取り戻し、冷たい口調で言った。「もう、帰っていいよ」晋太郎の目つきが厳しくなり、もっと冷たい口調で言った。「同じ言葉を何回繰り返させれば気が済む?」「ここに残ってもどうにもならないでしょ?」紀美子は厳しい声で彼を問い詰めた。「帝都にはあなたを必要とする人が沢山いるでしょ、なんでここに残るの?!」晋太郎は、彼女はどうしたのかと戸惑った。さっきまで何も無かったのに、なぜ急に反抗してくる?「そこまで俺に帰ってもらいたいのか?」晋太郎は冷たい声で聞いた。「そうよ!」紀美子ははっきりと答えた。彼がそこまで静恵のことを残したいのなら、彼女には、もう、2人の幸せを壊すつもりは無かった!晋太郎のオーラが急に冷たくなり、「紀美子、俺が何を間違ったというんだ!」と言った。それを聞くと、紀美子の怒りは一瞬で湧き上がり、負けずに言い返した。「間違ってるなど、一言も言ってないわ!ただあな
そう考えながら、森川晋太郎はテーブルに置いていた携帯と資料を持って、病室を出た。帰る前に、晋太郎は杉本肇に残って入江紀美子の世話をするように指示した。肇も外で二人の喧嘩が聞こえていた。自分のボスの寂しい後ろ姿を見送って、肇は病室に入った。彼には紀美子に言いたいことが沢山あった!紀美子の前に来て、肇は厳しい声で言った。「入江さん、何故晋様にあんな態度を取ったのか私は理解できません。晋様は、あなたが病院に運ばれたのを知ってから、手元の全ての仕事を置いてここに来ました。あなたがICUに入れられたのを見た時、一歩も離れずに外で待っていたのを知っていますか?彼は食わず眠らずにあなたが目覚めるのを待ち、自らあなたの世話までしたのに、何故晋様にあんなことを言ったのですか?入江さん、私には理解できません!」「もういい」紀美子は俯きながら、かすれた声で言った。「あなたも帰っていいよ」彼女はもう、愛人にはなりたくなかった。晋太郎にも、二股をしてほしくなかった。狛村静恵に関しては、彼女はもうそれ以上考えたくなかった。肇は深く眉を寄せながら、彼女を問い詰めた。「入江さん!一体どうしたのですか?晋様が、一体何をしたというのでしょうか?あなたが会社を立ち上げたばかりの頃、晋様がどれほど助けてあげたのか、どれほど、あなたの会社にちょっかいを出そうとした輩を退けたのか、あなたには分からないかもしれないが、あなたの会社がこれほどの短時間で帝都の商業界に、石垣を固めたのは、晋様の働きがあってからのものですよ」紀美子の表情に動揺が見えた。彼が自分を助けた?でも、それがどうしたというのか?彼が助けてくれた分は、静恵が彼女にもたらした苦痛の償いになるのか?彼女が思い出したくない過去の数々、全ては彼が静恵を甘やかしたことによるものだった。今更どう受け止めろというのか?!彼が未だに静恵と連絡を取りあっているのを、ただ見て見ぬ振りをしろというのか?!彼には、自分が静恵の後ろ盾をしていることで、紀美子がこの先、どれほど苦しめられることになるのか分からないのだろう。彼女はもうこれ以上背負いきれなかった。「出ていって!」紀美子は冷たい声で言った。「入江さん!」肇は往生際が悪く続けて問
入江紀美子はゆっくりと体を起こし、左手を両目に当て、「やっぱり私は彼と合わないわ」と言った。杉浦佳世子は手を顎に当てながら言った。「通常であれば、晋太郎はもう静恵と縁を切っているはずよ。静恵は前、念江くんにあんなひどいことをしたのに、晋太郎が彼女のことを許せるはずがない」「万が一本当に彼女のことが好きだったら?」紀美子はあざ笑いながら言った。。「それはもっと有り得ないわ!」佳世子はすぐに否定し、説明し始めた。「ほら、もし悟さんがあなたの子供を虐待したとしても、彼のことを好きになれる?或いは、もし悟さんが晋太郎の全てを奪ったのを知っても、まだ彼と一緒にいたいと思える?」「いいえ」紀美子は間髪を容れず答えた。「それでいいじゃない」紀美子は腕を下ろし、軽く眉を寄せながら言った。「なら、静恵と晋太郎は今、どういう関係?」「そこよ!」佳世子は不思議そうに紀美子を見て、「今はその2人の関係を明らかにするべきだわ」と言った。「彼と静恵の話をするのには、抵抗があるわ」紀美子は自分には彼女に傷つけられたトラウマがあると自覚していた。佳世子はどう慰めたらいいかが分からず、話題を変えるしかなかった。「で、あなたはいつ転院するつもり?」佳世子の言葉で転院の話を思い出した紀美子は、「ちょっと医者さんに聞いてくれる?できれば今日中に戻りたい」と言った。佳世子は立ち上がり、「分かったわ、ちょっと聞いてくる。もしできるなら、このまま転院の手続きを進めるね」と言いながら病室を去った。30分後。佳世子は病室に戻り、紀美子にまず帝都の病院に連絡を入れてからでないと、転院の手続きができないことを伝えた。しかし、翌日の午前には帰れるはずだ。紀美子は特に異議はなく、頷いて受け入れた。午後、佳世子はもう一つのベッドで横になって携帯を見ていた。暫く見ていると、彼女はそのまま眠ってしまった。紀美子も同じく暫く休もうとすると、枕の下に入れていた携帯が急に振動した。彼女が携帯を手に取り、メッセージを送信した人の名前を見ると、体が固まった。携帯を開き、森川次郎からのメッセージを確認した。「そろそろ起きたと思うが、今回の慈善事業はなかなかよくできている」次郎が必ず何かを言おうとしているのを知
狛村静恵は息を整え、笑顔で挨拶をした。森川貞則はエサを与えていた手を止め、横目で彼女を見てから、また魚にエサをやりはじめた。静恵が近くまで来てから、貞則は口を開いた。「よくもまた尋ねてきたものだ」静恵は笑顔で、「叔父様、その言い方はちょっとひどいですわ」と言った。貞則は冷たく鼻を鳴らし、やや厳しめの口調で言った。「うちの孫に何をしたかを、ワシが知らんとでも?」静恵は眉を上げ、「あれはもう過ぎたことですし、今の私は、念江の命の恩人ですよ」と言った。確かに、そのことがあったので、貞則は静恵が入って来るのを許した。彼は持っていた魚のエサを隣の石製のテーブルの上に置き、座ってから聞いた。「で、何をしに来た?」静恵も隣に座り、単刀直入に言った。「今回来たのは、次郎さんのことです」貞則の目つきは変わらず冷たいままであった。まるで彼女と次郎とのことを知っていたようだ。「次郎は君と何の関係もないが、何か言いたい?」貞則は聞いた。静恵は全く貞則の話を気にせず、「次郎さんが入江紀美子と接触しているのも、MKに戻りたいのも知っています。この2件について、私が彼の力になれます」貞則は目を細くして静恵を見て、「君が、晋太郎を説得して次郎をMKに戻らせるほどの力を持っているとでも?」と聞いた。「説得できるかどうかは自信がありませんが、晋太郎を妥協させる方法なら知っています」「どんな?」「紀美子です」貞則は眉を寄せ、「彼女に何の関係がある?」と聞いた。静恵は自分にお茶を注ぎながら言った。「晋太郎がどれほど彼女のことを気にしているのかについて、叔父様も分かっていますよね?」「あいつは今、彼女のところにいる」貞則は鼻を鳴らして言った。「例えば、次郎さんに彼女と婚約を結ぶように強いたら、どうなります?」貞則はすぐに断ろうとしたが、まだ言葉を言い出していないうち、静恵に阻まれた。「もちろん、本当の婚約ではありません。晋太郎に選択をさせる為のものだけです」貞則は暫く考えてから、「つまり、あいつに会社と紀美子の間で選択を迫るのか?」と尋ねた。静恵は頷き、答えた。「そうです、彼が紀美子を選んだら、止むを得ず次郎さんをMKに戻らせることになります」貞則はあざ笑い、言った。
狛村静恵はそのまま、冷静に座ってお茶を飲んでいた。暫くすると、森川貞則は、「晋太郎に次郎をMKに入れさせることができるのなら、次郎を君と結婚させる」と言った。そうは言っていたものの、貞則は既に心の中で策略を練っていた。静恵を森川家に入らせることは絶対不可能だ!だがこの女、利用価値はある。それに、彼は静恵が入江紀美子を殺人犯に仕立てようと仕立てた証拠を握っていた。静恵を捨てる時が来たら、手段はいくらでもある。静恵は笑って、「やはり叔父様は気前のいい方。紀美子が戻ってくれば、すぐに計画を実行できます」と言った。……夜。杉浦佳世子は、紀美子と晩ご飯を食べてからホテルに戻って休んだ。午後8時頃、紀美子は入江佑樹からのメッセージを受け取った。彼らは既に家に戻っていて、松風舞桜が彼らを外に連れて遊んできたとのことだった。紀美子は子供達と暫く雑談してから、桜舞にメッセージを送り、ついでに10万円を送金した。桜舞は30分以上経ってからやっと返信した。「入江さん、子供達にお風呂に入らせていて返信が遅れました。お金は受け取れません」「文字の入力は大変だし、お金は素直に受け取ってほしい」「入江さん、お金は本当にいいです。私はこの子達が好きですから。一緒にいるのがただ楽しいです」「……」桜舞がそこまで言うならと、紀美子はそれ以上言わなかった。「分かったわ、ありがとう、苦労をかけたね」桜舞は笑顔の絵文字を返信した。携帯を置いて、紀美子は立ち上がってトイレに行こうとした。布団を捲った途端、病室のドアが押し開けられ、森川晋太郎が入り口に現れた。紀美子は少し驚いて、何故彼が戻ってきたんだと疑問に思った。紀美子がベッドの横に立っているのを見て、晋太郎は眉を寄せながら、「何をしている?」と聞いた。紀美子は俯きながら、冷たい声で、「何で戻ってきたの?」と聞き返した。晋太郎はまっすぐに紀美子の前に立っていて、「君のことが心配だからだ」と答えた。紀美子はあざ笑い、トイレに向おうとした。「私は自分で大丈夫だから、あなたの助けは要らないわ」晋太郎は彼女の後ろについて、「君は静恵のことで怒っている、そうだろ?」と言った。紀美子は立ち止まり、彼が、自分がメッセージを読んだことに気づい
「入江さんの方は、見張りを残さなくてもいいのですか?」杉本肇は聞いた。エレベーターの扉が開き、森川晋太郎は大きな歩幅でエレベーターを出ながら、「小原を呼んでこい」と指示した。「かしこまりました、晋様」10分後。晋太郎は撫安県警察署の入り口についた。中に入るとすぐに、殴られて顔に傷がついた田中晴を見つけた。隣には、晴と喧嘩をしていた3人の男がいた。彼らの顔にも傷がついていた。晋太郎が晴の目の前に立つと、晴は首を振りながら晋太郎を見た。「よう、来たか」「お前、何てことをした!喧嘩で警察署に連れて来られるなど、シャレにならんぞ!」そう言いて、彼は後ろにいた肇に、「保釈金を払ってこい」と指示した。「待ってください。彼達はまだ、示談にするかどうか話が終わっていません」と、警察は言った。晋太郎はネクタイを引っ張り、イラつきながら晴の隣に座った。晴はすぐに、「ごめん、迷惑をかけちゃった」と謝った。晋太郎は晴を押しのけながら、「お前とこいつら、どっちが先に手を出した?」と聞いた。「奴らが先に手を出した!」晴はその三人を指差し、「俺はただ酔っちゃって、少し彼らに触れただけで殴られた」と可哀想な表情で答えた。「おい、デタラメなことを言うんじゃねえよ!」急に1人の男が立ち上がって晴に怒鳴った。「お前が俺の女に手を出したからだろ!」男は、怒鳴った傍から、警察に注意された。「静かにしなさい!ここは警察署だ、まだそんなに威張るのか?!」「警察官さん、こいつがうちの女に触れたこと、どう処理してくれるんっすか?」男は不服そうに聞いた。晋太郎は冷たい目線で晴を睨み、「お前は人の女に手を出したのか?」と尋ねた。晴は慌てて手を振りながら説明した。「違う!俺はただ彼女の傍を通っただけだ!俺は無実だ!」「嘘つけ!お前、俺の女の尻を触らなかった?!」「黙れ!」晋太郎のオーラ―は一瞬で冷たくなり、男を見る真っ黒な瞳の奥には、怒りの炎が燃えていた。。「お前ら、こいつがその女の尻を触った証拠を出せ。でないと、今回のことはタダでは済まないからな!」自分の親友を殴り、紀美子との大事な時間を奪った奴らを、晋太郎は許すつもりはなかった。徹底的に潰してやる!晋太郎のオーラ―が強
どっちみち焦っているのは晋太郎の方で、こっちじゃないんだから。これまで長い年月を待ってきたのだから、もう少し待っても構わない。2階の書斎。晋太郎はむしゃくしゃしながらデスクに座っていた。紀美子が龍介と電話で話していた時の口調を思い出すだけで、イライラが募った。たかが龍介ごときに、あんなに優しく対応するなんて。あの違いはなんだ?ちょうどその時、晴から電話がかかってきた。晋太郎は一瞥してすぐに通話ボタンを押した。「大事じゃないならさっさと切れ!」晋太郎はネクタイを緩めながら言った。電話の向こうで晴は一瞬たじろいだ。「晋太郎、家に着いたか?なぜそんなに機嫌が悪いんだ?」晋太郎の胸中は怒りでいっぱいになっており、必然と声も荒くなっていた。「用があるなら早く言え!」「はいはい」晴は慌てて本題に入った。「さっき隆一から電話があってな。出国前にみんなで集まろうってさ。あいつまた海外に行くらしい」「無理だ!」晋太郎は即答した。「夜は予定があるんだ」「午後、少しカフェで会うだけなのに、それも無理か?」午後なら……夜の紀美子と龍介の待ち合わせに間に合う。ついでに、あの件についても聞けるかもしれない「場所を送れ」30分後。晋太郎は晴と隆一と共にカフェで顔を合わせた。隆一は憂鬱そうにコーヒーを前にため息をついた。「お前らはいいよな……好きな人と結婚できて」晴はからかうように言った。「どうした?また父親に、海外に行って外国人とお見合いしろとでも言われたのか?」「今回は外国人じゃない」隆一は言った。「相手は海外にいる軍司令官の娘で、聞くところによると性格が最悪らしい」晴は笑いをこらえながら言った。「それはいいじゃないか。お前みたいな遊び人にはぴったりだろ?」「は?誰が遊び人だって?」隆一はムッとして睨みつけた。「お前みたいなふしだらな男、他に見たことないぞ!」「俺がふしだらだと?!」晴は激しく反論した。「俺、今はめちゃくちゃ真面目だぞ!」隆一は嘲るように声を上げて笑った。「お前が真面目?笑わせんなよ。佳世子がいなかったら、まだ女の間でフラフラしてたに決まってるだろ!」「お前だってそうだったじゃないか!よく俺のことを言える
晋太郎は思わず唾を飲み込んだ。言葉に詰まる彼を見て、紀美子は笑いながら頬の髪を耳にかけた。「晋太郎、隠してもね、ふとした瞬間に本心は漏れるものよ。言いたくないなら無理強いはしない。いつかきちんと考えがまとまったら、また話しましょう」そう言うと、紀美子は先を行く子供たちの手を取って笑いながら歩き出した。紀美子の後姿を見ながら、晋太郎は考え込んだ。……翌日。一行は荷物をまとめ、帝都に戻った。別荘に着くとすぐ、紀美子は龍介から電話を受けた。彼女はスピーカーをオンにし、子供たちのためにフルーツを準備しながら応答した。「龍介さん」そう言うと、電話の向こうから龍介の心配そうな声が聞こえてきた。「紀美子、大丈夫か?」ちょうどキッチンに入ってきた晋太郎は、はっきりとその言葉を聞いた。彼は眉をひそめ、テーブルに置かれた紀美子の携帯を不機嫌そうに睨みつけた。「相変わらず情報通だね。大丈夫だよ、心配しないで」「いや、情報通ってわけじゃない」龍介は言った。「今、トレンド一位が悟の件だ。まさか自殺するとは」紀美子はリンゴの皮をむく手を止めた。「もうその話はいいよ。過去のことだし」「悪い。今晩、空いてる?食事でもどうだ?」「無理だ!」突然、晋太郎の声が紀美子の背後から響いた。びっくりして振り向くと、彼はすでに携帯を奪い取っていた。龍介は笑いながら言った。「森川社長、盗み聞きするなんて、よくないね」「陰で俺の女を誘う方がよほど下品だろ」「森川社長、俺と紀美子はビジネスパートナーだ。食事に誘うのに許可が必要か?」晋太郎は冷笑した。「お前みたいなパートナー、認められない」「森川社長と紀美子はまだ何もないはずだ。『俺の女』って言い方、どうかしてるぞ」「……」紀美子は言葉を失った。この二人のやり取り、いつまで続くんだろう……「龍介さん、何か急ぎの用?」紀美子は携帯を取り返し、呆れた様子で晋太郎を一瞥した。「相談したいことがある。家族連れでも構わない」「わかった。後で場所と時間を教えて」「ああ」電話を切ると、紀美子は晋太郎を無視してリンゴの皮むきを続けた。晋太郎は腕を組んでキッチンカウンターに寄りかかり、不機嫌そうに聞いた。「俺とあいつが同
「お前の両親は納得したのか?」晋太郎がさらに尋ねた。「俺はあいつらと縁を切ったのさ。だから何を言われようと、俺は気にしない」晴は肩をすくめた。「子供たちを海外に送りだしたら、準備する」晋太郎は視線を紀美子と子供たちに向けた。「そう言えば、佑樹たちはいつ出発するんだ?」晴はハッと気づいた。「明日、まず彼らを帝都に連れ帰る。明後日には隆久と一緒に出発する予定だ」晋太郎は日数を計算した。「ゆみには言わないのか?兄たちを見送らせてやらなくていいのか?」晴は軽くため息をついた。「必要ない」晋太郎は即答した。「ゆみを泣かせたくない」「お前のゆみへの態度、日に日に親バカ度が上がってるように感じるよ。昨日佳世子と話してたんだ。『もう一人産んで、その子を譲ってくれ』って」晴は眉を上げた。「寝言は寝てから言え」晋太郎は足を止め、不機嫌そうに彼を見た。「お前と紀美子はまだ産めるだろうが、俺は無理なんだよ!」晴は言った。「今の医療技術なら、子供への感染を防ぐ方法も試せる」晋太郎は彼をじっと見た。「『試せる』って言ったろ」晴は落ち込んだ。「もし運が悪くて子供に感染したらどうする?」「たとえお前が俺の子供を自分の子のように育てられても、お前たちには大きな悔いが残るだろう」晋太郎は言った。「もういい。佳世子に毎日苦しみと自責の念を味わわせたくない。病気だけでも十分辛いんだ」晴はため息をついた。「俺は子供をやるつもりもない」そう言うと、晋太郎は紀美子たちの後を追った。「晋太郎!酷いこと言うなよ!金は弾むよ。少しは人情を持てよ!」晴は目を見開いた。晴の見えないところで、晋太郎の唇がかすかに緩んだ。夕食後。紀美子と晋太郎は、二人の子供を連れて外を散歩した。「会社の合併について考えたことはあるか?」しばらく歩くと、晋太郎は傍らの紀美子に尋ねた。「合併ってどういう意味?」紀美子は彼を見上げた。「文字通りの意味だ」晋太郎は、もし紀美子がまた妊娠したら、彼女に産休を取らせるつもりだった。「あんたの力に頼って会社を発展させる気はないわ。全てが無意味になる」「MKを見くびっているのか?」晋太郎は足を止めて彼女を見た。「MKの実力を馬
遠くのスナイパーも急いでライフルの安全装置を外したが、悟は自分のこめかみに銃を向けた。晋太郎は呆然とした。言葉を発する間もなく、悟は笑みを浮かべながら引き金を引いた…………紀美子が目を覚ました時、自分が元の部屋にいないことに気づいた。佳世子が傍らに座り、二人の子供たちと話していた。彼女がゆっくりと体を起こすと、その音に三人が一斉に振り向いた。「紀美子!」佳世子が駆け寄った。「目が覚めたんだね!」「どうやって戻ってきたの?」紀美子は尋ねた。「晋太郎が連れ帰ってくれたの。もう全部終わったわ」佳世子は明るく笑った。「終わったって……?」紀美子は理解できずに聞いた。「悟は?自首したの?」「彼、自殺したの」佳世子の瞳が少し潤んだ。自殺……紀美子は凍りついた。「晋太郎と二言三言交わした後、自分のこめかみに銃を向けて、みんなの目の前で死んだらしいわ。あの時彼があんたを再び部屋に連れ戻した理由が分かる気がする。自分の死に様を見せたくなかったんでしょうね」佳世子は続けて言った。紀美子は、ホテルのロビーで大河が撃たれた後、悟が彼女の目を覆ったことを思い出した。悟の結末を聞いて、紀美子は複雑な心境になった。悲しい?悟は数々の非道なことをしたのに、なぜ悲しいのか分からなかった。少しも嬉しい気持ちになれない。目が次第に赤くなっていく紀美子を見て、佳世子は心の中でそっとため息をついた。二人は、長年共に過ごした仲間だ。たとえ悟がどれほど冷血なことをしたとしても、紀美子は彼が優しくしてくれた日々を思い出さずにはいられないだろう。だって、あの優しさは本物だったから。「晋太郎は?」紀美子は長い沈黙の後、ようやく息をついて話題を変えた。「隣の部屋で会議中よ。会社の用事で、晴も一緒だわ」佳世子は答えた。紀美子は頷き、視線を子供たちに向けた。「この二日間、怖い思いをさせちゃったね」彼女は両手を広げ、微笑みながら言った。二人の子供は母の懐に飛び込んだ。「お母さん、怪我はない?」念江が心配そうに尋ねた。「うん、とくに何もされなかったわ」紀美子は首を振って答えた。「あの悪魔はもういないし、僕と念江も安心して出発できる」「うん、外でしっか
悟は紀美子をじっと見つめた。まだ語り尽くせない思いは山ほどあったが、全ては言葉にできなかった。長い沈黙の後、悟は紀美子の手を離し、立ち上がってドアに向かった。ドアノブに手をかけた瞬間、彼は再びベッドに横たわる彼女を振り返った。淡い褐色の瞳には純粋で、ただ未練と後悔だけが満ちていた。ゆっくりと視線を戻すと、悟は決然とドアを開けた。ドアの外で、ボディガードは悟が出てくるのを見て一瞬たじろいだ。「お前は私の部下ではない。何もしなくていい。私が自分で行く」悟は彼を見て言った。「悟が降りてきます!」悟の背中を見送りながら、ボディガードは美月に報告した。報告を受け、美月は晋太郎を見た。悟が紀美子にかけた言葉をはっきりと聞いていた晋太郎は、端正な顔を険しくした。次に……彼は唇を強く結び、ドアを開けて車から出た。美月も続いて降りてきた。晋太郎たちがホテルの入り口で立ち止まると、悟が中から出てきた。「あんたと俺は同じ汚れた血が流れている。たとえあんたが認めたくなくても、これが事実だ」悟は平静な笑みを浮かべた。「上で紀美子に何をした?」晋太郎は怒りを抑え、冷たい声で詰め寄った。「私が彼女に本当に何かしたとして、あんたの出番などないだろう」悟は反問した。「だが心配するな。彼女はただ眠っているだけだ」「お前は自分で自首するか、俺がお前をムショに送るか選べ」「刑務所だと?」悟は嘲笑った。「私があの男と同じ場所に行くと思うか?」「それはお前が決めることじゃない!」「降りてきたのは、ただ一つ聞きたいことがあったからだ」悟は一歩踏み出し、ゆっくりと晋太郎に近づいた。二人の距離が縮まるのを見て、美月は慌てて止めに入ろうとした。「来るな」背後からの気配に、晋太郎は軽く振り返って言った。美月は焦りながらもその場で止まった。社長は目の前の悟がどれほど危険か分かっているのか?本当に傲慢で思い上がりも甚だしい!!「最後のチャンスだ。聞きたいことは一度で済ませろ」晋太郎は視線を戻し、悟の目を見据えた。「貞則があんたの母親にあんなことをしたのを知って、彼を殺そうと思ったことはあるか?」「お前があの老害を始末してくれたおかげで、俺は手を汚さずに済んだ。礼を言
「俺は何も言わない!」ボディガードが運転手の口に貼られたテープを剥がすと、運転手は晋太郎を見上げて言った。晋太郎は冷たく笑った。「美月」運転手は晋太郎の側に来た女性を見て、次に何が起こるかをよく理解していた。「暴力で自白させようとしても無駄だ。俺は塚原社長を裏切るつもりはない。殺すならさっさとやってくれ!」運転手は歯を食いしばって言った。「誰が暴力を振るつもりだと言った?」「どういう意味だ?」運転手は一瞬呆然とした。「この世には特殊メイクがあるじゃない」美月が笑いながら言った。運転手は一瞬固まったが、すぐに気づいた。自分は、捕まってからただ口を塞がれ連れて来られたが、暴力を振るわれることはなかった。その間の動きは非常に静かで、部屋の中からは何の音もしなかっただろう。「社長がそう簡単に騙されると思うのか?」そう言い終わると、運転手は内心不安になり上階に向かって叫ぼうともがいたが、傍らのボディガードに素早く再び口を塞がれた。すぐに美月は道具を取り出し、彼とよく似た体型のボディガードの変装を始めた。30分後、美月はそのボディガードを完全に運転手に化けさせた。自分とそっくりに変装したボディガードを見て、運転手の瞳は恐怖に満ちた。美月は変声器を取り出してボディガードにつけた。「ほら、何か喋ってみて」ボディガードが声を出すと、運転手はひどく衝撃を受けた。もう終わりだ、完全に終わりだ!「上に行ったら、悟に夕食が要るかどうかと尋ねるだけ。もし『要る』と言われたら、食事を届けながら部屋の様子を窺う。もし『要らない』と言われたら、この盗聴器を中に入れ、ドアの前で待機して。中の状況を常に把握したいの」運転手の表情を見て、美月はボディガードに言った。「分かりました、美月さん」そう言うと、ボディガードはホテルに入り、美月の指示通りに三階に上がった。「社長、夕食はいかがですか?」悟の部屋の前で、彼はドアをノックして尋ねた。「いい」部下の声を聞いて、悟は疑うことなく答えた。「入江さんの分もいいのですか」ボディガードはゆっくりしゃがみ込み、盗聴器を入れた。「ああ、彼女は寝ている」美月と晋太郎の耳には悟の声がはっきりと届いた。晋太郎は眉をひそめた。悟はま
「あんたはもう逃げられないわ。いつ私を解放してくれるの?」紀美子が尋ねた。「紀美子、私に二つだけ約束してくれないか?」悟は俯いて、掠れた声で言った。「私のできる範囲なら、約束するよ」早くそこを離れるために、紀美子は悟の話に合わせた。「ありがとう」悟は笑みを浮かべた。紀美子は彼の要求を待ったが、しばらく経っても悟は何も言わなかった。「約束って何?」紀美子が怪訝そうに尋ねた。「一つは後で教える」悟は再び立ち上がった。 そして、彼は彼女に向かって一歩ずつ近づいた。紀美子は緊張して椅子の肘掛けを握りしめた。「もう一つは、今夜だけ、私と一緒にいてくれないか、紀美子」悟は彼女の前で止まり、跪いて耳元で囁いた。「悟、変なことを言わないで」紀美子は目を見開いて彼を見た。悟は首を振った。「心配するな。ただ静かに眠って、そばにいてほしいだけだ」そう言うと、悟はそっと一本の針を取り出し、紀美子が気づかないうちに彼女の手のツボに素早く刺した。 「痛っ!」紀美子は手を引っ込め、恐怖に満ちた目で悟を見た。「何をしたの?」 「言っただろう。ただ一晩眠って、一緒にいてほしいだけだって」悟は冷静に答えた。その言葉と同時に、紀美子は急激な疲弊感に襲われた。彼女はまだ何か言おうとしたが、猛烈な睡魔に脳を支配され、次第に視界がぼやけていった。やがて紀美子はゆっくりと目を閉じ、横に倒れこんだ。悟は彼女の体を受け止め、腰をかがめてベッドに運んだ。階下。晋太郎が民宿に着くと、美月は車から飛び出して彼の元へ駆け寄った。 晋太郎が質問する前に、晴が先に詰め寄った。「彼女たちはどこにいるんだ?」 「佳世子さんは無事ですが、紀美子さんはまた部屋に連れ戻されました」美月は答えた。「森川社長、無闇に上るのは控えた方がいいでしょう。悟が部屋に爆発物を仕掛けている可能性がありますので、不用意に動けません」美月は晋太郎に向き直って忠告した。「偵察班を出せ」晋太郎は険しい表情で言った。「もう手配済みです」美月は答えた。「既に悟の部下の一人を排除しました」晋太郎はホテルの窓を見上げた。「奴はどの階にいるか特定できたか?」「3階です。廊下には悟の
「美月さん、山田大河という技術者が紀美子さんを人質に取っています。奴らは銃を持っていますが、どうしますか?」少し離れた場所に立っていた二人の男は、彼らの会話を聞きながら、通信機を通じて美月に低い声で報告した。「騒ぎ立てる必要はないが、その場を離れるな。とりあえずは威圧感を与えるだけでいいわ。紀美子さんは私が何とかする」美月は周囲を見回して、指示を出した。 「了解です、美月さん」 二人のボディガードが座るのを見て、大河の緊張はさらに高まった。 彼らは晋太郎の部下に違いない。 一般人であれば、銃を持っている奴を見た途端に逃げるはずだ。悟はゆっくりと大河に近づいた。「大河、言うことを聞け、銃を下ろせ」 目が充血した大河は首を振った。「できません、社長……もう逃げられません。奴らがここにいるということは、外も囲まれているはずです」 「分かっているさ。だから、銃を下ろせと言っているんだ」 「社長……」大河は涙を浮かべた。「どうか生き延びてください。こんな女に惑わされて命を投げ出さないで!彼女は災いのもとです。俺が彼女を始末します!社長、生きて……」そう言い終わると、大河は銃の安全装置を外し、再び紀美子の額に銃口を向けようとした。その瞬間、彼の視覚には悟が銃を抜く姿が映った。「社長……」大河は動きを止め、驚愕して目を見開いた。「バン——」突然、ガラスが砕ける音が響いた。紀美子が慌てて振り向くと、顔に温かく湿った感触と強烈な血の匂いがした。背後からの拘束が弱まり、紀美子は大河が目を見開いたまま倒れるのを見た。銃弾は彼のこめかみを貫通し、傷口から血が止めどなく噴き出してきた。顔が青ざめた彼女の目を覆い、悟は最速で彼女を連れてエレベーターに乗り込んだ。ロビーに座っていた二人のボディガードはすぐに追いかけようとしたが、エレベーターの扉はすぐに閉まってしまった。「美月さん、奴らは上の階へ逃げました!」ボディガードの一人が報告した。「大河が手を出さなければ、こっちも動くつもりはなかったのに。困ったわ。部屋のカーテンを閉められたら、こちらの狙いは定まらない」「強行突破しましょうか、美月さん!」 「ダメだ!部屋に爆弾を仕掛けられたかもしれない。悟が危険
「大河さんからいろいろ聞いた」紀美子は優しい口調で、悟のそばに座った。「全ての恨みを捨てて、どこかでまたやり直そう」悟は大河を一瞥し、明らかに不満げな視線を向けた。「君もついて来てくれるか?」紀美子は悟の浅褐色の、澄み切った瞳を見つめた。これほどの苦難を乗り越えたとは信じ難いほどの、純粋な眼差しであった。彼には彼の事情があるが、彼女にも許せないことがあった。悟を去るように説得することは、彼女の最大の譲歩だった。「それができないのは分かっているでしょう?晋太郎は私を探すのを諦めないわ。一生ビクビクしながら生きていきたいの?」紀美子は言った。「君がそばにいてくれれば、私はどうなっても構わない」悟はそう言いながら、紀美子の手に触れようとした。しかし、紀美子はとっさに手を引っ込めた。悟の手は空中で止まり、数秒間硬直した後、静かに下ろされた。「紀美子、もうこれ以上言わなくていい。君がここに少しでも長くいてくれるだけで十分だ」悟は紀美子に言った。「そして大河、お前の気持ちは分かるが、彼女を脅す必要はない」大河は一瞬呆然とした。「しかし、社長……」「もうこれ以上言うな」悟は言った。「もう十分に話したはずだ。これ以上説明しても無駄だ。お前は大海と行け」大河は納得いかず、まだどう説得しようか考えていたその時、民宿の入り口から二人の男が入ってきた。大河はその二人の体格から、彼らは訓練を受けた者たちだとすぐに分かった。彼らは普段着を着ていたが、明らかに危険なオーラを帯びていた。大河は視線を紀美子に移し、いきなり彼女を掴んだ。その急な挙動に、紀美子も悟も反応できなかった。次の瞬間、大河は悟の目の前で、再び銃を紀美子のこめかみに突きつけた。「大河、紀美子を放せ!」悟の表情は一気に冷たくなった。「嫌です!」二人の男は足を止め、険しい表情で大河を見つめた。「社長、奴らが来ました。この女を人質にして逃げましょうよ!社長もこの女を連れていきたいでしょう?俺が無理やり連れていきます!」「大河!」悟は怒声を上げた。「お前、そんなことをして何の得がある?そう簡単に彼女を連れ去れるとでも思うのか?私は強要ではなく、彼女自身の意思でついて来てほしいんだ!」「社長!