あれは父の親戚の集まりだ。来るのは会社の人間が圧倒的に多い。けど、誰を思い浮かべてもいまいちピンとこなかった。「思い出せないんじゃしょうがないね。それが分かれば、好きで泥酔したんじゃないって言い訳できるのに」「あはは……ほんとですね。何でなんだろ」食事を終えて、時計を見るともう二十時だった。「和巳さん、お風呂どうぞ。今日買ったボディタオルも、もうお風呂場に用意してます」「ありがとう!」和巳さんは弄っていたノートパソコンを閉じると、俺の方に来て少し屈んだ。「じゃっ、一緒に入ろうか」「はいっ!?」予想外の提案をされて、声が上擦る。一緒に風呂。えーと、それはつまり。「……わ、わかりました。全力でお背中流します!」「サンキュー!」果たしてそれで合ってたのか分からないけど、二人で浴室に入った。当然、全裸だ。一言で言って、舐めてた。意識しないよう努めても、彼の胸や腰や目に入る。いかんいかん、今は彼の身体を洗うんだから!男二人じゃ狭い浴室で頭を洗う。そしていよいよ身体を洗うときがきた。和巳さんの生肢体……とか考えてる俺、もうガチの変態だな。「背中洗いますね」「ありがとう。何かもう、おんぶにだっこで申し訳ないなぁ」「いえいえ、いいんです。和巳さんのお世話をすることが、俺の幸せなんで!」「……」タオルをめいっぱい泡立てて洗った後、シャワーで流した。今度は自分の身体を洗おうとタオルを手に取る。しかし突然椅子に座らされた。「和巳さん?」「鈴、次は俺が洗ってあげるよ。じっとしててね」彼はタオルと自分の手にボディシャンプーをとり、たくさん泡立てる。そして、俺の身体を丁寧に洗い始めた。「すっごいぬるぬるだね?」「……っ!」何か、尋常じゃなく恥ずかしい。俺は和巳さんの背中を洗うだけだったのに、彼は俺の腕や脚、それから胸まで洗っている。「う……」胸の突起を摘まれて、びくっとする。普段自分で洗う時は意識しないのに。そういえば、漫画やゲイビではよく乳首も弄るっけ。でも、実際に感じるとはとても思えないけど……。「鈴のここ、さっきまでぷにぷにしてたのに、今は尖ってる」「あっ!」カリッと爪で引っ掻かれて、身体が震えた。痛いだけじゃない。変な気分になる。「……それじゃ、こっちも洗おうか」そう言って彼が手を伸ばしたのは、脚の間。誰にも触られたこと
スマホのアラームが枕元で鳴り出した。朝だ。目を覚ましてアラーム音を止めると、和巳さんの寝顔が目の前にあった。「ん~……。おはよう、鈴」「おはようございます、和巳さん」改めて思ったけど、本当に綺麗な人だ。彼ほどの美青年を寝起きから間近で見ると、童顔な自分が恥ずかしくなる。それに、今日からはもう恋人だ。嫌でも気持ちが舞い上がるし、変に緊張する。「鈴、おはようのチュー」「んっ!」朝から刺激が強い……いや、むしろ甘くて優しいと言うべきなのか。早くもバカップルみたいだけど、とけてしまいそうだった。着替えてからパンを焼いて、簡単なサラダとハムエッグを用意する。テーブルに朝食を並べると、和巳さんは嬉しそうに席についた。「いいなぁ、これ。何かあれみたい。えーと」「新婚ですか?」「そう、ソレソレ!」和巳さんはフーフーと息を吹きかけて、熱いコーヒーを飲む。それが何だか可愛らしくて、思わず笑ってしまった。今日は日曜日で、お互い用事がない。せっかくなので和巳さんの生活用品を買うため、朝食後に買い物に行くことにした。この辺で一番大きなショッピングモールで、彼と一緒に色々見て回った。寝具、食器、雑貨……選びながら買ってると、結構時間がかかる。気づけばもう昼過ぎだった。一旦買ったものを車に乗せ、また建物内に入る。「和巳さん、そろそろお腹空きません? せっかくだし何か食べてきましょう」「おっ、いいね! さっき美味そうなハンバーガーの店があったんだ」「和巳さん、ハンバーガーならアメリカで食べまくったんじゃないんですか?」「あぁ。でも日本は日本でめちゃくちゃ美味いだろー。だからいつでも食べれる」と言うので、彼の行きたい店に入って好きなメニューを頼んだ。彼はビーフで、俺はチキンバーガーにした。「あー、美味しいな。もう一個食べれそう」「すごいですね。俺は一個で足ります」窓際の席で、外を眺める。雑多な建物が並んでいて、少し狭苦しいようにも思えた。「話は変わるけど、俺、鈴が行ってる大学を見に行きたいな」「えっ」思わずジュースを落としそうになる。すると、彼は首を傾げた。「日本の大学は一度も見に行ったことないし。……駄目かな?」「いえ、どうぞどうぞ! 学食でも食べに来てください!」和巳さんなら普通に生徒と思われそうだ。なんなら俺のサークルに呼んで、友
でも、やっぱりいけないことなんだろうか。恐る恐る見上げると、和巳さんは優しく微笑んでいた。何故か彼の額には汗が伝って……心なしか、苦しそうに見えた。「和巳さ……あっ!」初めて見る表情に目を奪われたせいで反応できなかった。自分のものを激しく扱かれる。早すぎるけど、だめだ。これ以上やられたら……、「ゃ……あぁっ!」自分でも驚くぐらい呆気なく。彼の掌の中に射精してしまった。「ふふ。全然、俺に触れられなかったな?」「……!」白い液体が滴り落ちる掌を見せびらかし、あろうことか和巳さんはそれを舐めとった。見間違いだと思いたかったけど、残酷なことに現実だ。「やっ、やめてください! そんな事しちゃだめです!」慌てて彼の手を掴み制止すると、彼は困った顔で身を引く。そしてさらに卑猥な音を立て、勿体なさそうに口に含んだ。「うあぁ……和巳さん、それはお腹壊しますよ」「鈴のならいいよ。お腹壊しても看病してくれるでしょ?」「それはもちろんしますが……だ、だめですよ。和巳さんが……俺なんかの」恥ずかしくって、さっきの快感は即座に姿を消してしまった。ため息を飲み込む。和巳さんって、実はめちゃくちゃエロいんだな……。全然抵抗なさそうだし、実はかなり経験があるのかもしれない。そう思うとちょっと複雑だった。「和巳さんは、男の人とエッチしたことあるんですか」「気になる?」もちろん。でも言葉にはしなかった。やっぱりちょっと、恥ずかしいからだ。「そうだな……好きになったのは、鈴が初めて。これは命懸けるよ」和巳さんは俺の前髪を持ち上げて、優しくキスをした。好きになった初めての相手が自分、というのはとても嬉しい。けど、彼の科白だと身体の関係は初めてじゃなさそうだ。やっぱり、何かあったとしたら留学してからだよな。向こうはこっちよりずっとオープンだし。彼と別れた最後の年は俺が十四歳、和巳さんは十八歳だった。思春期の真っ只中で、色々性的な授業も受けていた。長い間考えていた。女性との性行為というのはまるで想像しなかったけど、和巳さんのことを思い浮かべていた。夜、気が高まって一人で自慰をする時なんか特に、彼の姿が脳裏にチラついた。和巳さんも俺と同じ男だから、欲求がたまればこうして抜くわけで。女の人と、エッチなことをするのかもしれない、と。許されないことを想像してし
小さかった頃は、歩ける範囲で色んな所へ行った。自分でも不思議だけど、とにかく遠い所を目指した。遠ければ遠いほど道に迷うかもしれないし、戻ってくるのもしんどいのに。それでも俺は公園で知らない子達に混じって遊ぶより、川沿いや林へ行って何かを探す方が好きだった。生き物や植物を見つけることは楽しい。でも、一回帰り道が分からなくなって呆然としたことがあったっけ。交番を探そうにも、交番がどこにあるのか分からない。極度の人見知りで、知らない大人に尋ねることもできなかった。泣きそうになるのを堪えていたとき、あの人が迎えに来てくれた。『鈴! 良かった、やっと見つけた……!』和巳さんがわざわざ俺を捜しに来てくれたんだ。ホッとした顔で自転車から下りて、俺の頭に手を置いた。『もう、どこまで行ってんの。こんな遠くで遊んでたらダメだって』空は真紫に染まり、街灯がぽつぽつと点き始める。俺達の影はどんどん伸びていった。『叔父さん達が待ってるよ。早く家に帰ろう。でもその前に交番探そうか。俺もここがどこだか分かんないんだ』和巳さん……。『全然人いないけど、大丈夫かな? 大丈夫だね、多分!』何が起きても、どれだけ遠回りしたとしても、彼は俺にとってすごい人なんだ。俺がドジなら、和巳さんは天然。父さんも伯父さんも完璧主義者なのに、これは一体誰から遺伝したんだろう。分からないけど、彼はいつも手を差し伸べてくれた。「ん……」鳥のさえずりが遠くで聞こえる。瞬きを数回すると、見覚えのある天井が真上にあった。ここは確か、おじいちゃんの家。「おっはよ、鈴」「えっ」急に視界が真っ暗になり、額に何かが触れた。それがどんどん離れていき、大好きなあの人の顔が見えてきた。「お、おはようございます!」寝起きから、和巳さんにキスされたみたいだ。「今八時だよ。よく寝れた?」「はい。和巳さんは?」「俺もよく寝た。でも大変だよ鈴、昨日窓開けたまま寝ちゃったじゃん? だから夜中に虫がたくさん入ってきたんだ。ほら、このカナブンとか」「うわあぁぁ!?」彼の台詞だけなら、そこまで驚かなかったと思う。だけど和巳さんが大きなカナブンを俺の顔の前に差し出したから、心臓が止まりそうなほど叫んでしまった。驚きすぎて、カナブンを持つ手を払おうとしたのに彼の頬を引っぱたいてしまった。「いったい!」「あ
「お前達は仲良しで良かったよ。兄弟のように育ったからかな。なにかあれば、二人で支え合って生きてくんだぞ」蜜柑を口に含みながら、俺達はおじいちゃんの言葉に頷いた。すっかり静まり返った客間だったけど、おばあちゃんがやってきたことでまた賑わいを取り戻す。「鈴君、夜ご飯は食べた? まだお寿司がいっぱい残ってるよ。私達はもう食べられないから食べちゃってちょうだい」「あ、ありがとうございます」蜜柑の直後に、マグロの握りを頂いた。これは……すごい。なんて言うか、未知の味だ。でもここに来てからお酒しか飲んでないからありがたかった。「和巳、帰ってこられて良かったな」「やっとあっちの生活に慣れてきたところだったんだけど……でも、うん。良かったよ」……そのあとは、四人で昔話に花を咲かせた。和巳さんの留学先での話が多かったけど、驚くことばかりで本当に楽しかった。それに俺達がまだ小さかった頃のことを、おじいちゃん達は懐かしそうに教えてくれた。「和巳は小さな時ほんとにヤンチャでな。当時流行ってた人形の首をもぎ取るような子だったんだよ」「怖」和巳さんはそんな事してないと隣で言ってるけど……おじいちゃんがそんな嘘をつくわけないから、多分事実だろう。時間も忘れて、あっという間に夜更けになってしまった。「二人とも、今日はゆっくり休んでね。お布団はもう敷いてあるから」「ありがと、おばあちゃん。おやすみなさい」「おやすみ」俺と和巳さんは二階の空き部屋に向かった。おばあちゃん達ももう寝るみたいだから、静かに戸を開ける。窓から見える景色は、山のシルエットだけだ。でも近くにある川のせせらぎが心地いい。「鈴、大丈夫か?」「はい。でも和巳さんまで変なことに巻き込んじゃって……本当にごめんなさい」「いいんだよ。お前の家で世話になる口実ができて、俺はしばらく実家に帰らずに済んだ。だからお前に感謝してるし、むしろ利用してごめんな」予想外だったけど、確かに今回の事で俺達はお互いに最悪の事態を免れた。俺は和巳さんのおかげで実家に連れ戻されずに済み、和巳さんは俺と住むことで実家に帰らずに済んだんだ。「あそこで空気読んで黙ってたのは、さすが俺の鈴! やっぱりお前はできる子だよ!」「うわっ! ちょっと、和巳さん……!」途端に強い力で抱きしめられ、呼吸困難に陥る。何とか離してもらい、
髪も乾いたところで、鈴鳴は和巳と客間に戻るために長い廊下を歩いた。「でも良かったよ、すっかり酔いも醒めたみたいだで。後は叔父さんの怒りを解くことを考えよう」「それなんですよね。はああぁぁ」「長いため息だなぁ」和巳は苦笑して鈴鳴の背中を叩く。「どっちにしても、今日はここに泊まるだろ? 時間も遅いし、運転できないし」そうだ。大事なことを忘れていた。ここは祖父の家で、和巳の実家からもまたちょっと離れている。ただ今日は彼の父も来てるから、車で送ってもらうという手もあるけど……そこまで迷惑はかけられない。「俺、本当に飲む気はなかったんです。でも、すすめられたからつい……」「すすめられた? 誰に?」和巳さんは歩みを止め、振り返った。えぇと。あの人だ、……あの、いつも優しい。「あれ……おかしいな、誰だっけ……」何故か思い出せない。思い出そうとすると、頭がガンガン痛んだ。「あれま、それじゃ言い訳は使えないな。素直に叔父さん達に謝ろう。誠意を見せれば大丈夫だよ。俺もフォローすっから!」「本当にすいません……」自分の不甲斐なさに泣ける。徐に頭を下げると、何故かデコピンされた。「鈴。理由は分からないけど、心配だからしばらくは禁酒。どうしても、って時も一杯が限度だよ?」「はい」ちょっと強く念押しされたから、素直に頷く。やっぱり六年で人は変わるようだ。こんなに整然とした顔つきで言われたら、例え納得がいかなくても頷いてしまいそう。いやいや、俺は和巳さんに惚れすぎ!自分で自分につっこむ。そして鳴り止まない頭痛を抱えながら大広間へ戻った。もう殆どの親戚が帰って、とてもがらんとしている。だけど、祖父と伯父と父のスリートップはしっかり着席していたので、真っ先に向かって謝罪した。祖父と伯父は笑って許してくれたけど、やはり父の怒りをとくのは容易じゃない。今にも殴られそうな怒声が返ってきた。「この恥さらしが! やはり、お前は今日ここに来るべきじゃなかった!」えぇ、ごもっとも!初めて彼と気が合った。俺も心の底からそう思う。シラフに戻った今、この家とは縁を切りたい。次この家の敷居を跨ぐ勇気がなかった。「お酒の失態なら俺も山ほどありますよ、叔父さん。鈴もすごい反省してますし……今回だけ、どうか許していただけませんか」「和巳君は甘過ぎるんだよ。この馬鹿は一