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偽りの愛は危険な香り~恋の罠が次から次へ~
偽りの愛は危険な香り~恋の罠が次から次へ~
作者: 森ノ焔

第1話

作者: 森ノ焔
篠井由美(ささい よしみ)は家の「いい子」。この人生で犯した最も馬鹿げたことは、姉の宿敵を愛してしまったことだ。

浮気性で多情な彼を満足させるため、由美は多くの場所での恥ずかしいプレイに付き合ってきた。

「野外は刺激的だって……着替え、手伝おうか?」

キャンプ用のテントの中。

浅沼雅彦(あさぬま まさひこ)はシャツをはだけさせ、くっきりと割れた胸筋には、艶めかしい紅い痕が散らばっている。さっき、由美を誘って付けさせたものだ。

由美は伏し目がちに呟く。

「雅彦、今日は……やめにしない?」

男は一瞬動きを止め、目を見開く。

「生理か?」

「ううん」

雅彦はいつも激しく、物音も大きい。今日は彼の友人も一緒にキャンプに来ている。由美は恥ずかしそうに囁く。

「外は……音が漏れるから」

そして、もう一つ、もっと重要な理由がある。彼女は妊娠している。

「優しくするから。あまり声を出すな。テントは離れてるし、あいつらには聞こえないさ」

男は由美の柔らかな髪を指先で弄び、額をこつんと合わせる。蠱惑的な声で、甘く囁く。

「やろうよ……由美も、ほしいだろ?」

ベッドの上での雅彦は、甘やかすのも誘うのも上手い。由美はすぐに抗えなくなる。

テントの中は暖色のムードランプで満たされ、雅彦はロマンチックな雰囲気を作るため、わざわざプラネタリウムライトまで持ち込んでいる。

今、テントの天井には、満天の星が揺らめいている。

雅彦の蕩けるような甘いキスと共に、テントが揺れ始める……

由美が着ていたピンクのバニースーツが、引き裂かれていく。

事後、すぐにスーツをきっちりと着こなした男が、由美の瞼にキスを落とした。

「一服してくる。うろつくなよ。後でキャンピングカーに洗ってやる」

由美は甘さと恥ずかしさを感じている。彼はいつもこんなに優しい。後始末まで手伝ってくれる。

雅彦が出て行った後、由美は見知らぬ相手から友達申請のメッセージを受け取る。

申請メッセージにはこうある。

【篠井由美さん、大事な話があります】

相手は自分の名前を知っている。由美は「承認」をタップする。

次の瞬間、送られてきた写真。それはなんと、雅彦との婚姻届受理証明書。

女性側の情報は落書きで隠されているが、日付は一ヶ月半前になっている。

篠井家の家規は厳格で、浅沼家とは深い確執がある。何代にもわたる犬猿の仲だ。

姉の篠井光希(ささい みつき)は特に雅彦を毛嫌いしており、ビジネスの場では一歩も譲らない。この二年、新エネルギー市場のシェアを巡って争う二人は、まさに宿敵同士だ。

そんな関係だから、由美は二年間付き合っている恋人が雅彦だとは、家族に言い出せずにいた。

一ヶ月半前、家族から最後通牒を突きつけられた。これ以上彼氏を家に連れてこないなら、無理やり政略結婚させられる、と。

雅彦はそれを知ると、二人の婚約披露宴の準備に取り掛かり始めた。

姉との確執も解消し、自ら篠井家に結婚を申し込みに行く、とまで言ってくれた。

由美は、雅彦がそんな時期に他の誰かと結婚するなど信じられない。服を着て、彼に直接問い質そうとテントを出る。

夜は真っ暗。

キャンピングカーの傍らに、いくつかの赤いタバコの火が明滅しているのが見える。そちらへ歩み寄る。

「わざわざ計ったぜ、きっかり一時間半だ。テントがぶっ壊れるかと思ったぞ。雅彦はもう二年あの子を抱いてるのに、まだあんなにムラムラするもんなのかね。まさか本気で惚れたとか?」

「馬鹿言え。前にあの子を本気にさせるために、雅彦はパイプカットまでしたんだぜ。そしたら、お嬢様は子供が欲しいって泣きつかれて、最近ようやく元に戻す手術をしただろ。

もう一ヶ月以上経つんだ。雅彦の実力なら、とっくに孕ませてるかもしれねえぞ。あんなにタフなんだ、どうせ雅彦の望み通り、流産するまでヤりまくって、中絶費用も浮かせる気だろ」

由美の瞳孔が激しく震える。頭の中がガンガンと鳴り響き、心臓は目に見えない手で粉々に引き裂かれたかのよう。

全身の血が、一瞬で凍りつく。

家族が二人の仲を許すはずがない。だから、既成事実を作るために、子供が欲しいと雅彦に頼み込んだ。家族は彼女に甘いから、最後はきっと折れて結婚を許してくれると信じていた。

由美は理性を失い、危うく飛び出しそうになる。

だが、向こうから再び下卑た笑い声が聞こえてくる。

「雅彦はあの子をおもちゃとしか思ってねえのに。どこから婚約してもらえるなんて自信が湧くんだろ。雅彦にはもう『奥さん』がいるってのによ。

一ヶ月半後の婚約披露宴で雅彦が彼女を捨てたら、俺も一発ヤらせてもらいてえな。あの子、ケツがキュッと上がってて、結構そそるんだよな……」

「俺は雅彦が監督した『制服モノの大作』が一番楽しみだぜ。雅彦は本当に上手くやった。あれこそ光希への最高の復讐だ。

雅彦のアプローチを無下にしやがった、あの高慢ちきな篠井のお嬢様が、大事に可愛がってる妹が雅彦に遊び尽くされてボロボロにされたと知ったら……どんな顔をするか、楽しみだぜ。ああ、待ちきれねえ!」

由美は顔面蒼白になり、指を強く握りしめる。爪が手のひらの柔らかい皮膚に食い込むほどだ。

雅彦は、彼の仲間内では二人の関係を公にしたがっていた。だが、篠井家にバレることを恐れた彼女の方がそれを拒み、ずっと秘密の恋愛を続けてきた。

誰も二人の関係を知らないと由美は思っていた。

彼の婚姻届受理証明書を最初に見た時も、信じようともしない。

まさか、すべてが真実だったなんて……

あの人たちは、彼の妻を「奥さん」と呼んでいる。

そして自分は、何も知らずに「愛人」にされている。

それに、彼らが口にした「制服モノの大作」……

この二年、雅彦に甘く強請られるまま、何百着もの趣向の違う「ムードを高めるため」の衣装を着てきた。

それは二人だけの「おもむき」なのだと思っていた。

まさか……その真相が、これほどまでに醜悪だったとは。

向こうの笑い声はまだ続いている。だが由美は、もうそれ以上聞いていることができない。

息が詰まり、立っていることさえできない。

心から愛している男は、自分をおもちゃとしか見ていない。

それに、姉にアプローチしたことまであった……

どうりで姉が雅彦をあれほど嫌うわけだ。きっと、彼の本性を見抜いていた。

それなのに、自分はまんまと騙されていた!

馬鹿だった。篠井家とことごとく対立する彼が、自分にだけは本気になってくれると、愛を信じ込んでしまう。

由美は失意のままキャンプエリアに戻り、テントに転がり込むと、中のライトをすべて消す。

以前ネットで、ホテルに隠しカメラを仕掛けて利益を得る手口について読んだことがある。その発見方法も。スマホのフラッシュライトを使えば、反射テストができる。

スマホを取り出し、フラッシュを点灯させてテントの中をスキャンする。このテントには金属製の装飾品もガラス製品もない。すぐに、レンズの反射を見つける。

全身に戦慄が走る。

雅彦は本当に盗撮していた。カメラはあのプラネタリウムライトに仕掛けられていた!

二人が結ばれるたび、彼はあのライトをつけた。ロマンチックな演出だと思っていた……

だが実際は、盗撮するため……

唇を血が滲むほど強く噛み締める。

だから彼は、毎回あんな破廉恥な服を着るよう自分を言いくるめていたのか?

この二年、雅彦が女遊びをぴたりとやめたのも、てっきり自分と本気で向き合うためだとばかり……

まさか、こんな卑劣な手段を自分に使っていたなんて。

あの婚姻届受理証明書。一ヶ月半後の婚約披露宴。それを思うと、由美の心臓にぽっかりと穴が開き、血が流れ出ていくかのようだ。

その時、テントの外から聞き慣れた足音が近づいてくる。

由美は一度強く目を閉じ、こみ上げてくる涙を必死に飲み込む。

しっかりしないと。彼らが言っていた動画を何とかしなければならない。もしあれが公開されたら、自分だけでなく、篠井家全体が破滅してしまう。

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