Masuk篠井由美(ささい よしみ)は家の「いい子」。この人生で犯した最も馬鹿げたことは、姉・篠井光希(ささい みつき)の宿敵・浅沼雅彦(あさぬま まさひこ)を愛してしまったことだ。 浮気性で多情な彼を満足させるため、由美は多くの場所での恥ずかしいプレイに付き合ってきた。 だが、キャンプのテントで激しく求められた一夜の後、由美は知ってしまう。姉の光希こそが、雅彦が愛しても手に入らない人であったことを。 雅彦が自分に近づき、甘やかし、愛してくれたのは、すべて姉への復讐のためだった。 真実を知った由美は、彼に一枚の「流産」の診断書を残し、毅然と彼の前から姿を消した。 再会した時、彼女はもはやかつての従順な「いい子」ではなかった。その傍らには男女の双子がいた。 由美を失った日々と、骨の髄まで蝕むような想いが、男のプライドを粉々に打ち砕いた。雅彦は由美の服に死に物狂いですがりつき、声を震わせ、喉を詰まらせた。 「由美、戻ってきてくれ。その子たちを俺の子として育てる」 だが由美は男の手を冷たく振り払う。彼が掴んだ場所を汚れでも払うかのように軽く叩き、紅い唇に嘲笑を浮かべた。 「あの子たちには、ちゃんと父親がいるの。今更、あなたに父親気取りをされる必要はないわ」
Lihat lebih banyakそういえば、雅彦もこの博覧会のことを口にしていた。彼も行くはずだ。ということは、今日、芳美館に検査票を取りに行っても、彼と鉢合わせすることはないかもしれない。光希が身支度を終え、出かけようとした時、由美に言った。「そうだ、由美の車、貸して」由美はまずいと思った。雅彦も新エネルギー博覧会に行く。万が一、鉢合わせしたら……だが、姉に車も貸し渋るケチな妹にはなれない。「車の鍵、下駄箱の上にあるよ」「朝ごはん、デリバリー頼んでおいたから。起きたら食べなさい。じゃあ、行ってくる」光希が出て行った後、由美は急いで雅彦にメッセージを送った。【お姉ちゃんが私の車で、新エネルギー博覧会に行ったわ。雅彦も今日、行くんでしょ?絶対に秘密にしてね】このメッセージを送れば、雅彦はきっと、余計に博覧会に行きたくなるだろう。姉は彼が愛してやまない人なのだ。姉に復讐するため、あんな卑劣な手段まで使った。愛が深いほど、憎しみも深くなる。彼もきっと姉に会いたいに違いない。男というものは、最初に愛した女をなかなか忘れられないと聞く。そこまで考えて、由美はまた胸に苦いものがこみ上げてくるのを感じた。姉に嫉妬しているのではない。ただ、あまりにも簡単に雅彦の優しい罠に落ちた、自分の愚かさが憎いのだ。雅彦から返信が来た。【心配するな。由美に迷惑はかけない】朝食を終え、由美がマンションの部屋を出た時、涼やかな顔の雅彦がエレベーターホールでタバコを吸っている。彼女は一瞬固まり、目を瞬かせた。「……いつからいたの?」男はタバコの火を消し、こちらへ歩いてきた。「マンションの下で、お前の姉さんが出ていくのを見送ってから、上がってきた」こっそり、お姉ちゃんの姿を見に来たの?「ぼーっとして、どうした。中に入れてくれないのか?」「急いで出かけなきゃいけないから……」雅彦は彼女の言葉を唇で塞いだ……由美はもう彼に応えられなくなっていた。男はつまらなそうに唇を離すと、彼女の体をじっと見つめる。「うちの『いい子』ちゃんは、お仕置きが足りないようだな?」状況に応じて、甘い口説き文句を使い分けるのが上手い。深く愛していた頃は、それがたまらなく魅力的だった。悪ぶったかと思えば、とことん甘やかす。女は、そういう男に弱い
「違うの……お姉ちゃんを丸め込むために言っただけ。雅彦だって、仕事でお姉ちゃんとはよく会うでしょ。どういう人か、少しは知ってるはずよ」雅彦は由美の目の前で立ち止まった。「『お見合いする』と約束したのも、姉さんをあしらうため、か?」由美は頷いた。だが雅彦は彼女の顎を掴んだ。その力は強く、由美は思わず痛みに顔をしかめる。男の表情は消え、瞳は暗く沈んでいた。「由美は、随分と『いい子』じゃなくなったな」顎が彼に掴まれたままギリギリと痛む。由美はか細い声で訴えた。「雅彦……痛い」雅彦は手を緩める気配すらない。その整った切れ長の目を細めた。「……俺に嘘をつくな」この二年、由美は雅彦に絶対服従だった。だから、二人の間に問題など起きなかった。ほんの少しでも彼の意に沿わないと、彼はこうしてすぐに手荒な真似をする。やっぱり自分は馬鹿だったな。雅彦のこと、都合のいいようにしか見てなかったんだ。だから、自分が見たい「愛情」の中に浸っていただけ。あれは愛情なんかじゃない。もう、本当の愛情がどんなものなのかも、分からなくなってしまった。由美は痛みをこらえ、声だけはあくまでも柔らかく保った。彼に綻びを見せてはいけない。検査票はまだ回収できていない。雅彦が撮ったという動画も、どこに保存されているのか分からない。今すべてを明るみに出せば、損をするのは自分だけ。「嘘じゃないわ。ただ、お姉ちゃんに私たちの関係を知られるのが怖いの。もし、私の相手が雅彦だって知ったら、お姉ちゃんは絶対に、私を雅彦から引き離そうとする……」雅彦が由美の顎を掴んでいた指が、ようやく緩んだ。そして、さっきまで掴んでいた箇所を、今度は優しく撫でる。その声は冷ややかに、低く響いた。「すまない……由美に捨てられるんじゃないかと、不安になった」そのまま、男は彼女の後頭部を掴み、その硬い胸板に彼女の顔を押し付けた。由美は身じろぎもせず、しばらくして、静かに淡々と言った。「雅彦から離れるわけないじゃない……私、もう行かないと。そうじゃなきゃ、お姉ちゃん、本当に私を留学させちゃう」「送っていく」雅彦は彼女を離し、その手を引いて芳美館を出た。由美はもう一度だけ寝室を振り返った。例の検査票……一日でも早く回収しなけれ
雅彦は由美の腰を掴む。「俺と寝ないで、どうやって妊娠するつもりだ?公表もできないだろ。今夜、頑張ってみるか?ん?」正直、男のそんな卑猥な言葉も、恋している真っ最中なら魅惑的に響く。よく言えば、情熱的。だが、愛が冷めてしまえば、それはただの「下品」でしかない。由美は釘を刺す。「生理中だって言ってるでしょ!」雅彦は彼女を解放した。諦めたのかと思った、次の瞬間。男は口調を変えた。「だが、今日は俺の誕生日だ。由美は、約束したプレゼントをまだ渡してない」プレゼント。もう、あげるものなどない。「最高のプレゼント」だと思っていたものは、今も芳美館のソファの下だ。姉が帰ったら、真っ先に子供を堕ろすと決めている。それに、芳美館へも行って、検査票を回収しなければ。あそこに置いたままでは危険すぎる。……いや。今夜、雅彦にこうして捕まったのなら、ついでに取りに行ってしまおう。「先に車で待ってて。私、着替えてすぐ行くから」雅彦は今度こそ彼女を離し、エレベーターホールへと向かった。由美は部屋に戻ると、引き出しからサファイアブルーのカフスボタンを取り出す。昨日、デパートで一目見て、雅彦に似合うと思い買ったものだ。まだ、彼に渡せずにいた。それをバッグに入れ、パジャマ姿のまま慌てて部屋を出た。エレベーターの中で、光希にメッセージを送る。【お姉ちゃん、先に寝てて。友達が高熱出したみたいで、看病する人がいないから、ちょっと様子見てくる。待たなくていいからね】由美がロビーに降りると、雅彦が車のドアに寄りかかってタバコを吸っている。夜の闇に、赤い火が明滅している。彼に歩み寄る。青白い煙が男の周りを漂い、その整った顔立ちをより一層ミステリアスで端正に見せている。切れ長の瞳が、由美をじっと見つめていた。その眼差しはあまりに深い。誰かを一途に見つめる時、それはとても情熱的に見える。由美はかつてそれに溺れた。ふわりと、上質なタバコの香りが漂う。雅彦が指に挟んだそれは、もうフィルター寸前まで短くなっていた。彼はそれを地面に投げ捨てず、数歩先のゴミ箱まで歩いて行き、火を押し消した。そういうところは教養のある、上品な男なのだ。もし、あの会話を自分の耳で聞いていなかったら。あんな卑劣なことを彼がするとは、永遠に信
由美は姉に感づかれるのを恐れ、きつく抱きしめてくる男を押し返しながら、必死に取り繕った。「お手洗いにいる。今、蚊に刺されて」雅彦は由美を覗き込み、片方の眉を面白そうに吊り上げた。またキスをしようと顔を近づけてくる。由美は慌てて手でその唇を塞ぎながら、電話に向かって早口でまくし立てた。「もうすぐ戻るから待ってて。いったん切るね」由美は慌てて電話を切り、男はすかさず彼女の首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。「雅彦!」由美は彼を突き飛ばし、鏡の前に駆け寄る。白く細い首筋に、生々しいキスマークが残っていた。彼女は眉をひそめ、怒りを込めて雅彦を睨みつける。「わざとでしょ。お姉ちゃんにバレさせたいのね」雅彦は後ろから彼女を抱きしめる。「姉さんは、彼氏を会わせろって言ってたんだろ?もし聞かれたら、俺が一緒に行ってやってもいい」由美は息を呑んだ。雅彦はこれまで何度も、彼女と一緒に篠井家へ挨拶に行ける、と言っていた。由美の方が心配して、拒否し続けてきた。どうやら、本当に姉に会いたいらしい。まだ諦めてないんだ。もちろん、今、彼を光希に会わせるわけにはいかない。だが、その理由は以前とはまったく違っていた。「うちの家族が、今すぐ賛成してくれるはずないって分かってるくせに、どうしてそんなこと言うの」首筋の痕に触れ、由美は甘えるように彼を睨む。「次から、こんなことしないで。もう戻らないと。お姉ちゃんを待たせられない」由美がトイレのドアに向かうと、男は背後から再び彼女の腰を抱きしめた。蠱惑的な低音が耳元で囁く。「なら、早く子供を作ろう……」子供……由美は伏し目がちに自分のお腹を見つめ、唇の端に痛々しい笑みを浮かべた。「……ええ」男はようやく彼女を解放した。「早く行け……今夜、待ってる」由美は足早にバスルームを出た。待ってる?行くわけないだろ。子供なんて、絶対に無理。由美が個室に戻ると、光希は瞬時に彼女の首筋のキスマークを見つけた。その美しく理知的な瞳が、鋭く細められる。「……さっきの、本当に蚊だったの?」「ううん。彼氏」光希は即座に言った。「どこにいるの?ちょうどいいわ、会わせて、由美に品定めしてあげる」「ううん、もういいの。さっき、彼と別れ話をしてきたところ。それ