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さゔぁいぶ-前篇-

Auteur: 結城慎二
last update Date de publication: 2026-06-02 06:00:45

 僕は十五歳の朝を木の枝の上で迎えた。

 この世界の元服、つまり成人の儀式が行われる日だ。

 確かに一生忘れられない日にはなったけど……切ない。

 あまりにも切ない。

 秋とはいえ、昼頃になればそれなりに暖かくなる。

 今日は天気もいいので昼頃にはむしろ汗ばむほどの陽気になった。

 慎重にあたりの気配を確認しつつ、木から降り集落に戻ると、まだプスプスとくすぶっている焼け跡の中を歩く。

 あたり一面、嫌な臭いが立ち込めているのは、村人の焼けた臭いだろう。

 昨日から何も食べてないのに込み上げてくる胃液を吐き出し、自分が生まれ育った家があったはずの場所へふらふらと歩いていく。

 そこは当然のように焼け落ちていた。

 決して立派だったわけじゃない。

 けど、家族三人平凡に暮らしていた場所だった。

 僕は、焼け跡をかき分けてむろをほじくり出す。

 どこの家庭にもある保存食が置かれている場所だ。

 僕は念の為走るのに邪魔にならない程度に両手に干物などを持ち、室を消し炭で隠し直して雑木林に戻ると、昨日とは違う別の木に登ってそれをかじる。

 丸一日以上何も食べていなかった僕は、保存食のやたらしょっぱい味に難渋しながらも飲み下した。

 するとどうだろう、喉が乾いてきた。

 ま。当然だな。

 前世の知識が不思議現象を解説する。

 水……どうしようかな?

 村の井戸は使えない。

 近くに農業用に引いている用水路はあるけど、まだ盗賊団がいるような気がして怖くていけない。

 あれこれ考えてふと思いついたのが、今は秋だということだった。

 この世界も秋は収穫の季節だ。

 雑木林は煮炊きの薪に使ったり、家や道具の材料にしたりするため、集落のために人の手が入った林だ。

 林の中には果樹もあったはず。

 まず、現世の記憶を辿る。

 あそこにピサーメの木がある。

 収穫前に失敬して三軒先のじいちゃんに怒られた。

 あたりの気配に注意しながら木を降り、ピサーメの木を探す。

 記憶の通りにピサーメの木はあった。

 あ、いや、この木は渋い木だ。

 記憶を再び手繰り寄せて甘いピサーメがなる木を探す。

 見つけた。

 スルスルと登って熟したのを探す。鳥についばまれたのを見つけてそれを食べる。

 だって、それが一番うまいんだ。

 二個食べた後、再び場所を移動して木に登る。

 そんな猿のような生活をその後二日続けた僕はようやく村に戻ることにした。

 一つには持ち出した食べ物がなくなったから、もう一つはもう、盗賊団もいなくなっているだろうと思ったからだ。

 この間に僕はピサーメの葉で簡易な背負い袋を編んでいる。

 母ちゃんがやっていたのを見よう見まねで作ったものだからいびつだし出来たばかりでもうボロボロ風味だけど、僕の初めての工芸品だ。

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  • 僕だってチートがあれば苦労なんてしていない    吐き出せ知識

     森の主の咆哮が空間を埋め尽くす。 あれ? この感覚、どっかで体験してるぞ?  こんな大音量、現世で体験できるはずがない。  ということは、前世記憶?  落ち着け。  前世の記憶なら現世に完コピされている。  神様から贈られた唯一と言っていい才能だ。  索引をたどればなんの記憶か判るはずだ。  こういう時はリラックスが必要だとよく言われている。  さすがに瞑目するわけにはいかないけど、腹式呼吸で腹一杯に息を吸い込んでゆっくりと吐き出せば、肩周りのこわばりがほぐれて頭への血流が確保できる。  咆哮……じゃダメだな。  大音響。  僕が体験した大音響のイベントといえば、サッカーのワールドカップかバンドのライブ。  次は今の音圧との比較だ。  観客が一斉に叫んだ、周り中からの音に圧し包まれるのとはちょっと違う特定の方向から来る圧倒的大音量。  それに近い。  それにしたって生き物だとしたら一体でこんな咆哮を上げられるものなのだろうか?  動物園で吠えたライオンや象の鳴き声を聞いた限りじゃ、ここまでの音圧を作り出すには数十倍じゃ済まない体が必要だと思うんだよな。  指向性の強さも生き物らしくない。  もっとも、ここは魔法のある世界だし、前世知識の理の外にいる生き物だっているかもしれないけど、そんなサイズ感の生き物がいるんだとしたら普段の森があんなに静かなわけもなければ野生動物の楽園にもなっていないはずだ。「あら、ずいぶん冷静ね?」 うん、思いのほか冷静だ。  でもすこぶる冷静だったともいえない。  リリムに声をかけてもらわなかったら思考の海の底に沈んでいた。  僕は音の方向を見定めて森の奥を注視しながら思考を再開する。  おっとその前に……。

  • 僕だってチートがあれば苦労なんてしていない    肝は大ならんことを欲し 心は小ならんことを欲す

    (あと考えられるのは『主』が実は一個体じゃなくてある一定規模の集団で、警備に当たっている説?)(ジャン的にその考え方の可能性は何%?) リリムだって「的」使ってんじゃん。(プリプリしてないで質問に答えてよ) …………。(0%)(なんでよ?)(巡回してるんなら道ができてなきゃおかしいだろ?)(すごい。頭いい!) …………。(なによ? せっかく褒めてるのに) まぁ、嬉しくないわけじゃないけどね?(あとは超絶達人的に気配が感知できる説? テリトリーの範囲がその気配感知の範囲っていう)(ありえるの?)(戦うのがわくわくスっくらいの超人か、小宇宙でも感じられるくらいじゃないと難しいけどね)(てことは魔法結界説がジャンの中では一番可能性が高いってことでファイナルアンサー?)(ふむ、そういうことになるね)(じゃあ……)(うん、これだけ大規模に人が入って気づいてないなんておかしいってことだよ) でも、僕は密集隊形は命じない。  主の森に入ると決めた以上、主と対峙することは決定事項だ。  今更びびってこじんまりとまとまっていてもいいことはない。  (前世の)先人も「慎重かつ大胆に」と言っていたじゃありませんか。  たぶん原典は朱子学の入門書と言われる近思録の 胆欲大而心欲小 ……すげぇ意訳よね。「お館様」 オギンが声をかけてくる。  誰かがなにか見つけたようだ。  行ってみるとそこの下草がひどく乱れている。  争ったあと?  そんな感想が頭に浮かんだ直後、耳をつんざくような咆哮が辺りを満たした。

  • 僕だってチートがあれば苦労なんてしていない    思考実験

     入って三日も立っているからか、さすがに雑草の生命力というのか、すぐに侵入ルートが判らなくなる。  その中を僕を中心に、互いに姿が確認できる範囲に広がってワシワシとかき分けていく。(リリム)(なに?)(ちょっと僕の思考に付き合ってくれない?)(いいわよ)(主はどうやって侵入者を見つけると思う?) いや、なんで出発前に考えておかないんだとか聞かないで欲しいんだけど、そりゃあまああれだ、森の中に入って初めて疑問に思ったからだ。  主がどんな存在なのか、僕には見当もつかない。  なにせ情報がなさすぎる。  仮に生き物だとする。  「主」なんていうくらいだからたぶん単独の個体なんだろう。  だとすればどれくらい広がっているのか判らないけど、この広い森をどうやって見張っているんだ?(面白いこと考えるのね?)(そうかな? 当たり前の疑問じゃないかな?) 例えば野生動物は縄張りを巡回し、マーキングする。  けど、巡回するったって人間のパトロールの事例を出すまでもなく、ピンポイントで侵入者を発見できるわけがない。  ところが今回を含めて僕の知っている四回すべてで半日としないうちに侵入に気づいて咆哮を上げている。  たぶん過去の事例も多少の誤差があったとして、半日以上無事でいたことはないだろう。  だって、半日無事でいられれば森から抜け出せると思うんだよね。(ジャンはどうやってると思うの?)(僕? んーん……どうやっているかってのは判んないけど、僕ならどうするかってことなら……) まずはできないことがない前提で考えてみよう。(僕が生きていた前世技術なら、監視カメラとか赤外線とかの侵入検知機なんてのがあるよね)(結界的な?) おぉ!  魔法が使えるならそういうのもアリだよね。  でもそれならバリヤー的な侵入できない系の魔法を展開すりゃいいんじゃないかな?(またテキとかケイとか言ってる)

  • 僕だってチートがあれば苦労なんてしていない    ゆけ! ゆけ! ジャン・ロウ探検隊!!

     三人の行方不明から三日、僕らは捜索隊を編成して主の森に入ることになった。  昨日、捜索隊を投入する旨を発表して、今日朝早くに町を出た。  捜索隊長は当然僕。  お館派からは村の主戦力五人とカシオペアの五人を。 反お館派からはドブルたち行方不明者の親族ら七人と、反お館派の中心人物とみられるギラン、エギュー、ジャミルトの十人を選抜した。  急先鋒の彼らを御していれば、僕の町長の地位はとりあえず安泰だ。  反お館派の十人には全員に帯剣させている。  剣はジャリの打った数打ちの短剣だ。  防具は残念ながら用意できていない。  対男爵を想定した大事な防具をこんなところで消費するわけにいかないんだ。  そもそもまだ五領も作られていないから全員に支給ってわけにいかないし、誰かに与えると不公平だしね。  お館派は全員自分の装備を持っている。  まぁ、彼らはそもそも荒事専門だし。  ちなみに僕はその貴重な革の胴鎧を着て、ドブルとの稽古で改良した僕専用の木刀型の剣を持っている。  胴鎧は贅沢にも胸部装甲を鉄板で補強している。  剣の剣先は刺突できるように尖らせているけど、斬れる刃のないモデルだ。  どうもまだ刃のある剣を振ると軌道がぶれるんだよね。  前世では何度か真剣で試し斬りさせてもらったことがあるんだけど、あれは剣道をかじった程度の人間がやっちゃダメなやつだ。  午前中いっぱい雑木林の中を捜索。  当たり前だけど手かがりはなかった。  そりゃそうだ。 三人が森に入ったことはサビーが確認しているし、主が咆哮したのを聞いている。  念のために腹ごしらえをして、三人が侵入した場所から主の領域に踏み入る。  主の森は雑木林と違って鬱蒼とした原始林だ。  当たり前ながら手付かずで、腰の高さほどもある下草も生え放題。  だからどこから入ったのか見当がついたわけだ。

  • 僕だってチートがあれば苦労なんてしていない    考えてもみなかった

     こう言っちゃうのは傲慢と取られるだろうけど、所詮小規模な農民の反乱だ。  反乱自体はおそらく苦もなく鎮圧できると思う。  問題は、そのあと村をまとめて秋を迎えられるかと言うことだ。  一致団結できなきゃとてもじゃないけど男爵の正規軍とは戦えない。  参ったな……キャラバンが残っていれば頼もしいんだけど、ギラン派もそこまでアンポンタンじゃないだろう。  まず間違いなく、いないときを見計らってことを起こすはずだ。  僕ならそうする。  それにしたって、ジョーはギランをどう言う意図でもって村にスカウトしたんだろう?「どうするつもりですか?」「ん?」「反乱です。速やかに粛清しますか?」 ……怖いこと言うね。「粛清はよくないな。恐怖政治は町人が萎縮するし、進んで協力してくれなくなる。なにより不満が募って反乱が連鎖しかねない」 とはいえ、反乱するに任せるなんて無策も統治能力を疑われるし、今後の僕の計画に町人を巻き込む際の障害になる。「……さて、どうしたものかなぁ……」「いっそのことその主とやらを倒してしまうと言うのはどうですか?」 …………はっ!?「いやいや、相手は主だよ?」「しかし、帰ってきたものがいないわけでもないのですよね?」「五体満足で帰ってきた人はいないんだよ?」「でも、村人ですよね?」 …………確かに。「仮に倒せなかったとしても、主の正体が判れば今後の対応も適切にできるのではありませんか?」 一理ある。「でも、町の主戦力に死なれちゃ今後の計画が……いや、反乱が起きてもダメージはでかいわけで……。んーん…………」「新しく町に来た五人は請負で怪物退治などもしていたそうじゃありませんか」 そういえば、そんなこと言ってた言ってた。  ある種の傭兵ってところだな。  オルグの襲撃から村を守った話を数日前にカイジョーに聞いたわ。  そんな実力者たちなら、いくらでも金儲けでき

  • 僕だってチートがあれば苦労なんてしていない    困るなんてもんじゃない

     発展したとはいえ戸数は五十に満たない。  お隣さんとは二、三十シャルは離れている。  僕は慎重を期して、お隣さんの一軒に隠れるようにギランの家の様子を見張ることにする。(じゃあ、頼むよ)(任せて!) リリムがギランの家に飛んでいく。  見える範囲にいればリリムが聴いた音を聞けるって言ってたけど、暗闇でリリムが見えない状況だとどうなるんだろう?  多少の心配をしながら暗闇の中、リリムを凝視する。  ただでさえ小さいんだからよっぽど集中しなきゃ見失う……かと思いきや、あ〜らびっくり、光って見えるじゃあーりませんか。  これが関係性ってやつかと感心していると、リリムが家にだどりついたようで、中の様子が聞こえきた。  どうやら扇動演説してるようだ。「……領地を追われたり、才能を買われてこの村に移民させられた」 誰々がいるんだろう?「そのことは別に構わない。それ自体は自分たちで決断したことなのだから。だが、この村でも一握りの人間が横暴にも権力を振るっている!」 それって、僕のこと?「今年になってから来たものは日も浅いので判らないだろうが、この村だってよその村と変わりない。我々の要求など踏みにじられて顧みられることもない」 それは言い過ぎだろう。「それが証拠にここにいるドブルの弟ガルムたち三人が、主の森とやらに迷い込んだと言うのに奴らは捜索さえしようとしない。見殺しだ。何故だ!」 それは君たちが短慮だからさ。 …………。 いけね、ついな。  ダメだね、ファースト世代は(前世だけど)。「本来なら奴らは誠実にこの局面を打開しなければいけないと言うのに『主』怖さに村人を見捨てるなどと言う言語道断の決断をした。我々はこの悲しみを怒りに変え、村を悪逆非道な村長一味から奪わなければいけない!」 ──っと、声が聞き取りにくくなってきたぞ。(リリム)(なに?)(聞き取りにくくなってきた。僕

  • 僕だってチートがあれば苦労なんてしていない    五日ぶりの温かい飯

    「で、僕のステータスはどうやったら確認できるの?」「なにそれ、美味しいの?」 え?「うそうそ、そんな便利機能現実世界にあるわけないじゃない」 だよねー。「数値が知りたいなら体力測定とかIQ検査でもしてみる?」「それって実際あてになるの?」「参考程度には」 だめじゃん、そんなの。「まぁまぁ。ホラ、そろそろ準備始めなきゃまた木の上で寝ることになるよ」 リリムに言われて気がついた。  お日様がだいぶ西に傾いているらしく、僕の影

  • 僕だってチートがあれば苦労なんてしていない    都市伝説は真実だった

    「じゃあ次は概要ね」 と、リリムは言う。「世界の概要は現世の知識があるから割愛ね」 あらま。「あなたは転生の際にDNAってやつに細工されていてね、神様曰く人よりちょっと優秀になってるそうよ」 え? ちょっと?「そこはとても優秀になってんじゃないの? テンプレ的に」「いくら世界に干渉できる環境にある神様だってそんなことホイホイしたら世の中のバランスが狂っちゃうでしょう?」「異世界転生は世界のバランスを崩さないのか?」「崩すわよ。それなりに。そもそも

  • 僕だってチートがあれば苦労なんてしていない    さゔぁいぶ-後篇-

     村に戻った僕は村人の埋葬をする。  人の死には慣れている。  現世の僕が、だけど。  この世界は前世の世界と違って文明水準が高くない。  当然医療水準も高くない。  田舎だからってのはあるかもしれない。  大きな街はもしかしたらすごく発展しているのかもしれない。  魔法のある世界だから、当然治癒魔法もあるはずだ。  でもそれがどれくらいの効果があるかもわからない。  だからこの村はよく人が死んだ。  子供は特によく死んだ。  僕にも姉と妹がいたらしい。  妹の方はかす

  • 僕だってチートがあれば苦労なんてしていない    朱夏-ある中年のつぶやき-

    「人生やり直せたらなぁ……」 そう思っていたことが僕にもありました。 ありましたが……。 だからってこれはないんじゃないでしょうか? こんな状態で前世の記憶が蘇るとか、神様の仕業だとしたら「あんたバカぁ!?」って罵ってやりたい。 いいや、一発殴らせろ。 こんな切羽詰まった状態だが、現在の状況を冷静に確認分析だ。 まず、ここは村はずれの雑木林をちょっと入

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