ログイン「逃げたのはガキ一匹か」
と、僕の真下で傷だらけのごつい男が言っている。
こいつが盗賊団の頭目と見た。「へい、多分」
「多分だと!?」
「へ、へ……」
あたふたした下っ端が頭目にぶん殴られ、仰向けにぶっ倒れる。
気絶してろ! 盛大に気絶してろよ、でなきゃここにいることがバレる。 僕の祈りは天に通じたのか、そいつは白目をむいて動かない。「このさらに奥に行ったかもしれませんぜ」
「ならいい」
頭目は、一言吐き捨てて踵を返す。
「いいんすか?」
一緒に来ていた三人も意識のない男を抱えて後を追う。
「奥に逃げたのなら探すまでもねぇ」
そう、この雑木林の奥は「主」のテリトリーだ。
五体満足で戻ってきた者はいない。 どんな怪物なのかもはっきりしない、生き物かどうかさえ定かじゃない、そんな存在がいるのだ。……しかし、そんなことどうして盗賊団の頭目が知ってるんだ?
まぁ、いい。
僕は念の為、ベルトで枝に体を縛り付け、寒さに震えながら一晩を過ごした。 その夜は村の方角が赤かった。 ああ、きっと火がつけられたんだろう。 前世の記憶が混ざって混乱していた現世の記憶が整理されたことで父ちゃんと母ちゃんのことが、村の人たちのことが思い出されて悲しくなった。 でも、僕は歯を食いしばって泣き声を噛み殺す。 まだこの辺りに盗賊団が残っていないとも限らないからだ。 でも、とめどなくあふれる涙は止めようがなく、ただでさえ寒い秋の夜にシャツを濡らし続けることになった。街道は一本道でホルスの二頭立てキャラバンが通れる程度の道幅しかない。 徴税に来てるくらいだからそれくらいは敵だって判っている。 ……はず…………たぶん。 だから行軍は二列か三列縦隊なはずだ。 畑に出るまでは軍を展開できない。 そこをまず飛び道具で狙い撃つ。 先制攻撃だ。 町からなだらかに下っている斜面はそれなりに見通すことができるので、戦闘が始まったのは見て取れた。 弓より射程の短い投石兵の女性陣がまず街道の出口に一斉攻撃をする。 次の投石準備をしている間に狙いを絞った弓兵八人がそれぞれの的を撃つ。 しばらくはこれの繰り返しだ。 敵の先頭がどの兵種だったか判らないけど、少し下がって弓兵を展開することになる。 こちらの兵は準備万端畑に設置した置盾に隠れながらの投石・射撃なのに対して、相手側は不意を打たれて浮き足立っている。 とはいえ、こちらは民兵であっちは正規兵と傭兵という戦闘のプロ。 体制が整うと不利になる。 特にこちらの主力は女性の投石兵だからね。 弓兵の戦力差は二十対八。 投石で相手にどれだけ損害を与えられていたかが気になるところだ。「始まっておったか。どうじゃ、戦況は?」 ラバナルがチャールズを連れてやってきた。「始まったばかりだよ。まだなんともいえない」「そうか」「鉄の弾丸の威力はどうなった?」「うむ。なかなかの威力になったぞ」「ここから狙える?」 ここから戦場までは一カル半ってとこだろうか?「届きはするじゃろうが」 威力はない、と。「じゃあ、一度に何発撃てる?」「一度に? やったことはないが三発はできるじゃろう」「じゃあ、早速お願いしたい」「おお、いいじゃろう! ぬふふ」 味方でも怖いな。 敵の弓兵が森の木を遮蔽物にしてこちらへの反撃を始めたので、ラバナルには弓兵のとこ
総大将はもちろん僕。 僕はサビーとガーブラと一緒にホルスに騎乗、ペギーと一緒に本陣としてカイジョーの後ろに布陣だ。 カイジョーにはペギーを除くカシオペアの四人の他に剣士として二十人、ギランにも剣兵隊として反お館派の十六人をつけた。 ちなみにギランの軍は先鋒にした。 ギラン隊の前には飛び道具の二隊。 イラードには七名の男をつけて弓隊に、ザイーダには投石隊として女たちを二十人任せている。 どの隊も今日は畑の外れで野営だ。 ジョーのキャラバン隊は遊軍として雑木林の中に伏せてもらっている。 予備役、雑用係として主に女子供と老人が門の中で待機している。 その数ざっと五十人。 震えてきた。 夜のうちに改めてオギンを斥候に放つ。 そのオギンが戻ってきたのが朝靄けむる早朝だ。「あと三時間ほどで接敵します」「判った。サビーはイラードとザイーダ隊に、ガーブラはカイジョーとギランに伝令」「はっ!」 二人は短く返答するとホルスを蹴って駆けていく。「ペギーはラバナルに知らせろ」「すぐに」「疲れているところすまないがオギンは雑木林の中にいるジョーに伝えてくれ」「はい」 あ、僕の周りに誰もいなくなった。 思ったより心細いな。 そんなことを思っているところに「ペギーが来たんでな。陣中見舞いだ」 と、焼きたての無発酵パンを持ってルダーとクレタがやってくる。 気がきくな。 ちなみにルダーには町の差配を担当してもらっている。「いよいよか」「ああ、いよいよだ」「勝てるか?」「勝つよ」「そう願いたい」 それだけ言って帰っていった。 ほどなくしてペギーたちが戻ってくる。「オギンには二時間の休息を命じる」「お館様?」「戦が始まったらこき使うからそのつもりでいろ
「じゃあ、明日か明後日にはここに来るってことでいいのか?」 僕ん家の囲炉裏の間で行われている軍議。 参加しているのはジョー、カイジョー、イラード、ペギーそしてザイーダ。「いえ、隣村からこの町までの道は行軍には不向きですので、先行して人夫が道の拡幅作業をしています」 あら、ありがたい。「それってどれくらいの時間がかかりそうなんだ?」 結構かかりそうだぞ? つーか、無駄な労力だと思うね、本当にありがたいけどさ。 「兵は神速を尊ぶ」は魏書郭嘉伝だったかな? まぁ、地球でもヨーロッパとアジアでは戦争の仕方が違ったわけで、今回の一戦でこの国の戦争実態が初めて知れることになるわけだ。 おおよそは文献で想像がつく。 国王を頂点とする封建国家、爵位の制度があって国王に対する直臣貴族の領主がおり、その下に陪臣、下級貴族である騎士が存在する。 軍は騎士と傭兵で構成されていて、少なくとも現時点では徴兵制はない。 騎兵、つまりホルスに乗れるのは騎士以上。 ま、だから騎士なんだけど。 傭兵は自分の得意武器によって剣兵、槍兵、弓兵に分けられる。 ってところが、僕の現世知識だ。「拡幅といっても大木を伐採するわけではありませんから、四、五日後には姿を現すでしょう」 どんなことをしてんだろ?「軍勢規模は?」 侍大将カイジョーとしてはやっぱりその辺気になるか。 当然、僕も気になる。「騎兵十五騎、弓兵二十、それに剣兵が三十六人です」 七十人規模。 結構な人数だ。 想定より多いのは前回あまりにも華麗に追い返しすぎたせいか?「歩兵のうち騎士の配下、正規兵は何人だ?」「そこまでは……」「カイジョー、正規兵と傭兵だと違いがあるのか?」「ええ、傭兵は不利と見るや逃げ出します。命あっての物種ってやつですよ」 なるほど。「
僕は糸電話の原理を説明する。 糸電話は地球では十七世紀に発明されたと言われている。 最初に作られたのがブリキ缶を針金で結んだものだったため、英語ではブリキ缶電話という。 地球の物理的には糸をたるませると振動しなくなるけど、魔法なら魔力そのもので振動させられるんじゃないかと踏んでいる。 ラバナルの目がキラッキラと輝きだした。「できるぞ。それなら魔法にできる。お主、やるな」 僕じゃなく(前世世界の)先人の知恵なんだけどね。「しかし、それを実現させるにはやはり魔力操作が必要だな」 む?「つまり、町に魔法が使える人間が必要ということですか?」「道具に魔法陣を施せば魔道具として用意できるが、魔道具は魔力を通さねば使えんでの」 僕はオギンと顔を見合す。 候補は三人。 物見櫓から落ちて歩けなくなったチャールズ。 カシオペアの紅一点ペギー。 そして、ルダーとヘレンの娘ママイ。 もっとも、ママイはまだ一歳にもなっていないから無理だ。「魔力感能力が高いのが町には二人いる。ここに通わせてもいいかな?」「む。二人か。……いいだろう」「一人は事故で歩けなくなっているんだけど……」「面倒な……とはいえ、会ってみなければなんともいえん。明日、連れてこい」「僕も?」 やることいっぱいあるんだけどな。「お館様は忙しいんだ、あたいが連れてくるんじゃダメかい?」「んーん、仕方ない。三人だけだぞ」 翌日、ラバナルに面会した二人はどうやらお眼鏡にかなったらしく、チャールズはしばらく住み込み、ペギーは三日に一度通うことになった。 十日後、ペギーとオギンによってラバナルの家、物見櫓、僕ん家の三ヶ所に魔道具電話が施設された。 電線がわりに利用されたのは魔法によって生み出された糸だ。 魔法の糸なので強度が高く腐食にも強いんだって。 さらに四日経って、
「なに、もう一戦交えた? なぜワシに言わんで始めた?」 すげぇ残念そうに言うラバナルだけど、僕は始めからこのタイミングで言おうと決めていたので馬耳東風を決め込んでいる。「まったく……せっかく思案がついた鉄の弾丸を実地で試せる場があったと言うのに、みすみす見逃してしまうとは」 怖いこと言うね。 人の命をなんだと思ってるんだよ、この人。 もっとも、僕もその力をあてにしているので同じ穴の狢ってわけだけどね。「次は試せますよ」 と、表情を作らず、言葉に抑揚を乗せずに答える。「なんと?」「次は小競り合いじゃなく戦争になります。ですからあなたのお力を借りたくこうしてお願いにあがったわけです」「重畳重畳。して、その『次』はいつだ?」 せっかちだな。「さぁ、いつでしょう? 前回が十六日後でしたから少なくとも二十日は先かと」「そうか……」 本当に残念そうだね。「今日はその件でご相談したいことがあるのですが」「なんぞ?」「男爵軍が来るまでは、ここにおられるのでしょう?」「町で愚かな人族と一緒に暮らしたくはないからの」 歯に衣着せぬ辛辣な表現ありがとう。「では軍が来たことはどのように報せれば良いかと言うのが、本日の相談事です」「お主が知らせに来ればよかろう」「お館様は町の指導者です。伝令扱いされては困ります」 オギンがむすっと反論する。「なるほど、正論じゃ」「伝令を遣わせてもいいのですが、ここに来るまでにたっぷり一時間はかかる。戦に時間は惜しい。そこで、こんなことが魔法でできないかと……」「どんなことだ?」 おっと、食いついた。「瞬時に目的の場所まで移動できるとか」「魔法は理を操る技術じゃ、理屈が通らねば実現できん」 なるほど。
とにかく今は対オルバック軍に全力集中だ。 まず、物見の報告によると、軍勢は想定より多い十八人。 うち弓兵が五人、剣兵が六人、ホルスに騎乗しているのが七人だそうだ。 ちょっと多いな。 騎兵は四、五騎の予定だったんだ。 …………。 誰かの助言を受けている節があるな。(リリム)(なに?)(ルビレルはいるか?)(いないみたいね) それは朗報。 僕は前回同様の四人を櫓に登らせ、騎兵に狙いを定めるように指示を出して矢を射らせる。 まだ緒戦。 ここで消耗品を無駄撃ちさせるなんて愚の骨頂だ。 少数精鋭で撃たせて有効射程内で三騎を射落す。 優秀。 流れ矢に当たった剣兵が二人。 騎兵に気を取られている間に相手の弓兵が射程に入ったようで、矢が飛んできた。 四人は素早く標的を弓兵に変更して一人を射殺し、三人を負傷させて射程の外に追い出したようだ。「退け! 撤退だ!」「退くな! これ以上オレに恥をかかせる気か!!」 それはいくら何でも酷ってもんだよジュニアくん。 地の利はこちらに一方的だし、不用意に接近したせいで先制を許して早々に死傷者出しちゃってるじゃない。 勝ち目はないんだよ。 冷静に考えることだね。 あー……いや、ここで冷静になられても困るから、もうちょっと煽ってやろうか。「これ以上恥をと言われるが、これ以上恥のかきようがあるのか?」 さん、はいっ! 門の内側に集まっている男たちが笑い囃し立てる。「ぐぬっ……言わせておけば……」「若っ! これ以上は若のお命に関わります。ここは一旦退いてくださりませ!」 誰だろう? 冷静な判断ができてるやつがいる。 ルビレル以外にも人材がいるのか。 僕は櫓に繋がっている糸電話で声の主の生け捕りを指示する。「難しいと思いますけど、やってみよう」
「じゃあ次は概要ね」 と、リリムは言う。「世界の概要は現世の知識があるから割愛ね」 あらま。「あなたは転生の際にDNAってやつに細工されていてね、神様曰く人よりちょっと優秀になってるそうよ」 え? ちょっと?「そこはとても優秀になってんじゃないの? テンプレ的に」「いくら世界に干渉できる環境にある神様だってそんなことホイホイしたら世の中のバランスが狂っちゃうでしょう?」「異世界転生は世界のバランスを崩さないのか?」「崩すわよ。それなりに。そもそも
村に戻った僕は村人の埋葬をする。 人の死には慣れている。 現世の僕が、だけど。 この世界は前世の世界と違って文明水準が高くない。 当然医療水準も高くない。 田舎だからってのはあるかもしれない。 大きな街はもしかしたらすごく発展しているのかもしれない。 魔法のある世界だから、当然治癒魔法もあるはずだ。 でもそれがどれくらいの効果があるかもわからない。 だからこの村はよく人が死んだ。 子供は特によく死んだ。 僕にも姉と妹がいたらしい。 妹の方はかす
僕は十五歳の朝を木の枝の上で迎えた。 この世界の元服、つまり成人の儀式が行われる日だ。 確かに一生忘れられない日にはなったけど……切ない。 あまりにも切ない。 秋とはいえ、昼頃になればそれなりに暖かくなる。 今日は天気もいいので昼頃にはむしろ汗ばむほどの陽気になった。 慎重にあたりの気配を確認しつつ、木から降り集落に戻ると、まだプスプスとくすぶっている焼け跡の中を歩く。 あたり一面、嫌な臭いが立ち込めているのは、村人の焼けた臭いだろう。 昨日から何も食べてないのに込み上げてくる胃液を吐き出し
さて、ここからは前世の記憶をフル活用だ。 襲ってきたのは、十数人の盗賊団。村には女子供を含めて三十人ちょっと。ここは本当に農村の一集落だった。 ん? この世界は前世知識的にどれくらいの文明水準なんだ? くそっ、ど田舎の未成年じゃ参照知識がなさすぎる。 異世界転生ものならそれなりの環境に生まれ直させろっての。 ──って言っても仕方ないわけで、そもそもテンプレの神様にあった記憶がない。 現世の記憶を手繰り寄せてもなろう系のお作法である知ってるゲーム世界的な場所でもなさそうだ。 あ、もっとも僕、







