LOGIN「逃げたのはガキ一匹か」
と、僕の真下で傷だらけのごつい男が言っている。
こいつが盗賊団の頭目と見た。「へい、多分」
「多分だと!?」
「へ、へ……」
あたふたした下っ端が頭目にぶん殴られ、仰向けにぶっ倒れる。
気絶してろ! 盛大に気絶してろよ、でなきゃここにいることがバレる。 僕の祈りは天に通じたのか、そいつは白目をむいて動かない。「このさらに奥に行ったかもしれませんぜ」
「ならいい」
頭目は、一言吐き捨てて踵を返す。
「いいんすか?」
一緒に来ていた三人も意識のない男を抱えて後を追う。
「奥に逃げたのなら探すまでもねぇ」
そう、この雑木林の奥は「主」のテリトリーだ。
五体満足で戻ってきた者はいない。 どんな怪物なのかもはっきりしない、生き物かどうかさえ定かじゃない、そんな存在がいるのだ。……しかし、そんなことどうして盗賊団の頭目が知ってるんだ?
まぁ、いい。
僕は念の為、ベルトで枝に体を縛り付け、寒さに震えながら一晩を過ごした。 その夜は村の方角が赤かった。 ああ、きっと火がつけられたんだろう。 前世の記憶が混ざって混乱していた現世の記憶が整理されたことで父ちゃんと母ちゃんのことが、村の人たちのことが思い出されて悲しくなった。 でも、僕は歯を食いしばって泣き声を噛み殺す。 まだこの辺りに盗賊団が残っていないとも限らないからだ。 でも、とめどなくあふれる涙は止めようがなく、ただでさえ寒い秋の夜にシャツを濡らし続けることになった。僕が作ろうとしていたのは前世でいう柿渋なわけで、柿渋ってのは防腐、殺菌効果があって平安時代から染色に利用されていたものなんだけど、皮のなめしにわざわざ柿渋を使う必要はないわけだ。 ああ、なんで勘違い、なんて早とちりなんだ。 タンニンさえあればいいんじゃないか! さて、気を取り直して皮なめしを再開する。 確か塩を混ぜてこの『なめし液』に皮を浸し時々撹拌する。 この作業を五日から十日繰り返す。 多分塩を入れるのはなめし液が腐らないようにだと思う。 けど、タンニンも皮も生物由来だからあんまり長く浸しておくと腐るんだろう。 念の為七日浸け込んで再び水車で洗濯。 これを乾かせばとりあえず完成なはず。 でも、前世では時々油をなじませてたな。 息子のグローブとか仕事用の革靴とか。 けど、そんな便利なもの手元にない。 一人原始時代生活は思った以上にサバイバルだ。 革ができるまでの間、僕はデヤールの骨角器作りを並行して行った。 これも(前世世界の)人類が最初期から手にした道具の一つだ。 まずは大雑把に角をそのまま使うハンマー。 脚の骨で銛と槍。 肋骨でなんちゃって日本刀。 刀はそこまでの切れ味はないけど、武器がないよりまし。 銛を作ったことで用水路にいる魚を獲ることができるようになった。 ハンマーをゲットすることで黒曜石の加工が飛躍的に精度が上がるようになった。 そして、黒曜石の鋭いナイフができたことで革で服を作るための骨の針と、釣り針も作れるようになった。 てってれー♪ 僕はサバイバーレベルが上がった。 …………。 虚しい。 とりあえず話し相手はいる。 やることはいっぱいある。 けど寂しい。 雪がちらつき始める頃、僕はなんとか革の上着と靴を手に入れた。 一張羅が二張羅になった。 その毛皮の服と靴で雪の中、雑木林に狩りに出る。
「鞣し」って知ってるかい? そのままだとすぐに腐っちまう動物の皮を道具として利用するための工程のことさ。 僕は今、デヤールの肉の保存と並行してこの作業に追われている。 ちなみに昨日は新鮮なデヤール肉のステーキを食べた。 果物以外で久しぶりに食べた生鮮食品だった。 うまかった。 まず、肉の処理だけど鍋釜かき集めて塩水にじっくり浸す。 「塩はどうした?」って? 山奥の村だって塩を手に入れる方法はいっぱいあるもんさ。 どうもこの辺は昔海だったらしく(前世的地学知識)岩塩が取れるんだ。 で、これを干して熟成させてを繰り返せば干し肉の出来上がりだ。 ポイントは脂身が少ない肉の方がうまいことと、空気が乾燥している今時期(秋から冬にかけて)に作ることだ。 一部は炉の上にぶら下げて燻製にする。 ざっくりいって生ハムだ。 僕の生まれ育った村はなぜか干し肉だけでハムをつくる風習がなかった。 燻製工程ができなかったからだろう。 炉の上に吊るすなんてのは日本の知恵だからな。 脂身の多いところはベーコンにする。作り方は実は生ハムとそんなに違わない。 保存用の肉の加工は実は手間はそんなに多くない。 熟成だとか燻製だとかで時間がかかるだけなので、その合間に皮をなめす。 まず、洗濯。 この作業は水車くんにお任せ。肉を塩漬けしている間にじゃぶじゃぶ洗ってもらった。 次に柔らかくなった皮に残ってる脂や肉をこそげ落とす。 そんなこんなをしている間に渋ピサーメを雑木林から採ってくる。 なめしにはタンニンという成分が必要ってことでタンニンって渋のことだよなぁ……と泥縄ながらタンニン作りを始めたわけだ。 ピサーメを叩いて潰して水に浸す。 …………。 なんか忘れてる。 僕は慌てて脳内検索をかける。 確かにこの作り方でタンニン作れそうなんだけど、発酵して熟成するまで二年くらいかかりそうだ。「
とっさに槍を構えたけど、こんな大きなデヤールの突進を受け止められる自信ないぞ。 でも、ここで逃すわけにもいかない。 僕は、黒曜石の槍の威力を信じて槍を構える。 これでも僕は前世で剣道有段者だ。 デヤールの突進力を槍の攻撃力にそのまま利用するために槍の尻を地面に落として、頸動脈があるあたりに狙いを定めて突き刺す。 微妙に角度をつけた槍は突き刺さるんじゃなく首の皮を切り裂いた。 狙い通りに頸動脈が断ち切れたらしく、盛大に血がしぶく。 この成功の代償に槍の柄がポッキリ折れたのはまぁ仕方ない。 穂先を手に取りデヤールの血抜きを始める。 これは現世で経験がある。 父ちゃんたちと狩をした時に教えてもらった。 一人でやるのは初めてだけど、何度かさせてもらった経験がある。 あの時は父ちゃんたちが弓矢で仕留めてたっけ。 …………。 感傷に浸っている暇はない。 血の匂いにひきつけられて肉食のファレクスやナルフ、冬ごもり前のバヤルがきたら大変だ。 僕は、村の作法に則って前足一本切り落とし、森の捧げ物としてその場に残してデヤール担いで雑木林を後にする。 用水路からこちらに渡ってくれば一安心。 今の所用水路からこちらは人のテリトリーという暗黙の了解があって動物たちは滅多にこちらには来ないからだ。 もっとも、僕以外に人がいなくなった今、この暗黙の了解がいつまで有効に作用するかは未知数だ。 陽の高いうちに戻ってきた僕は、用水路で血を洗い落として玄関フードへ。 槍に使わなかった方の黒曜石をナイフとして利用する。 デヤールの解体作業の開始だ。 前世の自分なら「グロ」とか騒いでいるんだろうけど、現世では日常の一コマだ。 一人で解体するのはもちろん初めてだし記憶をたどりながらの作業なのですげぇ苦労したけど、何とか皮を剥ぐことができた。 次は肉の解体だ。 これも黒曜石のナイフで部位ごとに切り分けていく。「なぁ、リリム」「何?」「現世知識
さて、まずは砕けた黒曜石を大雑把に大中小と分けて使い物にならないのは用水路に流す。 むーん。 これから先色々なものを作っていくわけで、収納棚が欲しいな。 手に余るサイズが三個、握りこぶし級が七個、他に切片になってるようなのとか鏃なんかには使えんじゃないかってのがそれなりにありまして、小さなのを三個と中くらいの一個を残して水車小屋にしまう。 黒曜石ってのはガラスの一種だって言う事だから家の中で作業するのは危険だと思い、用水路のそばにある積み石のところで作業することにした。 作り方は打製石器と磨製石器の二種類。 槍づくりは喫緊の課題だし、道具も満足にない状況で磨製石器はないだろう……ってなわけで打製石器を作ることにした。 小さなの二個と中くらいの一個をダメにして完成したのが一スンブくらいの鏃みたいなのと二スンブの穂先。 これを小屋の横に積んである枝の中からできるだけまっすぐなものを選んで用意した棒の先に取り付ける。 枝にナイフで切り込みを入れてそこに小さい方を差し込み……完成? いやいや、これじゃすぐ抜けちゃう。 道具がないって不便だなぁ。 寝床を作るのに使った草の茎を紐がわりにくくりつける。 多少はマシになったでしょ。 とりあえずこれと手斧を持って雑木林の中へ入ることにする。 次の日、僕は雑木林の中へと入っていく。 罠を仕掛けるのはいいけど、罠を作る道具がない。 落とし穴に引っかかってくれるのなんか人間くらいだ。 せめて紐だけでもあればくくり罠ができるのになぁ……。 なんて思いながら歩いていたら、ばったり出くわしたのがラバト。 でもラバトは臆病な生き物でささっと茂みの中に逃げていく。 くそっ! ラバトうまいのに。 午前中いっぱい歩き回ってラバトやファレクスは何度も発見したけど収穫ゼロ。 小さいのは臆病だからなぁ。 そろそろ一休みしようかと思った矢先に出くわしたのが僕の背丈ほどもあるオスのデヤールだ。 草食のくせして角生やしてるんだ。 あ・いや
この世界でも石に名前がついている。 人の生活になくてはならない鉄鉱石、世界の価値基準を形作っている金銀銅の鉱石などがそれだ。 もっとも前世世界のように細かく分類されているわけじゃない。 前世で言うところの黒曜石、まずはこいつを見つけなきゃならない。 この世界の歴史がどんなものかはわからないけど、有史以前の道具としてほとんど加工せずに利用できる骨や木、石などの鉱物は利用しているはずだ。 …………。 地球的進化をしてればの話だけど。「リリム、黒曜石って知ってるか?」「何それ」 やっぱそう言う反応するよね。 僕が前世知識で説明すると、リリムはうろんな目で僕を見ながらこう言った。「叩き割ると鋭く割れる黒い石……ねぇ」「ああ、火山から出た溶岩が冷えて固まったものってことなんだけど……」「それならこの辺にはないかもね」 マジか!? いや、待て。 確か長老が後生大事にしていた赤ちゃんくらいの大石が真っ黒だった。 村じゃ長老がなんであんな石っころを大切にしているのかって不思議がっていたけど、長老が言うには「火吹き山からの贈り物」だって言ってた。 僕は急いで村に戻って長老の家の焼け跡へ向かう。 あった! 見つけた石は誰かに叩き壊されていたけれど、断面を確認しやすくて助かる。 うん、確かに黒曜石だ。「こんな石が槍の穂先に有効なの?」「ああ。前世世界では人類が手にしたもっとも鋭利な刃物と言われてた」「これがねぇ……」 と、リリムがその角を触ろうとする。「やめといたほうがいいぞ」 と、注意しただけじゃその危険度はわからないだろうと思ったので、近くにあった燃え残りの柱をその石で削いで見せる。 カッターナイフで鉛筆削るより鮮やかに削げるもんだからリリムはビビるし僕も想像以上でびっくりした。 ヤベー。 石器時代やべー。 拾えるだけ拾ってピサーメの葉で編んだ袋に詰め
「リリム」「何?」「何したらいい?」「またざっくりとした質問ね。そんなの答えられるわけないじゃない」 だよねー。 考えろ? 僕に必要なものはなんだ。 外のかまどは簡易なもので、いつ壊れても不思議じゃない。 家の中に囲炉裏を作ったからここで煮炊きもできるからいいか。 いやいや、かまどの火力は捨てがたい。玄関フードに作り直すか。 次は服だな。 着た切り雀ってやつでひと月過ごしたからなぁ。 冬用の装備にしないと外で活動できなくなる。 でも、材料が全くないな。 麻的なもので布を織るにしたって時間かかるし、防寒着にはなりそうにない。「防寒着になりそうな素材でこの辺で手に入りそうなものってなんかないかな?」「そうね、獣の毛皮なんていいんじゃない?」 なるほど。 雑木林の中には鳥や獣もいるな。「それには狩りをしなきゃダメだよなぁ」「そうね」「道具が必要だ」「そうね」「何がいいと思う?」「安全なのは遠くから獲物を狙える弓だろうけど、弓を作るのは素人には難しいし弦の材料がないわね。仮に作れたとしても弓を射るには技術が必要よ」 なるほど。「でも接近戦は難しいわね。小動物は逃げちゃうだろうし、大型獣との近接は危険だし」 うん、やりたくないね。「あなた歴史オタクなんでしょ? 何か自分で考えなさいよ」 そうきますか。 それもそうだよね。 ということで、僕は再び前世記憶を手繰り寄せる。 火縄銃……いやいや、作れません。 弓矢はダメ、クロスボウも作れない。 そういえばテレビ番組で害獣駆除に罠を仕掛けるってのがあったな。 アレをメインに手持ちの得物も用意しよう。 …………! 投げてよし振るってよしの手槍かな? 太平洋戦争末期、帝国は国民に竹槍持たせて飛行機と戦えと言







