LOGIN僕が作ろうとしていたのは前世でいう柿渋なわけで、柿渋ってのは防腐、殺菌効果があって平安時代から染色に利用されていたものなんだけど、皮のなめしにわざわざ柿渋を使う必要はないわけだ。
ああ、なんで勘違い、なんて早とちりなんだ。 タンニンさえあればいいんじゃないか!さて、気を取り直して皮なめしを再開する。
確か塩を混ぜてこの『なめし液』に皮を浸し時々撹拌する。 この作業を五日から十日繰り返す。 多分塩を入れるのはなめし液が腐らないようにだと思う。 けど、タンニンも皮も生物由来だからあんまり長く浸しておくと腐るんだろう。 念の為七日浸け込んで再び水車で洗濯。 これを乾かせばとりあえず完成なはず。 でも、前世では時々油をなじませてたな。 息子のグローブとか仕事用の革靴とか。 けど、そんな便利なもの手元にない。 一人原始時代生活は思った以上にサバイバルだ。革ができるまでの間、僕はデヤールの
「一人は寂しい時もあるから住むのは別にいいんだけど、何にもないとこだから大変だよ? まず家作らなきゃなんないし」「ジャンの家で寝ればいいっしょ」「いやいや、狭いから」 カルホ軽いな。 つか、今のニュアンスは北海道弁か?「住むとこは考えなきゃならないかもしれないが、俺もここらでキャラバンから降りたいと思っていたんだ」「ルダーさんも?」「何か問題でも?」 いや、問題ないっす。「俺は前世でも百姓だったんだ。春になったことだし、畑を耕したい」 あ・今この人しれっと「前世」言うたよ。「前世?」「ん? ああ、ヘレンさんたちには言ってなかったが、俺は前世の記憶があるんだ」「すげーすげー!」 カルホ、喜び方が小学生男子だぞ。「どうかね? ジャリ、ジャス」 疲れた顔して訊ねるヘレンに互いに顔を見合わせ考え込む二人。 そこにクレタがお気楽に言う。「八人いればなんとかなるっしょ。いんでない?」 あ、これやっぱり北海道弁のニュアンスだ。 つか、八人全員残ること前提かよ。「そうだな。オレたちにできることなんて畑仕事くらいか」「そうっすね」 あれ? このまま決まる感じ? これ完全に隊長さんの思惑通りだろ? くそっ、やられたな。 明日はふんだくれるだけふんだくってやる。「そうと決まれば善は急げだ。隊長さんに話つけてこよう」「ああ、それならわたしが……」「ねぇさん付き合います」 と、アニーを連れ立って四人が席を離れると、ルダーが小さく耳打ちしてきた。「お前も前世記憶持ってんだろ? つーか、オレが転生者だって気づいてたろ?」「……ええ、ルダーさんの妖精は?」「そんな奴はいねぇよ」 辺りをキョロキョロ見回す僕に呆れた顔を見せるルダーさん。 リリムは苦い顔をしている。
商隊長さんは、僕らを残してキャラバンの輪に入っていく。 あれ? これってばていのいい厄介払い的な? とか思わなくもないのだけれど、とりあえず似たような境遇の八人は傷口をえぐらない程度に身の上話をして時間を潰していく。「で? 君はこれからどうするつもりなんだい?」 そう聞いてきたのはジャスさん。 …………。 めんどくさいので敬称は略そう。「とりあえずしばらくはここにいようと思うんだ」「何もないぞ、ここ」 とか失礼にことを言うのはジャリだ。 ……まぁ、事実なんだけど。 それにしたって僕がジャンでジャリにジャスとは……紛らわしいことこの上ない。「んーん……そうなんだけど、今の暮らしも嫌いじゃないし。ここを出ても生きていけそうにないし」 僕の目標はとりあえず生き抜くことだ。 それが神様から与えられたミッションだから。「一緒に来ればいいのに」 と言ったのはカルホ。 気楽でいいよね。「キャラバンに加わるのはちょっとねぇ」「何が問題なんだ?」 大人の配慮で言葉を濁したのにジャリが突っ込んでくる。 こいつ、僕より四つ年上のくせに思慮が足りないな。「逆に聞くけど、いつまでキャラバンにいるつもりなんだ?」「え?」「居候だろ?」「イソーロー?」 やべ、この単語は日本語か。「つまり、好意でタダ飯食わせてもらってるってことだろ?」 と、フォローしたのはルダー。「確かに、これだけあちこちの村が襲われているんじゃ商売も厳しいだろうな。言うなりゃ俺たちゃ穀潰しだ。手伝うにしたって商売のことはわかんねぇし護衛なんて務まらねぇ」 さすがルダーさんはわかってらっしゃる。 ジャリもジャスも下を向く。「あの……」 と、控えめに言うのはヘレンさん。 美人じゃないけ
「こんな感じでどうかな?」 と、提示したソロバンを見て僕が眉間にしわを寄せると「ああ、読み方がわからないか?」 とか聞いてくる。 確かに前世記憶とごっちゃになっていていくらになっているのかよくわからないけど合計金額は分かっている。 前世では子供の頃そろばん塾に通わされていたから頭の中に算盤があるんだ。 そして、現世の記憶にあるキャラバンが毎年持ってきてくれていた物の値段と比較して、隊長さんが提示した金額が決して不当なものじゃないこともなんとなく理解できた。「それでいいよ」「よし、商談成立だな。で? 何が欲しいんだ?」「それはとりあえずいつも通り明日ってことで。飯にしよう」 と、提案する。 そう、キャラバンは商習慣として到着した日は村人との交流会を兼ねて宴を開き、翌日店開きをすることになっていた。「ふむ、そうだな」 ささやかな、本当にささやかな宴が開かれた。 なにせ村人は僕一人。 ほとんどおもてなしもできないので、家にとって戻ってハムを一つ持ってきて振る舞った 隊長さんには「自分で食う分は残っているのか?」 なんて心配されたけど大丈夫、もし足りなくなったら狩りに出ればいいしね。 宴の終わり頃、隊長さんは僕に七人の人を紹介してくれた。 村を焼け出された人たちだ。 先に紹介されていたクレタ(十一歳)とカルホ(九歳)。 夫に死なれた未亡人ヘレン・ボイサーさん(二十四歳)とその娘アニーちゃん(六歳)。 同じ村の出身でヘレンさんたちを助けたジャリ・バン(十九歳)とその友達ジャス・オン(十六歳)。 二人はヘレンさんの旦那だったアランさんの弟分だったようだ。 そして、襲撃のあった三つ目の村にいられなくなったらしいルダー・メッタさん(二十八歳)。 彼らの村は僕の村ほど徹底的に焼かれたわけじゃないらしいけど、それぞれ事情があってキャラバンに厄介になっているんだっていう話だ。 っていうか、気のせいかもしれないけど
僕は女の子二人を連れて家に戻る。 道すがらお姉ちゃんの方、クレタが僕に訊ねてきた。「ねぇ」「何?」「肩のあたりを飛んでいる妖精は何?」 え?「君、見えるの?」 そりゃあびっくりするでしょ、だって転生者しか見えないって言う妖精が見えてるって言うんだから。 妹のカルホは「え? どこどこ? 私も見たぁ〜い」 てな具合なんだから。 僕だって前世の記憶が蘇って初めて目撃したもんだ。 もっとも、ずっとそばにいたわけじゃなさそうだけど……。 僕はリリムを見る。「何よ? 転生者にしか見えないわよ」 ってことはつまり……。「そう言うことね」 そう言うことね。「前世の記憶は戻っているの?」 と、聞いてみたら「前世って何よ?」 と聞き返される始末。 リリムに助けを求めると「例外はあるみたいだけど、基本的に前世記憶は十五歳にならなきゃ目覚めないわよ」 って言うんだからそんなもんなんでしょーよ。「あー……えーと、後で話す」 と、逃げを打った。 もちろん家に着いたからでもある。「ぼろっち」 カルホの最初の一言だ。 正直者め。 でも仕方ないじゃん。 道具も材料もない中一人で作ったんだから。 これでもひと冬越せたぞ。 さて、家に着いた僕は、クレタとカルホに手伝ってもらってハムやベーコン、魚の干物などをカゴに放り込む。 毛皮・なめし革は売り物になりそうな品質ではなかったので家に残したけど、食べ物だけでカゴいっぱいにしてもなおたくさん残っている。 もう一回戻ってこようかな? なんて考えながら村跡に戻ってくると日の沈みかけた薄暗い中、テントの準備があらかた終わっていて晩御飯の準備もできつつあった。「おお、戻ってきたな」 商隊長さんがこっちに手
商隊長さんなんか、「キャラバンも潮時か?」とか言ってるし、元々価値のあるものを運んでいるいつ襲われるかもしれない採算や命の勘定で冒険的な商売が、今や割に合わないって計算になってるようだし確かにヤバいね。「でな、ここに来るまでの間に二ヶ所、同じように盗賊の被害にあった村があって生き残った村人を保護してきたんだが……」 と、隊長さんはとりあえず今日はここで泊まろうと旅装を解いて準備をしているキャラバンを振り返る。「お前さん、どうする?」 ん?「どうするって?」「オレたちと一緒に来るか? って話よ」 ……おぉ!「他の被害者は?」「ん? ああ、できればどこかで暮らしたいって言ってたんだけどな?」 何かいいかけて赤くなりかけている空を見上げる。「ま、話は後にしようか。すぐに日も暮れるし、続きは飯でも食いながらだ。ところでお前さん、どこで寝泊まりしてたんだ?」「水車小屋のそばにちょっとした小屋を建てて住んでる」 そういうと、隊長さんは目を丸くしてこう言った。「冬を越せるような小屋をお前さん一人で作ったのか? そりゃ……なんていうかすげぇな」 確かに、前世記憶に助けられたのはあるし、半ば自然児的田舎もんとはいえ十五で究極の一人暮らしはすげぇよな。 よゐこ濱口もびっくりだよ。「おじさん」「なんだい?」「まだ準備に時間かかるよね?」「そうだな」「一旦うちに戻ってくるね」「そうか。じゃあ後でまたな」「あ、欲しいものがあるんだけど……」「欲しいもの?」「うん。けど、銭はない」「だろうな」「で、買ってもらいたいものがあるんだ」「なるほど、物々交換でいいぞ。特別に多少まけてやる」「ありがとう!」「結構あるのか?」 走りかける背中に隊長さんが声をかけてきたので、僕は立ち止まって答える。「
雪がとけて用水路の水の流れが早くなった頃から僕は、毎日昼頃から日が暮れるまで焼け跡を片付けながらキャラバンが来るのを待っていた。 記憶が確かならいつも日のあるうちに村に来てたからね。 さすがに午前中は雑木林に入って狩りをしたり柴刈りしたり用水路で魚釣ったりしてたけど。 そんな日を十日くらい繰り返した頃、待ちに待ったキャラバンが到着した。 商隊の隊長さんは結構がっしりした体格のおじさんで、物心つく頃にはもう隊長さんだったからおじいさんに近い。 隊長さんはあらかた片付いてさっぱりと何もない廃村に驚きながら、僕のところにやってきた。「生き残っているのはお前さんだけなのか?」 そんな聞き方をするということは、予想外の事態じゃなかったと言うことか? 僕は頷いて事のあらましを語る。 隊長さんは時々質問を挟みながら僕の話を聞いてくれた。 いつぶりだろう? 妖精以外と話すのは。「なるほどな。ずいぶん大変だったろう」 隊長さんは僕の背中をトントンとあやすように叩く。「実はね、この国は今大変なことになっているんだ」 村に来るキャラバンは三つあって、一つは今目の前にいるキャラバン。 二つ目は暑い盛りに来るキャラバン。 もう一つが他国から不定期にやって来るキャラバンだ。 それぞれ売っているものと、この村で仕入れるものが違う。 品物も重要だけど、キャラバンが一番の商品にしているのは情報だ。 ちなみに二番目は子種。 血を適度に薄めるためだ。 まぁ、それはいい。 隊長さんが言うには、この国の王様が身罷られ(要は亡くなって)代替わりすることになったんだけど、立太子(後継を決定)しなかったんで跡目争いが起こっていた。 それが激化して武力衝突に発展して大分になるそうだ。 たぶん、この件は大人たちにはしていたんだろう。 子供だった僕に語られなかっただけなんだ。 時系列でいうと