Masuk僕はちょっと腕組みをして考える。
僕の使命はこの世界で生き抜くことだ。 生き抜くのに絶対必要なのは衣食住、これは今回の取引で目処がついた。 次に必要なのは……情報か。 戦国時代(もちろん前世世界)の武将は、どれだけ早く正確な情報を手に入れられるかが生き残りに直結していた。 さて、今の僕にはどんな情報が必要だ?「正確な地図が欲しい」
「ほう」
「それから周辺の情勢?」
ジョーは豪快に笑いだす。
な、なんだなんだ?「ものの考え方が昨日今日『大人』になった男のものじゃないぞ」
「そ、そうかな?」
まさか「前世が……」なんて気楽にカミングアウトできる性質のものじゃないから適当にお茶を濁す。
「地図は次までに用意しよう。近隣の詳細な勢力図を書き込んでな」
それはありがたい。
「手習いセットも用意してやる」
「え?」
「読み書きは出来るに越した
僕はちょっと目を閉じて深くゆっくりと呼吸を繰り返すと大自然の音に耳をすます。 葉を揺らす風の音。 虫の鳴き声。 ホルスが草を食む音。 遠く、せせらぎも聞こえる。 あれ?「これは人の気配?」「え?」 小川の側かな? ってことはオギン?「あれ、僕結構すごくない?」「本当に感じているんだったら確かにすごいわね。他にも感じられる?」 リリムに促されて、再び心をすます。 小さな気配がせわしなく動くのが判るぞ。 リリムの言ってたラバトってこれか? だとしたら近づいてきてるな。 僕は、弓を取り出し矢を番え、気配のする方角へ向ける。 林の奥に目をこらすと……うん、ラバトだ。 僕だって神様から少しは優遇されているらしいじゃないか、当たるさ、絶対。 きりきりと引き絞って狙いを定めると、ヒョウと矢を放つ。 狙い違わず命中する。 よしっ! 草をかき分けラバトを取ってくると、オギンが戻ってくるまでの間に血抜きなどをする。「お館様」「おかえり」「どうしたのですか? そのラバト」「たまたま近くに来てたんで仕留めた」「村へのいい手土産になりますね」「ん? そうだね」 すっかり忘れてたよ、礼儀がなってないと思われるところだった。「でも、だったらあと二、三羽は仕留めたいかな?」「欲張りですね」「そうかな?」 休憩は半時間ほどで終わる。 ホルスが水を飲み干したら出発だ。 移動と休憩を何度か繰り返して進むと、途中で野営の跡が何カ所かに見て取れた。 この何カ所かを全部宿にするのは無駄だな。あんな奥の村には早々用もないしね。 ま、それもこれも男爵との戦が一段落してからだけど。 もしかしたら男爵が道を整備してくれるかもしれないし。 道々そんなことを考えたり、オギン
道はデコボコの砂利道でとりあえずキャラバンが通った轍が草の中に見えている程度。 最近は人の往来がそこそこあるっていうのにこれが道かという有様だ。 一応、原生の森を切り開いて作られた「道」ではあるけど、ここまで獣道然としたものだとは思ってなかった。「これを徒歩で歩くのか……そりゃあ三日はかかるよなぁ」 下手したら迷子だよ。「この辺りはモンスターが出ないのでマシな方です」 と、オギンが答える。 そうか、この世界はモンスターもでるんだよね。「悪いことしたな」「何がですか?」「あー……いや、ちょくちょくオギンを一人で行かせてるじゃない? こんなだと思ってなかった。僕は元々村で生まれ育って村から出たことがなかったし、野盗に襲われて以降は村の復興で手一杯だったのもあるんだけど、これからは町の外のことも考えていかなきゃダメだ。うん」「……具体的にはどうなされるんですか?」「ん? そうだね……もう少し往来を増やすのがいいかな? 片道三日は遠すぎるから間に二箇所、駅を作るのが先かな?」「……エキ?」 ん? ああ、そうか。 駅伝制度があるならこんな道路事情な訳がないよな。「ええと……宿場?」「道の半ばに宿を作るのですか?」「そうだよ。野宿は大変だろ?」「確かにナルフやバヤルなどの獣におびえながら夜を過ごすのは神経をすり減らしますから、宿があるのなら助かりますね」 ホント、ごめん。 しばらくすると道脇の林の下草がやたらとハゲ散らかした感じのところに出くわす。「お館様、そろそろ休憩の時間です」「休憩?」「はい、ホルスを休ませる時間です」 ああ、なるほど。 ホルスをおりて木に繋ぐと、オギンが桶を持ってこういった。「水を汲んできます」「一緒に行こうその方が早いし……」「いえ、一人が水を汲み、一人がホルスの番をする。
「それ!」 と飛ばすと、玉はこちらも町から提供した鉄の板の的に命中する。 距離は百カルほどだろうか。「これ、この通りめり込むだけなんじゃよ。もっとこう……威力を上げられんものかの?」 なるほど。「どれくらいの距離なら貫通できますか?」「五十シャルというところかの。これでは『石の弾丸』と変わらん」「オギン」「はい」「この威力はどうなんだ?」「はい、概ね想定通りの威力です」「何? この程度なのか?」「はい、現代の戦において『鉄の弾丸』は主将の警護にあって最接近を許した際の一撃必殺手段ですから」「つまらんの」 僕もそう思う。 というより、魔法使いが接近戦なんてしちゃダメだろうよ。 だからちょっと地球知識を持ち出すことにした。「射出速度を上げることはできますか?」「速度?」 前世知識は地球の単位を前提にしているのでこっちの世界に丸々持ってくるのは難しい。 特に速度計算に必須な時間の単位が変換不能だ。 こっちで使われているのは一年=十三ヶ月、一ヶ月=二十五日、一日=二十時間までだ。 時間に関していえば正確な時を刻む装置がないんでおおよそだ。 この世界は地球でいう春分が新年で、新年の正中から翌日の正中までを二十で区切っているだけ。 人の手指が十本あることから、昼を十時間、夜を十時間で数えているわけだ。 さて、以上のことから数字で語るのは難しい。 そこで僕は落ちている大きめの小石を二つ拾い上げ、一つを軽く投げてみるとコツンと壁にぶつかる。 そしてもう一つを野球選手よろしくビュンと投げる。 カツンと鋭い音がした。「ふむふむ、気づかなんだ。矢ほどの速さがあれば十分と思っておったが、確かに矢も弓の引き手によって威力が違うことがあったやもしれん。そうか……ぐふふ。速さの……どれほどはやめれば良いと思う?」 魔法の弾丸は、サイズにもよるけど、なんとか視認できる
例年、育つのを待つだけの夏から収穫までというのはそんなに忙しくない。 ……はずなんだけど、この町はもうずっと忙しい。 農作物の育成を見守り、新たな開墾を進め、収穫後に来る男爵との対決のための軍事調練とやることが多いからだ。 人口規模が百人を超え、みんなで作業を手分けできるようになったので、ここを乗り切れば楽になる……なんて楽観視していたのは会議まで。 僕は、ここだけじゃ忙しさが緩和されることはないんじゃないかと思い始めていた。「オギン」 暑さも和らいできた晩夏、僕はオギンに隣村まで行ってもらうことにした。「何を見てくればよいのでしょうか?」「畑の広さ、村の様子、周辺の地形あたりかな?」「ご自分で視察なさるというのはいかがですか?」 ……そいつぁ気がつかなかった。 僕は転生してから一度も村を出たことがない。 おぉ! いいじゃん、いいじゃん! それ最高!!「じゃあ、明日朝一で出発だ」「明日はラバナルに会いに行く日ですが」「そうか。じゃあ明後日だ。イラードに連絡しといて」「イラードを連れて行くんですか?」「いや、町をイラードに任せんの」「供は?」「え? オギンだろ?」「…………」「何か、問題でも?」「……いえ、お館様の仰せのままに」「道程三日って言ったっけ?」「歩いて行けばそれくらいですね」「じゃあホルスに乗って行こう。今時期なら畑仕事には使っていないし」 ということになって、翌日ラバナルを訪ねて隣村に行く件を話す。「──で、今後そういうことも増えると思うんで、十日に一度に変更してもらえませんか?」「む? ふむ……お主が村にこもっておっては見聞も広がらん。よかろう」「ありがとうございます」「いやいや、ワシもお主との話で新しい魔法の思案に時間を使いたくなっておった頃合いじゃ。等価交換じゃよ」
これは領地経営の問題だ。 その都度、町をあげての防衛戦を余儀なくされる。 食糧生産は継戦能力の根幹だ。 日本は太平洋戦争中、南方戦線でひどい目に遭っている。 ニューギニア戦線など実に死者の九割が餓死という話があるくらいだ。 それを考えていると、籠城戦は町にとってジリ貧の悪手なんじゃないかと思い始めている。 進むも地獄、戻るも地獄とはこのことか。 進んで修羅の道に入るなんて、聞いてないよ! 神様ヘルプ! だよ。 それはいい。 僕は食料生産計画をルダーに一任する案を出す。「そんなに食料生産って重要なのですか?」 と、ピンと来ていないイラードに答えたのは、戦争経験者(ただし前世)のジョーだった。 必要性の詳細な説明をしてくれたんだけど、こりゃもうどう聞いても南方戦線に従軍していた経験談だべ。「当たり前のように食事を支給していただいていましたから、キャラバンではそんなこと全然気にしていませんでした」「嫌ってほど身に染みてるからな。食料だけは儲けを削ってでも確保していた」「俺も小さい頃、ひもじい思いをしたからよく判る。食うもの食ってないと腹に力が入らないんだ」 と、同じく(前世で)戦争体験のあるルダーがいうので、圧倒的に説得力がある。「冬の間に後背地の開墾をしたいところだけど、ここは山間地でもあって雪深い。防衛線の合間合間に開墾ってのは難しいだろうな」「合間は狩猟と雑木林の手入れだな」「ああ、それは俺も気になっていた。貴重な山林資源を村の復興のために随分と利用したんだろ?」 確かに。「牧畜の方は?」「クッカーの卵はもう売ってるだろ。配給するには数揃わないけどな。クッカーの食肉出荷は早くて三ヶ月後。こっちも配給品にするほどの数は無理だ。もっとも、各家庭で飼っているところもあるから、商品としては割に合わないかも。来年にはジップの乳が出荷できるくらいにはなると思う。肉はあと二年先かな?」 クッカーは復興前の僕ん家でも飼ってたからな。
「それならまともな射撃戦ができそうですね」 と、ザイーダが言う。 イラードはやっぱり少し気に入らないようだけど、なんだ、フェミニスト的観点なのか? それとも、女は銃後派なのかね?「ズラカルト男爵の春現在の現有戦力は大体三百人。最大動員数六百人と見られています」 と、オギン。 そんなに?「だが、それは領内全体の話だ。他領との領境に守備兵は必要だろう」「ここを単なる田舎村と侮っているだろうし、せいぜい二、三十人で威嚇すれば大人しくなるくらいに思っているだろ」 カイジョーの意見にジョーが同意する。「違いない。お貴族様は外聞もお気になされる。村相手に初手から全力なんてなさらねぇよ」 敬語風だけど、見下した感満載な言動だな。「緒戦は戦闘にもならねぇ。二度目も十中八九勝てるだろう。問題は本気で攻めてくる三戦目だな」 僕もそう思う。 収穫後、徴税にくる役人(たぶんオルバックJr.)を追い返すのがこちらの初手だ。 一度取って返したジュニアが手勢を連れて威嚇するのがカイジョーの言う緒戦。 いまだにこちらの人口規模も把握していないぐらいだから、こちらが武装して門から出てくだけで、一戦も交えることなく勝てるだろう。 それを追い散らしたら男爵の軍が動く。 これが実質的緒戦になる。 これが正規兵で二、三十人ってのがジョーの見立てた人数だろう。 で、町の戦力組はその程度なら十中八九勝てると踏んでいる。 この見解はカイジョーだけでなくイラードもオギンも同意見のようで、男爵兵を侮っているわけではなさそうだ。「じゃあ、この件は後日細部を煮詰めるってことで……」
「で、僕のステータスはどうやったら確認できるの?」「なにそれ、美味しいの?」 え?「うそうそ、そんな便利機能現実世界にあるわけないじゃない」 だよねー。「数値が知りたいなら体力測定とかIQ検査でもしてみる?」「それって実際あてになるの?」「参考程度には」 だめじゃん、そんなの。「まぁまぁ。ホラ、そろそろ準備始めなきゃまた木の上で寝ることになるよ」 リリムに言われて気がついた。 お日様がだいぶ西に傾いているらしく、僕の影
「じゃあ次は概要ね」 と、リリムは言う。「世界の概要は現世の知識があるから割愛ね」 あらま。「あなたは転生の際にDNAってやつに細工されていてね、神様曰く人よりちょっと優秀になってるそうよ」 え? ちょっと?「そこはとても優秀になってんじゃないの? テンプレ的に」「いくら世界に干渉できる環境にある神様だってそんなことホイホイしたら世の中のバランスが狂っちゃうでしょう?」「異世界転生は世界のバランスを崩さないのか?」「崩すわよ。それなりに。そもそも
村に戻った僕は村人の埋葬をする。 人の死には慣れている。 現世の僕が、だけど。 この世界は前世の世界と違って文明水準が高くない。 当然医療水準も高くない。 田舎だからってのはあるかもしれない。 大きな街はもしかしたらすごく発展しているのかもしれない。 魔法のある世界だから、当然治癒魔法もあるはずだ。 でもそれがどれくらいの効果があるかもわからない。 だからこの村はよく人が死んだ。 子供は特によく死んだ。 僕にも姉と妹がいたらしい。 妹の方はかす
僕は十五歳の朝を木の枝の上で迎えた。 この世界の元服、つまり成人の儀式が行われる日だ。 確かに一生忘れられない日にはなったけど……切ない。 あまりにも切ない。 秋とはいえ、昼頃になればそれなりに暖かくなる。 今日は天気もいいので昼頃にはむしろ汗ばむほどの陽気になった。 慎重にあたりの気配を確認しつつ、木から降り集落に戻ると、まだプスプスとくすぶっている焼け跡の中を歩く。 あたり一面、嫌な臭いが立ち込めているのは、村人の焼けた臭いだろう。 昨日から何も食べてないのに込み上げてくる胃液を吐き出し







