49話 裏の物語
僕と同じ空間を共有していたタミキは、自分の考えを整理する為に、久しぶりに自宅に戻った。久しぶりに戻ると、あの時の事が現在進行形で進んでいるように感じてしまい永田、苦虫を噛んだ。自分の側から離れないように、大人達を使い、僕を地獄に突き落とした事実が、今になって彼を襲っていた。人が住んでいるはずの家は、まるで闇を吸い込んでしまったガラクタのように、動くことはない。そこには人の愛も温もりも、美しさも何もない。ただ廃墟に近い存在感と孤独が充満していて、苦しくなっていく。「そうだよな、拒否られて当然か」 庵が借金を肩代わりしたのも、全ては自分が招いてしまった種から生まれた事だった。BARで働くようになって少しずつ返せていたみたいだが、キリがない。「あいつが出てくるなんて聞いてないな」 キヨは自分に振り向きもしないタミキの弱みを探していた。例え自分を愛してくれなくても、どんなやり方でもいいから自由に羽ばたこうとする彼の羽根を捥いで、自分の闇に落とそうとしていたんだ。「ちょこちょこしか返してきてねぇじゃん。そんなんじゃ、いつまでも回収出来ないよ」 椅子に座りながら足を組んでいる男がいる。サングラスをかけている男は、右手に龍の刺青をしていた。普段は長袖を着ているようで、隠れているが、その時は腕まくりをしていた。赤い椿に囲まれた龍は心臓目掛けて登ろうとしている。躍動感溢れる芸術品だった。「しゃーない。俺が接触するから、お前らは留守番な」 下っ端の三人は青ざめた様子で彼の言葉に返事をした。少しでもタイミングを遅れて仕舞えば、何をされるか分かったもんじゃない。 バタンとドアを閉めると、プルプル震えている子鹿のように、その場で固まり続けていた。 そこからがもう一つの物語の 始まりだったのかもしれない 僕の知らない所で 動いている彼達の関係性が 隠れている タミキは杉田と待ち合わせをしているBARに向かっていた。いつもよりもお洒落をして、なるべく自分の印象61話 新しい因縁 ベッドの上で眠り続けている僕を心配そうに見つめているタミキがいる。僕達二人が犯した罪を認める為に、過去にリンクし仮想空間の住人として生きる事を選んだ過去の僕達とは違う道を選んだ。椎名のサポートのおかげで現実世界に戻ってこれたタミキはいつになるか分からない僕の目覚めを待っている。今回の仮想空間で起こった出来事は、二人の記憶を保持する為に、定着させているようだった。そのおかげでタミキはあの場所でいたタミキとして生きる事が出来ている。何千年も眠り続けていた体は崩壊してしまったが、二人の副製品として新しい肉体を用意していた。一つのデーターを現実の記憶のように捻じ曲げて記憶を肉体に上書きすると、思った以上に事が上手く運んだようだった。「寝坊助さんだな、庵は」 なるべく不安定な自分を出さないように気をつけている。少しでも気を抜くと、同じ事を繰り返してしまうんじゃないかと不安が会ったからだ。少しの不安が積もっていく。その度に、大丈夫と自分自身に言い聞かすと、僕の髪を優しく撫でた。 二人っきりの時間はあっという間で、少し前まで愛し合っていた二人の事を思い出すと、欲望が出てきそうになる。タミキの思考を遮断させようと、ドアの向こうから誰かの影が映る。「いいかい?」「どうぞ」 タミキが僕を見ている時に限って、合わせるように南が来訪する。僕の寝顔を見続けていた彼は、南の顔を見ると、うんざりしたように呟いた。「その顔で俺を見るなよ」 タミキの知っている杉田は南とは別人のようだった。話を聞くと南の複製として杉田を作ったようだった。彼の置かれた環境で、正確や行動、言葉遣いは変わると説明されたが、どうしてもモヤモヤしているようだった。「何か言ったかい?」 満面の笑みでタミキを見ている南は、杉田と違って温厚に見える。僕の事で二人がバトルをしたとは知らないのは僕だけだった。 ムスッとした表情で不貞腐れていると、くすくすと茶化すように笑った。二人は現実世界でも因縁があるようだった。「南には関係ねぇよ。それより庵はまだ目を覚まさな
60話 辿り着いたのは…… 次元をわたる事は不可がかかってしまう。壊れかけている記憶の残像に飲まれそうになりながらも、意識を保とうと南は集中した。ワープホールのような空間の中で僕がいる場所へと飛ぶと、目の前に杉田の影が漂っていた。自分自身の分身と合う事はドッペルゲンガーと出会う事と同等の意味を持つ。しかし人の肉体を手放した影は、自我を崩壊させながら、見たこともない獣の姿へと変貌していく。逃げる僕と追いかけてくる影の間にたどり着いた南は全てのバグを自分の体に内臓している電子心臓に取り込んでいく。闇だけを抽出していると、僕の右手にある電子タトゥーも吸い込まれていった。「杉田が二人?」 突然の出来事に走っていた僕は減速していった。重たかった体が急に軽くなった気がする。リハビリのお陰で走る事は出来るようになったけど、前のようには走れなかった。それなのに、急に力が湧いてきて、足を持ち上げても、違和感を感じなくなっていた。「走り続けろ、そしてあそこに行くんだ」 南は僕に大声を張り出しながら、伝えると邪魔をしてくるもの全てを喰らい尽くしていく。その姿は人間離れしていて、遠い存在に感じていた。あの杉田は僕の知っている彼ではないと確信し、出来るだけ今出す事が出来る全速力で光の中へとダイブして行った。「……それでいい」 僕が光に包まれていく姿を見て、安心したように微笑んだ。目の前に影がいるのに、何故だか清々しい。彼は影の頭目掛けて、USBを差し込むと、全てのデーターを消去していく。杉田としての記憶も、感情も、感覚も、何もかもを——「何を…ああああ」 黒く濃かった闇は、徐々に生気を失いながら、薄くなっていく。彼は何が起きているのかを知る前に、ちりの一部になり、この世界の底へと溶けていく。その姿を見届けながら、自分の体にも何かを打つと、南の姿は最初からなかったように、消えていた。 大きな光に包まれながら 隠れている人物が微笑みをかける 彼の手に引き寄せられるように 繋いでいる ピッピッピッと電子音が
59話 バグ 僕の知らない所で動いている事実が押し寄せながら、僕を違う世界へと招待する。自分の願いを叶える為に、駆け込もうとするが、怨霊のように杉田の影が阻止しようとしている。人の形から黒いモヤへと姿を変えると、ダイレクトに負の感情が僕に体当たりする。道になっていた光が少しずつ汚されながらも、僕を待ち続けていた。 「なんで、邪魔しないで」 夢と現実の境目がなくなりつつある。それはこの世界が消滅の道を辿っている証拠でもあった。ここに生きていた人形のプログラム達はオリジナルの僕を逃すまいと躍起になっていた。杉田の念が中心になり、綺麗な形を保っていたものまで、ウィルスのように感染していく。 「行くな、行くな」 右手をガシッと掴まれると、くっきりと跡が浮き出てくる。跡は痣になり、そうして違う異物の存在へと書き換えられていく。ドットのようにブロックが積み重なっている形は、この世界を維持していたデーターの破片だった。除けようとしても、消す事が出来ないタトゥーのように、しっかりと刻まれていく。 「オリジナルの君でも、バグからは逃げられない」 過去の映像が現在になり、そうして違う未来を作ろうとしているようだった。この世界を管理していた人々はこの状態から逃げ出している。誰かに責任をなすりつけるので、精一杯な様子だった。映画のように干渉していた人達も、この騒動に巻き込まれないように、映画館から逃げ出していく。 スクリーンを乗っ取った杉田だった存在は、見る影もなくなると、現実世界へと自分のプログラムを通じて、全てのネットワークへと繋げると、自分の中で育てたウィルスを大量放出していく。 「俺達を作るだけ作って、破棄しようだなんて虫が良すぎる。お前達が守ろうとした庵だけは、この世界に留まってもらう」 誰に向かって言っているのだろう。現実離れしている現状に、置いてけぼりになっている僕は、首を傾げた。何がどうなっているのか把握出来ていない僕は、ただ彼の叫びを聞きながら
58話 前兆 沈んでいく意識の中で僕は泣いている。タミキを裏切ってしまった気持ちを抱えながら、子供が泣きじゃくるように、泣き叫んでいた。そんな僕に手招きをする人物が声をかけてくる。「そんなに泣いてどうしたんだ?」 声の主の方へと視線を向けると、光に包まれているように眩しくて、手で遮ろうとする。強い光はまるで彼の生命力そのものの形をしていて、全ての人に影響を与える、そんな光を持っていた。 ゆっくりと眩しさを逃しながら近づいていくと、遠くにいた彼がいつの間にか目の前に姿を現した。ぎゅっと抱きしめられると、彼が誰なのか分かった気がする。ずっと待ち侘びていた存在に、嬉し泣きをしていると、杉田との事が過去の出来事へと塗り変わっていく。禍々しい嫉妬も、闇も、束縛も、全てを浄化してくれているようだった。「離れていても俺は、庵、君の側にいる」 その言葉は力を持つと、全ての光が空間に連動され、僕の内部へと干渉し始めた。目で見えるものではない、心で見える景色を見せてくれた彼の側には、笑って幸せそうに日常を過ごしている僕の分身の姿がそこにある。まるで予知夢を見ているようで、願いが形になっていく瞬間を感じた気がした。「大丈夫だよ、一人にはしない……きっと」 後ろから抱きしめてくる彼は甘い吐息を耳元で漏らすと、僕の耳を甘く噛んでいく。時折、ちゅうちゅうと舌を鳴らし、まるで子猫が毛繕いをするように、優しく丁寧に舐めていく。現実なら感覚があるはずなのに、温もりを感じるだけだった。ここは自分の都合のいい未来を見せてくれる特別な場所なのかもしれない。そう想うと、嬉しい反面切なさが増殖していく。 夢は自分の願望を示す鏡だ その鏡を手に入れる事は 難しく、苦しい それでも手に入れる事で 僕は本当の僕になれるのかもしれない 僕とタミキの影響がこの世界の杉田に影響を与えている事に気づけなかった。何処にも行ってほしくないと引き止める為に無意識に全ての時間軸と機能を奪っていく。模倣されたプログラムが自我を持ってしまった事で僕は前に進む事が出来
57話 嫉妬と拒絶 疲れた僕は布団の中でゴロゴロしている。今日からリハビリが始まったからだった。だいぶ筋力は戻ってきたが、なかなか上手く歩けない。自分から自由を捨てたのだから、自業自得だった。最初は立つ事から始めた。本来なら歩けるはずなのに、メンタル的な原因があるらしく、明日からはカウンセリングも受ける事になっている。少し力を使うだけでも疲労が出てくるのに、大丈夫なのかと不安にもなる。 消灯時間を過ぎているので、置かれている電気スタンドをつけ、暗さを紛らわしている。あの火事以降、どうしても暗闇で寝る事が出来なくなってしまった。 淡い光を見つめていると、眠たくなってくる。いつもこの時間帯はタミキの事を考えてしまう。そんなルーティンになっていた。何処で何をしているのか分からない彼を想うのは辛い。自分に勇気と力があったのなら、助け出す事が出来たのに、現実は違った。「会いたいな」 あんなに愛しあった人は他にはいない。タミキが姿を現さなくても、僕はこの気持ちをなかった事にはしたくない。唯一会えるのが、夢の中だけなんて残酷だ。 ドアの隙間から誰かの足音が聞こえてくる。見回りだろうか。起きてる事に気づかれてしまったら、怒られるだろう。電気はこのままにして、布団を深く被ると、目を瞑る。スウスウと寝息を立てると、狸寝入りが完成する。「……寝たか」 少し遅れていたら、目があっていただろう。その人はベッドの側に座り、僕の様子を観察しているようだった。なるべく不自然にならないように心がけながら、顔にかかっていた布団をゆっくりと押さえつけていった。「……庵、まだあいつの事を」 聞き覚えのある声に耳を傾ける。僕を助けてくれた杉田は僕を避けるようになっていた。それなのに、今僕の側にいるのは昔と同じ優しい声をしている彼だった。 ぬっと影が重なっていく。彼の鼓動が聞こえそうなくらい近づいた体は、何が起こるのかを理解していないようだった。「俺は諦めない、絶対に」 タミキには負けたくない気持ちが表面化されていく。そこには嫉妬と暗い感情が見
56話 三島付属病院 久しぶりに外の世界を感じている。僕の日常は様変わりしながら、その場を手放した事が、随分昔のように思えた。あれからタミキの消息を追っている杉田は、情報を僕に明かしてはくれない。何度聞いても、知らない方がいいとあしらわれるだけだった。僕の体調とリハビリを兼ねて、三島付属病院にお世話になる事になると、定期的に顔を出してくれている。弱った肉体とメンタルを元に戻す為に、時間がかかるらしく、じっくりと腰を据えなければならない。「支払いは大丈夫と言ってたけど……」 三島付属病院で診てもらう為には紹介状が必要だ。通常なら飛び込みの患者を受け入れてはくれないはずだった。しかし杉田は裏で何かしら手を回しているようで、思ったよりも速い速度で決まってしまった。 コンコンと扉を叩く音が耳を刺激する。急な音に驚いてしまった僕は、隠れるように布団の中へ沈んでいった。「失礼します」 僕の部屋に入ってきた人物の声は明るく、太陽のような輝きを放っている。ゆっくり布団の隙間から確認しようとすると、そんな僕に気づいたのか、くすりと笑い声が聞こえた。「そのままで大丈夫ですよ。お食事の用意が出来ましたので、食べてくださいね」 普通なら看護師が対応するのだろうが、僕専属の世話役が身の回りの全てを担ってくれている。まるで物語に出てくる貴族になってしまったようで、なんだか歯痒い。「……ありがとうございます」 聞こえるか聞こえないくらいの声で、恥ずかしさを隠すように御礼を言うと、ふふと音を漏らした。子供扱いされているような気分になってしまうのは何故だろう。 やる事をし終わった世話係は、音を立てないように病室から抜け出すと、ぼふっと布団から顔を出し、新鮮な空気を取り入れていく。閉められてたカーテンを開けてくれたようで、太陽の光と院内に隣接している森林をモチーフにしている小さな森が僕の視界を照らし続けた。 この景色をタミキと一緒に見れたのなら、どれだけよかっただろうか。そんな事を思いながら、小さな卓の上に置かれた食事と温かいお茶が温もりを漂わせながら、空