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僕達のマザーランド
僕達のマザーランド
Author: エムおばさん

#1『全ての始まり』

last update publish date: 2026-08-04 18:29:04

『僕達のマザーランド』

「おーい、そろそろ着くぞー」

 目の前の小さな液晶画面に映し出された、目的地の座標を指でなぞる。

 ヘッドセットのマイクに向けて他の船員達に告げたのは、操縦席に座る、見目十二、三の小柄な少女だった。

 腕時計型の端末から無線で接続した愛らしい音声は、同じ様にヘッドセットを付けた仲間達の耳へと届く。

 疎らに返ってきた返事に、少女はガスマスクの奥で小さな笑みを浮かべた。

 今回の任務は『瘴気』と呼ばれる有毒ガスが濃く発生している区域を指定されている。全員がガスマスク着用の物々しい雰囲気の中、ヘッドセットのスピーカーから「前方注意」という低い声が聞こえた。

「見つけたか?」

 少女の問いに、監視台で双眼鏡を覗く彼は呆れたように鼻で笑った。

《クソが、またガセネタ掴まされてんじゃねぇか》

「またぁ?」

 少女は「んもー」と溜め息を吐く。

「今度は何だった?」

《四足大型が二頭》

 羽織ったスナイパーマントが風に靡く度、彼の長い三つ編みが揺れる。

 辺りの地形、木々、そして流れてくる風と気配を注意深く観察し、彼は目標までの距離をおおよそで計算した。

「正面一五〇〇メートル、もう一体は十時方向に一二〇〇メートル先ってとこか。どっちも目視は出来ねぇ」

 風で音声にノイズが混ざる中、耳元では「面倒臭ぁ」と嘆く少女の声が聞こえた。

《まぁ、別に偽情報でも良いけどもさぁ》

「良いワケあるかクソババア。風向きが北西から西へ移動、風速も上がってる」

《了解、船を風下へ移すぞ》

 見張り台からの報告に応え、少女は操縦桿を小さく回してペダルを踏む。

 船の速度を落とし、ゆっくりと旋回させると、操縦席の右後ろ側にあるコントロールパネルからも声が上がった。

「こっちでも反応確認。左のは結構なデカさだ」

 袖から覗く、夜明け前の空が如く青い肌をした逞しい腕。

 伸ばした先にあるスイッチを幾つか切り替えた彼は、回転椅子を座ったまま滑らせて長い脚でブレーキを掛ける。

「モニター切り替えたぞ。そっちでも確認頼む」

「ありがとう」

 座標が表示されたモニターの隣に、二点の反応を示すレーダーが映し出される。

 そこに表記されたデータを確認し、少女は明るい色の髪を掻いた。

「……んもー……」

「ローズマリー、指図書には何と?」

「二足小型の群れだって。『密猟者』の被害があったらしいけど、新しい『狩場』の捜索は記載に無かったぞ」

「おいおい。司令はこの事知ってんのか?」

「事務班から直接降りてきた任務だから知らないと思う」

「なんで受けたんだよ」

「お金良かったんだもん」

「……まったく」

 監視台の青年とまったく同じ顔で苦笑した彼に、少女は「皆にプレゼント買いたいじゃないか」と可愛らしく唇を尖らせてみせた。

「しかし、どうしようか……装備はあるけど、二体を引き離さないと厳しいな」

「本部からの移動距離を考えると、閃光砲(レーザー)は止めておいた方がいい」

 多大な電力を使う閃光砲(レーザー)は、充電の状況によっては予備電力をも使い果たしてしまう程の威力がある。

 この船に搭載された武器の中では最強を誇るが、もし予備電力が無くなれば、次に船を動かせるようになるまで三日は掛かってしまう。

「日帰り予定だったから食料もそんなに積んでない。野宿は『食べ盛り』が飢えるぞ」

「んー、仕方無いか。極力善処しよう」

 少女はヘッドセットのマイクへ向けて船員達に呼び掛けた。

「業務連絡だ。正面の方は『こっち』で引き付けとくから、ユズ君とリンの二人で右側の討伐を頼む」

《ねぇマリーさん、地上に降りた方が良いかな?》

 そう問い掛けたのは、船の最下部にある飛行バイクの整備室で、装備を積み込んでいた青年だった。

 ガスマスクの代わりに深紅のミリタリースカーフを口元へ巻き、準備を進める彼に少女は「下へは降りるな」と答える。

《相手が大きいから、踏まれると痛いぞ?》

「えー、怖ぁい」

《リンデン、今からハッチを開ける。危ないから下がってろ》

 青い肌の男性が注意を促し、「了解」という返事を聞いた男性は後部ハッチの開閉ボタンを押す。

 言われた通りに整備室の奥へと移動し、ゆっくり外側へと開いていくハッチを青年が眺めていた時だった。

「……誰?」

 室内に入ってきた外の風を浴びた瞬間、強い違和感を覚えた青年が顔を顰める。

 彼の一言は当然、操縦席の少女や他の船員達も訝しげに片眉を上げる。

「リン、どうした?」

《……『誰』かいる》

「誰、って……誰だ? 生存者か?」

《分かんない。俺ちょっと先に出るよ、ユズさんに言っといて》

「リンデン、俺も聞いてる。何があった?」

《分かんないけど、何か変な感じする。『誰』かいるかも》

「誰かいる、って何だ」

《でも要救護者なら助けにいかなきゃ。お願い、マリーさん》

 青い肌の男性が少女を見る。すぐに少女と視線が合い、彼女は「良いだろう」と頷いた。

「ただし、対象からは二百メートル以上の距離を置くんだぞ。攻撃はするな、あくまで偵察だからな」

《分かった!》

 飛行バイクに立て掛けてあった、革の鞘に納まる一本の長い剣。それを手に取った彼は鞘のストラップに腕を通して背負う。

 自らが装備を整えた飛行バイクのレバーを上げ、飛び乗るようにバイクへ跨ると彼は鍵を回してエンジンを吹かした。

 数秒と待たずに船のハッチから出ていった彼の姿を監視台の青年が見つけた瞬間、その耳元へ少女の声が届く。

《フェノン、聞いてたな。そこからリンの様子を見てやってくれ》

「嫌だね」

《そんな風に言わずに援護してやりなさい。アイツの偵察は見るだけで終わらないの、知ってるだろ?》

「まったく……だったら許可出すなよアホが」

 呆れた様子で溜め息を吐く監視台の青年に、少女もつい苦笑を零した。

「リンの『勘』は九割がた当たってるからなぁ。無碍には出来ないだろ」

《アイツが勝手に死んでも俺は知らねぇからな。『連帯責任』は御免だぜ》

「んもー、またそんな事言って……」

「グダグダ言うな。要救護者を発見したら全力で守る、討伐対象を発見したら全力で倒す。マニュアル通りだろ?」

 青い肌の男性は「いつもと同じだ」と続けるとそのまま席を立ち、少女にコントロールパネルの引き継ぎを報告する。

「こっちの操作を、操縦桿からのオートメーションに切り替えたぞ。あとは頼む」

「ああ、ありがとう」

 パネル脇に準備してあった落下防止ハーネスを素早く装着した彼は、さも面倒臭そうに腕を上げて背筋を伸ばして灰色の髪をガシガシと掻いた。

「さて、俺も行ってくる」

「わかった。気を付けるんだぞ」

《あのアホはユズさんに任せましたんで》

「面倒だが了解だ。そっちも気を付けてな」

 数分後、監視台の青年も備え付けの機関銃と愛銃のライフルに弾丸を装填しながら、ガトリング銃を背負う仲間の飛行バイクを見送った。

 船は向きを変えて進みながら、少女がフットペダルを踏み操って搭載されている重火器の装備を始めている。

 しかし、その時だった。

《マリーさぁん! 緊急、緊急!》

 全員のヘッドセットに、最初に出ていった青年の慌てた叫び声が入った。

「どうしたっ?」

 少女が応えた時、スカーフの青年は「女の子」と叫ぶ。

《女の子! 女の子拾っちゃったよ!》

「……女の子ぉっ?」

 その衝撃的な言葉に、誰もがその耳を疑った。

※

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