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「なんで、こんな所に女の子が……!?」少女は思わず首を傾げた。
ここは街から離れた森の奥地で、人が生きていけるような環境などでは決して無い。 そのような場所に少女がたった一人で、猛獣や討伐対象の蔓延る生息地を彷徨っていたというのだろうか。「リン、一度船に戻って立て直すんだ。要救護者を抱えたままじゃ危ないぞ」
《ごめん無理!》 「何? どうしたんだ?」 《テメェ、船長の指示無視してんじゃねぇよクソが》少女の指示を拒否した仲間に、監視台の青年が不機嫌そうに文句を述べる。
だが直後、拒否の理由を理解した彼は、双眼鏡を片手にガスマスクの奥で顔を引き攣らせた。「……おいおい、変異種かよ……!」
通常の個体ならば、大型であれど四足は犬や熊のような動きを取るに留まる。
だが今回、姿を現した大型は身体を覆う黒い靄を背から触手の様に多数伸ばし、飛び回る青年を追い掛け続けている。 時にはその触手を鞭のようにしならせ、叩き落としてでも彼を捕らえようとしているのが見て取れた。 世界中に蔓延る、その名も『生きた死』。彼等はそれを『モルス(死)』と呼び、この世界において、最も人類を脅かしている恐るべき存在であった。「うぇー、めっちゃ狙ってくる!」
スカーフの青年は髪の長い褐色肌の少女を裸のまま肩に担ぎ、片手で巧みに飛行バイクを操りながら右へ左へと触手を何とか躱し続けている。
「逃げらんないよぉー! ユズさん、早く助けて!」
「すぐ行く、もうちょっとだけ頑張れ!」重量オーバーとなった人数を乗せた飛行バイクは、本来のスピードより半分の速さで巨大な鞭から逃げ回っている。
しかし、変異種の『モルス』が牙の付いた触手の鞭を新たに伸ばし、上へと振り上げた事に彼が気付いた瞬間、それは凄まじい速さで飛行バイク目掛けて振り下ろされた。「やっべ」
避けきれない。
スカーフの青年が戦慄に目を見開くが、触手は寸での所で弾かれたように上へと跳ね上がり、千切られた触手の先は地面へと音を立てて落下する。 直後に轟く、『モルス』の咆哮。唖然と見ていた彼のヘッドセットに、監視台にいる青年の低い声が届いた。《生きてるか? このバカ野郎》
「あ……ありがとうフェンネル! マジで助かった、ビビったーっ!」 《言っとくが、これは貸しだ。晩飯にアイスを所望するぜ》 「種類はっ?」 《チョコレート》 「了解! 俺もチョコ好き!」監視台の青年は構えていたライフルのボルトを引き、薬莢を排出して再びスコープを覗き込む。
倍率を下げれば、広くなった視野の中にもう一台の飛行バイクが彼に近付いて行くのを見つけた。《リン、八時方向三十メートル後ろにユズさんだ》
「!」未だ逃げ続けるスカーフの青年が後ろに振り向けば、ガトリング銃を背負う青い肌の男性が飛んで来るのが見える。
彼の姿を見て、彼は思わず「良かった」と安堵の声を漏らした。「やっと来てくれたー!」
「この大バカ野郎! 救助の前に一回相談しろ!」 「だってぇー! 『急を要した』の!」現場に到着した男性は背のガトリング銃を回して素早く構え、残りの触手を落とし始める。
その隙に男性の頭上近くへと移動したスカーフの青年は、己の背に携えた剣を抜いて男性へ向かって叫んだ。「ユズさーん! 早速だけど、この子持ってて!」
「あぁ!?」男性が見上げた直後に、上から降ってきた裸体の少女を咄嗟に抱き留めた彼は思わず「うわっ!」と声を上げる。
彼女を投げ落としてきた仲間に咄嗟の悪態を吐きながら、男性は何とか車体の揺れを立て直して落下を防ぐ。「……っお前は、何年この仕事をやってるんだ! 要救護者を殺す気か!!」
幼い少女の見目は、おそらく船で操縦桿を握る少女よりも上背が低くずっと幼い。推測ではあるが、一見すれば七、八歳程度だろうか。
青い肌の男性は少女を抱え直し、『モルス』からすぐに距離を取る。一旦船へ戻った方が良いと判断し、旋回のためハンドルを回そうとした。 瞬間、スカーフの青年が叫ぶ。「ユズさん、駄目! コイツの狙いは女の子だ!」
「な……!?」 「今、船に近付いたらマリーさん達が危ない! 俺が囮になるから、ユズさんはその子の保護をお願い!」 「なんてこった……!」だが、青年の言う事は事実なのだろう。変異種の大型は触手をどんどん増やし、何かを探るように広げ始めている。
「……理解はしたが、要救護者は丁寧に扱え! 分かったか!」
「ごめんなさーい!」男性は怒鳴りながらも、青年の言葉通りに飛行バイクを自動運転に切り替え、着ていたパーカーを脱ぐと少女の身体を包んだ。
意識の無い彼女に、命綱代わりの簡易ハーネスを装着して自分の物と繋ぐ。その小さな身体を左膝に乗せて抱え込み、再びガトリング銃を右膝に乗せて構え直した。 少女の護りに入るため、男性は距離を離しながら向かってくる触手を撃ち返していく。「リンデン、『向こう』も変異種だ。早く終わらせて援護に向かうぞ!」
「向こうも!?」耳に聞こえる通信の中で、監視台の青年と操縦席の少女が交わす会話は少々焦りを含んでいるように感じる。
スカーフの青年は少し古い型の剣を抜き、虹色に輝く刀身を目標に向けて真っ直ぐに構えた。「早く終わらせて、アイス作んなきゃ」
飛行バイクのスロットルを全開にして速度を上げ、巨大な黒い靄の身体を旋回しながら赤く目が光る頭の方へと飛んでいく。
剣を前から振り切るように真横へ構え直した青年は、飛行バイクの上で腰を浮かせると、そのまま腿を上げてハンドルに足を乗せた。 バイクを踏み台に、勢い良く上へと飛び上がる。『モルス』の頭上よりも高く飛んだ彼は剣を頭上に高く振り上げ、『モルス』の眉間目掛けて思い切り縦に振り下ろした。 まるで剣の軌道をなぞるように巨大な斬撃を生んだ剣は、刃先が『モルス』に届いていないにも関わらず、大型かつ変異種の『モルス』を一瞬で真っ二つに両断する。その断面には、青みがかった薄紫の美しい巨大な球体……『モルス』の動力であり、活動の源である『核』が妖しく輝きながら顔を覗かせていた。 飛び上がった勢いのまま断裂した間を飛び落ちていく青年は、そのまま『核』へと剣を突き立てる。 虹色の剣に触れた『核』はガラスよりも脆く簡単にひび割れて砕け、『モルス』は断末魔の咆哮を絞り出すように吠えると、黒い靄の身体をさらさらと空気中へ四散させ始めた。「よし!」
彼は腰に携えたフックショットを構えて自分が乗っていた飛行バイクに撃ち込むと、そのままトリガーを離してワイヤーを巻き取る。
瞬く間にバイクへ引き寄せられた身体を勢いのまま一回転させ、見事に座席の上へ着地した彼は、剣を背に差し直すと爽やかな笑顔で一息を吐いた。「討伐完了、っと」
「よく聞けリンデン、お前は今日、明日と二日間、全員分の洗濯の刑だからな」 「ええっ!?」あまりにも心外そうに叫ぶスカーフの青年に、それでも青い肌の男性は「何が『ええっ!?』だ」と更に青年を叱り付けた。
「本当なら独断での行動は始末書ものなんだぞ。その上、要救護者まで無駄に危険に晒しやがって……ローズマリーに感謝して、お前はしっかり反省しろ」
「はーい……」素直にしゅん、と落ち込む彼に、男性も「分かったならいい」と鼻を鳴らす。
「じゃあ、このまま船の加勢に向かえ。俺はこの子を降ろしに一旦船に戻ってから……」
《ユズくぅ――ん! もう限界だ、一気にカタを付けるぞぉー!》 「あぁ?」船からの無線がクリアに繋がり、聞き馴染んだ少女の声が叫ぶ。
男性が「どういう事だ」と少女へ問い返した瞬間、男性と青年は、もう一体の『モルス』が船から発射された激しい光の筋に貫かれるのを目撃した。 轟音の中、強烈な閃光を口から尾へと一直線に受けた対象は、ゆっくりと地面に身体を倒し、その直後には塵となって風に溶け消え始める。 どうする事も出来ないまま、その光景を唖然と見つめていた二人は思わず顔を引き攣らせた。「……あれぇ……? マリーさん、閃光砲(レーザー)使っちゃったのぉ……?」
男性は無言で空を仰ぎ、青年はすぐに監視台の仲間へ連絡を取る。
彼が言うには、もう一体の『モルス』は吸引した空気を圧縮した弾丸として扱う変異種だった、と説明する。 船に搭載した現在の装備だけではどうする事も出来ず、要救護者、そして仲間の安全確保が第一と判断した少女は、どうやら船長の権限……という名の独断で、閃光砲(レーザー)を使用したらしい。 お陰で残る一体の討伐は一瞬で済んだが、たった一撃の主砲で予備電力をも使い果たしてしまった船は少しずつ降下を始め、森の中へと入っていこうとしている。《だって! 要救助者も居たし、変異種だったんだぞ!? 使うだろ! みんなの安全確保が第一だろ!》
彼等の船はエンジンに搭載されたエネルギー源が常に自己発電を行うため、放っておいても充電は可能である。しかし充電システム自体はかなり古い物のため、ペダル式発電機を交代で漕ぎ続けても、飛び立てるようになるまでの再充電に最短で三日程の時間を要する。
つまり、その間は何とかして『モルス』が巣食うこの立入禁止区で、皆で生き延びねばならないのだ。「いつも俺達を守ってくれてありがとう、マリーさん。俺も一緒に発電機漕ぐからさ、何なら洗濯とか手伝って欲しいなー」
ちなみに、この様な事態は今回が初めてではない。
《一応、俺は止めたんだぜ?》
「どうせなら、もっとちゃんと止めてくれよ……」しかし、こうなってしまっては仕方無い。
まずはメシ探しか……そう遠い目をして「面倒臭い」と額を押さえた男性は、腕の中で気を失う少女を見て、更に深い溜め息を吐いた。 ※※「よく聞け、クミン。それらは、今は教える必要が無いんだ」「……何?」「私が若い頃は、『そんな教育』が必要だった時期もあった。大人達は皆が疲弊し、子供達を守る人間がとても少なかったからな」「………………」「でも、今は違う。あの子達は何に怯える事もなく、のびのびと暮らせている。危険から身を守る方法は中学部でも習うから、今のあの子達には、まだ必要無い。それだけの事なんだよ」 避難訓練は欠かさず週二で行っているけどな! そう胸を張ったローズマリーに、クミンは訝しげな目を向ける。 しかし同時に、少しだけ悲しくも思った。「…………」 己は何故、『身を守る術を学ぶべき』と思うのか。 どういう経緯でそう思うようになったのかも、自分自身には全く分からない。 ローズマリーの言う事は、きっと間違ってはいない。 この世界は確かに『平和』で、幼子が護身を学ぶ必要など無いのだろう。 だが、それでも、その平和を疑う心が、得体の知れない『不安』が、どうしても拭えないでいる。 かつての自分はどんな生活をしていて、どのように生きていたのか。 もっと純粋で、何も知らない子供だったなら……あの子供達のように、ユズリハに「一緒に遊ぼう」と強請る事も出来たのだろうか。「………………」 視線の先には、楽しそうに笑う彼等の姿がある。 いくら考えてみても答えは出ず、ただ静かに、クミンはカーペットへと視線を落とした。「……クミンも、一緒に遊んできたらどうだ?」「……知らないんだ。どうすれば良いのか……」「皆が教えてくれるさ」 すると、二人の下へ数人の女の子達が声を掛けてきた。 彼女達の内、一番背の高い子がローズマリーの袖を軽く引く。「院長先生」「やぁヒナゲシ。どうした?」「その子は、『どこ』の子なの?」 どこ、というのは、三つの孤児院の内、何処に所属しているかを問う質問だ。 指を差されたクミンは目を丸くし、ローズマリーは幼い少女の頭を撫でた。「ヒナゲシ、この子はクミンだ。リンと同じで、『友達に怪我をさせない訓練』をしなくちゃいけなくてな」 それを聞いた少女達は、クミンを見上げて少し悲しげな顔をした。「大変だね。リンちゃん、泣いてたの知ってる」 少女の言葉に、今度はクミンが戦慄する。「……『友達に怪我をさせない訓練』とやらは、そんなに厳しいものなの
※ 多目的教室に突然入ってきた青い肌の大男に、賑わっていた教室は一瞬にして静まり返る。「こ……こんにちは。先週振りの子もいますが……」 覚えていますか? ユズリハがそう問おうとした瞬間、教室内は瞬く間に阿鼻叫喚の『大合唱』が始まってしまった。 ユズリハはがっくりと肩を落として俯く。「……やっぱりなぁ……」「な、何故……」「毎月の恒例行事なんですよ」 毎月、というのは、月初めに必ず、新しく入所してくる『新入生』がいる為だ。 彼等が一人、二人と泣き出すと、皆がつられてパニックを起こしていく。 どうしてユズリハがこんなに怯えられるのか理解が出来ないクミンも、戸惑った様子で彼の背後からその光景を覗いていた。 そんな時、二人の後ろから入ってきたローズマリーがユズリハに座るよう促すと、突然子供達に向けて声を張り上げた。「皆、見ろ! 皆が泣くから、ユズ君も泣いてるじゃないか!」「!?」 その言葉にクミンが驚いてユズリハの顔を覗き込むが、ユズリハは「またかー……」とうんざりした顔でカーペットの床に腰を下ろす。 その間にもローズマリーはユズリハを指差し、子供達に向けて芝居がかった口調で訴えている。「早く友達になってあげないと、ユズ君は『独りぼっち』になってしまうぞ!」 すると、その言葉を聞いた子供達は、少しずつ声を抑えて泣き止んでいく。 鼻を啜る子、しゃくり上げる子、皆が様々に心を落ち着かせ、ユズリハを見つめている。「な……何が起こってるんだ?」「……彼等も元は『独りぼっち』でした。この孤児院で信頼できる大人や友達と出会えたからこそ、『独りぼっち』がどれほど悲しく辛い事なのか、ここにいる子供達で知らない者はいません」 ユズリハの説明を受け、胸を締め付けられるような息苦しさを感じたクミンは思わず胸元を掴む。 一方、「ユズ君が『寂しがって』るぞ!」と子供達を煽るローズマリーは、ぱっとユズリハに顔を向けた。「何してるんだ、ユズ君! 早く泣いたフリしろ!」「やっぱ『こうなる』のかー……」「ほら照れてないで、早く!」 急かすローズマリーの言う通りに、意を決したユズリハは俯いてわざとらしく目を擦り始めた。「……『えーん、寂しいよー』」「!?」 突然泣き真似をし出したユズリハにギョッとしたクミンを他所に、ローズマリーは子供達の反応を見な
※「院長先生!」「院長先生だ!」 マーガレット学習院。 『チャーチグリム』の一行が玄関での受付を行っていると、中庭で遊んでいた年長の子供達がローズマリー達を見つけて騒ぎ始めている。「みんなー! 元気かーっ!?」 気付いたローズマリーが中庭に手を振れば、ハキハキとした声で「元気ーっ!」と叫ぶ子供達の声が響いた。「うんうん、元気だな」 一行は受付で来院者名簿に名前を記入し、靴を脱いで上履き用のシューズに履き替える。 子供達に危険な装備や所持品は全て事務室に置かせてもらい、皆は決まった色の薄手の帆布で縫われたエプロンを着た。 順番に手を洗い、消毒液のスプレーを持つローズマリーに皆が手を差し出していく。 一人ずつ掌にスプレーを吹き付けていく彼女は、戸惑うクミンに近付き『消毒』の説明と必要性を説明した。「子供達は元気だが、同時に風邪を引きやすい。私達が守ってあげないとな」「……守る……こんな事で、守れるのか?」「当然だ。バイ菌から子供達を守るには、これが一番効果的なんだぞ」「ばいきん……」 クミンはローズマリーのスプレーを受け、言われた通りに手指全体に消毒液を馴染ませる。 『消毒液』という物に興味を唆られたのか、自分の手を嗅いだクミンは次亜塩素酸ナトリウムの独特な匂いに思わず「うっ」と身体を仰け反らせた。 それを見ていたユズリハが、小さく微笑んだ。「ローズマリー、彼女は『何処』へ?」「年長組さんだ。歳が近い方が学べる事も多いし、おままごとに混ぜてもらえたら社会勉強になる」 ユズリハは「成る程」と唸る。 確かに、おままごとは子供達にとって『人生で最初のコミュニティ』だ。 クミンにとっては、最高の『疑似社会』が体験できるだろう。「リンは外遊び担当、ユズ君と私は、年中、年少組さんを中心に屋内担当だ」「了解。フェンネルは今回も?」「アイツほど乳幼児組が得意な人間もそうは居ないからな」 ローズマリーは少し得意げに笑った。 ユズリハが視線を向ければ、既にフェンネルは長い髪を後頭部に結い直し、事務室に常備してある簪でしっかりと固定している。 何も分からないクミンは、そっとユズリハに近付き、彼のエプロン裾を掴む。「……不安ですか?」 そう問えば、彼女は言葉も無く頷く。 苦笑したユズリハに、ローズマリーもつられて微笑んだ。「さ
※ バスを乗り継ぎ、一行は『マーガレット学習院』を目指して足を進める。 その間、クミンには常に誰かが声を掛け、街の風景、人々の暮らし、歴史的な建造物や文化を、彼女に教えながら移動時間を過ごしていた。 『フェンネルに礼を言いたい』という彼女の気持ちも尊重しつつ、しかしフェンネルの心も知る他の乗組員達は、ローズマリーの指示でクミンが迂闊に近寄らないよう注意を払う。 そのお陰か、リンデン曰くフェンネルは落ち着きを保ち、クミンもそわそわしたり落ち込んだ様子を見せながらも、気ままにフェンネルに近付いたりせず大人しくローズマリーの引率に従っていた。「……どいつも、妙に気を回しやがって」 途中、リンデンの剣を調整するため寄った整備店で、受付を待っていたフェンネルが呟いた。 腕を組み、休憩用のベンチに腰掛けて壁に凭れる彼の横で、立ったまま商品棚を眺めていたリンデンが微笑む。「そんな事してないよ。クミンは『人間初心者』っぽいから、暴走しないように皆で注意してるだけ」「それが『余計だ』っつってんだよ。結局テメェも店まで付いてきやがって」「元々は俺の剣だもん。フェンネルだって、いきなりクミンがこっち走ってきたらビックリするでしょ? 先住猫ちゃんと新入り猫ちゃんは、お互い慣れさせてから合わせないと喧嘩するっていうし」「誰が『先住猫』だクソゴリラが」「ゴリラは猫ちゃん達を守りたいの!」 リンデンはフェンネルの隣に座り、眉間に皺を寄せて目を伏せる彼の横顔を覗き込む。「……フェンネルもさ。実はちょっと気付いちゃってるんじゃないの?」「……何が」「クミンは『バジルさん』と同じかも、って」 『バジル』。 その名を聞いて、フェンネルは更に険しい表情を浮かべた。 最後に逢ったのは五年前、リンデンが口に出した『バジル』とは、フェンネルにとって唯一の異母妹だった。 リンデンは目を細め、「大丈夫」と囁く。「怖くなんかない。人は変われるよ、フェンネル」「………………」「バジルさんも、ちゃんと変われたじゃん」「……アイツは俺の『異母妹(いもうと)』だからな」「クミンも俺達の『妹』だよ。ローズマリーさんが決めたんだから、大丈夫」「……ふん」 相変わらず視線は床を見つめたまま、フェンネルは鼻を鳴らす。 だが、それでも彼は、確かに彼が少しずつ警戒と『恐怖心』を解
※ 準備を終え、全員が荷物を確認して船外へと集合する。 ローズマリーが最後に船を出ると、ハッチを締めて掌紋認証でロックを掛けた。 皆が船から数メートル離れたのを確認し、ユズリハが舗装されていない土の地面に長い釘のような鉄の棒を突き刺す。 登録したリストベルを持っていない者が船に近付くと感電するよう設定した、防犯機材のスイッチを最後に入れた。「みんな、忘れ物は無いな?」「マリーさん!」 リンデンが元気良く手を上げた。「どうした、リン」「行き掛けに、コリアンダー整備店へ寄ってください!」「分かった、途中で寄っていこう。出発だ」 各自の予定も確認し、ローズマリー達は船を後にした。 全員で最寄りのバス停を目指し、徒歩数分の距離を並んで歩く。 初めて船を降りたクミンは辺りをキョロキョロと見渡し、全てを不思議そうに眺めている。 時折ローズマリーに質問したり、リンデンに教えてもらったりと、数百メートルの距離でも彼女は楽しそうに過ごしているようだ。 そんな彼等を、五メートル程後ろに下がって付いて行くユズリハとフェンネルが、並んで様子を眺めていた。「……心境の変化が?」 ふと、ユズリハが隣を歩くフェンネルに声を掛けた。「……そんなんじゃねぇです」「『残る』って言い出すのかと思ったんだが」「言いましたよ。……アイツに脅されたもんで」 そう答えた視線の先には、リンデンの後ろ姿がある。 ユズリハは意外な理由に笑みを零した。「へぇ、脅されたのか?」「『逃さねぇ』って言われました」「はは、そりゃアイツは『気配』を追う事に関してはプロだからなぁ」「そういうのを『キモい』っつーんですよ」「言いたい事は分かる。だが、お陰で助かってる面もあるんだぞ」「……ふん」 ユズリハは、フェンネルが背負うリンデンの剣についても質問してみる。 すると彼は「ついでです」としか答えず、まったく正直に話さないフェンネルを微笑ましく思い目を細めた。「また絆されたか。お前も丸くなったなぁ」「失礼な、俺は元々丸いでしょうよ」「何処がだよ。今だって『表面』はサボテン並みにトゲトゲしてるぞ」「まったくユズさんは酷い人だ。サボテンに謝罪を要求します」「はっはっ、サボテンにかよ。フェンネルは俺と違って優しい男だもんな?」「白々しいにも程があるでしょ」 不機嫌そ
※ 一方。 剣を背負ったリンデンは、整備室へと階段を降りた。 すると、後部ハッチの近くで床に直接胡座をかき、部品を磨いているフェンネルの背中を見つける。「フェンネルー! おはよう!」「うるせぇ」 彼の周りは、『グロキシニア』と銘が打たれたガトリング銃の部品が広げられている。 分解した部品を踏まないよう、足の踏み場を探しながらリンデンはゆっくりと歩み寄る。 しかし、フェンネルはそんなリンデンを無視したまま、持っていたスパーギアをウエス代わりの布巾へと置いた。「朝ご飯、ありがとう! 美味しかったよ!」「……どうも」 リンデンの笑顔も見る事無く、フェンネルは次のギアを手に取り、ホワイトガソリンを染み込ませた布でギアを丁寧に磨き始める。「今日も早いね。部屋から出ていったの気付かなかったよー」「あっそ」「ユズさんが『明日の朝はゆっくりしてて良い』ってさ。夕食の下拵えまでしてくれてたの、お礼言ってたよ」「そうか」「マリーさんは『早起きし過ぎだ』って、ちょっと心配してた。今日のご飯は、クミンも気に入って完食して」「黙れ」「……むー……」 食い気味に言葉を遮ってきたフェンネルに、リンデンは少しだけ困ったように眉を下げた。 彼がクミンと顔を合わさないように早起きをしていた事は、リンデンも気が付いていた。 皆の分の朝食を作って準備してあったのも、誰かに頼まれたクミンが、自分に朝食を持ってきたりしないようにする為の対策だった。 『先日の一件』で、フェンネルは徹底的にクミンを避けている。 昨日一日、クミンはずっとリビングで勉強していたため、フェンネルは船の外壁や監視台の点検、搭載してある重火器等の整備と補充を行っていた。 フェンネルへの用がある際は、リンデンが率先して皆の橋渡し役を担っていたが。「……テメェも暇じゃねぇんだから、いちいち行ったり来たりしてんなよ。リストベル使えってローズに言っとけ」 視線をギアに落としたまま、フェンネルは呟くように文句を垂れる。 しかし、そんな彼にリンデンはきっぱり「嫌だ」と答えた。「そんな事したら、フェンネルは絶対顔見せなくなるじゃん」「テメェは同室だろうがよ……」「嫌だ。俺は寂しいの!」「……じゃあ勝手にしろ」「うん! 勝手にする!」 どれだけ突き放しても、冷たくあしらっても、フェンネル