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第5話

Autor: クレヨンまるこ
晴南も、外の騒がしさにはすでに気づいていた。

つい先ほどまで浮かべていた穏やかな笑みは、咲夜の姿を認めた瞬間に凍りつき、その冷ややかな瞳には露骨な不快感と詰問の色が宿る。

咲夜はその視線を真正面から受け止めながら、感情を削ぎ落とした無表情のまま、真奈美の背後に静かに立っていた。

「晴南さん、うちの咲夜が分からず屋で本当にごめんなさい。ちゃんとお詫びさせようと思って、連れてきたの」

真奈美は卑屈な笑みを顔に貼りつけ、機嫌を窺うような声音で言った。

そう言いながら、咲夜の背中を突き飛ばすようにして、彼女を晴南の目の前へ押し出す。

晴南はただ冷ややかにその様子を眺めるだけで、自分から口を開こうとはしなかった。

咲夜が自ら謝り出すのを待っているのだ。

これまで何度も衝突を繰り返してきたが、そのたびに身を低くし、折れるように歩み寄ってきたのは、いつも咲夜の方だった。

今回も例外ではない――そう信じて疑っていない。

そう考えるうちに、苛立ちに満ちていた晴南の気分も、わずかに和らいでいった。

咲夜が黙り込んだままでいるのを見て、真奈美は焦ったように彼女の腕を小突く。

「咲夜、早く謝りなさい!」

必死に目配せを送る真奈美をよそに、咲夜はわずかに口角を引き上げた。

「……何について謝れっていうの?晴南、何度も約束を破ったのはあなたであって、私じゃないでしょう。そんなに白羽さんのことを放っておけないなら、いっそ二人を応援してあげるわ」

不快げに顔を歪める晴南を真正面から見据えたまま、咲夜は言葉を続けた。

「二股なんてして、疲れないの?見ているこっちは、もう心底うんざりしてるの。

もういいじゃない。白羽さんを忘れられないなら、正直にそう言えばいい。私はしつこい女じゃないわ。

間違ったことをしていない以上、謝るつもりもない。別れるというのは、私が考え抜いた末に出した答えよ」

晴南の怒りが徐々に沸点へ達していくのが分かった。それでも咲夜は、もう気に留めようとしなかった。

「あなたたちがどれだけドロドロした悲恋ごっこを続けようと勝手だけど、私はもう御免よ。二人の茶番に付き合わされるなんて、まっぴらだわ。

ただ不愉快なの。吐き気がするほどにね」

咲夜が容赦なく二人の本心を突きつけた瞬間、晴南はついに激昂した。

「咲夜!俺と洸は清廉な関係だ。お前が考えているような卑猥な仲じゃない。いい加減にしろ!

女でありながら、よくもここまで洸を汚らわしく侮辱できたものだ。女性にとって名誉がどれほど重いものか、分かっていないのか?今すぐ彼女に謝れ!」

その言葉に呼応するかのように、洸が再び泣き崩れる。

「咲夜さん、どうしてそんな酷い嘘をつくの?私のことが信じられないにしても、晴南さんのことまで疑うなんて……っ!

私と晴南さんは確かに付き合っていたけれど、それはもう過去のことよ。彼はただ、友人として私を助けてくれているだけなの。不満があるからって、私の名誉を笑いものにするなんて……」

洸は顔を真っ赤に染め、泣き叫んだ。

「私を陥れて何が楽しいの?いいわ、もう二度と晴南さんを頼ったりしない。あなたの前から消えてあげる!

私の名誉を傷つけたこと、絶対に謝ってもらうわ……私は、私は……っ」

言い終える前に、洸の顔から血の気が引き、次の瞬間、そのままベッドへと倒れ込んだ。

糸が切れた人形のように、意識を失ってしまったのだ。

洸が倒れるのを見た晴南は血相を変え、ナースコールを何度も乱暴に押した。

駆けつけた医師と看護師は、激しい怒りによる一時的な失神であり命に別状はないと告げると、ほどなくして退室していった。

晴南は怒りに震える顔で咲夜を睨みつける。咲夜が反応する間もなく、彼は腕を振り上げた。

咲夜は咄嗟に数歩後ずさり、身をかわそうとする。

本来なら、避けられたはずの一撃だった。

しかし背後にいた真奈美が咲夜の意図を察し、退路を塞いだのだ。それどころか、咲夜の体を晴南の方へと力任せに押し出した。

――パァンッ!

乾いた音が室内に鋭く響き渡る。

晴南は手を振り下ろした瞬間、すでに後悔していた。怒りに呑まれ、一瞬だけ理性を失っていたのだ。

引っ込めようとしたその時、咲夜の体が自分の方へ突き飛ばされてくる。

平手打ちは、容赦なく咲夜の頬を真正面から捉えた。

晴南は宙に浮いたままの手を震わせ、かろうじて声を絞り出した。

「……っ」

わざとではない、と言い訳したかった。

しかし、横を向いたままの咲夜の頬に、鮮明に浮かび上がる指の跡を目の当たりにし、言葉はすべて喉の奥に凍りついた。謝罪の一言さえ、口にすることさえできなかった。

打たれた頬は痺れるように熱く、引きつっていたが、そんな痛みなど咲夜の心を切り刻むナイフのような苦痛に比べれば、無に等しかった。

真奈美が花江家存続のために、なりふり構わず晴南を繋ぎ止めようとしているのは知っていた。

だが、実の母親が自分の背を押し、あえて平手打ちを食らわせるよう仕向けるなど、想像の範疇を超えていた。

真奈美も己の所業に一瞬だけ申し訳なさそうな色を浮かべ、視線を咲夜へと向けた。

しかし、彼女は両手を固く握りしめたまま、何も言わずに立ち尽くすだけだった。

部屋には、刺すような気まずい沈黙が流れる。

咲夜は深く息を吸い込むと、自分に触れようとした晴南の手を、渾身の力を込めて払い除けた。

「触らないで」

その拒絶に、晴南の手の甲に鈍い衝撃が走る。と同時に、先ほどまでの罪悪感は、急速にどす黒い不快感へと塗り替えられていった。一瞬でも彼女を不憫に思った自分が馬鹿らしくなる。

晴南は拳を握りしめ、氷のように冷たく言い放った。

「……咲夜、これはお前が洸に対して犯した罪の報いだ」

その言葉に、咲夜の唇から乾いた笑いが漏れた。

冷徹な光を宿した晴南の瞳を見据え、彼女は静かに、しかし断固として告げた。

「晴南。最後にもう一度だけ言うわ。別れましょう」

幾度となく繰り返される「別れ」の言葉に、晴南の表情は恐ろしいほどに沈んだ。

「咲夜、いい加減にしろ。よく考えろ、お前に別れを切り出す資格があると思っているのか?

俺と別れた後、森崎家が今まで通り花江家を支えてくれるなんて夢にも思うな。お前はもう、高嶺の花のお嬢様じゃないんだ。その聞き分けのないお姫様気取りはやめろ。

……俺はお前を甘やかすこともできるが、その愛をすべて取り上げることだってできるんだぞ」

今の立場を思い知らそうと、晴南は声を荒らげた。自分なしでは生きていけないはずだという、傲慢なまでの脅しだった。

それを聞いた真奈美は、顔色を変えて「別れさせたりなんてしませんから!」と晴南へ必死に弁明を始めた。

咲夜はただ、冷ややかな嘲笑を浮かべた。

「愛?晴南、自分の胸に手を当てて聞いてみたら?よくもそんな白々しいことが言えるわね」

花江家が没落し、森崎家が援助の手を差し伸べてからというもの、晴南の態度は常に支配的だった。

友人の前で咲夜を貶め、彼女の反応を賭けの対象にすることさえあった。不機嫌になれば、当たり散らす相手は決まって咲夜だった。

そして洸が戻ってきてからは、露骨に彼女を優先し、咲夜への扱いは以前にも増して惨いものとなっていた。

彼の言う「愛」など、咲夜は一度として感じたことはなかった。

咲夜の皮肉に、晴南はこれまでの自分の仕打ちを脳裏に掠め、胸が詰まるような感覚に陥った。

……確かに、彼女に対して優しく接してこなかった自覚はある。

だが、それがどうしたというのだ。花江家には森崎家が必要であり、どうせ咲夜も、ひとしきり騒げばまた以前のように自分に縋り付いてくるに決まっている。

そう自分に言い聞かせると罪悪感は霧散し、晴南は無表情に彼女を睨み据えた。

妥協を拒む咲夜の強い視線は、今の晴南にとってあまりに目障りだった。

「咲夜、別れるなんて俺は認めな……」

晴南が拒絶の言葉を口にしようとした瞬間、咲夜がそれを鋭く遮った。

「あなたが認めようが認めまいが、私には関係ないわ。別にあなたの許可を求めているわけじゃないもの」

面目を潰された晴南は、奥歯を噛み締めた。

「……勝手にしろ!別れてやるさ。森崎家の後ろ盾を失って、お前と花江家がどう成り下がっていくか、せいぜい見ものだな」

最後まで「家」を盾に咲夜を屈服させようとする晴南。

だが、咲夜はもう彼に一瞥もくれなかった。

「それは、あなたが心配することじゃないわ」

真奈美の怒鳴り声を背中で受け流し、咲夜はきびすを返して病室を去った。

後に残された晴南は、真っ黒な怒りを顔に張りつかせ、遠ざかる彼女の背中を忌々しげに睨みつけていた。

咲夜が真奈美の反対を押し切ってまで、本当に自分から離れていけるはずがない。

晴南は、冷ややかな視線を真奈美に送った。

「家に帰ったら、たっぷりと言い聞かせておきますから……!」

揉み手をしながら繰り返す真奈美の卑屈な声を背に、晴南はただ冷笑を浮かべ、沈黙を守り続けていた。

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