Share

第709話

Author: クレヨンまるこ
死んでしまえば、もう何もできないんだから、怖がることなんてない。

それに、絢子は千暁の母親なのだ。

千暁が目を伏せて咲夜を見ると、ちょうど咲夜も顔を上げて彼を見つめていた。

視線が重なった瞬間、咲夜は千暁の冷たく震える手を握った。

何も言わず、ただその手を包み込むことで、自分はずっとそばにいると伝えた。

千暁はゆっくりと視線を戻すと、その場に立ったまま、静かに絢子を見つめ続けた。

やがて一歩前へ出た。

そして手を伸ばして絢子の両目を覆い、そっと瞼を閉じてやった。

もしその手が激しく震えていなければ、千暁の内側で荒れ狂う感情が外に漏れることもなかっただろう。

何も知らない人間が、無表情で何の反応も見せない千暁だけを見れば、また好き勝手なことを言ったかもしれない。

千暁はそれ以上長く留まることなく、ほどなくして咲夜の車椅子を押し、手術室を出た。

智哉はそのとき、廊下の壁にもたれて待っていた。

千暁が咲夜を押して出てくるのを見ると、二人のほうへ歩み寄る。

「お前……」

智哉はそこまで言いかけたものの、千暁の目が真っ赤になっていることに気づき、思わず口を閉ざした。

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 元カレの宿敵の腕で幸せになります!   第714話

    瞳の言葉を受け、咲夜は彼女へ視線を向けた。瞳はじっと咲夜を見つめ、一語一語噛みしめるように問いかけた。「本当に、株を遥斗兄ちゃんに売るつもりなの?」そのことは、景浦市へ戻る途中で耳にしていた。最初、瞳は咲夜が本当に株を遥斗へ売るなど信じていなかった。だが今となっては、疑わずにはいられない。咲夜は驚いた顔で瞳を見つめ、慌てて説明しようとした。「あなたが思ってるようなことじゃないの。ちゃんと説明すれば……」「じゃあ、本当なのね?」瞳は最後まで言わせなかった。咲夜を見るその目には、二人の仲が良かった頃のような親しみはもうなかった。その表情は徐々に冷え切っていく。咲夜はその冷たい眼差しを受けながら、覚悟を決めて答えた。「……そうよ」その瞬間、瞳は勢いよくベッドから飛び降り、車椅子に座る咲夜を見下ろしながら睨みつけた。「あなたが遥斗兄ちゃんに株を売ろうとしたから、母は必死になって止めようとしたのよ。そのせいであの事故が起きたの。咲夜、あなたのせいで母は死んだのよ。全部あなたのせい!」一気に感情が昂ぶり、声を荒らげた。瞳から浴びせられた非難に、咲夜は信じられない思いで彼女を見つめた。まさか、親友だった瞳が絢子の死の責任を自分に押しつけてくるとは思ってもみなかった。母親を失った瞳の苦しみは理解できる。だが、だからといって今の言い分まで受け入れることはできなかった。咲夜はできるだけ穏やかな声で言った。「その言い方は受け入れられない。絢子さんが事故に遭ったのは、私がそうさせたわけじゃない。それを私のせいにするのは違うわ」何とか冷静に話し合おうとしていた。しかし、母親を失った悲しみに沈んでいる今の瞳に、そんな理屈が通じるはずもなかった。今の彼女には、胸の内に溜まりきった苦しみをぶつける相手が必要だったのだ。そして今、病床のそばにいる咲夜が真っ先にその標的となり、瞳の怒りを一身に受けることになった。瞳は咲夜の言葉をただの言い逃れとしか受け取らず、その眼差しには、ますます強い嘲りが滲んでいった。「私が株を譲ってほしいって頼んだとき、あなたは無理だって言った。私はあなたを信じたのよ。なのに、あなたを信じた結果、私は母を失った。あなたが母を死なせたのよ。……本当に『最高の友達』ね」「友達」という言葉を口にし

  • 元カレの宿敵の腕で幸せになります!   第713話

    まだどこか信じられない気持ちが残っていたのだろう。だが霊安室で、事故で傷だらけになった母親の姿を実際に目にした瞬間、瞳の張り詰めていた心は、一気に崩れた。「目が覚めたのね。どこか具合の悪いところはない?」物音に気づいた咲夜は、瞳が目を覚ましたのを確認すると、心配そうに声をかけた。瞳が意識を失ってからというもの、咲夜はずっと気が気ではなかった。それだけに、こうして無事に目を覚ました姿を見て、ようやく胸を撫で下ろした。瞳はひどく泣いたせいで、目が赤く腫れ上がり、じんじんと痛んでいた。咲夜に気遣われても、瞳は複雑な表情で彼女を見つめるだけだった。その視線に気づいた咲夜は、やはり心配になってもう一度尋ねた。「瞳、どこか具合が悪いの?」そうかもしれないと思った途端、咲夜の表情はいっそう心配そうになった。瞳は冷淡に視線を逸らした。「別に」その返事は、あまりにも素っ気なく、投げやりだった。咲夜にもそれは分かった。彼女は何とか説明しようと口を開く。「千暁のことをすぐに瞳に話さなくて、ずっと心配させたのは私が悪かった。本当にごめん。本当は最初から話そうと思ってたの。でも、そのあとあまりにもいろんなことが立て続けに起きて、ちゃんと説明する暇もないまま、瞳が景浦市を離れてしまって……」何より、あの頃はあまりにも多くのことが一度に起こり、咲夜自身も対応するだけで精一杯だった。それどころか今になっても、咲夜は事態がどう動いているのか、すべてを把握できているわけではない。千暁のさまざまな行動から、大まかな事情を推測できる程度だった。咲夜も何度か探りを入れたことはある。だが、千暁は頑として何も話そうとしなかったため、最後には諦めるしかなかった。ところが瞳は、まるで冗談でも聞かされたかのように、皮肉な目で咲夜を見た。「話す機会がなかったんじゃないでしょ。私にはっきり打ち明けられる機会なんて、何度もあった。でも、あなたは言わなかった」それこそが、瞳が何よりも引っかかっていることだった。自分と咲夜の仲なら、何とかして話してくれると思っていた。なのに友人であるはずの咲夜は何も言わず、最後まで隠すことを選んだ。瞳は今、胸の奥に溜め込んできた感情をすべて吐き出そうとしているかのようだった。咲夜を淡々と一瞥し、静か

  • 元カレの宿敵の腕で幸せになります!   第712話

    千暁がこちらを見た瞬間、咲夜は小さく首を横に振った。何も言わないで、と目で合図する。今の瞳はつらくてたまらないのだ。感情をぶつけたくなるのも無理はない。それに、今回のことは確かに自分にも非があった。瞳が千暁のことをどれほど心配しているか知っていながら、その事実を隠す手助けをするべきではなかった。その点については、間違いなく自分が悪い。瞳が怒るのも当然だった。咲夜の意図は、その眼差しだけで十分すぎるほど伝わっていた。それを察した千暁は、言いかけた言葉を無理やり飲み込む。二人のそんなやり取りを見て、特に千暁が咲夜の目配せだけで大人しく引き下がったのを目にした瞳は、さっと視線を逸らした。もう二人を見る気にもなれないとばかりに、そのまま踵を返し、大股で立ち去ろうとする。「どこへ行く?」瞳の動きに気づいた千暁が、低い声で尋ねた。その声に、瞳の足がぴたりと止まる。ぎゅっと拳を握り締めたまま、瞳は千暁に背を向けて答えた。「疲れたから、帰って休みたい」嘘ではなかった。絢子に何かあったと知らされてから、瞳の心は激しく揺さぶられ続け、神経も限界まで張り詰めていた。そして絢子の死が、かろうじて彼女を支えていた最後の気力まで奪い去った。長い道のりを急いで戻ってきたうえ、精神的にもひどく消耗していた瞳は、今や空気の抜けた風船のようにぐったりとし、ひどく疲れ切っていた。その言葉を聞いて、千暁の表情もようやく少し和らいだ。だが、彼が何か言うより先に、瞳の体がふらりと傾いた。次の瞬間、彼女はふっと意識を失い、その場に崩れ落ちた。幸い、千暁が咄嗟に駆け寄って瞳を受け止め、その体を抱き上げると、そのまま救急外来へ駆けていった。瞳が倒れてしまった以上、千暁も今は咲夜にまで気を配っている余裕がない。あっという間に駆け去り、その姿は見えなくなった。あとに残された咲夜と恭介は、思わず顔を見合わせる。恭介は、どこか気まずそうな咲夜と目が合うと軽く頷き、その場の微妙な空気を和らげるように声をかけた。「手伝いましょうか?」恭介が言っているのは、咲夜の車椅子を押して、ひとまず霊安室の前から離れようかということだった。咲夜もその申し出を断らなかった。「いいの?じゃあ、お願いしてもいい?」霊安室から救急外来までは、

  • 元カレの宿敵の腕で幸せになります!   第711話

    千暁は咲夜に答えた。「いや、いい。しばらく一人にしてやろう」そう言うと、千暁はしゃがみ込み、両手で咲夜の手を握った。「自分で受け止めなきゃならないことだから」掠れた声には、かすかな震えが滲んでいた。母親が亡くなったのだ。悲しくないはずがない。ただ、ここまで来てしまった以上、どれほど悲しくても、彼は一刻も早く気持ちを立て直すしかなかった。このあとには、絢子の葬儀の手配もしなければならない。何しろ今日、天志は絢子の救命措置を盾にして千暁を脅したのだ。そんな男が今さらまともな人間らしい振る舞いをするなど、千暁は端から期待していなかった。葬儀に顔を出し、絢子を一目見に来るだけでも奇跡に近いだろう。だが……千暁は自嘲するように唇を歪めた。むしろ母親のほうが、何十年ものあいだ自分を恐怖で縛りつけてきた夫の顔など、もう二度と見たくないのではないか。せめて最期くらい、あんな男に邪魔されたくはないだろう。千暁にそこまで言われてしまえば、咲夜もそれ以上何も言えなかった。ただ黙って彼のそばに寄り添いながら、ときおり霊安室のほうへ視線を向ける。中からは、途切れ途切れに瞳の泣き声が聞こえてきた。その泣き声が咲夜の耳に届くたび、彼女の眉間には深い皺が刻まれていった。心配でないと言えば嘘になる。だが、どう慰めればいいのか、本当に分からなかった。結局、最後には千暁が自ら中へ入り、瞳の腕を取って、半ば強引に霊安室から連れ出した。そこでようやく、瞳もあることに気づいた。泣き腫らした目を見開き、信じられないものを見るように千暁を見つめる。「お、お兄ちゃん……その脚……」動かなくなったんじゃなかったの?脊椎をひどく損傷し、もう一生立てないと聞いていた。それなのに今、千暁は何事もなかったかのように自分の目の前に立っている。瞳は、もはや今の自分の気持ちをどう表現すればいいのかさえ分からなかった。半分は悲しみ、もう半分は衝撃。頭の中は真っ白で、泣けばいいのか、それとも……自分でも分からなくなっていた。千暁は彼女の肩を軽く叩いた。「俺の脚は大丈夫だ。心配しなくていい」そう言われて初めて、瞳の視線が咲夜へ向けられた。無表情な顔とは裏腹に、その眼差しには明らかな非難が込められていた。「じゃあ、このこと……咲夜も知っ

  • 元カレの宿敵の腕で幸せになります!   第710話

    瞳が景浦市へ戻ってきたのは、すでに夕方になってからだった。その頃には、絢子の遺体はすでに霊安室へ移されていた。瞳は顔を真っ青にし、両目は泣き腫らして真っ赤になっていた。ここへ戻ってくるまでの間、どれほど泣き続けていたのかは、その姿を見れば一目瞭然だった。彼女の後ろには恭介もついてきていた。絢子の遺体が霊安室へ運ばれてからというもの、千暁はずっとその外で待っていた。咲夜も彼のそばに付き添っていた。瞳は足元もおぼつかないまま、よろめくようにして駆けてきた。そして千暁の姿を見つけた途端、その胸に飛び込み、声を上げて泣き出した。「お兄ちゃん、お母さんがどうして……」その先は、どうしても言葉にならなかった。千暁にしがみついた瞳は、全身を激しく震わせていた。母親を失った悲しみで頭がいっぱいだった瞳は、千暁が自分の足で立っていることにさえ、まったく気づいていなかった。千暁は、わずか半日でどうにか自分の感情を立て直していた。瞳が声を上げて泣くに任せ、背中を優しく叩きながら、掠れた声で慰める。「泣いていい」千暁は長男だったこともあり、幼い頃から天志に非常に厳しく育てられてきた。母親である絢子も、普段は千暁の教育にあまり口を挟むことができなかった。しかし、瞳は違う。家で一番年下の子供であり、しかも女の子だったため、天志も千暁や遥斗に対するほど厳しくはなかった。千暁も遥斗も、生後一か月を過ぎた頃には絢子のもとを離され、幼い頃から専属の世話係に育てられ、食事や栄養面は専属の栄養士に管理されてきた。一方、瞳だけは絢子が自らそばに置いて育てた。そのため、瞳が母親に抱く愛情は、千暁や遥斗よりもはるかに強く、深かった。千暁から絢子が交通事故に遭い、救命処置を受けていると電話で知らされた瞬間、瞳は完全に取り乱した。すぐに恭介に頼み、景浦市まで送ってもらうことにした。しかし帰る途中、再び電話がかかってきた。そこで絢子が亡くなったことを知らされたのだ。瞳はその場で人目もはばからず、声を上げて泣き崩れた。あまりの泣きように、恭介もどう慰めればいいのか分からなくなったほどだった。しかも途中で何度も泣き疲れて意識を失いかけ、そのたびに恭介が慰めようとすると、かえってさらに激しく泣いてしまった。そのた

  • 元カレの宿敵の腕で幸せになります!   第709話

    死んでしまえば、もう何もできないんだから、怖がることなんてない。それに、絢子は千暁の母親なのだ。千暁が目を伏せて咲夜を見ると、ちょうど咲夜も顔を上げて彼を見つめていた。視線が重なった瞬間、咲夜は千暁の冷たく震える手を握った。何も言わず、ただその手を包み込むことで、自分はずっとそばにいると伝えた。千暁はゆっくりと視線を戻すと、その場に立ったまま、静かに絢子を見つめ続けた。やがて一歩前へ出た。そして手を伸ばして絢子の両目を覆い、そっと瞼を閉じてやった。もしその手が激しく震えていなければ、千暁の内側で荒れ狂う感情が外に漏れることもなかっただろう。何も知らない人間が、無表情で何の反応も見せない千暁だけを見れば、また好き勝手なことを言ったかもしれない。千暁はそれ以上長く留まることなく、ほどなくして咲夜の車椅子を押し、手術室を出た。智哉はそのとき、廊下の壁にもたれて待っていた。千暁が咲夜を押して出てくるのを見ると、二人のほうへ歩み寄る。「お前……」智哉はそこまで言いかけたものの、千暁の目が真っ赤になっていることに気づき、思わず口を閉ざした。千暁はひどく掠れた声で言った。「咲夜を病院に連れて帰ってくれ。頼む」「私は帰らない」咲夜は首を振って拒んだ。こんなときに千暁を一人にして帰れるはずがない。智哉も千暁の考えには賛成せず、口を開いた。「お前の妹もまだ戻ってくる途中だろ。こっちでもいろいろ動く人間が必要になる。俺たちも残るよ」その言葉が終わった直後、絢子が白い布をかけられた状態で手術室から運び出されてきた。死亡確認や必要な手続きが済むと、千暁は病院側に一室を用意してもらい、絢子をそこへ移してもらった。瞳はまだ到着していない。妹にも、母親の顔をもう一度見る権利がある。そして千暁には、これから絢子の葬儀についても手配しなければならないことが山ほど残っていた。絢子は天志と結婚して以来、彼の支配のもとで実家とは完全に疎遠になっていた特に絢子の両親が亡くなってからは、実家との連絡を完全に断たれていた。それでも、実家の親族にはきちんと知らせなければならない。千暁と咲夜は、そのまま絢子のいる部屋に残った。千暁は水を張った洗面器を用意すると、絢子の顔に乾いてこびりついた血を拭き始めた。

  • 元カレの宿敵の腕で幸せになります!   第6話

    咲夜が病院を後にして間もなく、真奈美から電話がかかってきた。鳴り続けるスマートフォンを、咲夜は手に取ろうともせず放置したまま、自動的に通話が切れるのを待つ。だが、着信は執拗に繰り返された。出ない限り、母が決して諦めないことなど分かりきっている。結局、咲夜は小さく息をつき、妥協するように通話ボタンを押した。「咲夜、森崎家が資金を引き揚げるって!両家の提携も全部白紙よ。これで満足なの?」電話の向こうから、激情に駆られた真奈美の罵声が飛んできた。これまでどれほど理不尽を押しつけられても耐え続けてきた咲夜が、なぜ今になって意地を張るのか、真奈美には理解できなかったのだ。

  • 元カレの宿敵の腕で幸せになります!   第5話

    晴南も、外の騒がしさにはすでに気づいていた。つい先ほどまで浮かべていた穏やかな笑みは、咲夜の姿を認めた瞬間に凍りつき、その冷ややかな瞳には露骨な不快感と詰問の色が宿る。咲夜はその視線を真正面から受け止めながら、感情を削ぎ落とした無表情のまま、真奈美の背後に静かに立っていた。「晴南さん、うちの咲夜が分からず屋で本当にごめんなさい。ちゃんとお詫びさせようと思って、連れてきたの」真奈美は卑屈な笑みを顔に貼りつけ、機嫌を窺うような声音で言った。そう言いながら、咲夜の背中を突き飛ばすようにして、彼女を晴南の目の前へ押し出す。晴南はただ冷ややかにその様子を眺めるだけで、自分から口を

  • 元カレの宿敵の腕で幸せになります!   第4話

    実家へ向かう帰路の途中、咲夜のスマートフォンに晴南から着信が入った。受話器越しに響いてきたのは、怒りに我を失った彼の声だった。「咲夜、今すぐ病院に来い。這いつくばってでも洸に謝るんだ」背後では、洸のすすり泣く声がかすかに混じっている。想像するまでもない。晴南は洸を不憫に思うあまり、怒りの矛先をすべて自分へ向けようとしているのだ。咲夜は深く考えることもなく、電話口から浴びせられる怒号を無視し、そのまま通話を切った。しかし晴南は執拗だった。すぐさま何度もかけ直してくる。病院へ来て謝罪するまで決して許さない――そんな執念すら感じさせる勢いだった。苛立ちが限界に達した咲夜は

  • 元カレの宿敵の腕で幸せになります!   第3話

    洸は、咲夜が手にしていたコーヒーを奪い取ると、そのまま自分の顔へとぶちまけた。続けざまに、自らの頬を思いきりひっぱたく。華奢な身体は、計算し尽くされた絶妙なタイミングで床へと倒れ込んだ。額がテーブルの角にぶつかり、生温かい液体が視界を滲ませる。「ごめんなさい……私が悪かったわ。晴南さんに付きまとったりして、本当にごめんなさい。私を打って気が済むのなら、いくらでも打って。抵抗なんてしないから」床に座り込んだ洸は、首を振りながら、しゃくり上げるような声で泣き叫んだ。晴南は、かなり離れた場所にいながらも、ダイニングルームの騒ぎを聞きつけていた。慌てて階段を駆け下りた彼の目

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status