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第277話

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洵は自分の世間知らずを思い知らされるようだった。

隼人が60億円も出したのに、月子に何も下心がないわけがないだろ。

彼は歯を食いしばり、隼人を睨みつけた。

隼人は公に写真を出していないので、陽介は彼の顔を知らない。しかし、目の前に現れた瞬間、それが隼人だと確信した。

賢の雰囲気は陽介に強い印象を与えていた。只者ではないことが一目で分かったが、隼人は更に上をいく。男の自分が見ても、信じられないほどカッコいいと思えたのだ。

その上、隼人は賢よりも近寄りがたい雰囲気を漂わせていた。

陽介は賢となら話せるが、隼人を前にすると頭が真っ白になり、何も言えなくなってしまう。まるで威圧されているかのようだった。

エレベーターから出てきた隼人は、洵を見て少し驚いた様子で言った。「わざわざ迎えに来てくれたのか?」

陽介は目を丸くした。「洵、本当に鷹司社長と知り合いなのか?」

隼人の視線が向けられた。「こちら藤堂さん?」

その視線に、陽介は身体が硬直した。彼は何とか平静を装おうとぎこちなく「は、はい!そうです!」と答えた。

隼人は軽く頷くと、視線を浮かない顔をしている洵に向けて一瞥したが、あえて見て見ぬふりをして言った。「では、行きましょう」

陽介は機転を利かせ、前に出て片手を差し出した。「鷹司社長、こちらへどうぞ」

まるでレストランの従業員のようだ。

洵はそれを見て見ぬふりにした。無理もないことだ。彼自身だって、普段は怖いもの知らずの性格だが、書斎で隼人と話して出て来たあとは気迫に押されガクっとしていたものだった。

認めたくはないが、隼人はとてつもないオーラを放っている。一目見ただけで、近寄りがたい雰囲気を感じさせるのだ。そんな彼にわざわざ喧嘩を売るような馬鹿はいないだろう。

陽介は隼人と目を合わせることすらできず、ただ前を向いて案内を続けるしかなかった。

洵は隼人の後ろを歩き、徐々に並んで歩いたが、身長が少し低いせいで、またもや見下されているような気がして、彼は更に苛立ちを覚えた。

「よくもそんな図々しいことができるよな!」

隼人は答えた。「月子にバレなければいいんだ」

洵は驚き、隼人に目を向けた。しかし彼が表情一つ変えないのを見ると、ますます彼の図太さに感心した。

洵は罵倒したかったが、隼人の経歴を知ってからというもの、軽々しく非難すること
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