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第934話

Author: 歓乃
凛のためにそうしたのではない。

自分自身のためにやったことだ。

残りの人生くらい、神谷家に縛られず、穏やかに生きたかった。

凛はお茶を一口飲み、大人しくそこに座っていた。

茂は何度か迷った末、ようやく尋ねた。「君自身のことは……もう知ってるのか?」

「少しだけ」凛は顔を上げて言った。「私が女の子だったから、彰菜さんは私を捨てた。あなたは私を捜したけど、捜させたくない人たちがいたから、見つけられなかった。それは、神谷会長とあなたの政敵だった人」

「一人、抜けてる」茂の脳裏に、弟である秀明の顔が浮かんだ。あの夜、神谷家の仏間で聞いた言葉を思い出すだけで、今も胸の奥が冷える。「俺の弟の秀明も関わっていた」

凛の身体がわずかに止まった。だが、驚いたわけではない。「ああ。なるほど」

その一言で、いくつもの記憶がつながった。以前の学術シンポジウムで秀明と顔を合わせたとき、彼が見せたあの表情。

凛が神谷家へ戻った日もそうだ。ほとんどの人間が表向きには歓迎し、28年前の「取り違え」を聞いて驚いていた。和江でさえ、凛の境遇を知って心を痛めていたのに、秀明だけは最初からどこか冷めていた。
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