ANMELDEN洋二が賢治と顔を合わせるのは、随分と久しぶりのことだった。今日のような事態を招いてしまい、合わせる顔がなかったというのもあるが、何より賢治が昔から裕也ばかりを贔屓していたからだ。「グループは本来、俺のものだ。裕也が死んで危機に瀕している今、俺が陣頭指揮を執って何が悪い?」悪びれもせず言い放つ洋二の態度に、賢治は激しい怒りで胸を上下させる。「よくもぬけぬけと!お前は裕也が死ぬのを待ち望んでおったのだろう。今日この日のために、すべてを企んでいたに違いない!」賢治は彼を指差し、怒りに身を震わせる。洋二は微塵も怯むことなく、鼻で笑う。「長年、親父が裕也ばかりを可愛がらなければ、今頃グループは和也が仕切っていたはずだ。それにこの女だ。藤原家をめちゃくちゃにした張本人だというのに、親父はまだこいつを嫁として扱っている」洋二は怒りを滲ませながらも、絵里を見る目には嫌悪と、どこか優越感が混じっていた。裕也さえ死ねば、絵里など取るに足らない存在だ。会社の問題を片付けた後で、絵里と水原をじっくり料理してやればいい。「絵里、これは株式譲渡契約書だ。さっさと大人しくサインして、以前裕也を騙して奪い取った株を返してもらおうか」絵里は冷ややかな眼差しを向け、嘲笑うように言う。「株は私の名義になってる。つまり、私のものだ。どうしてあなたに返す必要がある?」和也は、絵里と賢治が揃ってやって来たのを見て、心の奥底に微かな不安を覚えていた。洋二が声を荒らげる。「図に乗るなよ。水原はようやく立て直したばかりだ。まさか、また水原が危機に陥るのを見たいわけじゃないだろうな」その脅し文句に絵里は眉をひそめたが、内心ではただ滑稽に思えただけだった。賢治は怒りで全身を震わせ、顔を真っ赤にして洋二を睨みつける。「この馬鹿者が!わしの目の黒いうちは、会社を和也に譲るなど絶対に許さん。あやつにそんな器量はない!」和也は顔を歪め、両手をきつく握りしめる。「爺さん、どうしてだ?俺だって爺さんの孫なのに、どうしてそこまで冷酷になれるんだ?」絵里と裕也の結婚でさえ、爺さんが自ら取りまとめたものだった。だが、今はこれでいい。裕也は死んだ。絵里を再び自分の手元に引き戻し、兄の未亡人を自分のものにする機会はいくらでもある!「認めよ
会議室の長机を挟み、両側には株主と役員たちがずらりと顔を揃えている。上座には車椅子に乗った洋二が陣取り、その右手の一番手前には和也が座っている。「現在、グループは未曾有の危機に直面している。これ以上、事態を放置するわけにはいかない。何より、裕也がすでに死亡した今、裕也の父として、今後は俺がグループの全権を掌握する」洋二は机を軽く叩いて断言する。その表情こそ厳格で冷徹さを保っていたが、内心では歓喜の雄叫びを上げていた。この日を、どれほど待ちわびたことか!五年前、会社を裕也に任せて以来、自分の手中にある権力は少しずつ削ぎ落とされてきた。このまま手をこまねいていれば、グループ全体が完全に裕也の私物と化していただろう。役員たちは戸惑いの色を隠せない。ネット上では裕也の死亡説が飛び交っていたが、藤原家からの公式な見解はこれまで一切出されていなかったのだ。今、洋二がそう断言したということは、まさか……裕也は本当に死んだのか?株主たちも素直に頷くことはなく、むしろ疑念の声を上げる。「しかし、今のお体では、引き続きグループを統括するのは厳しいのではありませんか」「それに、裕也様は本当に亡くなられたのですか?報道はすべて事実だと?」「……」一同は疑念を抱きながら、洋二の答えを待っている。洋二の顔には息子を失った悲哀など微塵もなく、ただ厳然と言い放つ。「いかにも。報道は事実だ。事ここに至った以上、急務は株価を安定させ、対応策を講じることにある」当主の口から事実と認められ、人々の顔色が一斉に青ざめる。「では、どうすべきなのでしょうか?」一人の株主が尋ねる。和也がネクタイを締め直し、もっともらしい顔つきで口を開く。「今後は、俺がグループ社長の職を引き継ぎ、この危機を乗り越えてみせます。ご安心ください。グループは必ずや、これまで以上に発展させてみせます」「その通りだ。和也も我ら藤原家の次男であり、裕也に決して引けを取らない。今後は俺が会長に就任し、会社の実務は和也に一任する。こいつなら、皆様の期待を裏切ることはないと確信している」洋二の自信に満ちた口調と、浮かぶ傲慢な表情は、まるですべてを掌握したかのようだった。和也はわずかに顎を上げ、周囲の反応をうかがう。彼もまた、この日を長らく待ち
「残念だと?」修司は鼻で笑う。「どの件について言っている?裕也が重傷で助からないことか、それともお前が無事でいることか」「もったいぶらないで。言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいわ」絵里はスピーカーフォンにしており、無意識に裕也へ視線を向ける。裕也の表情は平然としており、見たところ何の変化もない。修司の低く沈んだ声が再び響く。「裕也ほどの男が死んだとしたら、彼が油断したと言うべきか、それとも相手が強すぎたと言うべきか。今、G市の誰もがお前たち両家の対応を待ち構えている。水原さんが朝早くから病院へ向かい、ずっと留まっているのは、裕也が死んだと他人に信じてもらえないからじゃないのか?」修司の言葉には、何か含みがあった。その一言で、室内の空気が一気に張り詰める。裕也の眉が微かにひそめられる。それは気づかれないほど僅かなものだったが、すぐにまた淡々とした表情に戻り、やがて唇の端に弧を描いた。絵里は息を呑む。そしてすぐに気づいた。修司は疑っているのだ。正確に言えば、裕也が重傷で助からないという知らせが、ただの罠であることを見抜いている。「あなたは自分のことだけ心配していればいいわ。さもないと、星野がG市で足場を固めるなんて、ただの幻想で終わるわよ」絵里は冷ややかな声で忠告する。たとえ星野にどれほど強大な後ろ盾があろうと、G市では通用しない。その一言に、彼女の意思ははっきりと表れていた。普段は星野家のやることに目をつぶり、干渉もしない。だが、星野が余計な口出しをすることは許さない。賢い者同士なら、言葉を重ねる必要はない。修司は低くしゃがれた笑い声を漏らす。「どうやら水原さんは俺を深く誤解しているようだ。自分に利益のないことには、決して首を突っ込まない主義でね」一拍置き、言葉を継ぐ。「それから、水原さんの願いが叶うことを祈っているよ」絵里は顔を強張らせ、電話を切る。「どうやら、あなたが無事だって知ってるわ」絵里は裕也を見つめ、結論を口にする。裕也は平然とした顔をしている。その瞳の奥には、底知れない闇が潜んでいた。「あの男にある唯一の取り柄は、自分の手を汚さずに人を潰すことだ」絵里は眉をひそめ、戸惑いの表情を浮かべる。修司が陰険な男であることは知っていたが、
丈裕から報告の電話が入る。悟史が最近、修司と密に連絡を取り合っているという。治夫は半信半疑だった。「間違いないのか?」「確かな証拠があります。二人はかなり前からの知り合いでして。以前、紫垣が水原と星野の提携を推し進めようとしたこともありましたが、絵里様に一蹴されています」丈裕はそう答える。治夫は表情を引き締め、目を細める。「あやつがそれほど恩知らずだと言うのなら、引きずり下ろしてやるまでだ。わしが引き上げてやったようにな。いいか、何があろうと、水原が星野と再び手を組むことなど、この先未来永劫あり得ん」あの日、千枝がどうやって死んだか。治夫は一生忘れない。システムを開発したのは絵里だが、その後の安全検証とリリースには、すべて星野が関わっていたのだから。あの事件以来、両家は提携を解消し、今日に至るまで犬猿の仲となっている。もし悟史が藤原の混乱に乗じて水原に手を出そうものなら、絶対に容赦はしない……裕也の一件は、あまりにも影響が大きすぎた。連日ニュースで報じられ、トレンドからいくら削除しようとしても消えやしない。世間の関心は依然としてピークに達したままだ。絵里は午前中ずっと裕也に付き添っていたが、その間、彼女のスマホにはひっきりなしに電話がかかってきていた。そのほとんどを、無視した。「スマホがこんなに鳴りっぱなしなのは初めてよ」絵里は苦笑しながら、手元のリンゴの皮を剥いている。裕也は多忙だった。午前中に彼女と少し会話を交わした後は、再びノートパソコンに向かって作業を続けている。その言葉を聞いて、パソコンからふと顔を上げる。「風向きが読めない連中が、お前から情報を探り出そうとしてるだけさ」「明日の朝、市場が開けば、藤原の株価は暴落するかもしれない。でも、こちらにはすでに十分な資金が用意してある。今回の危機を乗り切るには事足りるはずだ」裕也からは手を出すなと言われている。資金の準備も整っている。それでも、万が一に備えておきたい。念には念を入れておかなければ、絵里自身も安心できなかった。裕也の瞳に、甘く優しい光が浮かぶ。「気遣いは嬉しいよ。でも、俺はお前に心配をかけるほどヤワじゃない」「心配じゃなくて、気にかけてるの」絵里はそう訂正し、切り分けたリンゴを彼に差し出す。
「あの野郎、やっとくたばりおったか。しぶとい奴だ、よくもまあ今日まで持ちこたえたものだ!」洋二は再び高笑いする。その顔には悲痛の色など微塵もなく、心の底では、ずっとこの日を待ち望んでいたのだ。和也は一晩中、ほとんど眠れなかった。この知らせを受けた時、最初こそ信じられなかったものの、やがて興奮が込み上げてきた。だが、冷静になると、再び半信半疑に陥った。あの裕也が、そう簡単に殺されるものだろうか?しかしあの日、殺し屋が刃を突き立てた瞬間、地面に血溜まりが広がるのを確かにこの目で見た。殺し屋が背を向けていて死角になっていたため、裕也のどこが刺されたのか、具体的な箇所までは見えなかった。だが、あれほどの出血量からして、致命傷であることは容易に察しがついた。「父さん、もし兄さんが本当に死んだとしても、あの20パーセントの株式はまだ絵里の手にある。どうするつもり?」洋二は鼻で笑う。「構わん。藤原を手中に収めてから、ゆっくりと料理してやればいい。素直に差し出すなら少しは顔を立ててやってもいいが、もし拒むようなら、その時は水原家ごと容赦なく叩き潰すまでだ」和也は眉を寄せる。胸の奥に、言葉にできない違和感が燻っている。父と母が、なぜあれほどまでに兄を憎んでいるのか、どうしても理解できなかった。ましてや兄が死んだというのに、父は少しも悲しむ様子を見せず、あまつさえこれほど歓喜している。まるで、最初から兄の死を望んでいたかのように。疑念は尽きなかったが、どう切り出せばいいのか分からなかった。その時、興奮冷めやらぬ洋二がすぐさま電話をかけ、明日は予定通りに計画を実行するよう部下に指示を出した。電話を切った直後、今度は俊介から着信が入った。「だから言っただろう?確実に裕也を始末して、お前に藤原をくれてやるって。これで信じたか?」俊介は手柄を誇示するために電話をかけてきたのだ。以前送り込んだ殺し屋は消息を絶っていたが、その後、裕也が重体で意識不明という知らせとともに情報が漏れ伝わってきた。最初は彼も疑っていたが、人を使って調べさせたところ、すでに病院内では周知の事実となっていた。だが、情報は厳重に統制され、外部には一切漏れていなかった。ましてや、そこは藤原傘下の病院だ。洋二が少し手を回せば、真偽など
ニュースがネット上のトレンドを爆発的に席巻する。絵里のスマホに、すぐに着信が入る。彼女の瞳の奥に、一瞬だけ「思った通り」という光が浮かんだ。電話には出ず、そのままバスルームへ向かい、シャワーを浴びる。その夜、スマホには絶え間なく着信やLINEの通知が届き続けた。友人たちからの心配するメッセージや、取引先からの問い合わせも少なくない。絵里はそれらを一切無視し、マナーモードにして眠りについた。翌朝、早く起きると、トレンドに上がっていたニュースはあらかた削除されていた。それでもネット上では、絶えず議論が交わされている。絵里は早々に病院へ向かう。目立たない服装にマスクとサングラスを身につけ、ほとんど誰だか判別できないほどの徹底ぶりだ。丈裕は病院の入り口で車を停め、張り込んでいる記者たちをちらりと見ると、後部座席の絵里を振り返って言う。「すべて計画通りに進んでいます」これらの情報は、彼があの夜、事前に買収しておいた人物に流させたものだ。目的はただ一つ、裕也が果たして死んだのかどうかを世間に推測させること。トレンドの削除も意図的な操作に過ぎない。水原も藤原も一切の反応を示さないことで、人々の憶測をさらに煽るのだ。絵里は短く頷き、指示を出す。「引き続き、計画通りに進めて」丈裕は厳かに頷く。「はい」彼が再び車を走らせて病院の敷地内に入り、駐車すると、すぐにボディガードたちが駆け寄り、絵里を囲んで降車させる。マスコミがどっと群がってきたが、近づくことはできない。それでも、鋭い質問が次々と飛んでくる。「水原さん、藤原さんに関するニュースは事実なのでしょうか!」「藤原さんの現在の容態はどうなっているのですか!世間が注目しています。一言お願いします!」「藤原さんが重傷で助からないというのは本当ですか!もしデマであれば、噂を流した者を追及するおつもりですか!」絵里は一切取り合わず、沈黙を貫く。そしてボディガードに護衛されながら、病院へと足を踏み入れる。マスコミは外で足止めされ、病院に入ることはできない。ボディガードはそのまま絵里を病室まで送り届ける。このフロアは高級なプライベート病棟で、何重にも警備が敷かれている。人ひとり入り込むのも容易ではないほどの厳重な警備だ。絵里は病室に入るなり、真っ先