LOGIN八年後。
神崎玲のもとへ届く依頼の大半は、加瀬の手元で選別される。 投資案件。 財団への寄付依頼。 美術館との共同事業。 玲が直接確認する必要のないものは、担当部署へ回される。 その日、会議を終えた玲の前へ置かれたのは、地方の港町で開催される国際アートフェスティバルの企画書だった。 「現時点では、小規模な地域芸術祭です」 加瀬が資料を開く。 国内外の若手作家を招き、町全体を展示会場として利用する計画だった。 開催は三か月後。 企画自体は悪くない。 しかし、玲の財団へ持ち込まれる案件としては珍しくなかった。 「僕へ回した理由は何ですか」 加瀬が参加予定者の一覧を表示する。 玲の視線が、一つの名前で止まった。 ジャン・モロー。 「ジャンさんが関わるんですか」 「後援を検討しています。当初は財団名義を貸す程度の依頼でしたが、本人が出資まで考えているようです」 玲は企画書を見直した。 欧州の貴族出身で、複数の美術財団に強い影響力を持つジャンが、自らこの規模の芸術祭を調べている。 不自然だった。 エレナが亡くなって以降、玲とジャンはコレクターとして競い続けてきた。 市場へ作品が出れば、どちらが先に情報を得るか。 誰が所有者へ接触するか。 ジャンには欧州美術界との人脈があり、玲には資金と独自の調査網がある。 実際に彼は非公式のエレナの作品を何枚か所有している。 公式に公表された四十六枚を玲が執念で手に入れた一方で、ジャンも最後の一枚だけは諦めていなかった。 「ジャンさんがメインスポンサーになれば、規模は変わりますね」 「はい。すでに欧州や北米のキュレーターから問い合わせが入っています」 ジャンの名が加われば、小さな地域芸術祭は、世界の美術関係者が集まる場へ変わる。 だからこそ。 彼がここへ関心を持った理由を、玲は知る必要があった。 「ほかにもあります」 加瀬が古い輸送記録を表示した。 国外から日本へ運ばれた大型美術品。 作品名は記されていない。 複数の保税倉庫を経由し、三年前に、この港町の保管施設へ入った形跡が残されていた。 「寸法が、エレナのアトリエから消えたキャンバスとほぼ一致しています」 玲の指が止まる。 「輸送時期は」 「エレナが亡くなる直前です」 作品はフランスから横浜へ入り、その後、複数の倉庫を移動していた。 最後の保管先は、二年前に閉鎖されている。 所有者として記録された海外法人にも、実体はなかった。 確証はない。 これまでも、最後の一枚に関する情報は何度も現れ、途中で消えた。 偽物。 別作品との取り違え。 玲へ高く売るために作られた記録。 今回も同じ可能性はある。 それでも。 ジャンが、この町へ動いている。 偶然とは思えなかった。 「現地の調査を続けてください」 「フェスティバルへの出資はいかがしますか」 玲は資料に映る港町を見た。 エレナがこの町を訪れた記録はない。 それでも、作品だけが流れ着いた可能性がある。 「まず、現地を見ます」 「神崎さんご自身が?」 「はい」 最後の一枚に関することだけは、人任せにできなかった。 *** 数日後。 玲は、財団が支援する映画祭の記者会見へ出席していた。 隣には、主演女優の宮永結衣が立っている。 二人が並ぶと、カメラのフラッシュが一斉に光った。 仕事で顔を合わせる機会が多いため、世間では何度も交際を噂されている。 結衣も強く否定せず、玲も必要がなければ触れない。 それが、憶測を長引かせていた。 「宮永さんとのご関係について、改めて伺ってもよろしいでしょうか」 記者の問いに、玲は落ち着いて答えた。 「仕事を通じて信頼している方です」 「交際の事実は」 「ありません」 会場がざわめく。 結衣は笑顔を崩さず、マイクへ顔を向けた。 「神崎さんは、私が頑張っても全然振り向いてくれないので」 冗談として場を整え、会見はそのまま進んだ。 *** 食事会で隣に座った結衣が、小さく笑う。 「ずいぶん、はっきり否定しましたね」 「事実ですから」 「本当に、誰にも興味がないんですね」 玲は答えなかった。 美しいと思うことはある。 才能を評価することもできる。 けれど。 もっと知りたい。 次も会いたい。 そばに置きたい。 そう思う相手は、八年間いなかった。 「エレナさんの最後の一枚を、まだ探しているんですか」 「はい」 「港町のフェスティバルも、それが理由?」 玲が視線を向けると、結衣はグラスへ口をつけた。 「ジャン・モローが関わるんでしょう?」 「あの人が小さなフェスティバルへ、自分から出資を考えるなんて不自然です」 アート業界の専門家ではない結衣にも、ジャンの動きは異様に見えるらしい。 「彼がメインスポンサーになれば、キュレーターが一気に集まると聞きました」 「その可能性はあります」 「だから、神崎さんも行く」 玲は否定しなかった。 結衣はそれ以上追及せず、話題を変えた。 「現地で、一か所だけ付き合ってください」 「どこですか」 「海沿いのカフェです」 スマートフォンに映っていたのは、白い壁と大きな窓を持つ店だった。 「景色が綺麗で、料理も美味しいらしいです」 「興味はありません」 「私があります」 結衣は楽しそうに笑った。 玲は断る理由もなく、「時間があれば」と答えた。 画面が閉じる直前。 玲の目が、店先の黒板へ一瞬だけ止まった。 海。 灯台。 白い雲。 小さな写真で、細部までは分からない。 その時は、特に意味のあるものだとは思わなかった。 *** 視察の日。 車は昼過ぎに港町へ入った。 窓の外に、明るい海が広がる。 エレナも海を描いた。 けれど、彼女の海はもっと冷たく、人を拒むような色をしていた。 この町の海には、人の生活があった。 やがて、古い倉庫街が見えてくる。 錆びた鉄扉。 煉瓦の壁。 その間に設置された看板には、国際アートフェスティバル開催まで三か月と記されていた。 このどこかへ。 最後の一枚が運び込まれた可能性がある。 そして、ジャンもこの場所を調べている。 「先に主催者との会議へ向かいますか」 加瀬が振り返る。 予定より早く着いていた。 結衣がすぐに口を挟んだ。 「カフェ、先に行きません?」 玲は時計を確認した。 調査を急ぐ必要はない。 「構いません」 車は倉庫街を抜け、海岸沿いの細い道へ入った。 小さな湾を回ると、白い建物が見えてくる。 大きな窓。 海へ面したテラス。 入口の横には、写真で見た黒板が立っていた。 車から降りた玲は、何気なく絵へ目を向ける。 青。 白。 わずかな緑。 海辺の光を描いた、消えるチョークアート。 玲は、ほんの数秒だけ足を止めた。 「何かありましたか」 加瀬に聞かれ、玲は黒板から目を離した。 「いいえ」 この町へ来た目的は。 最後の一枚。 八年間探し続けた、エレナの最後の作品。 それ以外に、玲の心を動かすものなど残っていない。 そう思いながら。 結衣に続いて、海沿いのカフェへ足を踏み入れた。少し考える。「電話番号でなくても構いません」玲は先に付け加えた。「仕事用のメールでも。エマさんが負担に感じない方法で結構です」その時。カウンターの向こうで、千早さんの手がほんの僅かに止まった。玲には分かった。聞いている。そして。玲がどこまで仕事のために話しているのかを、測られている。以前なら。他人からどう見られているかなど気にもならなかった。今は。千早さんにどう見られているかすら、少し気になっている自分がいる。「本当に、緊急時だけですか」エマが尋ねる。声音は穏やかだった。けれど。それ以外には使わないでほしい。その線引きは明確だった。「はい」玲は答えた。少なくとも、今は。理由もなく連絡すれば。エマはすぐに距離を取る。それくらいは分かっている。「……分かりました」エマはカウンターへ戻り、小さなメモ用紙を取った。その様子を待ちながら。玲は、妙に落ち着かない自分へ気づいた。たかが、メールアドレスだった。財団担当者へ聞けば、共有されている可能性すらある。それなのに。エマ自身から渡されることを。玲は待っている。ペン先が止まる。エマが戻ってきた。「こちらです」差し出された紙。短い仕事用のアドレス。指が触れることはなかった。「ありがとうございます」玲は紙を受け取った。それだけで、胸の奥が静かになる。そこへ。「神崎さん」入口付近から加瀬の声がした。「そろそろお時間です」エマが、そちらを見る。加瀬の顔には、いつもと変わらない職業的な表情がある。けれど。玲には分かった。珍しいものを見るような目をしている。地方のカフェへ予定をずらして立ち寄り。現場の一スタッフから。自分で連絡先を受け取っている玲。加瀬が驚かない方がおかしかった。「今行きます」玲は答えた。それから、一度迷って。名刺入れを取り出す。「こちらも」差し出したのは、通常の財団用名刺ではなかった。玲本人へ直接届くメールアドレスが入ったもの。限られた相手にしか渡さない。エマが名刺を見て。少しだけ眉を上げた。「神崎さんご本人へ、ですか」「僕が確認した方が早い内容もあると思いますので」また。仕事を理由にした。今度は、自分でもはっきり分かった。エマは数秒だけ迷い。「承知しました」と受け取った。
*** ジャンから送られてきた写真を閉じたあとも、玲はしばらくスマートフォンを手にしたまま動かなかった。白いカップ。ラテの表面に浮かぶ葉。その向こうに見える、あの海。エマの姿は写っていない。それでも、写真を撮ったジャンの向かいに彼女がいたのだろうと考えると、胸の奥が静かにざらついた。『彼女が参加する子どもたちの企画について、もう少し詳しく教えてくれない?』その一文も、画面を閉じたあとまで残っている。ジャンが興味を持っているのは、エレナに似た女という一点だけではなくなっている。朝倉エマが何を考え、何を描き、どういう企画を作ろうとしているのか。そこへまで視線を向け始めている。それが、どうにも面白くなかった。「神崎さん」加瀬の声に、玲は顔を上げた。会場となっている建物の前には、すでに車が待っている。「このまま駅へ向かえば、東京での次の会議には予定どおり間に合います」「そうですね」玲はスマートフォンをポケットへ戻した。そのまま車へ向かう。数歩。歩いたところで、足が止まった。加瀬も止まる。「……十分ほど、時間をください」「はい?」珍しく、加瀬が聞き返した。玲は腕時計を見る。「十分です」「何か現地で確認事項が残っていましたか」「一つだけ」「主催者側の担当者でしたら、先ほど——」「カフェへ行きます」加瀬の表情が、ほんの少しだけ止まった。仕事中に感情を顔へ出す人間ではない。それでも、長く玲のそばにいるからこそ、完全には隠せなかったらしい。「……朝倉さんのところへ、ですか」「はい」「何か、急ぎのご用件が?」玲は一瞬、黙った。ある。そう言おうと思えば、理由はいくらでも作れる。実際、地域企画の制作は始まっている。スポンサーとして確認事項が発生する可能性もある。だから。「連絡体制についてです」と答えた。加瀬は玲を見た。一秒。二秒。何も言わない。その沈黙が、玲には少しだけ居心地が悪かった。「何ですか」「いえ」「何か言いたそうですが」「申し上げてよろしいのであれば」加瀬は慎重に言葉を選んだ。「神崎さんが、現場協力者の連絡体制をご自身で確認されることは、これまでほとんどなかったと思いまして」玲は視線を逸らさなかった。正しい。通常であれば、財団担当者がやる。玲本人が地方のカフェ
趣味で店の案内を描いているだけの人間が、あまりにも自然に画面の構造を説明してしまった。ジャンは何も言わなかった。褒めない。問いを重ねない。ただ。エマのばつの悪い表情と、白い線を交互に見ている。その沈黙の方が落ち着かなかった。「……感覚です」遅れて付け足す。「深い意味はありません」ジャンの口元が僅かに動いた。けれど、何も言わなかった。その時。彼のスマートフォンが震えた。画面を確認すると、ジャンは小さく息を吐く。「もう時間みたいだ」空港からの連絡だろう。エマは、胸の奥で安堵した。ようやく帰る。これ以上、黒板を見られずに済む。これ以上、自分の言葉を拾われずに済む。「お気をつけて」そう伝え、今度こそ店内へ戻ろうとした。だが。袖口へ、軽い感触があった。ジャンの指が、エマのシャツの袖を摘まんでいた。強く掴んでいるわけではない。振り払おうと思えば、すぐに外せる程度の力。それでも。足を止めさせるには十分だった。ジャンは片手で電話へ出る。流暢な英語で、出発時刻と空港までの移動について確認している。その間も。エマの袖から、指を離さない。昔から、こういう人だった。待ってと言ってもエレナが聞かなければ、服の裾や袖を軽く掴んだ。身体へ触れすぎず。それでも相手が立ち去れない場所だけを、正確に選ぶ。エマは、袖口へ視線を落とした。懐かしいと感じてはいけない。今の自分とジャンの間には、そんな距離はない。「離していただけますか」小さく告げる。ジャンは電話の相手へ返事をしながら、エマを見た。悪びれた様子もなく。もう少しだけ、と目で伝える。胸がざらついた。会話はすぐに終わった。ジャンは電話を切ると、ようやく袖から指を離した。「ごめん。行かれると困ると思って」「私へ、まだ何か?」「これを」内ポケットから、白いカードを一枚取り出す。上質な紙。ジャン・モローの名。モロー財団の役職と、個人の連絡先。エマは受け取らずに見つめた。「必要ありません」「今はね」ジャンは、トレーを持つエマの指の間へカードを差し込んだ。「でも、必要になるかもしれない」「ならないと思います」「それも、今決めなくていいよ」また。こちらの判断を簡単には受け入れない。玲と似た言葉。けれど、玲とは違う温度。玲はエマの
ジャンの前へラテを置くと、彼はカップの表面を一度見たあと、エマへ視線を上げた。「どうしてノンファットミルクなの?」会話は、変わらずフランス語だった。エマはトレーを持ったまま、わずかに眉を寄せる。「健康を気にしていらっしゃるような気がしたので。なんとなくです」「僕が?」「違いましたか」「いや。最近は少し気をつけているよ」ジャンはカップを持ち上げ、香りを確かめるように顔へ近づけた。「昔より、移動が身体に残るようになったからね」「そうですか」エマは短く答えた。興味がないと思われても構わない。三十分。それだけやり過ごせば、ジャンはこの町を離れる。昨日よりも自然に。朝倉エマとして接客をする。余計なことは話さない。自分から質問もしない。そう決めていた。けれど、ジャンはラテへ口をつける前に、エマの顔をじっと見た。「面倒だと思っている?」「何をですか」「僕の相手をすること」「お客様へ、そのようなことは思いません」答えると、ジャンの口元が楽しそうに緩んだ。「君のつまらなそうな顔は、分かりやすくて可愛いね」エマの指が、トレーの縁で止まった。懐かしい。そう思ってしまった。エレナが興味のない会食へ連れていかれた時。長い挨拶や、作品を理解しているふりをする人間の話に飽きて、黙ってグラスの氷を見ていた。そんな時、ジャンはよく笑った。『エレナ、顔に出ているよ』『出してるの』『そういう顔も可愛いけどね』エレナは嫌そうに睨み。ジャンは、さらに面白そうに笑った。八年前の記憶が、昨日のことのように戻る。エマはすぐに感情を閉じた。「そう見えたのであれば、申し訳ありません」「謝る必要はないよ。むしろ安心した」「何にですか」「昨日より、君が少し分かりやすくなったことに」ジャンは当たり前のように答え、ようやくラテへ口をつけた。エマはそれ以上付き合わず、小さく頭を下げる。「ごゆっくりどうぞ」テーブルを離れようとした時だった。ジャンの視線が、店先の黒板へ向いた。月替わりのメニュー。子ども向けアート教室の日程。その周囲に、白と青のチョークで描いた小さな海と、灯台。昨夜、閉店後に少しだけ描き直したものだった。「待って」背中へ声がかかる。エマは足を止めた。振り返ると、ジャンは黒板を見たまま椅子から立ち上がって
『それと、モロー財団からの出資も、ほぼ決まったよ』 玲の視線が止まる。 『彼女が参加する子どもたちの企画について、もう少し詳しく教えてくれない?』 その瞬間。 午前中の会議が、すべて一つに繋がった。 海外財団。 著名なキュレーター。 断ることのできない関係者たち。 なぜ、今日の午前中へ集中していたのか。 誰が、これほど早く手を回したのか。 玲は、ゆっくり目を閉じた。 「……そういうことですか」 苦笑が漏れる。 ジャンは初めから。 自分が午前中、身動きを取れないように組んでいた。 仕事としては完璧だった。 神崎財団にとっても利益がある。 今後の美術事業を考えれば、会っておくべき人間ばかり。 玲が断る理由はない。 だからこそ、疑わなかった。 その間にジャンは、帰国前の時間を使い、エマへ一人で会いに行った。 昔から、そういうことがあった。 エレナと三人で展覧会へ出向いた時。 ジャンは玲へ、画商や投資家の相手を頼んだ。 『君が話した方が、彼らも安心するから』 もっともらしい理由だった。 確かに、玲が相手をする方が早く話がまとまる。 だから玲は引き受けた。 その間に、ジャンはエレナと二人で展示を回る。 新しい作家の話をし。 作品を見ながら、長い時間を過ごす。 玲は、その意図に気づいていた。 ジャンが、エレナと二人になる時間を意識的に作っていたことも。 けれど、エレナは気づいていなかった。 玲が戻れば、いつも当たり前のように隣へ来た。 『話、終わった?』 そう尋ねながら、玲の腕へ触れる。 帰りの車では、自分から玲の肩へ頭を預けた。 最後には必ず。 エレナは玲のもとへ戻ってきた。 だから、構わないと思っていた。 ジャンがどれだけ時間を作っても。 エレナが気づかないのなら。 そして、自分の隣へ戻るのなら。 余裕を失う理由はなかった。 けれど。 今回は違う。 朝倉エマは、玲の恋人ではない。 自分のもとへ戻ってくる人ではない。 連絡先すら知らない。 店で会わなければ、次にいつ話せるのかも分からない。 ジャンが会いに行ったところで。 エマの企画へ興味を持ったところで。 本来なら、玲が何かを感じる理由などなかった。 それなのに。 『彼女が参加する子どもたちの企画について、もう少し
***午前中、玲はまだ港町に残っていた。 神崎財団として正式に協賛を決めた以上、現地での最終調整には自分も出席しておく必要がある。 会場となる倉庫群の使用計画。 海外作品の搬入経路。 保険と警備。 展示期間中の人員配置。 それだけなら、予定どおり昼前には終わるはずだった。 けれど、会議室へ入った玲を待っていたのは、当初聞いていたよりもはるかに多くの関係者だった。 海外財団の責任者。 欧州の著名なキュレーター。 修復機関の担当者。 国際展示の運営に詳しいアドバイザー。 小さな港町のフェスティバルへ集まるには、不自然なほど充実した顔ぶれだった。 「こちらの皆様からも、今朝になって正式に協力のご連絡をいただきまして」 主催者が嬉しそうに説明する。 玲は配布された資料へ視線を落とした。 団体の規模だけが大きいわけではない。 それぞれが役割を明確に持ち、展示の質を一段引き上げられる人間ばかりだった。 急ごしらえの名前貸しではない。 この町のフェスティバルへ、実務として関与するつもりで集められている。 玲の胸へ、小さなざらつきが落ちた。 誰が動かしたのかは、考えるまでもなかった。 資料の端に、モロー財団の名前がある。 ジャンは昨日の段階では、まだ出資を決めに来たと言っていた。 それが一晩で、これだけの人間を動かしている。 決断が速いことは知っていた。 ヨーロッパの美術界で、ジャン・モローの依頼を簡単に断れる人間が少ないことも。 それでも玲は、今のところは何も言わなかった。 会議そのものには意味がある。 紹介された人々も、今後のアート事業を考えれば関係を悪くできない相手ばかりだった。 一人ずつ挨拶を交わし。 質問へ答え。 追加支援の条件を確認する。 予定は、隙間なく埋められていった。 「神崎さん、次はこちらの方と、海外作品の保険について」 加瀬が資料を差し出す。 玲は腕時計を見た。 午前十一時を過ぎている。 午後には東京へ戻り、欧州チームとの会議へ接続しなければならない。 港町で自由に使える時間は、もうほとんど残っていなかった。 それでも、仕事として不自然な予定ではない。 むしろ、協賛を決めた玲が出席しない方が不自然だった。 玲は表情を変えず、次の席へ移った。 *** 最後の打ち合わせが終







