Share

第61話

Author: 手足あせだく
若い夫婦にやり直す機会を与えるべきであり、些細な衝突をいちいち離婚に結びつけるべきではない。これ以上の司法リソースの浪費は避けるべきだと、我々は考えます」

調停員はしばらく考え込んでいたが、やがてゆっくりと頷いた。

「不貞の事実がないとなれば……やはり、夫婦間の内輪の問題の域を出ないと言わざるを得ませんな」

調停員も、近頃の若い娘たちのことは分かっているつもりだった。少しでも気に食わないことがあれば、すぐに甘えて離婚だのと騒ぎ立てる。これまで似たような夫婦を、それこそ何十組と見てきたのだ。

この瞬間、結論は出た。薫が何度も反論を試みるものの、そのすべてが熟練の弁護士と、保守的な調停員の壁に撥ね返されてしまった。

「相手側の不貞行為をあくまで主張されるのでしたら、より決定的な証拠、あるいは胎児との親子関係を証明するDNA鑑定書を提出してください」

調停委員の無機質な声が響く。

「よって今回の調停は、不成立といたします」

薫の顔色が、その場でさっと険しくなった。修羅場には慣れているはずのベテラン弁護士でも、今回ばかりはあまりに理不尽で、腹に据えかねているようだ。

だが、当
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 凍える愛の終焉に ―さよなら、偽りのマリアージュ―   第300話

    澄江のポケットの中には、数本の髪の毛が隠されていた。先日、実花の寝室を掃除した際に、枕元からこっそりと回収しておいたものだ。実花は、百合の娘ではない。――だが、私の娘である可能性はあるのだから。……一騒動起こした百合が不承不承といった様子で立ち去った後、湊は間髪入れず空港へと向かった。実花の搭乗した便から数時間遅れとなるフライトを、強引に押さえたのだ。搭乗ゲートをくぐる直前、湊は自ら鈴木の携帯へ電話をかけ、神経質なほど事細かに指示を飛ばした。「実花の到着は午後五時だ。お前は他の護衛も連れて、到着ロビーの出口で待機しろ。万全を期して一時間前には配置につけ。運転は絶対に慎重にしろ。何があろうと、あいつから一秒たりとも目を離すな」普段の冷酷無比な社長からは想像もつかないほどの饒舌ぶりに、鈴木は戸惑いを隠せず思わず聞き返した。「あの……社長。もしかして、実花さんにまた何か危険が?」「あいつは、妊娠している」「……えっ!?」電話の向こうで、鈴木が盛大にむせる音が聞こえた。通話を切った後も、湊の過保護な手配は止まらない。最高峰の専属シェフ、妊婦専門の管理栄養士、ベテランの家政婦、さらには追加のSP……これだけの人員を配置するとなれば、今実花が住んでいるマンションでは到底手狭だ。湊はすぐさま、海浜市に所有する自身の別荘を、妊婦にとって完璧な環境に改装するよう業者に命じた。……これでもう、実花を黒田の屋敷へ戻らせる理由もないな。あの沙耶のように底意地の悪い女がうろついている場所に、身重の実花を置いておくなど論外だった。実花が一緒に住んでくれるかどうか? ――これだけ全面的なサポートを約束してやったのだ、「その見返りとして俺の傍にいてくれ」と要求する権利くらいはあるだろう。湊の口元には、何をどうしても隠しきれない甘い笑みがこぼれ続けていた。機内へ搭乗する際、出迎えたCAに向かって機嫌よく微笑みかけ、優雅に会釈までしてみせた。その色気を孕んだ深い微笑みに、CAたちは一瞬呼吸を忘れて呆然と立ち尽くしてしまったほどだ。シートに深く腰を下ろし、湊は静かに目を閉じた。傍目にはいつもの冷徹な顔に戻ったように見えるが、その脳内はすでに、生まれてくる我が子の名付け会議で埋め尽くされていた。男の子なら「実(みのる)」にする

  • 凍える愛の終焉に ―さよなら、偽りのマリアージュ―   第299話

    「……くっ、ふふ……っはははは!」むせ返りが収まった守三は、珍しく腹の底から愉快そうに大笑いした。そして、それからたっぷりと五分間、石像のように固まったまま歓喜を噛み締めていた湊が、ようやく口を開いた。「祖父さん。退院したばかりで申し訳ありませんが……俺が留守の間、篠宮の采配はお任せしても?」一秒たりともここに留まる気はないとばかりに、湊は踵を返そうとする。「ほう?どこへ行くつもりだ。ずいぶんと急ぎのようだが」守三が笑いを噛み殺しながらわざとらしく尋ねると、湊は振り返りもせずに答えた。「――妻を口説き落としに」「相手はまだ頷いてもおらんだろうに、気が早いことだ。どうせお前の独り相撲だろうよ」守三は容赦なく水を差したが、その目元は完全に下がりきっていた。孫嫁としてこれ以上ないほど面白い女が、曾孫まで連れてきてくれるのだ。早くあの憎たらしいほど賢い小娘が子供を産み落とす日が来ないかと、守三は早くも曾孫を抱き上げる自分の姿を夢想し始めていた。「さて、どう口説き落としたものか……」待ちに待った曾孫の気配にすっかり相好を崩した守三と、まだ見ぬ我が子への喜びに浸る湊。和やかな空気が流れ始めたダイニングルームへ、突如としてヒステリックな女の金切り声が乱入してきた。「湊!妹はどこへ行ったの!?まさか、どこかに隠したんじゃないでしょうね!」百合だった。血相を変えて乗り込んできた実の母親に、湊の瞳は一瞬にして絶対零度の氷点下へと冷え込んだ。「何度言えばわかる。俺と実花には血の繋がりなど一切ない」湊は吐き捨てるように言った。実花が自分の子供を身籠っていると知った今、百合の「妹だ」という狂言は、吐き気をもよおすほどおぞましいものに感じられた。そして同時に、猛烈な怒りが込み上げてくる。実花は、とっくに自分が妊娠していることに気づいていたのだ。それなのに、百合に「二人は異父兄妹だ」と喚き散らされたとき、実花の胸中はどれほどの恐怖と絶望、そして底知れぬ嫌悪感に苛まれたことだろうか。それを想像しただけで、湊は目の前の母親の首を絞め上げてやりたい衝動に駆られた。「嘘よ!あんたが検査結果を裏で手を回して改ざんしたに決まってるわ!私は信じない!あの子を他の病院へ連れて行って、何度でも再検査させるから!」「……

  • 凍える愛の終焉に ―さよなら、偽りのマリアージュ―   第298話

    ――ピコン。その数秒後、追い打ちをかけるように湊のスマートフォンが一件の通知を知らせる。それは、裏で手配させていた特別な医療機関から送られてきた、【浅見実花の血液精密検査・最終結果報告書】だった。湊は、全身に雷を落とされたような衝撃を受け、贈り物を持った姿勢のまま完璧な石像と化していた。視線だけを動かして手元の端末を開くと、ずらりと並んだ複雑な数値の羅列の中で、一箇所だけ赤く強調されている項目がある。【 HCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)数値:著しい上昇 】【 診断所見:妊娠初期の可能性が極めて濃厚。速やかに産婦人科での精密検査を推奨する 】画面を食い入るように見つめながら、湊の脳内で、ここ数日の実花の不自然な行動がパズルのピースのようにカチリカチリとはまり始めた。――そういうことだったのか。健康診断の結果を尋ねたとき、明らかに視線を泳がせて誤魔化していたこと。大好物だったはずの魚介類を見ただけで気分を悪くし、箸すらつけなかったこと。ベッドで自分が理性を失いかけたとき、彼女は必死の形相で拒絶し、生理なのだと嘘をついてまで行為を避けようとしたこと……!妊娠など経験したことのない自分が、そんなわずかな兆候だけで気づけるはずもなかった。極限の驚愕が過ぎ去った後、湊の胸の奥から、山を呑み込み海を割るような凄まじい歓喜が爆発した。実花が、俺の子供を身籠っている。この世のどんな偉業も、どんな途方もない富を手に入れることも、今のこの事実に比べれば塵芥に等しい。心臓が狂ったように暴れ回り、脳内で無数の花火が打ち上がったように視界が白く明滅する。あまりの鼓動の激しさに、肋骨が内側から砕け散るのではないかと錯覚するほどだ。生まれて初めて、湊は完全に言葉を失い、自分の手足をどう動かせばいいのかすら分からなくなっていた。今すぐ実花の元へ飛び立ち、あの華奢な身体を腕が折れるほど強く抱きしめて、この狂おしいほどの心音を聞かせたい。だが無情なことに、この全てを引き起こした張本人は、今まさに遥か上空の飛行機の中だ。歓喜の絶頂の直後――今度は背筋が凍るような、身の毛もよだつ恐怖と安堵が波のように押し寄せてきた。時期を逆算すれば、実花が拉致され、あの廃工場で命の危機に晒されていたとき……彼女のお腹の中には、すでに俺たちの子供がいた

  • 凍える愛の終焉に ―さよなら、偽りのマリアージュ―   第297話

    「祖父・征二郎様の顔に免じて、俺の手元にあるあの夜の動画データは当面保留にしておいてやる。だが、もしこれ以上あの胸糞悪い汚い真似を続けるなら――黒田沙耶、お前が社会的に完全に終わる覚悟をしておけ」それだけを冷酷に言い捨て、湊は通話を一方的に叩き切った。最悪の気分だ。せっかくの実花との甘い余韻が、あんな薄汚いゴミ女のせいで完全にぶち壊しにされた。苛立ちを隠しきれない湊の端末が、間髪入れずに再び着信を知らせた。またしても見知らぬ番号。「……何だ」機嫌が最悪の底辺まで落ち込んだ湊が凄みを利かせて応じると、電話口から飛び出してきたのは――怒髪天を突くような勢いの、野太い男の怒鳴り声だった。「あ!?もしもし!オタクが【開運☆招福】さんっすか!?荷物届いてるんすけど!」篠宮の当主に向かって放たれたとは思えない、あまりにも横柄で苛立った宅配員の怒声。「さっきから何回も何回も電話してんのに、なんで出ねえんすか!こっちも暇じゃねえんすよ、時間無駄にさせやがって!」――【開運☆招福】。それは実花が最近設定した、あまりにもふざけた偽名だった。こめかみに青筋を立てながら、湊はギリッと奥歯を噛み締め、なんとか怒りを腹の底へねじ伏せる。すべては実花から頼まれた「自分で受け取れ」という任務のためだ。「……今すぐ戻る。門の前で待っていろ」「は?待つ?ふざけんな、こっちは次の配達が詰まってんだよ!門の前に放り投げとくからな!」ブチッ!!ツーツーツー……「……」無機質な電子音だけが響くスマートフォンを握り締めたまま、湊は完全にフリーズしていた。湊様が……あの泣く子も黙る篠宮の社長が、ただの配達員に怒鳴られて一方的に切られた……!?運転席の山崎は、寿命が十年縮む思いでアクセルを床が抜けるほど踏み込んだ。社長の理性が焼き切れる前に、一秒でも早く屋敷へ帰り着かなければならない!あの実花さんからのプレゼントを、何としてでも無事に回収しなければ!それにしても――と、山崎は冷や汗を拭いながら心の中で密かに感嘆していた。この七年間、どんな修羅場でも氷の彫刻のように顔色一つ変えなかった冷徹な主が、今日だけでジェットコースターのように感情を振り回されている。すべては、あのお方――浅見実花、ただ一人のために。……屋

  • 凍える愛の終焉に ―さよなら、偽りのマリアージュ―   第296話

    「……黒田沙耶?」湊の眉間に、深い溝が刻まれた。心底から怪訝そうな色を隠そうともしない。「用件があるなら手短に言え」実のところ、湊は沙耶と数えるほどしか対面したことがなく、その声などまるで記憶に残っていなかった。おまけに喉に何か異物でも詰まっているのかと疑いたくなるような、不快極まりない鼻にかかった喋り方だ。誰が判別できるというのか。普段の湊であれば「仕事の件なら誠を通せ。俺に用があるなら秘書の山崎から面会予約を取れ」とだけ冷酷に言い捨て、一秒で通話を切断していたはずだった。しかし、ここ数日間の実花との甘やかな時間のおかげで、湊の機嫌は底抜けに良かった。それゆえ、この図々しい女にもほんのわずかな猶予を与えてしまったのだ。「湊さん!私、妊娠したの。あなたの子よ!」以前送った二度のメッセージと同じように無視されることを恐れた沙耶は、息を吐く間も惜しんで早口でまくし立てた。「あのね、前にもメッセージを入れたんだけど、お返事がなかったから……もしかしたら電波が悪くて届いてなかったのかと思って」――ああ、あの二件の迷惑メッセージの主はこいつだったか。「妊娠した?俺の子供を?――一体どの口が、それを俺の子だと言っているんだ?」湊は底冷えのする低い声で、感情の起伏を一切見せずに淡々と問い返した。だが、彼をよく知る者であれば、その不気味なほどの静けさの裏に、嵐のような凄まじい怒りが渦巻いているのがはっきりと分かるはずだ。運転席でハンドルを握っていた秘書の山崎は、思わずヒッと首をすくめた。今日という日の湊様は、この数年で一番と言っていいほど上機嫌だった。実花と異父兄妹などではなかったことも判明し、山崎は心の底から安堵して「これからは心置きなくお二人のイチャイチャを拝める!」と有頂天になっていたばかりだというのに。その社長を、たった二言三言でここまでブチ切れさせるとは――ある意味、この電話の主は恐ろしいまでの才能の持ち主だ。「え……湊さん、どういうこと……?」冷酷な反問を突きつけられ、沙耶は血の気が引くのを感じた。自分が何か勘違いをしている?それとも、ただ責任逃れのためにしらばっくれているだけ?遊び慣れた最低の男が、妊娠した女を突き放すときの常套句ではないか。女性を全く寄せ付けない孤高の男だと思っていたのに

  • 凍える愛の終焉に ―さよなら、偽りのマリアージュ―   第295話

    一刻を争う事態に、嘉乃は各地から腕利きの修復師を緊急招集し、厳格な守秘義務を結んだ上で特別修復チームを編成して対応に当たる手筈だそうだ。仕事の話題に触れた途端、実花の瞳はみるみるうちに澄んだ輝きを宿していく。自らが心血を注ぐ天職について語るその姿は、見惚れてしまうほどに凛々しく、眩しいほどの熱気を纏っていた。「私、どうしてもこの修復に参加したいの。――私のこと、応援してくれる?」「当たり前だ」湊は一片の迷いもなく頷いた。今日の実花の温もりと愛おしさに、湊の心は幾度となく満たされていた。今の湊なら、実花が夜空の星を欲しいとねだったとしても、迷わずその手で捥ぎ取って捧げただろう。だが――愛の幸福感にすっかり酔いしれていた湊は、ひとつの決定的に不自然な違和感を見落としていた。実花がわざわざ「応援してくれるか」と、許可を求めるように問いかけてきたことだ。実花がわざわざ「応援してくれるか」と、許可を求めるように問いかけてきたことだ。本来の実花であれば、自ら決めた道を誰に気兼ねすることなく真っ直ぐに進む性分であり、湊自身も彼女のキャリアを邪魔したことなど一度たりともなかったのだから。篠宮家の広大な本邸へ帰り着いた頃には、夜もすっかり更けていた。退院直後で静養が必要な守三は、医師の指示に従ってすでに自室へ下がって休んでいる。帰りの車内、実花は手元のスマートフォンを操作して、ある注文を完了させていた。その届け先は、他ならぬこの篠宮家の屋敷だ。「何を買ったんだ?俺が支払おうか」湊が珍しそうに画面を覗き込んできた。湊のような立場の男が自ら通信販売を利用することなどまずなく、必要な品があればすべて秘書の山崎に手配させているからだ。「このお屋敷に届くように手配したの。明日荷物が届いたら、私の代わりに受け取ってくれる?」実花はどこか悪戯っぽく微笑み、湊を見上げた。「湊への贈り物よ。他の誰の手も借りずに、必ずあなた自身で開けてね」「俺に……?」湊にとって、それはなんとも新鮮な響きだった。荷物を受け取ること自体はあるが、篠宮家の本流たるこの屋敷の門を、自分宛ての宅配便がくぐるなど前代未聞のことだ。「わかった。明日届いたら、必ず俺自身の手で受け取って、自分で封を開けるよ」どこか誇らしげにそう約束する湊の顔を、実花は

  • 凍える愛の終焉に ―さよなら、偽りのマリアージュ―   第2話

    場内は水を打ったような静寂に包まれた。和真の顔が瞬時に険しくなり、周囲の参列者たちは思わず息を呑む。言葉を失った凛は、目に涙を溜めていかにも「悲劇のヒロイン」といった体で震えていた。和真は結局、無言のまま焼香台へと進んだ。遺影の前に立つ彼の背筋はあくまで真っ直ぐだったが、どういうわけか、胸の奥が妙に締め付けられるような感覚に襲われていた。実花は最後まで、一度も彼の方を見ようとはしなかった。香炉に線香を立て、和真は振り返る。床に膝をつく実花の細い背中を見つめ、迷った末にようやく言葉を絞り出した。「実花……僕は、ここに残るよ」「和真くん……っ」その時、凛が不意に額を押さ

  • 凍える愛の終焉に ―さよなら、偽りのマリアージュ―   第1話

    斎場の中は、芯まで冷え切っていた。弔いの音楽が延々と繰り返され、香炉に落ちる灰の音さえ聞こえてきそうなほど、静寂が重くのしかかっている。瀬戸実花(せと みか)は父の遺影の前で膝をついていたが、とうに感覚は消え失せていた。指先を掌に強く食い込ませ、辛うじて自分を繋ぎ止めている。今ここで糸が切れたら、そのまま崩れ落ちてしまいそうだった。背後から、参列者たちのひそひそ話が刺すように届く。「和真さんはどうしたんだ?まだ姿を見せないが」「知らないのか?空港だよ。ニュースになってる」「空港?こんな時に、一体誰を迎えに行ってるんだ。今日は義理の父親の葬儀だぞ」「例の『忘れられない

  • 凍える愛の終焉に ―さよなら、偽りのマリアージュ―   第6話

    一見すると、妻を思いやる完璧な夫の台詞だ。だが、実花にはわかっていた。これは彼なりの、ちっぽけな罪悪感の清算に過ぎない。実花がいつものように「遠慮しておくわ」と物分かりよく断ることを、彼は最初から確信しているのだ。「ううん、せっかくだから行くわ」実花の返答に、和真は虚を突かれたように動きを止めた。「……え?今、なんて言った?」「行くと言ったの。体調ももう大丈夫だし、あなたの友人たちに挨拶しておくのもいいかと思って」実花は静かに微笑んだ。どうせ、彼らと顔を合わせる機会なんて、この先二度と訪れないのだから。翌日の夜。指定されたのは会員制のプライベートラウンジだった。開放的な

  • 凍える愛の終焉に ―さよなら、偽りのマリアージュ―   第5話

    「まだ起きていらしたんですか?」心配そうに顔を覗かせた佐藤さんに、実花は何か答えようとしたが、喉が焼けるように痛んで声にならない。かろうじて短く息を漏らすのが精一杯だった。近寄ってきた佐藤さんが実花の額に手を触れ、息を呑んだ。「なんて熱……!ひどい熱ですよ」「少し、雨に降られたから……」実花は力なく微笑んだ。「薬は、もう飲んだわ」「そんな場合じゃありません!こんなに熱くては大変なことになります」佐藤さんは慌ててスマートフォンを取り出した。「和真様に連絡します。すぐに戻ってきていただかないと」一度目のコール。誰も出ない。二度目のコール。やはり応答はなかった。「もう

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status