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第4話「閉ざされたダクトの底」

Author: ちばぢぃ
last update publish date: 2026-03-13 09:30:40

暗闇がシュウの全身を包み込んだ。金属の壁が冷たく、息をするたびに肺が縮こまるような圧迫感がある。ダクトの蓋が閉まった瞬間から、音が消えた。タクミの叫び声も、風の音も、何も聞こえない。ただ、自分の心臓の鼓動だけが、耳の奥で大きく響いている。

シュウは膝を抱えて座り込んだ。スマホの画面を点灯させる。電波は圏外。バッテリー残量は六十二パーセント。ライトを最大にしても、狭い筒の先は五メートル先で闇に飲み込まれている。

(落ち着け。パニックになったら終わりだ)

指先で壁を叩く。コンコン、という乾いた音が返ってくる。厚さはわからないが、少なくとも手で壊せるものではない。

シュウはポケットから事件ノートを取り出した。暗闇の中でページをめくる感触だけが、唯一の現実味だった。指で文字をなぞる。

『管理人の声。お父さんのプロジェクトを知っている』

あの言葉が、頭の中で繰り返される。父の顔はもうぼんやりとしか思い出せない。事故で亡くなってから七年。残っているのは、母が時々見せる古い写真と、父が残した一冊の古い手帳だけだ。

シュウ「……お父さん」

独り言が、金属に反響して自分に返ってくる。妙に寂しい響きだった。

突然、ダクトの奥から、低い振動が伝わってきた。何かが、ゆっくりと近づいてくる。金属が擦れる音。ギギギ、という不快な軋み。

シュウは体を硬直させた。ライトを奥に向ける。闇の中に、ゆっくりと浮かび上がるものがある。

人形だった。昨日屋上に置かれていたのと同じ、泣き顔の人形。だが今度は、目が開いている。黒いガラス玉のような瞳が、ライトを反射して赤く光る。

人形は、ダクトの壁を這うように近づいてくる。関節が不自然に曲がり、首がぐるりと回る。

人形「……シュウくん」

声は、管理人のものと同じ低さだった。だが、喉の奥から絞り出されるような、湿った響きがある。

シュウ「…仕掛けだな」

人形の口がカクカクと動く。

人形「違うよ。本物だよ。ここに、ずっと閉じ込められてる子がいるんだ」

シュウは後ずさった。背中が壁に当たる。もう逃げ場がない。

人形「佐々木くんも、ここにいたよ。泣いてた。助けてって、ずっと」

人形の指が、ゆっくりと伸びてくる。プラスチックのはずなのに、指先が柔らかく見える。皮膚のように。

シュウは息を殺した。ライトを人形の顔に固定する。瞳の奥に、何かが見えた。小さなレンズ。カメラだ。

(監視されてる……)

その瞬間、人形の体がガクンと崩れた。糸が切れたように、四肢がだらりと落ちる。

同時に、ダクトの天井から、細いワイヤーが降りてきた。ワイヤーの先端に、小さなフック。フックには、紙が結ばれている。

シュウは震える手で紙を取った。

そこには、赤いインクで書かれていた。

『出口は、君の選択次第。右に進むか、左に進むか。片方は自由。片方は、永遠の闇』

シュウは紙を握りつぶした。怒りが、胸の奥から湧き上がる。

シュウ「ふざけるな……」

ダクトの両側に、細い分岐が見える。右と左。どちらも同じくらい暗い。

(右か、左か……)

直感で、右を選んだ。理由はない。ただ、左の闇が、妙に重く感じたからだ。

這い進む。膝が擦れて痛い。埃が喉に絡む。どれだけ進んだかわからない。時間感覚が狂っている。

やがて、前方に光が見えた。弱い、青白い光。

シュウは最後の力を振り絞って、そこへ向かった。

光の元は、ダクトの出口だった。格子が外され、外の空気が流れ込んでいる。屋上の非常階段の踊り場らしい。

シュウは体を滑り出させ、コンクリートの床に倒れ込んだ。息が荒い。全身が汗でびっしょりだ。

タクミが、階段を駆け下りてくる音が聞こえた。

タクミ「シュウ!」

タクミの顔が、視界に入る。息を切らし、目が赤くなっている。

タクミ「お前……無事かよ! 蓋が閉まってから、ずっと叩いてたんだぞ!」

シュウはゆっくりと起き上がった。喉が渇いている。

シュウ「……ありがとう。タクミ」

タクミはシュウの肩を強く掴んだ。力が強すぎて、痛い。

タクミ「二度と、一人で突っ走るなよ。約束だ」

シュウは小さく頷いた。

その時、非常階段の下から、足音が聞こえた。ゆっくりとした、規則正しい足音。

誰かが、上ってくる。

タクミが身構えた。

タクミ「誰だ!」

足音が止まった。影が、階段の曲がり角から現れる。

カナエだった。制服のスカートに、桜の花びらが付いている。表情は硬い。

カナエ「……やっぱり、ここにいたんだ」

シュウ「カナエ、どうして」

カナエはスマホを差し出した。画面には、メッセージアプリが開かれている。

カナエ「知らない番号から、写真が送られてきたの。シュウがダクトに入る瞬間と……『助けに行け』って」

タクミ「また管理人か……」

カナエは目を伏せた。

カナエ「私、テニス部の見学に行ってたんだけど……なんか、胸騒ぎがして。星見キッズのこと、忘れてなかったみたい」

シュウは立ち上がった。体が震えているが、目はもう冷静だった。

シュウ「ありがとう、カナエ。……これで、三人になったな」

カナエは小さく微笑んだ。だが、その笑みはどこか寂しげだった。

カナエ「でも、まだ終わってないよね。次は……誰が消えるんだろう」

夕陽が完全に落ち、夜の闇が校舎を覆い始めた。非常階段の照明が、ぼんやりと三人を照らす。

どこか遠くから、また泣き声が聞こえてきた。今度は、三人ともがはっきりと聞いた。

泣き声「……次は、私の番……」

声は、風に混じって消えていった。

シュウは拳を握った。

シュウ「絶対に、解いてやる」

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