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第3話「端の教室の残響」

Author: ちばぢぃ
last update Petsa ng paglalathala: 2026-03-12 20:30:54

夕陽が新校舎のガラス壁を血のように赤く染めていた。

シュウは佐々木くんの名札を握りしめたまま、教室の中央に立っていた。空気が重く、埃の匂いが鼻を突く。使われていないはずの部屋なのに、床に薄い足跡がいくつも残っている。誰かが、ここで何度も行き来していた証拠だ。

タクミがドアを背に立ち、息を潜めて周囲を見回した。二人は肩の位置がほぼ同じくらいで、並ぶと影が一つに重なるように見える。タクミの息が少し乱れているのは、階段を駆け上がったせいだけではない。

タクミ「…また泣き声がする」

かすかな嗚咽が、壁の向こうからではなく、すぐ耳元で響いているように感じる。スピーカーではない。もっと生々しい、喉の奥から絞り出されるような音。

シュウはゆっくりと名札をポケットにしまい、黒板に近づいた。

『ここにいたよ』というチョークの文字の下に、新しく追加された一文がある。まだ乾いていない白い粉が、指先に触れるとべっとりと付着した。

『君も、すぐにここにいる』

シュウ「…挑発がエスカレートしてる」

タクミ「佐々木は本当にここにいたのか? それとも…」

言葉を飲み込んだ瞬間、教室の奥、教壇の影から何かが動いた。

小さな影。人間の子供くらいの大きさだが、輪郭がぼやけている。夕陽の逆光で、黒いシルエットしか見えない。

タクミ「…!」

シュウがタクミの腕を掴んで引き寄せた。二人は同時に後ずさる。

影はゆっくりと教壇の上に這い上がった。頭部が不自然に傾き、首が奇妙な角度で曲がっている。泣き声が、そこから直接発せられているようだった。

泣き声「……見つけた……」

声は女の子のもので、幼い。だが、言葉の端に混じる歪んだエコーが、人間離れしている。

シュウはメガネの奥で目を細めた。冷静に観察する。

影の足元に、落ちているものがある。佐々木くんのものと思われる、くしゃくしゃになったハンカチ。血のような赤い染みが付いているが、乾いていて古そうだ。

タクミ「シュウ、あれ……血?」

シュウ「違う。絵の具だ。赤い絵の具」

影が首をカクンと折るように動かし、二人の方を向いた。顔の部分に、目も鼻もない。ただの黒い穴がぽっかりと開いている。

影「……一緒に、遊ぼうよ」

タクミの喉がゴクリと鳴った。

タクミ「ふざけんな……!」

タクミが一歩踏み出そうとした瞬間、影が消えた。煙のように溶けるように、教壇の上から跡形もなく。

同時に、教室の電気が一瞬だけ落ち、すぐに復旧した。

残ったのは、教壇に新しく書かれたチョークの文字だけ。

『第3のヒント。屋上の換気口の下を、よく見て』

シュウは深く息を吐いた。心臓の鼓動が、耳の中で鳴っている。

シュウ「…行こう。屋上だ」

タクミ「待てよ。あの影、何だったんだ? トリックか?」

シュウ「トリックだ。でも、ただの仕掛けじゃない。心理的な圧力もかけてきてる」

二人は教室を出て、階段を駆け上がった。足音がコンクリートの廊下に反響し、まるで誰かが後ろからついてくるように聞こえる。

屋上のドアは、昨日と同じく鍵がかかっていない。風が吹き抜け、桜の花びらが渦を巻いて舞い上がる。

換気口の下。昨日置かれていた人形はなくなっていた。その代わりに、地面に四角く切り取られたような穴が開いている。金属の蓋が外され、中が覗ける。

シュウが膝をついて覗き込んだ。

暗いダクトの奥に、何かが光っている。小さなLEDライトのような、赤い点滅。

タクミ「…落とすのか?」

シュウ「いや。降りる」

タクミ「は? マジで?」

シュウはすでに上着を脱ぎ、袖をまくっていた。細い体が、ダクトの入り口にちょうど収まるサイズだ。

シュウ「俺が入る。お前はここで待機。スマホのライトで照らしてくれ」

タクミ「危ねえよ! もし閉じ込められたら…」

シュウ「閉じ込められたら、お前が助けに来い。それが、俺たちのルールだろ」

タクミは一瞬黙り、それから苦笑した。

タクミ「…分かった。行けよ、名探偵」

シュウは体を滑り込ませた。冷たい金属の壁が、肌に触れる。狭い。息苦しい。だが、進むしかない。

ダクトの中は埃っぽく、かすかな機械油の匂いがした。赤い光は、十メートルほど先で点滅している。

這い進むたび、泣き声が近づいてくる。いや、響いている。ダクト全体が、共鳴しているように。

シュウ「……誰だ」

声に出して問いかけた。返事はない。ただ、泣き声が少しだけ大きくなった。

ようやく、光の元にたどり着いた。

小さな箱。黒いプラスチックのケース。中に、古い携帯電話が入っている。画面が赤く光り、着信が来ている。

発信者:不明

シュウは息を殺して、受話ボタンを押した。

管理人の声「よく来たね、シュウくん」

声は穏やかで、どこか親しげだ。初めて名前を呼ばれた。

シュウ「…佐々木はどこだ」

管理人の声「もう少し優しくしてくれてもいいのに。君のお父さんみたいに、冷静でいてほしいな」

シュウの指が、電話を握る力が増した。

シュウ「お父さんを知ってるのか」

管理人の声「もちろん。昔、よく一緒に仕事をしたよ。あのプロジェクト……覚えてるかい?」

シュウの瞳が、暗闇の中で鋭く光った。

管理人の声「佐々木くんは、まだ生きてる。でも、君が次の謎を解かなければ……泣き声が、本物になるかもしれない」

電話が切れた。

同時に、ダクトの奥から、低い機械音が響き始めた。何かが、ゆっくりと閉じていく音。

シュウは急いで後ずさった。だが、すでに遅い。後ろの蓋が、カチリと音を立てて閉まった。

暗闇が、完全に訪れた。

タクミの叫び声が、遠くから聞こえてくる。

タクミ「シュウ! おい、返事しろ!」

シュウは目を閉じ、深呼吸した。

シュウ(…まだ、終わってない)

暗闇の中で、手帳を握りしめる。ページをめくる音だけが、静かに響いた。

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