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第 2 話

作者: イケイチ
次に目を覚ました時、私は病院のベッドの上にいた。大病をしたあとみたいに、全身に力が入らない。ベッドのそばには、昨日と同じ服を着た怜司が座っている。顔色は悪く、ひどくやつれている。

私が目を開けたことに気づくと、怜司は水を含ませたガーゼで、乾いた唇を少しずつ湿らせた。

「ごめん、澪。君を置いて、あいつらと飲みに行くべきじゃなかった」

掠れた声にも、顔にも、後悔の色が滲んでいた。それでも、私に触れる仕草だけは相変わらず優しかった。

昨夜は楽しかった?

そう訊こうとして口を開いた。けれど喉が張りついたように動かず、出てきたのは掠れた音だけだった。

怜司は慌てて水を替え、温度を確かめてから、コップを口元へ差し出した。

「喉、痛む?」

顔を背けた。その瞬間、また涙がこぼれた。

怜司は昔から、こういう優しさで少しずつ私を縛ってきた。なのに、本気で心を預けた先にあったのは、不誠実な仕打ちと裏切りだけだった。

裏切りだけは無理だと、最初から言っていたのに。

コップを置くと、怜司はひどく慌てた様子で私の涙を拭った。

「ごめん。泣かないでくれ。澪が望むなら、どんなふうに償ってもいい」

私が何かを言う前に、彼のスマホが鳴った。

何気なく画面に目を落とした瞬間、怜司の表情がこわばった。

「下で果物とかを買ってくる。少し横になっていて。無理に動かないで」

そう言って、私の額に軽く唇を落とすと、逃げるように病室を出ていった。

胸の奥に嫌な予感が広がった。

ふらつく足でベッドから降り、壁に手をつきながら病室を出た。エレベーターの前で、怜司が女の腕を掴み、必死に何かを言い聞かせている。

昨夜、バーで怜司とキスをしていた女だ。

廊下の角に身を隠し、二人の様子を黙って見ている。怜司は、病室の方へ来ようとする女を遮り、近づかせまいとしている。

しばらく押し問答が続いたあと、怜司が何かを言うと、女はようやく落ち着いたらしく、小指を差し出した。

指切りだ、とすぐにわかった。

少し迷ってから、怜司もその小指に自分の小指を絡めた。女は満足そうに笑い、背伸びをして彼の頬に口づけた。

すぐそこで二人が触れ合った瞬間、こめかみの奥が細かく脈打つように痛み始めた。視界が揺れ、輪郭が二重に滲んだ。

思わず頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。

頭が痛い。胸も痛い。

息を吸うたび、心臓の奥を細い針で刺されるようだった。額から汗が滲み、痛みはしばらく波のように続いた。

けれど限界まで膨れ上がったあと、その痛みはふっと途切れた。

あまりにも唐突に、すべてが静かになった。

ゆっくりと目を開けると、頬にはまだ涙の跡が濡れていた。自分が泣いていたことに、なぜか少し驚いた。

少し離れたところで、女が怜司の腕にしがみつき、何かをねだるように見上げている。その光景を見ても、胸のうちは少しも波立たなかった。

おかしい、と思った。

女をなだめて帰らせた怜司は、そのまま階下へ向かった。私のために、果物か何かを買いに行ったのだろう。

病室へ戻り、ベッドに腰を下ろした。

胸に手を当てて、怜司と過ごした日々をひとつずつ思い返してみた。以前なら、それだけで胸が温かくなった。幸せで、甘くて、どうしようもなく満たされていた。

けれど今は違う。心臓は静かに、規則正しく動いている。ただそれだけで、何も感じなかった。

その時、スマホが鳴った。画面に表示されていたのは、浩介の名前だ。通話ボタンを押すと、懐かしい声が耳に届いた。

「澪、昨日、桐谷と婚約したんだって?」

その声には、隠しきれない苦しさと、かすかな掠れが混じっている。

以前、浩介がほかの女に心を傾けたことがあった。

それを知った時、迷わず別れを選んだ。私の前で土下座され、何度も許してほしいとすがられた。周りの友人にまで、今回だけは許してあげなよ、と言われた。

「ただ連絡を取ってただけでしょ。実際に浮気したわけじゃないんだから」

それでも、私は力なく笑って首を横に振った。

「今回だけ許せば終わりじゃない。思い出すたびに、また許さなきゃいけなくなる」

喉の奥に小骨が刺さったような痛みを、ずっと抱えていくことはできない。

それに、気持ちがもう別の女に向いていたのなら、身体がついていくのも時間の問題だったはずだ。ただ、私が早く気づいただけ。

ベッドの上で身を起こし、ぼんやりと答えた。

「そう。私、結婚するの」

受話口の向こうで、浩介が息をのむ気配がした。けれど次に聞こえた声は、思いがけないほど弾んでいる。

「澪……やっと、俺と話してくれる気になったんだな」

私は少し黙ってから、通話を切った。

やはり間違いない。怜司のことを思い浮かべても、胸はもう痛まなかった。

だったら、一生忘れられない別れにしてやる。

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