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団欒しても過去に戻れない

団欒しても過去に戻れない

By:  匿名Completed
Language: Japanese
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三井瑠火(みつい るか)は、自分を死ぬほど愛してくれた佐川幸祈(さがわ たつき)が、産後の静養中に浮気するなんて夢にも思わなかった。 子どもが目を開けて彼女に向かって笑ったのを見つけたとき、瑠火は胸いっぱいの期待を抱き、子どもを抱えながら、この喜びを幸祈と分かち合おうと会いに行った。 しかし馴染みのVIPルームに着き、ドアノブに手をかけた瞬間、中から親密で艶めいた声が聞こえてきた。 「幸祈さん、気持ちいい?」 「お尻をもう少し上げて」

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Chapter 1

第1話

三井瑠火(みつい るか)は、自分を死ぬほど愛してくれた彼が、産後の静養中に浮気するなんて夢にも思わなかった。

子どもが目を開けて彼女に向かって笑ったのを見つけたとき、瑠火は胸いっぱいの期待を抱き、子どもを抱えながら、この喜びを佐川幸祈(さがわ たつき)と分かち合おうと会いに行った。

しかし馴染みのVIPルームに着き、ドアノブに手をかけた瞬間、中から親密で艶めいた声が聞こえてきた。

「幸祈さん、気持ちいい?」

「お尻をもう少し上げて」

この聞き慣れた声に瑠火はその場で固まり、ドアノブに置いた手が小さく震えた。

幸祈はどうしてこんなことができるの?

私はまだ産後間もないというのに!

「幸祈、この女、悪くないだろ?もっといい子も紹介できるよ。夜に段取りしてやるから!」

聞き覚えのある男の声がした。

瑠火は目を見開いた。それが幸祈の親友の声だとすぐわかったからだ。

まさか彼らがこんな派手な遊び方をしていたとは?

「今夜は瑠火の世話をしなきゃいけないから行かないよ」

「あーあ、瑠火さんは産後なんだし、もうたくさんの人を付けてあるんだろ?毎日付きっきりなんていらないって。たまにはリラックスしろよ。

言っとくけど、今夜は新しい子たちが来るんだ。誰にも触られてないぞ。

幸祈は前から瑠火さんを愛しすぎなんだよ。全然遊びに出てこないし。瑠火さんが出産しなかったら、いつ外に出てくることやら」

瑠火は涙を目にため、口を押さえながら震えている。

彼女が腕の中の子どもを見ると、パチパチと瞬きをしながらとてもお利口に彼女を見つめている。

その次の瞬間、幸祈の低くかすれた声が耳に届いた。

「瑠火が眠ったら出るよ。あとは瑠火を家に連れて帰ったら、俺を探すなよ。俺が彼女と一緒になるため、どれだけ大変だったか、お前も分かってるだろ。

この人生で、妻として認めるのは彼女だけだ」

「はいはい、もうお前には敵わないよ」

瑠火は呆然としたまま、子どもを抱いて部屋に戻った。そして、ベッドに座り込んで、頭の中が真っ白になった。

子どもの声で、ようやく彼女の意識は少しずつ戻ってきた。

そして次の瞬間、涙が堰を切ったように溢れ出した。

彼女と幸祈が一緒になるのは確かに容易ではなかった。

幸祈が告白してきたあの年、彼女と母はちょうどDV男の父から逃げ出したばかりだったが、暴力は終わらなかった。愚かな母も何度も父を信じてしまったのだ。

瑠火は幸祈が裕福で、周りに美しい女性が絶えないことを知っていた。

恋愛や結婚に怯えていた彼女は、彼の告白をきっぱりと断った。

しかし幸祈は諦めず、紳士的で決して迷惑をかけず、手助けも陰でそっと行うだけだった。

そんな日々が一年ほど続いた。

瑠火がそろそろ彼も諦めるだろうと思っていた頃、彼女の母が愚かにも住所を漏らし、酒に酔って狂った父が包丁を持って押しかけてきた。

彼女の母も異変に気づき、父に彼女を放してくれと懇願した。

だが、父が言うことなど聞くはずもない。

返って暴力をエスカレートさせるだけだった。

瑠火は必死に冷静を装いながら警察を呼び、それが父を激怒させた。

その瞬間、幸祈が現れ、彼女を守るために父と取っ組み合いになり、刺されてしまった。

幸い、警察が間に合って、父を連行した。張り詰めていた瑠火はついに泣き出した。

幸祈は汚れていない方の手でそっと彼女の顔に触れ、微笑みながら慰めた。

「俺がお前を守れないと思ってるんだろ?ほら、ちゃんと守れたんだろ」

その時、彼女は血まみれの幸祈を抱きしめ、彼とだけこの人生を歩んでいきたいと心の中で思った。

だが現実は、そんな彼女を無情に裏切った。

瑠火は涙を拭い、腕の中で自分の指を楽しそうにいじっている娘を見つめた。

彼女は身をかがめて愛らしい娘の額にそっとキスを落とした。

「いい子ね、ママと一緒にここを出ましょう」

彼女はスマホを取り出し、ある番号を押した。

「大村(おおむら)さん、離婚協議書を作ってください」

そのあとすぐ、以前オファーをくれた海外企業にメールを返信した。

瑠火はかなり前から海外の大企業数社からオファーを受け取っていたが、幸祈が彼女に離れてほしくないと言うので残っていたのだ。

離婚手続きに一ヶ月かかることは分かっていた。彼女は航空券を予約し、その一ヶ月のあいだに必要なことをすべて片づけるつもりでいた。

あの日の幸祈がもう存在しないのなら、彼女ももう愛さない。
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ノンスケ
ノンスケ
奥さんの産前産後のデリケートな時期に、複数の女性を相手に遊んでたって知ったら、当然奥さんは怒るだろ。愛してるから離れたくないってどの口で言うかって感じ。全部クズ夫のせい。しかも姑の根性の悪さ。別れてからの関係の方がいいなんて、ある意味皮肉だけどそれも子どものためにはいいのかもね。
2025-12-05 16:14:33
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松坂 美枝
松坂 美枝
下半身男の更生物語でもあったかな 間女も改心した 義母だよ義母。いい夫を持ちながら… 今後どうなるかわからないけど、良い未来が待ってるね
2025-12-05 09:49:17
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第1話
三井瑠火(みつい るか)は、自分を死ぬほど愛してくれた彼が、産後の静養中に浮気するなんて夢にも思わなかった。子どもが目を開けて彼女に向かって笑ったのを見つけたとき、瑠火は胸いっぱいの期待を抱き、子どもを抱えながら、この喜びを佐川幸祈(さがわ たつき)と分かち合おうと会いに行った。しかし馴染みのVIPルームに着き、ドアノブに手をかけた瞬間、中から親密で艶めいた声が聞こえてきた。「幸祈さん、気持ちいい?」「お尻をもう少し上げて」この聞き慣れた声に瑠火はその場で固まり、ドアノブに置いた手が小さく震えた。幸祈はどうしてこんなことができるの?私はまだ産後間もないというのに!「幸祈、この女、悪くないだろ?もっといい子も紹介できるよ。夜に段取りしてやるから!」聞き覚えのある男の声がした。瑠火は目を見開いた。それが幸祈の親友の声だとすぐわかったからだ。まさか彼らがこんな派手な遊び方をしていたとは?「今夜は瑠火の世話をしなきゃいけないから行かないよ」「あーあ、瑠火さんは産後なんだし、もうたくさんの人を付けてあるんだろ?毎日付きっきりなんていらないって。たまにはリラックスしろよ。言っとくけど、今夜は新しい子たちが来るんだ。誰にも触られてないぞ。幸祈は前から瑠火さんを愛しすぎなんだよ。全然遊びに出てこないし。瑠火さんが出産しなかったら、いつ外に出てくることやら」瑠火は涙を目にため、口を押さえながら震えている。彼女が腕の中の子どもを見ると、パチパチと瞬きをしながらとてもお利口に彼女を見つめている。その次の瞬間、幸祈の低くかすれた声が耳に届いた。「瑠火が眠ったら出るよ。あとは瑠火を家に連れて帰ったら、俺を探すなよ。俺が彼女と一緒になるため、どれだけ大変だったか、お前も分かってるだろ。この人生で、妻として認めるのは彼女だけだ」「はいはい、もうお前には敵わないよ」瑠火は呆然としたまま、子どもを抱いて部屋に戻った。そして、ベッドに座り込んで、頭の中が真っ白になった。子どもの声で、ようやく彼女の意識は少しずつ戻ってきた。そして次の瞬間、涙が堰を切ったように溢れ出した。彼女と幸祈が一緒になるのは確かに容易ではなかった。幸祈が告白してきたあの年、彼女と母はちょうどDV男の父から逃げ出したばかりだったが
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第2話
部屋のドアが開いた。幸祈は、涙を浮かべながら娘をあやしている彼女を見ると、途端に緊張した。「どうした?どこか具合悪い?すぐに医者を呼ぶよ」「違うの、団子(だんこ)がこんなにお利口で可愛いから、嬉しくなっただけ」瑠火は首を振り、彼の瞳に浮かぶ心配を見て胸が痛んだ。どうして彼はこんなに演技が上手いんだろう?ついさっき浮気していたくせに、どうしてこんなに自分を心配している顔ができるのだろう?口では「愛してる。お前じゃなきゃダメだ。お前なしでは生きていけない」と言いながら、実際には他の女を抱いていた。「どうして団子を抱いてきたの?ほら、俺に貸して。疲れるだろ」幸祈は娘を受け取り、横であやし始めた。瑠火がその手慣れた動きを見つめると、妊娠中に彼がわざわざ育児の勉強をしていたことを思い出した。団子は彼の腕の中で笑い声を上げていた。そんな光景を彼女は何度も思い描いていた。だが今目にしているのは、ただの皮肉だった。「ほら、団子、すごく可愛く笑ってるぞ。きっと将来は明るい子になるなあ。栄養食を用意させたよ。団子をベビールームに連れていくから、お前は先に食べて。団子が寝たら、また足をマッサージしてあげる」彼は手慣れた様子でドアを開け、団子をベビールームに連れて行った。それは、夜に彼女の眠りを邪魔しないためだ。栄養食はすぐに届けられた。団子を寝かしつけたあと、幸祈は戻ってきた。たとえ、世話係がたくさんいても、彼は常に自分でやろうとし、わからないことは学んでいた。それは彼がかつて言っていたからだ。「うちの瑠火は他人に触られるのが嫌いだろ。俺が覚えれば、辛い思いをさせずに済む」栄養食を口にする瑠火を前に、彼はベッドの端に座り、慎重に彼女の脚を揉んだ。「ここ数日、少しは楽になった?まだ痙攣したりする?本当に大変だよな」「もう大丈夫」瑠火はスープを飲んで首を振った。食後、幸祈はボディクリームを塗ったりマッサージをしたりして、とにかく細やかに世話を続けた。瑠火は思った。あの言葉は嘘だったのか?自分が聞き間違えたのか?幸祈はこんなにも自分を愛してくれているのに、本当にそんなことをするだろうか?突然、幸祈のスマホが震えた。瑠火はこっそり彼を見たが、彼はボディクリームを塗るのに集中していてスマ
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第3話
翌朝、瑠火は、外の騒がしい声に起こされた。「つまりこんなに騒いでたのに、生まれたのは女の子だけ?」幸祈の母である佐川裕子(さがわ ゆうこ)の声は刺々しく鋭かった。「母さん、言い方に気をつけて。それは瑠火が十ヶ月お腹で育てて産んだ子だ。男の子でも女の子でも、俺たちの宝だよ」「佐川家にはあなた一人しか跡継ぎがいないのよ。女の子産んでどうするの?あんな家柄の子、最初から気に入らなかったんだから!」「いい加減にしてください!そんなに瑠火が嫌なら、俺たちは二度と佐川家には戻らないぞ!」廊下は急に静かになった。瑠火は天井をぼんやり見つめながら、感情が麻痺したように横たわっている。この結婚は、佐川家にずっと反対されてきた。特に裕子は瑠火を激しく嫌っていた。だから、団子が佐川家に行けばどう扱われるか、彼女には分かりきっている。彼女自身は辛い思いに耐えられても、団子には絶対に同じ思いをさせられない。一通り身支度を整えた後、彼女は団子を連れて家に戻ることを決めた。ついでに幸祈が贈ってくれたアクセサリーも整理して売却するつもりだ。彼女は愚かではない。子どもを育てるには多額のお金が必要だ。どれだけ能力があっても、一人で育てるのは大変なのだ。だからこそ、それらを全部お金に換える必要があった。幸祈が会社に戻った隙に、瑠火はアクセサリーを友人に託して売ってもらった。何点かはその友人が気に入り、直接受け取りに来た。ちょうどその時、幸祈が帰ってきた。「瑠火、そのネックレス、すごく気に入ってたんじゃないか?」「もう好きじゃなくなったの」瑠火は淡々と答えた。幸祈は気にした様子もなかった。「好きじゃないなら新しいのを買おう。俺の瑠火は一番いいものだけ持ってればいいんだ」「一番いいものって何?」瑠火は突然たずねた。「お前にあげるものは全部一番いいものだよ」「じゃあ、もっといいものが出てきたら?」「買うさ」「つまり、もっといい人が現れたら、その時は替えてしまえばいいってこと?」瑠火はくすりと笑い、まるで冗談のように、最も胸を痛めさせる事実を口にした。幸祈の体がびくりと震え、彼女を抱く腕に力が入った。「何言ってるんだよ。俺にはお前しかいない。お前が一番なんだ。瑠火がいないと駄目なんだ」
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第4話
「瑠火、お前が想像もできないものを用意したんだ!」幸祈は瑠火の表情の変化に全く気づかず、鮎美が持ってきた箱を受け取って瑠火の前に置いた。「これは世界に一本だけのアメジストのネックレス、真の愛っていうんだ。俺のお前への愛と同じだよ」ネックレスは独特の光を放ち、まるで主役がこれだと言わんばかりだ。「そうなんですよ。このネックレスはとても高価です。社長、本当に心がこもってますね」隣で鮎美が合わせるように言った。幸祈はネックレスを取り上げ、丁寧に彼女の首にかけた。その姿に見惚れたように言った。「瑠火、本当に綺麗だ。このネックレスはお前にしか似合わない」瑠火はそのネックレスに触れた。冷たくて、何の感情もなかった。そのとき、二階から娘の泣き声が聞こえ、皆がそちらを見た。幸祈が二階へ行こうとした瞬間、瑠火は彼の手をつかんだ。「団子はお腹すいたんだと思う。私が行くわ」幸祈は彼女の額にキスを落とした。「いつもありがとう。お疲れ様」瑠火は二階へ行き、赤ん坊をあやした。あやし終えて、瑠火が水を飲みに階下へ向かった時、階段の角から声が聞こえた。彼女はそっと近づいた。一瞬のうちに、彼女は力が抜けたかのように壁にもたれ、目の前の光景を虚ろな表情で見つめた。階段の角には、服をきちんと着たままの幸祈が、鮎美を抱きしめながら密着している。鮎美の黒ストッキングの足は宙で揺れ、胸元のボタンは幸祈の手で外された。「幸祈さん、あとで奥様に聞かれたらどうしますか?」「団子はそんなに早く寝ない」「やっぱり私の身体のほうが好きなんでしょ?知ってますよ。奥様は乳臭い匂いがしますし、私のほうが体型もいいんでしょ?」幸祈は必死に腰を動かしながら、その問いに答えようともしなかった。「今日は中に出してもいいですよ」「ふん、瑠火と一緒にするな。お前はただ、彼女より少し淫らなだけだ」そんな卑猥で下品な言葉を、二人は何の遠慮もなく吐き続け、動きはどんどん激しくなっていった。瑠火はそれを見ていられず、ゆっくりと顔を背け、その場から逃げるように団子の部屋へ戻った。彼女は団子のベッドのそばに膝をつき、眠っている団子を見つめながら、崩れ落ちそうなほど泣いた。瑠火は幸祈を諦める覚悟はできていたと思っていた。彼がどれだけ酷いことを
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第5話
幸祈の出張は、瑠火にとってすべてを片付けるための完璧な猶予を与えてくれた。彼女は屋根裏部屋に座り、目の前にはいくつもの大きな箱が並んでいる。他のものを整理するのには数時間しかかからなかったが、この大きな箱たちに手をつけるまでには二日間も迷った。これらはすべて、幸祈が彼女に贈った物だ。大学時代から今まで、一度も途切れたことがなかった。瑠火は手作りが好きで、幸祈はいつも隣で付き合い、二人で静かに一日中作業することもあった。幸祈は毎回、彼女に才能があると褒めてくれた。「瑠火が作ったものは、全部額に入れて飾るよ」それは当時、幸祈が口にした言葉で、瑠火は今でもはっきり覚えている。実際に幸祈はそうしていた。ぬいぐるみや風鈴、手紙、二人で折った折り鶴や星飾りなどをまとめて額に入れ、大切に飾った。もちろん高価な物もたくさんあったが、それらはすべて彼女が売ってしまった。瑠火はそれらに囲まれて座り、涙がそのまま零れ落ちるのを止めなかった。どうしてあの頃、一生愛すると言った幸祈が、突然変わってしまったのだろう?これはたしかに、彼がかつて愛してくれた証拠だ。彼女は一通のラブレターを手に取る。上の文字は初々しく、なんとも可愛らしい。二十歳そこそこの男は、恋人を喜ばせようと、そのラブレターを何度も丁寧に書き直していた。瑠火は深呼吸すると、涙を拭き、最後にそれらをすべて箱の中へ入れた。そして人に頼んで、その箱を裏庭の空き地へ運ばせた。彼女は空の油缶を一つ持ってくると、「自分の青春」に火をつけ、それを中へ落とした。瑠火は思った。自分が愛したのは二十歳の幸祈だ。あの頃の幸祈は純粋で眩しかった。これらはその幸祈がくれたものだ。その幸祈がもういないのなら、物も残す必要はない。突然帰ってきた幸祈は、大切な物を失ったように焦り、裏庭の瑠火を見つけた。「瑠火、どうして俺があげた『真の愛』を売ったの?」燃え盛る油缶を見て、彼はその場で固まった。「何してるんだ?」瑠火は少し驚いた。幸祈がこんなに早く気づくとは思わなかったが、彼女はまったく気まずさを感じていなかった。「要らない物を燃やしてるだけ。ネックレスは、私がもう好きじゃないから」幸祈の目が一瞬で赤くなり、駆け寄って彼女を抱きしめた。「好きじゃないなら言
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第6話
瑠火の最近の異変に気づいたのか、幸祈はここ数日家に留まり、瑠火と団子のそばにいた。まるで全身全霊で夫と父を演じているかのようだった。「はい、赴任できます」瑠火は自分の計画表を見ながら、海外の相手に返信した。「私には新しい身分が必要です。月末の航空券ですから、できるだけ早くお願いします」「何の航空券?」突然ドアが開いた。幸祈が栄養スープを持って、ゆっくり歩み寄ってきた。彼はカレンダーの二十九日に引かれた丸を見て、眉をわずかに寄せた。「あの遠い親戚の従妹が留学に行くでしょう?今月末で、彼女のチケットを取ってあげたの」瑠火は全くスキを見せずに話した。それを聞くと、幸祈は安心し、そのまま彼女に栄養スープを食べさせた。すぐに、彼のスマホが鳴った。メッセージをちらっと読んだ幸祈は、数秒間立ち止まり、お碗を置いた。「瑠火、ちょっとメッセージ読むね」瑠火は静かに栄養スープを口に運び、幸祈の目に欲望が濃くなっていくのを見ている。次の瞬間、二人の視線がぶつかると、幸祈の心臓が一拍遅れたように見えた。「瑠火……」「会社の用事?ここ数日行ってなかったでしょう。行ってきていいわよ」その言葉を聞いた瞬間、幸祈の目が輝いた。「瑠火は本当に気が利くね。夜は残業になるかもだから、待たなくていいよ」「わかった」瑠火は自分の感情を言葉にできず、どこか麻痺しているように感じた。幸祈は着替えて出かけていった。瑠火はただ静かに彼の後ろをついて行った。そして、彼が待ちきれない様子で鍵を取り出し、車を出すのを見つめている。彼を尾行するのが瑠火の目的ではなかった。おそらく、心の奥に残る最後の執着が、彼女に確かめさせたかったのだろう。この嘘ばかりつく男が、一度でも約束を守るだろうか。車は郊外の別荘へ入っていった。中は明々と灯りがついている。瑠火の目の前で、幸祈は小柄な女を抱き上げ、家の中へ入っていった。もしかすると、しばらくそういうことから遠ざかっていたせいで、二人は歩きながら絡み合っていた。その女を瑠火は知らない。知りたいとも思わない。彼女は自嘲気味に笑い、自分が滑稽に思えてきた。その瞬間、スマホが二度震えた。見知らぬ番号から動画が届いた。続いて一つのメッセージだ。【自分が唯一だなんて
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第7話
その日以来、瑠火はひどい病に倒れた。幸祈はあちこち走り回り、数日で見る影もなく痩せてしまった。知らない人が見れば、病人は彼だと思うほどだった。「瑠火、早く元気になってくれ」幸祈は瑠火のそばに伏せてそっと囁いた。疲れ切っていたのか、しばらくすると、そのまま目を閉じた。瑠火は無表情で目を開けた。目の奥に走る痛みのせいで、しばらく身を休めざるを得なかった。彼女は首を横に向けて幸祈を一瞥すると、あの日の光景が脳裏に浮かんだ。また泣きそうになるのを恐れて、彼女は視線をそらしてから、そっと布団をめくってベッドを降りた。庭では、瑠火はブランコに座り、その漆黒の瞳はまるで静まり返った水面のように冷静だ。突然スマホが鳴り、彼女はその音に嫌悪を覚えた。知らない番号からの着信がしつこく続き、拳を握りしめて出た。「あのメッセージ、読んだでしょ」鮎美の色っぽい声がゆっくりと聞こえてきた。初対面の鮎美は、もっと謙虚で控えめな人だった。瑠火はそう思った。「きっと疑問よね。どうして私が、こんな大胆にあなたへ直接電話なんてできるのって。あなたも女で、母親でしょ。お腹の子は父親が必要なのよ。それに、私が妊娠してるのは男の子」庭の花は鮮やかに咲き誇り、一つひとつが目を楽しませてくれた。瑠火はブランコを揺らし、庭の花々を静かに眺めた。「鮎美、私に感謝すると言っていたわね」電話の向こうで鮎美が一瞬黙り込んだ。瑠火は彼女が何を考えているか知りたいとも思わず、淡々と過去を語った。「初めてあなたを見た時、給湯室で泣いていたわ。あなたに昔の私を重ねたから、助けたの」「もういい!たかが百万円よ。返せばいいんでしょ!」鮎美は歯ぎしりしながら怒鳴った。「あなたの家庭は私よりずっと複雑。お父さんはギャンブルに酒、暴力まで。毎日払う借金、バイトだけで稼げるとは思えないわ」鮎美は何かを突かれたように声を荒げ始めた。「清純ぶらないで!私は幸祈さんだけと寝たわ!あなたなんて大学の頃バーでバイトして、何人と寝たのかしら!幸祈さんがなんて言ってたと思う?あなた、全然締まりがなくて、他の男とやりすぎなんじゃないかって。私のほうがずっといいって!」瑠火の麻痺していた心が、何度も刃物で突き刺されたように痛んだ。ブランコを握る指が真っ白
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第8話
瑠火の声は冷たく、その瞳にはいっさい感情がなかった。「瑠火が望むことなら何でもする。死ねと言われても」幸祈は彼女を抱きしめ、本気で病状を心配しているように、彼女の額の熱まで確かめた。瑠火は彼の裸足を見下ろし、わずかにまぶたを震わせた。きっと、あまりに焦って彼女を探したせいで、彼が靴を履くことすら忘れたのだろう。心が動いたわけではない。ただ、瑠火はもう疲れ切っていた。愛に見えるそれらの気遣いは、実際には彼女を締め付ける鎖でしかなく、息ができなくなるほど重かった。「冗談よ。戻りましょう」幸祈は立ち上がるときもふらついていたが、それでも本能的に瑠火を見てしまう。理由が分からないが、彼は怖かったのだ。今の瑠火の落ち着きは、彼をまったく安心させなかった。ここ数日、彼女はまるで何事もなかったかのように振る舞っている。浅草(あさくさ)医師は、産後うつの可能性があるから外出させたほうがいいと言った。幸祈も瑠火を連れ出したかったが、彼女は体調を崩してしまった。「瑠火、今度団子を連れて大学に行こう。久しぶりに」瑠火は顔を上げて彼を見つめ、ただ淡々と小さくうなずいた。それでいい。故地へ戻るのは、別れの前に自分が贈れる最後の思い出になるだろう。夜、瑠火が団子を寝かしつけて階下に降りると、外から車の音がした。彼女が近づくと、幸祈の声が聞こえた。「母さん、なんで来たんだ?俺は言ったよね。母さんが瑠火を受け入れるまで、家には戻らないって」「瑠火の話じゃないわよ。鮎美の妊娠、なんで言わないの?病院で確認したら男の子だって」裕子はどうやら鮎美に非常に満足しているようだ。元々瑠火を嫌っていた彼女は、鮎美が男の子を妊娠したと知り、さらに瑠火への憎しみを深めていた。「鮎美は分別のある子よ。瑠火の座を奪う気はないって言ってた。でも、あの子を粗末にしたらダメでしょ?毎晩毎晩瑠火の看病して……妊娠中の鮎美にどれだけ男手が必要か忘れたの?」警めるような裕子の言葉に、普段は冷静な幸祈が、なぜか黙り込んだ。「幸祈さん、奥様の邪魔はしたくないです。でも赤ちゃんもお父さんに会いたがっています。ただ、一目でいいです」鮎美は涙に濡れた声で訴えた。階段の影から瑠火はそっと顔を出し、その光景を眺めた。なぜか笑いが込み上
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第9話
「瑠火、さっきの言葉は怒りから出たものだよね?」幸祈は後から駆け寄り、焦った声で尋ねた。瑠火は少し疲れた瞳を上げて答えた。「幸祈、明日大学に行ってみよう」幸祈は一瞬驚き、半ばしゃがみ込むようにしてから、彼女の手を握りながら優しく言った。「いいよ。やりたいことは何でもいい。お前が離れなければね」翌日、準備を終えた後、幸祈は団子を抱き、瑠火は車の中で窓の外の景色を眺めた。「瑠火、俺たちが付き合い始めたのはいつか覚えてる?俺は丸一年お前を追いかけて、誕生日が近づいた頃、お前が応じてくれたんだ。学校の裏通りの公園で、二人で散歩していた時だよ。団子、パパとママが君を連れて、俺たちの愛が始まった場所を見に行こう」瑠火は彼の言葉を聞き、少し戸惑った。彼女自身ですら忘れていた出来事を、幸祈ははっきり覚えている。彼女は振り返り、彼を見た。彼は娘をあやしている。瑠火はこんな場面を何度も想像していたのに、なぜ幸祈がすべてを台無しにしたのか。どうして彼が一途にできなかったのか。瑠火の目は少し痛んだ。彼女は深く息を吸って、目をそらした。すべてが終わるのだ。ここが愛の始まりの場所なら、ここで終わらせよう。車は大学の敷地内に入った。幸祈はこの大学の投資者で、出入りは自由だ。空いている駐車スペースに停め、二人は降りた。幸祈は団子を抱えたまま、スマホが鳴った。彼は番号を見て、電話に出た。「幸祈さん、少しだけ付き合ってくれませんか?今日の検査で、無理のない範囲ならできるって言われました。もうあなたの好きな服に着替えました。試してみたくないですか?本当に会いたいです」幸祈は明らかに呼吸が少し荒くなり、唾を飲み込みながら横にいる瑠火をちらりと見た。「今から向かうよ」電話を切り、幸祈は少し後ろめたそうに瑠火を見た。「瑠火、会社で急用ができた。ちょっと行ってくるよ。長くても二時間で戻る」「行って」瑠火は詮索する気もなかった。「瑠火って本当に気が利くね」幸祈は微笑み、団子を瑠火に渡すと、早々に車を走らせた。その直後、瑠火のスマホが鳴った。鮎美からのメッセージだとすぐに分かった。【あなたは負けたわ。幸祈さん、もうすぐ私のところに来る】瑠火は車が大学を離れるのを見送った。車
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第10話
「この子は本当にあなたに会いたがっていました。あなたが来たら、すぐ静かになりました」寝室の中、鮎美は薄い掛け布団をかけ、白くて長い脚が露出している。下にはかすかに水の跡が見えた。幸祈は服を着ており、たくましい胸筋が少し見えている。この場面を見れば、分かる人にはすぐ分かる。鮎美はわざと布団を少し開き、軽く膨らんだ腹部をちらりと見せて誘惑しているようだ。幸祈はボタンを留める手を少し止め、漆黒の瞳が暗く沈んだ。「見てください。またあなたを求めてますよ」鮎美はわざと言った。幸祈は近づいたが、彼女の腹には触れなかった。「お前は欲深いな」「幸祈さんは好きでしょ?もう少し一緒にいてください。私と子どもはあなたなしでは生きられないですよ」鮎美は彼の首に腕を回し、甘えた。しかし幸祈の心は沈んでいた。「瑠火がまだ俺を待っている」鮎美はすぐに涙を浮かべた。「奥様に会いに行くなら、じゃあ私は?」「彼女と比べる資格がお前にあるのか?」幸祈は急に言った。その後、鮎美を押しのけ、立ち上がり服を整えた。「言っただろう。我々の関係は肉体だけだ。子どものことは予想外のことだ。佐川家の子は、放っておくわけにはいかない。生まれたら佐川家が養育する」鮎美は慌てた。「でも私は子どもの母親です」「お前も母親でなくてもいい」幸祈の言葉は冷たく無情だ。鮎美は内心で理解した。幸祈を怒らせれば、何もかも失う。「瑠火にこれを知られないように。そうすれば、お前も子どももここで生きていけない」「そういうつもりじゃないです」鮎美はすぐに柔らかい声で説明した。「私は奥様と争うつもりないです。ただあなたに会いたいです。先に奥様を世話してください。後で私のところに来ればいいです」鮎美は理解していた。幸祈はどれほど立派な言葉を並べても、身体だけは制御できない。彼女の体は幸祈にとって誘惑だ。そして、瑠火とは違い、鮎美は幸祈が他の女性と関係を持つことを許容できる。彼女の望みは、佐川夫人という地位だけだ。「弁えてくれればいい」幸祈は彼女の従順さに満足している。服を整えると、彼は車を走らせ大学へ向かったが、瑠火はすでにいなかった。幸祈は自分が約束を破って、彼女を怒らせたのかと思った。そこで、彼はわざと
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