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壊したいほど好きだから、
壊したいほど好きだから、
Auteur: 美木 猫助

序章:001

last update Date de publication: 2026-05-22 13:36:16

なめらかな肌、掌に吸い付く肌触り。

躰の線を指先で撫でれば、小刻みに震え、甘い吐息を漏らす愛しい人

宮原みやはらあきらはフェザータッチから徐々に手の動きを大胆にしていき、大きな掌で、薄い腹に触れた。

その手に驚いたのか、玲の下にいる相良さがらなぎさの腰が跳ねた。

玲は渚の反応にすぐに手を止めた。

両眉を八の字に下げて、彼女を心配そうに見下ろす。渚は頬を赤く染め、瞳が潤んでいた。

「ごめん、驚かせた。大丈夫?」

答えの代わりに、渚は玲の背中に手を回した。遠慮がちに触れるだけ――爪を立ててくれても良いのに。血が出るほど、消えない痕を残してくれ。

「怖くない?」

玲が物騒なことを内心考えているなんて知らない渚は、玲の言葉に小さく頷いた。

「……玲」と渚から名前を呼ばれる。

彼女に名前を呼ばれただけで、玲自身の切先から我慢汁がダラリと流れた――それを悟られないように、玲は渚の体の上から身を起こした。ボクサーパンツ越しの肉棒が渚の肌に触れないように。

だが、彼女の為に身を起こしたのに渚の手が玲に向かって伸びてくる。頭を引き寄せられバランスを崩す。咄嗟に両手を渚の顔の横についた。

顔と顔の距離が、近い。

さっきより体は離れているのに、視線が逃げられない。渚の濡れた目が、真っ直ぐ玲を見ていた。

(大きな目だ)

どんぐりのようにまん丸で、吸い込むように澄んでいて。ずっとこのまま、渚に見つめられていたい、玲はそう思った。

「どうした?」

「……きて」

――きて。

子供ではない。意味は分かる。だがそれを、欲望のままに実行してはいけないことを玲は知っていた

「慣らさないと」

「……うん……」

か細い声が震えている気がして「大丈夫? 無理してない?」

「うん」

さっきよりも強い返事。それを合図に玲は渚の唇に、そっと自分の唇を重ねた。最初は触れるだけ。それから上唇を甘噛みして、次に下唇を甘く喰む――キスは深くしない。舌も入れない。怖がらせてしまう。

キスの次は細い首筋をなぞるように唇を落とす。唇を下げていき、形が良い乳房に触れた。

目の端に小さな粒が見えた。だけど、玲はそれに気付かないフリをして、柔らかい乳房に唇を落とすだけに留めた。

左手は、さっきの失敗を繰り返さないように指先だけで渚の躰を指先でなでて、渚の足の間に指を滑らせた。

本音を隠して、下着の上にそっと手を這わせる。

(クリトリスを指で摘まんで、転がしたい)

本音に蓋をして、恥核を通り過ぎる。

クロッチの柔らかな布越しに、渚の熱が指先に伝わる――指先をクロッチの端に滑り込ませ、閉じた蜜口にそっと触れた。

(このまま、俺のちんこ突っ込みたい)

でも、駄目だ。玲は知っている。渚に何をしていいのか、悪いのか。後者を選べば渚を一生失ってしまう。

乳房に口付しながら渚に目線をやると、潤んだ瞳の渚と目が合った――彼女は微笑んだ。

「……渚。好きだよ」

「私も好き」

渚はそう言って照れ笑いを浮かべた。

渚を失えば、彼女の笑顔を二度と見られなくなってしまう。

それだけは、どうしても避けたかった。

「いい?」

と聞くと控えめな返事が返ってきて玲は渚の蜜口に指を一本、ゆっくりと沈めた。

本当は――舌でクリトリスを転がし、しゃぶって、クリトリスに触りながら陰部を舌で舐め、愛液を啜りながら指を抽送し、Gスポットを刺激して……ドロドロにしてちんこを突っ込みたい。きっと、最高に気持ちいい。

だが、玲は己の欲望に蓋をして、人差し指を奥まで入れずに第二関節までに留めた。なかは指を追い出すように締め付け、そして湿っていた。玲のキスと乳房への愛撫、フェザータッチで渚が感じてくれた証拠だった。

「……渚。いい?」

「きて」

玲はゆっくりと指を引き抜いた。

渚の息が、小さく乱れた。

渚の下着をゆっくりと脱がして、渚の両足を一本ずつ丁寧に脱がせる。足の間の蜜口をわざと見ないように視線を逸らす。

玲はボクサーパンツを脱ぎ、渚の足の間に収まる。渚の両目がこちらを見ていた。逃げない。怖がっていない。それだけを確認して、玲は自身にゴムを装着した。

「力、抜いて」

渚が頷く。

ゆっくりと、押し当てる。渚の眉が寄った。

「痛い?」

「……だいじょうぶ」

止まる。動かない。渚の呼吸が落ち着くのを待つ。

「続けて」

渚が言った。

少しずつ、深くなる。渚の指が玲のシーツを掴んだ。玲は渚の顔から目を離さなかった。苦しそうな顔をしたら止める。泣いたら止める。でも渚は――眉を寄せたまま、玲を見ていた。

「……玲」

名前を呼ばれた。

それだけで、どうにかなりそうだった。

「大丈夫?」

「うん」

玲はゆっくりと動き始めた。渚のペースに合わせて。渚が慣れるまで、このまま。

本当はもっと――。

渚が小さく声を上げた。

玲は、その声だけを聞いていた。

 ※

セックス後の肌は体温が上昇して、渚の白い肌が薄っすらと赤く染まっている。

(触りたい)

玲は渚の肌を自分の視界から遮断するように、起こさないようにタオルケットをかけた。

シーツの上で静かに横たわる渚の隣に、玲も横たわる。玲は天使のような渚の寝顔に魅入った。

渚の手に、そっと自分の手を重ねる。小さい手だった。

閉じた双眸を縁取る長い睫をじっと見ていると、渚がクスクス笑った。心地いい笑い声だった。

「ずっと見てるの?」

「分かった?」

「見られてるな、って気配がしたから」と言って渚は目を開けた。

重ねていた手を、渚が玲の指の隙間に指を絡ませる。玲はぎゅっと優しく握り返した

「何考えてたの?」

(──渚を閉じ込めたい)

「保育園の頃の渚を思い出してた」

「そんな昔のことを?」

渚が目を丸くして見せる。それを玲は愛おしそうに見つめながら、彼女の前髪を横に流した。

「向日葵を一緒に植えたでしょ? あれってまだ咲いてるのかな?」

「お盆に俺の実家に顔を見せに行くとき、保育園行ってみる?」

約束をそう取り付けると渚は「いいね」と頷いた。拒否られなかったことに玲は安堵する。

「……引っ越してきた男の子がいて、ずっと泣いてたから声をかけたの」

「覚えてる」

「覚えてたの?」

「あの頃から渚のことが好きだから」

照れ笑いを浮かべた渚の額に、玲は自分の額を軽く当てた。

「一目惚れだった。泣いている俺の手を握って泣き止むまで一緒にいてくれた子。あの頃からずっと渚だけが特別」

(だから、嫌われないようにしないと)

「だから、ずっと覚えてた」

 ※

駐車場まで一緒に降りた。

夜風が少し冷たい。玲は渚が車に乗り込む前に、渚のコートのボタンを首元まで留めてあげた。夜風で玲が使っているシャンプーの香りが渚から香った。

渚は行為が終わった後シャワーを浴びた。その反対に玲はシャワーを浴びないでいる。彼女の体液が自分の中に染み込んだと感じてから、シャワーを浴びることにしていた。

「送ってくれてありがとう」

「まだ居たらいいのに……いつもより帰るの早いね」

「明日、新しい上司が赴任してくるの。それに会議の準備もしなきゃいけないの」

「そっか」

渚が自分の車のドアを開けた。渚がシートに収まる。エンジンがかかった。

車の窓が開いて、渚が顔を出した。

「またね。おやすみ」

「気を付けて」

バックで駐車場を出て、出口へ向かう。テールランプが遠くなり、視界から消えるまで見送った。

(日曜も泊まって行けばいい)

言えない。

渚の気持ちを無視して、そんなことを言う男だと知られたら……嫌われてしまう。

(帰りたくない、と一言、言って言ってくれたら……)

閉じ込めて、誰の目も届かない場所へ大事にしまう。それが叶えば、渚の瞳は俺以外映さない――。

玲はポケットから車のキーを取り出した。ボタンを押すと、短い電子音が響く。

マンションのエントランスは背後にあった。

 ※

俺の唯一、俺の

玲がその光を一度失ったのは、小学二年生の頃だ。

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  • 壊したいほど好きだから、   第1章:010

    「……っ、」 小さく息を呑んで、渚が指を引こうとする。玲はそれを逃さなかった。 指先を軽く唇で挟んで、それから離した。 渚の耳まで赤くなっている。そのあどけない反応が、さっきまで胸の奥に沈んでいた冷たいものを、じわりと溶かしていく。 (……やっぱり、渚だけだ) 玲は渚の顔をじっと見た。 「いい?」 渚は答えなかった。ただ、ゆっくりと、小さく頷いた。 顔が赤いまま、視線だけが玲を見ている。 玲は渚の顎に手を添えて、ゆっくりと顔を近付けた。 触れるか触れないかの距離で、一度止まった。 渚が目を閉じた。 それを確認してから、玲はそっと唇を重ねた。 柔らかい唇をゆっくりと喰む。さっきのプリンの甘さと、渚が塗っているリップクリームの香りが混ざって、舌先に滲んだ。 彼女の甘さを味わってから、玲はゆっくりと名残惜しそうに唇を離した。 渚の額に己の額を軽く当てて、瞳を真っ直ぐに見つめた。軽く触れるだけのキスで、渚の瞳が潤む。その顔を見る度に――もし深くしてしまえば、渚はどのように乱れてくれるのだろう。 「……いい?」呼吸を整えようと、渚は肩を小さく上下させていた。 「……シャワー、まだ浴びてないから……」 それは拒絶ではなく、彼女なりの照れや躊躇いだった。玲もそれは分かっている。いつもなら「いいよ、待ってるね」と、穏やかに彼女の髪を撫でて送り出すはずだった。けれど、今の玲にその余裕はなかった。 (渚は、どこにいた) 誰と。何をしていた。自分の知らない時間の中で、渚は笑っていたのか。 一秒でも早く、彼女を自分の一部にしたい。彼女の肌に刻まれた、自分の知らない一日の痕跡をすべて塗り潰したい。 「終わっても入るから、同じだよ」玲はそう囁き、渚の唇を再び塞いだ。浅く、角度を変えながら、何度も。渚の吐息が乱れていく。 「……あっ、」 玲はソファに座る渚の膝裏に腕を差し入れ、軽々とその身体を持ち上げた。 突然の浮遊感に、渚が驚いて玲の首に腕を回す。その腕の力が、玲の独占欲を激しく刺激した。(このまま、離さないでくれ)玲は渚を抱き上げたまま、寝室へと歩を進める。 一歩踏み出すたびに、腕の中の温もりが自分のものだという実感が強まっていく。 ベッドに横たえられた渚は、不揃いなミディアムストレートの髪をシーツに散らし、恥ずかしそうに視線

  • 壊したいほど好きだから、   第1章:009

    ※ ※ ※ 金曜日の夕暮れ、玲は渚の好きな焼き菓子を手に提げて、渚の会社近くの駐車場に向かった。 渚がいつも停めている区画に目をやるも、白い軽自動車がなかった。 (……?) もう一度、確認する。間違いない――渚の車が、ない。 残業中なら、車はここにある筈だ。 玲は近くのコインパーキングに車を止めると、迷いのない足取りで渚の会社の入口へ向かった。ビルのエントランスから、退社する従業員達が出てくる。女性ばかり。 玲は入口で立ち塞がる守衛に、玲はビジネスマンらしい、隙のない微笑を向けた。 「すみません、営業の者なんですが、今から中に入ることはできますか?」 守衛が時計を一瞥した。 「この時間はちょっと難しいですね。それと、弊社は働き方改革で残業は基本的にないので、ご用件があれば明るい時間帯にいらしていただいた方がいいですよ」 「……そうですか。失礼しました」 玲は頭を下げ、その場を離れた。 夜風が冷たかった。 手の中の焼き菓子の袋が、やけに重かった。 渚のために用意したそれが、急に意味のないものに変わった。 (残業は、基本的にない) 渚が言っていた。毎週金曜日、残業が入ると。 (嘘だった) それだけだった。それだけのことだった。 なのに。 玲は歩きながら、その言葉を何度も頭の中で繰り返した。繰り返す度に、胸の奥で何かがゆっくりと形を変えていく。 (どこに行った?) 誰と? 何をしている? 玲は答えを出すことなく、夜の中を歩き続けた。どこへ向かうのかも決めないまま。 ※ 玲の部屋のドアが開く音がして、玲はいつものように穏やかな微笑みで渚を迎え入れた。だが、その胸中には、数時間前に自分の目で確かめてしまった「事実」が、冷たい澱のように沈んでいる。 駐車場に渚の車はなく、守衛からは「残業などない」と告げられた。 それなのに、渚は少し疲れたような顔をして、玲のために買ってきたというコンビニの袋を差し出した。 「玲、お疲れ様。……これ、プリン。帰りにコンビニで買ってきたの」 玲は「ありがとう」と礼を言い、その黄色いパッケージを受け取った。 夕食は、もはや砂を噛んでいるようだった。ここは自分の家で、目の前には愛する女がいて、彼女は自分のためにプリンを買

  • 壊したいほど好きだから、   第1章:008

    ※ 終わったあとは、虚しさしか残らない。 性欲を満たし、溜まった鬱憤を出し切っても残るのは、ぽっかり空いた穴。そこを覗き込めば、いるのは飢えた獣が覗き返しているだけ。 (どうすれば、飢えを凌げるか……) ――渚に全てをぶつければ、満たされることを玲は理解していた。玲の空虚を埋められるのは彼女だけなのだから。 (そんなことをしたら、俺は嫌われてしまう) 九年前に再会できたこと自体が奇跡なのに、それを自ら壊すことはしたくない。玲は壁に片手を突き、頭から降り注ぐ熱い飛沫に身を任せていた。 タイルを叩くシャワーの音だけが、狭いユニットバスに反響している。 洗い流しているのは、女の匂いか、それとも自分自身の汚濁か。 足元の排水溝へ、白く濁った泡と共に吸い込まれていくお湯を、玲は無言で見下ろした。 (……汚い) 今しがたまで抱き捨てていた女の肌の感触も、耳を劈くような嬌声も、玲にとってはただのノイズでしかない。 どれだけ他人の体液を浴びても、どれだけ他人の身体を蹂躙しても、胸の奥にある黒い渇きは一向に癒えることはなかった。 むしろ、汚せば汚すほど、渚への渇望が強まるばかりだった。 (渚……) 濡れた前髪を無造作に掻き上げる。 彼の脳裏にあるのは、さっきの女の喘ぎ顔ではなく、電話越しに聞いた渚の穏やかな寝息だけだ。 自分は今、最低な場所にいて、最低なことをしている。 けれど、こうして汚れを外で吐き出し、熱いシャワーで証拠を消し去ることで、自分はまた明日、彼女の聖域に相応しい優しい玲として笑うことができる。 排水溝に渦巻く濁流を見つめる玲の瞳には、一切の感情が宿っていなかった。 (飢えも一緒に、流してくれたらいいのに) 玲は蛇口を乱暴に締め、静寂が戻った浴室で、濡れた顔を拭うこともせず立ち尽くした。 玲は鏡を見ることもなく手早く着替えを済ませると、女が横たわっているはずのベッドルームには一瞥もくれず、ホテルの部屋を後にした。 背後で重く閉まったドアの音とともに、先ほどまでの情事は玲のなかで「なかったこと」として処理される。 エレベーターを待つ間、内ポケットから携帯を取り出す。画面に躍る『渚』の二文字を見た瞬間、玲の頬の筋肉が、まるで魔法にかかったかのように柔らかく解けた。 無事に帰宅したという報告と、一枚の自撮り写真。

  • 壊したいほど好きだから、   第1章:007

    ※ 玲が渚と初めてセックスしたのは、高校三年生のクリスマスイヴだった。 渚が手編みのマフラーをくれた。「重いよね、ごめんね」と謝った渚に、強く首を振った。渚は知らない。玲にとって、渚から貰えるなら何でも嬉しいことを。 (あのマフラーは今でも使っている) 解れるたびに渚が手直しをしてくれる。冬になると、渚に毎日抱きしめられているような気分になる。 (あのデートも、セックスも、全部覚えてる) ――こんな、安っぽいホテルではなかったのは確かだ。 消毒液の匂いが混じったラブホテルの室内。 「ほら、ちゃんと力抜いて」 優しく言っている筈なのに、声は低く、逃げ道を塞ぐ響きを持っていた。 「大丈夫。教えてやるから」 女の身体がびくりと震える。 拒絶でもなく、肯定でもない――ただ、従うしかない震え。 (この段階まで来れば、もう同じだ) 考えることをやめて、与えられる刺激だけを追い始める。 自分でどうしたいかなんて、どうでもよくなる。 「な?」 耳元で囁く。 「自分で動かなくても、ちゃんと気持ちよくなるだろ」 女は答えられない。 代わりに、浅く乱れた呼吸だけが返ってくる。 (……単純だ) 壊しているつもりはない。 ただ――順番を教えているだけだ。 考える前に、感じること。 抵抗する前に、委ねること。 それだけでいい。 「ちゃんと、俺の方見ろ」 女の視線が、ゆっくりと引き戻される。 もう、どこにも逃げ場はない。 (最初から、分かっていた) 少し優しくしてやれば、 少し触れてやれば、 あとは勝手に、こちらを求めるようになる。 ――そこから先は、早かった。 ※ 「ひ……あ、っ! もう、むり……っ、しんじゃう……っ!」 玲はそんな懇願を無視し、仰向けになった女の両足を高く、天井へ向かって蹴り上げた。彼女の腰を大きな掌で強引に持ち上げ、自身の膝を支えにした。 宙に浮いた女の身体は、玲が楔を叩き込むたびに、逃げ場を失って無様に揺れた。 「――お前が『知りたい』って言ったんだろ」 玲は嗤った。額に浮かんだ汗を拭うこともしない。 渚の前では決して見せない、獣の獰猛さを孕んだ貌。 「性感帯を探してあげてるんだから、まだ頑張れよ。まぐろを卒業したいんだろ?」 玲は片手を伸ばし、自身の楔が限界まで埋まっている女の下腹

  • 壊したいほど好きだから、   第1章:006

    「どうぞ」 無害そうな笑みを浮かべ、隣りを促すと女は恐る恐る玲の隣りに座った。 Barの高い椅子も不慣れなのか何度も座り直す。その度にスカートが捲れそうになり、慌てて手で押さえていた。 ようやく、思ったように座った彼女はマスターに「同じのを下さい」と伝えた。度が強いウイスキーだということを玲は教えなかった。 ――案の定、二杯で酔ってしまっていた。 「わたし、今日が二十歳のたんじょうび、なんれす」 「おめでとう」 心のこもらない言葉を、グラスで隠す。 女は愚痴を喋り続けている。 玲はそれを聞き流しながら、別のことを思い出していた。 (あの時) ――怖かった、と震える声で電話が来た。 大学時代、女子だけだと思っていた飲み会に男が来て。 差し出された酒を、渚は断れなかった。 一口飲んで、顔色が変わった。 トイレの個室に閉じこもって、泣いていた渚を思い出す。 レイプドラッグを酒に混ぜて渚に渡した男の大学を調べようと思ったが、渚がことを大きくしたくないから、と被害届は出さなかった。 『未遂だから大丈夫』 ――未遂? こんなに怖い思いをしたのに? 震えて、夜も眠れないのに? (……殺してやればよかった) 顔も知らない男に、そんな感情が浮かぶ。 (渚……暫くは、外に出られなかったな……) ――あのままで良かったのに。 カラン、と音を立ててウイスキーが置かれる。 玲はグラスを手に取り、隣の女に差し出した。 (渚なら、こんな場所に来ない) ――来させない。来られたら困る。 アルコールにトラウマがある渚が、こんな場所に足を踏み入れることはない。 玲がここで何をしていようと――触れていようと、壊していようと。 (知ることはない)「俺からの誕生日祝い」微笑むと、女は頬を染めた。 (こういう女は、少し優しくすればすぐ縋る)グラスがぶつかる音。 女は躊躇いなく飲み干した。 玲は微笑みながら女を眺めていた。女が同じ酒をマスターに頼んでいることも止めなかった。 「――おにぃさんが、やさしそう、だったからぁ」 「そう思ってもらえて嬉しいよ」 優しい男は、酒が弱い女に強い酒を進めないし、限界を知っていて止める。 昔から、無害な外見で得することは多かった。身なりを清潔に整え、温和に、冷静に振舞えば他人からの第一印象は決

  • 壊したいほど好きだから、   第1章:005

    ※ ※ ※ 別に渚を疑っている訳じゃない。 社会人にでもなれば、残業は増えるものだ。 ここ最近になって、残業が増えたのは事業部長が変わったから、と言うのも納得は出来る。 だが――相手は海外から赴任してきた人物だ。 そんな人間が日本の悪しき風習である残業を部下にさせるだろうか。しかも、決まって毎週金曜日。金曜は渚に手料理を振る舞って、その後は配信ドラマや映画を観て、ベッドに入るという流れが今では夕食の時間が遅れ、ドラマと映画を見る時間が削られてしまっていた。 「橘部長がね、アメリカ本社のパーティで」 (橘) 「橘部長が、アメリカのカフェで」 (橘) 「橘部長が、今日の会議で」 (橘、橘、橘……) 口を開けば橘のことばかり。 ピロートークが橘になりつつあった。なりつつ、というより……もうなっている。 以前の渚は、仕事の話をあまりしなかった。 それが今では、楽しそうに仕事をしている。 今日は何を食べたとか。 テレビで観た動物動画が可愛かったとか。 そんな、他愛もない話ばかりだった。 渚の世界は、狭かった――それでいいんだ。 俺と、ほんの少しの日常だけでいい。 俺以外、視界に映さなければ、なんでもいい。 でも今は違う。 渚の知らない顔が増えていく。 俺の知らない時間が増えていく。 その中心にいるのが、橘だ。 (そんな奴のことより、俺の話をしてくれ) と内心思うも、玲は言えない。 不要な発言をしたことで、渚に不信感を持たれたくない。 渚が生まれて初めて職場で尊敬できる相手を見つけたのだ。茶々を入れることはできなかった。 (相手は……女だし) 男なら、渚がこんなに楽しそうに仕事をする筈がない。 (だが……それを俺がどう思うかは別の話だ) 渚が俺以外に意味を見出して、俺じゃなくても良くなったら、俺はどうすれば? 「――あの……お隣り、いいですか……?」頭上から声がして、玲はウイスキーが入ったグラスの縁から唇を離した。 視線を上げると、背中まで伸びた黒髪を後ろに流し、胸が強調される服に、タイトなミニスカートの下に黒タイツを履いた女が玲を見ていた。 化粧慣れも、着慣れていない感じがした。素朴さがまだ前面に出ている、擦れてないような子だ。 (……壊れやすそうだ)

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