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第1章:005

last update publish date: 2026-05-25 16:16:07

※ ※ ※

別に渚を疑っている訳じゃない。

社会人にでもなれば、残業は増えるものだ。

ここ最近になって、残業が増えたのは事業部長が変わったから、と言うのも納得は出来る。

だが――相手は海外から赴任してきた人物だ。

そんな人間が日本の悪しき風習である残業を部下にさせるだろうか。しかも、決まって毎週金曜日。金曜は渚に手料理を振る舞って、その後は配信ドラマや映画を観て、ベッドに入るという流れが今では夕食の時間が遅れ、ドラマと映画を見る時間が削られてしまっていた。

「橘部長がね、アメリカ本社のパーティで」

(橘)

「橘部長が、アメリカのカフェで」

(橘)

「橘部長が、今日の会議で」

(橘、橘、橘……)

口を開けば橘のことばかり。

ピロートークが橘になりつつあった。なりつつ、というより……もうなっている。

以前の渚は、仕事の話をあまりしなかった。

それが今では、楽しそうに仕事をしている。

今日は何を食べたとか。

テレビで観た動物動画が可愛かったとか。

そんな、他愛もない話ばかりだった。

渚の世界は、狭かった――それでいいんだ。

俺と、ほんの少しの日常だけでいい。

俺以外、視界に映さなければ、なんでもいい。

でも今は違う。

渚の知らない顔が増えていく。

俺の知らない時間が増えていく。

その中心にいるのが、橘だ。

(そんな奴のことより、俺の話をしてくれ)

と内心思うも、玲は言えない。

不要な発言をしたことで、渚に不信感を持たれたくない。

渚が生まれて初めて職場で尊敬できる相手を見つけたのだ。茶々を入れることはできなかった。

(相手は……女だし)

男なら、渚がこんなに楽しそうに仕事をする筈がない。

(だが……それを俺がどう思うかは別の話だ)

渚が俺以外に意味を見出して、俺じゃなくても良くなったら、俺はどうすれば?

「――あの……お隣り、いいですか……?」

頭上から声がして、玲はウイスキーが入ったグラスの縁から唇を離した。

視線を上げると、背中まで伸びた黒髪を後ろに流し、胸が強調される服に、タイトなミニスカートの下に黒タイツを履いた女が玲を見ていた。

化粧慣れも、着慣れていない感じがした。素朴さがまだ前面に出ている、擦れてないような子だ。

(……壊れやすそうだ)

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