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序章:002

last update publish date: 2026-05-22 13:38:01

渚とばかり遊んでいたことをクラスメイトに囃し立てられ、思春期特有の照れ隠しから、好きじゃない、と否定した。それを証明するために渚との約束を連絡なしにすっぽかし、クラスメイト達と校庭でサッカーをして遊んだ。

その次の日からだ。渚が学校に登校しなくなったのは。

プリントを毎日届けても、渚の母親しか対応してくれず。

話したい、とお願いしても「風邪をうつすと悪いから」と門前払い。

二階の渚の部屋のカーテンは固く閉じたままだった。いつも玲が遊びに来ると必ず、あの窓から顔を見せてくれるのに。

渚を怒らせてしまった、と玲は思った。

体調が悪いのは本当かもしれない。でも、自分が家の外から渚を呼んでも返事さえしてくれないのは、連絡もせずに約束を破ったことに腹を立てているんだ。

玲はポストに手紙を毎日残した。

学校に登校してこなくなった前日、渚との約束の場所に行かずにサッカーに行ったことを必死に謝った。

それから、

『わんちゃんの子犬が産まれたよ。今度こそ、一緒に見に行こう』

『駄菓子屋に行こう』

『夏祭り、今年も一緒に行こう』

約束の場所と、時間も書いた。だけど、渚は来なかった。

(渚もあの時、こんな気持ちだったんだ)

約束をすっぽかしたことを後悔しない日はなかった。

手紙には、学校での出来事も事細かく書いた。渚が登校しても、知らないままで寂しくならないように。

だけど、一度も返事はなかった。

玲は諦めず、毎日欠かさず手紙を残したが、三ヶ月後に突然それは終わりを告げた。

相良の家の窓から見えていた、明るいピンクのカーテンが消え、二階の渚の部屋の花柄のカーテンも消えていた。

町中を探しても、見つからなかった。子供の足で行ける範囲なら、どこまでも行った。

担任に聞いても、両親に聞いても、誰も知らない。何も聞いていないと返ってくる。

空っぽになった旧相良家の前で玲は立ち尽くした。

(俺が約束を破らなければ……渚は俺の隣にずっといてくれたのに)

その日から、玲の世界は色をなくした。

抜け殻のように生きてきたある日――八年ぶりに渚と再会した。

――俺の唯一、俺の

失ったら、生きてはいけない俺の命。

愛しているから、傷つけない。

大事だから、傷つけない。

(でも、俺の本性を知れば、絶対に嫌われる)

俺の命を失ってしまう。

愛しているから、壊せない。

だから、壊さない。

だから、壊せない。

だから、

高い高層マンションの最上階。

玲はエレベーターを降りて、内廊下を見知った顔で進む。

灰色の絨毯が玲の足音を吸収し、この空間は音一つ拾わない。

ある扉の前で立ち止まり、カード―キーを当て玲は室内に入った。

玄関ホールの先にあるリビングに繋がるスリガラスから光が漏れている。玲は靴を脱ぎ捨て一直線に光に向かった。

玲がドアを開ける前に、ドアが開いた。肩より長い緩いパーマをかけている女が顔を出した。

女は玲を見て意外そうに目を丸くした。

「日曜に来るなんて、めずら」

「――な」と女の声を玲は遮った。

「ちゃんと、飲んでるよな?」

男の眼に光はなかった。

何を――とは、女は訊かなかった。ただ頷いた。

それを見ると否や、玲は女の腕を掴み、リビングに押しやる。そして女をリビングに押し倒した。

女から悲鳴が上がる。だが、玲は気にも止めず、女を感情がない目で見下ろしたままスラックスの前を寛げた。そして、起き上がろうとしている女の腰を掴んで自分に引き寄せると、頭を床に押し付け無理矢理四つん這いにした。

黒いパンツのクラッチを指で強引に端に寄せ、濡れていない女の孔に亀頭を押し付ける。女が「まだ濡れてない!」と叫んだが、玲は気にせず熟れていない蜜壺に一気に奥まで捻じ込んだ。

「あ、っ!! いっ、たぁっああっ!」

女の口から悲鳴が上がった。

玲は気にせず、腰を前後に動かした。悲鳴が上がり続けるのも気にもせずに。

「濡らすことくらい、自分でできるだろ」

(渚には、絶対に見せない)

掴んだ髪を引っ張り、女の耳元で言い放つ。

「俺に濡らしてもらおうなんて、考えるな」

女はそれに従った。

キャミソールをたくし上げ、自分の右手で乳房を弄り乳首を摘まんだ。

左手は玲が入っている秘所へ伸ばす。その指で、恥核を捏ね繰り回した。

自分の躰を支えていた両手は床から離れたせいで、支えをなくし不安定に揺れる。女を支えているのは自分の髪と腰を掴んでいる玲の両手となかにある玲の楔だけ。

(渚のなかは、きつくて)

「緩いな。もっと、締めろよ」

(渚のなかは深くて)

「子宮が下りてきてるぞ。この淫乱」

(渚の声は可愛くて)

「あ゛あ゛ぁっ、ん゛ぁ゛あ゛ぁ゛っ!」

「きったねぇ、声」

玲は嘲笑わらった。

パンッ、パンッ、パンッ!!

「いぐっ、いぐっ、いぐっ……いぐっ!」

(渚はイク時、眉間に皺を寄せるんだ。それから、小さく啼くんだよ)

休む間もなく叩きつけられている中、女の声が悲鳴から濡れた雌の声を変貌を遂げていた。

(ああ……違う。本当はこんな声、聞きたくないんだよ)

「っ、あっ……、あーーーーっ、くそっ!」

悪態を吐きながら、玲は女の中に射精した。

玲が吐精したと同時に、女も果てた。背中を大きく反らし、天井を高く見上げる。

女と玲の目が合うも──同時に髪を離され、楔も抜かれてしまい支えを失った女は冷たい床に倒れた。

女の蜜口から流れる己の精液に混ざる愛液を見下ろしながら、玲が考えることはひとつだった。

(今日の渚……俺とのセックスが嫌になったりしてないかな?)

肩で息をして倒れ込んでいる女を無視して、玲は風呂場へと向かった。

シャワー音がして暫くして女――村上むらかみ 真央まおは身を起こした。

(私が本当はピル飲んでいなかったら、どうするのかしら)

そう思いながら、秘部から漏れる白濁液を見下ろした。

これが実を結び妊娠でもすれば、セフレという身から抜け出すことが出来て玲が手に入る――

「って、ことはないわね」

ハッ、と真央は乾いた笑みを浮かべた。

妊娠でもすれば、直接病院まで連れて行き、堕ろすのを見届けるくらいはする男だ。

本命に知られるのが怖いでしょうし)

セフレという身に落ち着いてから、十二年が経つ。

玲が来るのは決まって毎週木曜日。

(それと、本命と何かがあった時)

日曜日に突然現れたのは、渚と何かあったのだ。

渚のことになると情緒不安定になる男は、渚本人にはその気持ちを伝えない。渚に拒絶され、嫌われることを極端に恐れているためだ。

(訊けば解決することだって、あるでしょうに)

真央は気付いていても言わない。

何も言わない方が『理解あるセフレ』を演じられるのだから。

テーブルの上にあるティッシュで実を結ぶことはない精液と愛液を拭きとった。この一人残されたこの時間が……虚しくてしょうがない。

(本当は、名前を呼ばれたいのに)

叶わぬ夢だとは分かっている。だけど、真央は未だに可能性を捨てきれずにいた。

ティッシュを丸めてゴミ箱に放り投げ、真央はのろのろと立ち上がった。秘部にヒリッとした痛みに眉間に皺を寄せる。当然のごとく、この時間も一人。シャワーの音だけがまだ響いている。

痛む秘部に耐えながら冷蔵庫からペットボトルの水を二本取り出す。一本は玲のため。

戻ってきた玲に渡すも、当然のようにそれを受け取り見向きもされなかった。

タオルを頭にかけ無言でソファに座り、携帯を取り出す玲の横顔を真央は見つめた。彼の横顔の輪郭をなぞり睫を眺め、それから唇に辿り着く。冷たく閉ざされた唇は真央のために向けられたことは一度もなかった。

──玲の口元が緩やかに弧を描く。それを見て、彼が何を見ているのかすぐに悟った。

玲はポケットから携帯を取り出した。

通知が二件。

『家に着いたよ』

というメッセージとともに送られた、渚の自撮り写真。明るいオレンジ色の花柄のソファーカバーが写り込んでいた。

(今日も可愛い)

慈しみに満ちた目で渚の写真を見下ろした。

玲は渚が映る携帯画面を指でなぞった。

(今日も俺に写真を送ってくれた……俺のこと、嫌いになってなさそうだ)

「何考えてんの?」

「渚のこと」

(そう。俺は渚のことしか考えていない)

「泊まっていけば?」

玲がソファに座って携帯を眺めている姿に、長居すると考えた真央が訊ねた。玲は何も答えなかった。

ただ、玲が渚に言えなかった台詞をいとも簡単に言ってのけた真央に苛ついた。

重くなった空気の中、真央からは何も発せられない。玲は画面から目を離し、感情の篭っていない目で真央に視線をやった。

玲が口を開いた瞬間だった。

着信が鳴った。

画面に表示された名前を見た瞬間、玲はソファから立ち上がった。真央を見なかった。水のペットボトルも置いたままだった。

玲は携帯を握り締めたまま、部屋を飛び出した。

エレベーターのボタンを押したところで、渚からの着信が途絶えた。

「くそっ」と慌てながら、悪態を吐いた。

渚が自宅に帰ってから、玲に電話をしてくるなんて珍しいことだ。帰宅確認メッセージと写真以降は朝の「おはよう」のメッセージだけ。

エレベーターが到着して乗り込むとすぐ、渚に折り返し電話をかけた。自宅にいる筈の玲がセフレのマンションにいると知られてはならないのに、渚の声を聞くことが優先事項だった。

「あっ! 渚? ごめん、電話に出られなくて。どうした? 何かあった?」

『寝てたのに電話してごめんね』

すぐに謝ってしまう渚に、玲は苦しそうに眉間に皺を寄せた。

渚はいつも『自分のせい』と思ってしまう節がある。何一つ、悪くないのに。

「どうして謝るの? 俺は寝てないよ。ストレッチしてたんだ。携帯を脱衣所に置きっ放しにしてたから、出られなかっただけだよ」

嘘がぺらぺらと出てくる。だが、渚はそれを疑わなかった。

『だから息切れしてるんだね』

玲はもうエレベーターにはいなかった。自分の車に乗り込み、渚に聞こえないようにドアを閉めた。

「うん。渚の声を聞いたら落ち着いたよ」

電話の向こうでクスクスと耳に心地いい笑い声が届く。

「そうだ、電話。どうしたの?」

『……寝る前に、玲の声が聞きたかったの』

口元が緩むのを止められなかった。

(渚が俺を求めてくれている!)

その事実だけで、胸が熱くなる。

「声を録音して渚に送るよ」

(渚の声を録音したデータ、俺欲しいし)

『録音しちゃったら、口実に電話が出来なくなっちゃうでしょ』

(それは困る)

「それは困る」

 渚が笑っている。声をあげて、楽しそうに。

「渚、今寝るところ? 寝落ちするまで一緒に話そうよ」

『高校生みたい』

 玲は目を細め、渚が高校生時代を思い出した。彼女はショートヘアーだった。項が綺麗だと見る度に思っていた。何度、あの項を舐めたいと思ったか……。

 話をしていると、やがて渚の声が途切れていく。それが何回か繰り返して、いずれ小さな寝息が電話口から微かに漏れてきた。

 玲はその寝息に聞き入りながら、運転席のシートに深く沈めた。うっとりと、惚けた表情で。

「この寝息を一生、隣りで聞いていたい」

 純粋にそう願った。

 

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