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第1章:006

مؤلف: 美木 猫助
last update تاريخ النشر: 2026-05-25 16:16:15

「どうぞ」

無害そうな笑みを浮かべ、隣りを促すと女は恐る恐る玲の隣りに座った。

Barの高い椅子も不慣れなのか何度も座り直す。その度にスカートが捲れそうになり、慌てて手で押さえていた。

ようやく、思ったように座った彼女はマスターに「同じのを下さい」と伝えた。度が強いウイスキーだということを玲は教えなかった。

――案の定、二杯で酔ってしまっていた。

「わたし、今日が二十歳のたんじょうび、なんれす」

「おめでとう」

心のこもらない言葉を、グラスで隠す。

女は愚痴を喋り続けている。

玲はそれを聞き流しながら、別のことを思い出していた。

(あの時)

――怖かった、と震える声で電話が来た。

大学時代、女子だけだと思っていた飲み会に男が来て。

差し出された酒を、渚は断れなかった。

一口飲んで、顔色が変わった。

トイレの個室に閉じこもって、泣いていた渚を思い出す。

レイプドラッグを酒に混ぜて渚に渡した男の大学を調べようと思ったが、渚がことを大きくしたくないから、と被害届は出さなかった。

『未遂だから大丈夫』

――未遂?

こんなに怖い思いをしたのに?

震えて、夜も眠れないのに?

(……殺してやればよかった)

顔も知らない男に、そんな感情が浮かぶ。

(渚……暫くは、外に出られなかったな……)

――あのままで良かったのに。

カラン、と音を立ててウイスキーが置かれる。

玲はグラスを手に取り、隣の女に差し出した。

(渚なら、こんな場所に来ない)

――来させない。来られたら困る。

アルコールにトラウマがある渚が、こんな場所に足を踏み入れることはない。

玲がここで何をしていようと――触れていようと、壊していようと。

(知ることはない)

「俺からの誕生日祝い」

微笑むと、女は頬を染めた。

(こういう女は、少し優しくすればすぐ縋る)

グラスがぶつかる音。

女は躊躇いなく飲み干した。

玲は微笑みながら女を眺めていた。女が同じ酒をマスターに頼んでいることも止めなかった。

「――おにぃさんが、やさしそう、だったからぁ」

「そう思ってもらえて嬉しいよ」

優しい男は、酒が弱い女に強い酒を進めないし、限界を知っていて止める。

昔から、無害な外見で得することは多かった。身なりを清潔に整え、温和に、冷静に振舞えば他人からの第一印象は決まって『いい人』――この女も、それに騙されている。

内ポケットに入れている携帯の通知音が鳴って、玲は携帯を取り出す――渚だった。その名前を見ただけで、玲の目が輝いた。

『今週の金曜日も残業。暫くは金曜日は残業が続きそう……』

『ごはん、先に食べていいからね』

「……」

玲の瞳が昏く沈んだ。

(残業、残業、また残業……)

『渚と一緒に食べた方が美味しいから待ってるよ』

(仕事と俺、どっちが大事なんだ)

『体壊すから無理するなよ』

(いっそ、壊れた方がいい)

『ありがとう』

(でも――俺が、渚を壊したい)

『ごめんね』というキャラクターが頭を下げているスタンプが渚から送られてくる。

『気にするな』

既読が付いた。そして、メッセージに両手を合わせたキャラクターのリアクション。

そこから渚からのメッセージは途絶えた。

「…………」

左腕に重さを感じて、玲は携帯を内ポケットにしまった。

女が玲の腕に寄りかかっていた。

じっ、と見上げてくる目は、やはり化粧には不慣れでアイカラーが似合っていなかった。

「かれし、からお前とのセックスはつまら、ないって言われて……」

玲の腕に女が甘えるように頬擦りをした――止めてほしかった。

(ファンデーションがスーツにつくだろ)

「初対面の俺にそんな話をしていいの?」

女の頭をそっと押して、腕から引き離す。それでも、女の手は玲の腕を掴んだまま離さなかった。

「まぐろ、っていわれて。でもぉ、どう、うごいたらいいか、分からなくにゃい、ですか?」

「単純に、彼氏が下手くそだからでは?」

(渚以外、必要ない)

それでも――。

「かれしが、はじめてだから、へた、とかじょうず、とか分からないんです」

「ふーん……」

(それなのに、俺は、こういうことをする)

玲は腕を掴んでいる女の手に自分の手を重ねた。

「で?」と玲は女の目を見て訊ねた。

女が何を求めているか――玲には手に取るように分かる。

それでも、玲からは、答えは言わない。相手に言わせる。

「で、って……その」

「ん?」

首を傾げ、本当に分からない、という風に見せれば女は、狼狽えたように、しどろもどろになる。

(……駄目なら、アプリで探せばいい)

今夜の相手が、この女だと決めてはいない。

「か、か、れしいがいの、だんせいを……知れば、下手だっていわれないで済むって思って」

「……それで?」

「お、お兄さんが優しそうで、てほどきしてくれそうだから、声をかけましたっ!」

はっきりと、そう告げられた。

玲はただ、微笑んで見せた。誰からも無害だと言われる、優しい微笑。

「俺から、ひとついい? 手を見せて」

玲は、差し出された女の手を取らなかった。

ただ、その掌を、値踏みするようにじっと見つめる。

やがて玲は、自身の右手をゆっくりと持ち上げた。

「男女の違い、だけど」

「……男というのは、無骨な生き物で」低く、愉しげな響きを含んだ声が、静寂に落ちる。

玲は人差し指を立てると、女の掌の真上、触れるか触れないかの、皮膚の産毛がわずかに戦く距離で止めた。

そこには、互いの体温だけが行き交う、濃密な空白がある。

「五本の指、掌全体……を使えば、簡単にイク生き物で……単純、ってこと」

玲の指先が、ほんの僅かに下がった。

吸い付くように、女の掌の柔らかな中心へ、指先の一点だけが触れる。

「でも、女性って繊細で」

指先は、羽毛よりも軽く、蜘蛛の糸よりも繊細な動きで、掌に円を描いた。

女の背筋を、甘い悪寒のような震えが走り抜ける。

「たった一本の指先がもたらす刺激だけで、イケる、って知ってる?」

玲は女の答えを待たず、指先を掌から離した。

だが、その愛撫は終わらない。

次は、服の上から。

手首から肘へ、肘から肩へ。

「君がまぐろだっていうのは、単純に男が下手なだけ」

服を隔てているというのに、玲の指が通った跡には、熱い杭を打ち込まれたような、鮮烈な感覚だけが残る。

衣擦れの音が、妙に大きく、淫らに響いた。

指先は肩を滑り、衣の襟を微かに掠めて、露わになった首筋へと這い上がる。

そこだけは、直接触れた。

「君が下手なわけじゃない」

冷ややかな指先が、脈打つ頸動脈の上を、愛しむように、あるいは締め上げる予兆のように、ゆっくりと愛撫する。

女が微かに息を呑んだ瞬間。

玲の指先は、最後に唇へと辿り着いた。

「ただ、知らないだけだ」

下唇を、指の腹でそっと押し潰す。

言葉を封じるように、そして、これから始まる更なる愉悦を予感させるように、玲は昏い笑みを浮かべた。

「――で」

「どうしてほしい? 俺に」と玲は女の耳元で、そう囁いた。

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  • 壊したいほど好きだから、   第1章:009

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  • 壊したいほど好きだから、   第1章:007

    ※ 玲が渚と初めてセックスしたのは、高校三年生のクリスマスイヴだった。 渚が手編みのマフラーをくれた。「重いよね、ごめんね」と謝った渚に、強く首を振った。渚は知らない。玲にとって、渚から貰えるなら何でも嬉しいことを。 (あのマフラーは今でも使っている) 解れるたびに渚が手直しをしてくれる。冬になると、渚に毎日抱きしめられているような気分になる。 (あのデートも、セックスも、全部覚えてる) ――こんな、安っぽいホテルではなかったのは確かだ。 消毒液の匂いが混じったラブホテルの室内。 「ほら、ちゃんと力抜いて」 優しく言っている筈なのに、声は低く、逃げ道を塞ぐ響きを持っていた。 「大丈夫。教えてやるから」 女の身体がびくりと震える。 拒絶でもなく、肯定でもない――ただ、従うしかない震え。 (この段階まで来れば、もう同じだ) 考えることをやめて、与えられる刺激だけを追い始める。 自分でどうしたいかなんて、どうでもよくなる。 「な?」 耳元で囁く。 「自分で動かなくても、ちゃんと気持ちよくなるだろ」 女は答えられない。 代わりに、浅く乱れた呼吸だけが返ってくる。 (……単純だ) 壊しているつもりはない。 ただ――順番を教えているだけだ。 考える前に、感じること。 抵抗する前に、委ねること。 それだけでいい。 「ちゃんと、俺の方見ろ」 女の視線が、ゆっくりと引き戻される。 もう、どこにも逃げ場はない。 (最初から、分かっていた) 少し優しくしてやれば、 少し触れてやれば、 あとは勝手に、こちらを求めるようになる。 ――そこから先は、早かった。 ※ 「ひ……あ、っ! もう、むり……っ、しんじゃう……っ!」 玲はそんな懇願を無視し、仰向けになった女の両足を高く、天井へ向かって蹴り上げた。彼女の腰を大きな掌で強引に持ち上げ、自身の膝を支えにした。 宙に浮いた女の身体は、玲が楔を叩き込むたびに、逃げ場を失って無様に揺れた。 「――お前が『知りたい』って言ったんだろ」 玲は嗤った。額に浮かんだ汗を拭うこともしない。 渚の前では決して見せない、獣の獰猛さを孕んだ貌。 「性感帯を探してあげてるんだから、まだ頑張れよ。まぐろを卒業したいんだろ?」 玲は片手を伸ばし、自身の楔が限界まで埋まっている女の下腹

  • 壊したいほど好きだから、   第1章:006

    「どうぞ」 無害そうな笑みを浮かべ、隣りを促すと女は恐る恐る玲の隣りに座った。 Barの高い椅子も不慣れなのか何度も座り直す。その度にスカートが捲れそうになり、慌てて手で押さえていた。 ようやく、思ったように座った彼女はマスターに「同じのを下さい」と伝えた。度が強いウイスキーだということを玲は教えなかった。 ――案の定、二杯で酔ってしまっていた。 「わたし、今日が二十歳のたんじょうび、なんれす」 「おめでとう」 心のこもらない言葉を、グラスで隠す。 女は愚痴を喋り続けている。 玲はそれを聞き流しながら、別のことを思い出していた。 (あの時) ――怖かった、と震える声で電話が来た。 大学時代、女子だけだと思っていた飲み会に男が来て。 差し出された酒を、渚は断れなかった。 一口飲んで、顔色が変わった。 トイレの個室に閉じこもって、泣いていた渚を思い出す。 レイプドラッグを酒に混ぜて渚に渡した男の大学を調べようと思ったが、渚がことを大きくしたくないから、と被害届は出さなかった。 『未遂だから大丈夫』 ――未遂? こんなに怖い思いをしたのに? 震えて、夜も眠れないのに? (……殺してやればよかった) 顔も知らない男に、そんな感情が浮かぶ。 (渚……暫くは、外に出られなかったな……) ――あのままで良かったのに。 カラン、と音を立ててウイスキーが置かれる。 玲はグラスを手に取り、隣の女に差し出した。 (渚なら、こんな場所に来ない) ――来させない。来られたら困る。 アルコールにトラウマがある渚が、こんな場所に足を踏み入れることはない。 玲がここで何をしていようと――触れていようと、壊していようと。 (知ることはない)「俺からの誕生日祝い」微笑むと、女は頬を染めた。 (こういう女は、少し優しくすればすぐ縋る)グラスがぶつかる音。 女は躊躇いなく飲み干した。 玲は微笑みながら女を眺めていた。女が同じ酒をマスターに頼んでいることも止めなかった。 「――おにぃさんが、やさしそう、だったからぁ」 「そう思ってもらえて嬉しいよ」 優しい男は、酒が弱い女に強い酒を進めないし、限界を知っていて止める。 昔から、無害な外見で得することは多かった。身なりを清潔に整え、温和に、冷静に振舞えば他人からの第一印象は決

  • 壊したいほど好きだから、   第1章:005

    ※ ※ ※ 別に渚を疑っている訳じゃない。 社会人にでもなれば、残業は増えるものだ。 ここ最近になって、残業が増えたのは事業部長が変わったから、と言うのも納得は出来る。 だが――相手は海外から赴任してきた人物だ。 そんな人間が日本の悪しき風習である残業を部下にさせるだろうか。しかも、決まって毎週金曜日。金曜は渚に手料理を振る舞って、その後は配信ドラマや映画を観て、ベッドに入るという流れが今では夕食の時間が遅れ、ドラマと映画を見る時間が削られてしまっていた。 「橘部長がね、アメリカ本社のパーティで」 (橘) 「橘部長が、アメリカのカフェで」 (橘) 「橘部長が、今日の会議で」 (橘、橘、橘……) 口を開けば橘のことばかり。 ピロートークが橘になりつつあった。なりつつ、というより……もうなっている。 以前の渚は、仕事の話をあまりしなかった。 それが今では、楽しそうに仕事をしている。 今日は何を食べたとか。 テレビで観た動物動画が可愛かったとか。 そんな、他愛もない話ばかりだった。 渚の世界は、狭かった――それでいいんだ。 俺と、ほんの少しの日常だけでいい。 俺以外、視界に映さなければ、なんでもいい。 でも今は違う。 渚の知らない顔が増えていく。 俺の知らない時間が増えていく。 その中心にいるのが、橘だ。 (そんな奴のことより、俺の話をしてくれ) と内心思うも、玲は言えない。 不要な発言をしたことで、渚に不信感を持たれたくない。 渚が生まれて初めて職場で尊敬できる相手を見つけたのだ。茶々を入れることはできなかった。 (相手は……女だし) 男なら、渚がこんなに楽しそうに仕事をする筈がない。 (だが……それを俺がどう思うかは別の話だ) 渚が俺以外に意味を見出して、俺じゃなくても良くなったら、俺はどうすれば? 「――あの……お隣り、いいですか……?」頭上から声がして、玲はウイスキーが入ったグラスの縁から唇を離した。 視線を上げると、背中まで伸びた黒髪を後ろに流し、胸が強調される服に、タイトなミニスカートの下に黒タイツを履いた女が玲を見ていた。 化粧慣れも、着慣れていない感じがした。素朴さがまだ前面に出ている、擦れてないような子だ。 (……壊れやすそうだ)

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