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第1章:012

last update 公開日: 2026-05-27 11:03:49

渚は携帯を手に取ると、オフィスを出て非常階段の踊り場へ向かった。

重いドアを押し開けると、冷たい空気が流れ込んでくる。渚はコンクリートの壁に背中を預けて、通話ボタンを押した。

「もしもし、渚。お昼中にごめんね」

低く、穏やかな声。

それだけで、さっきまで胸の奥に這い上がってきていたものが、すうっと引いていった。呼吸が、少しだけ楽になる。肩の力が抜けていく。

玲の声は、いつもそうだった。どんな時でも、この声を聞くと渚の中の何かが静かになる。

「ううん、大丈夫だよ」

自分でも驚くくらい、普通の声が出た。

「ちゃんと食べてる?」

「食べてる。玲こそ、お昼は?」

「俺は後で食べるよ。渚の声が聞きたくて」

渚は笑った。

玲が自分を好いていてくれることが、嬉しくて。

優しくて、頼りがいがあって、思いやりがあって。

私にはもったいない最高の彼氏。

(本当に、私でいいの?)

「……玲」

「ん?」

「なんでもない」

何を言おうとしたのか、分からなかった。本当に私でいいのか訊こうとしたのか。

それとも、ありがとう、好きだよ、と伝えたかったのか。

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