Share

第12幕

Author: 槇瀬光琉
last update publish date: 2026-10-09 19:43:27

夜に咲き、夜に乱れ

朝に散る、儚き空蝉

わちしは空蝉

答えは口には出せぬ

かの人への――

「小夜どの、また、あなたに会いに来てもいいだろうか?」

言葉を失くしたままの小夜に、神城が問う。

「あっ…かまへんで…せやって…忘れもん…取りに来てくれはるんやろ?」

小夜は窓辺に置いてある、大切に使っている箱を取り出し、中から艶やかな絹の包みを取り出す。

「それは、自分の忘れ物です。なので…また、取りに来ます」

神城は小夜の手に乗る包みに手を添え、小夜の手ごと包み込む。

「ええんどすか?」

小夜の声が、かすかに震えた。

来てはいけないと思う気持ちと、会いたいという気持ちがせめぎ合う。

言葉に出来ぬ自分に、預けていてもよいのかと…。

次を約束をしてもよいのかと…。

「えぇ、自分は自分の意思で取りに伺います。だから…小夜どの…」

神城は一旦言葉を途切らせ、じっと小夜を見つめる。

そして…

「だから…次も…俺にあなたの夜を使わせてくれ」

小夜の身体を強く抱き締めた。

「…蒼真さま…おおきに…ちゃんと来てくださいな…待っとります…小夜の夜をあけて…」

小夜はそっと蒼真の
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 夜桜~空蝉の儚さよ~   第16幕

    言葉を発することさえできぬまま、繰り返される口づけ。神城とて男であり、聖人君子でもない。神城はグッと小夜の身体を抱き寄せると、そのまま床に押し倒し、今度は自分から口づけた。「んっ、ぁ、かみ、まっ、んぅ……っ」かわす口づけは決して軽くはない。深く、長く、互いの息が絡み合うほどに、情熱的な口づけを繰り返した。「小夜」熱のこもった声で名を呼ばれ、小夜は神城の頬に触れようと手を伸ばす。が、その手は掴まれ、唇を押し当てられた。「…っ…そぉ…ま、さま」神城は小夜の目を見たまま、まるで小夜に見せつけるように、ゆっくりと手のひらから手首へと唇を移動していく。ピクリと反応をして、小夜が手を引こうとするが、それはかなわない。神城はゆっくりとした動作で、唇を手首から腕へと移していく。「…っ…そぉ、ま、さま…」小夜の頬は紅く染まり、その瞳は潤み始めていた。嫌なわけではない。 むしろ、期待をしている。それでも、不安が付きまとう。空蝉は夜を売るのだから…。神城は小夜を引き、腕に抱き締め、その細い身体を包み込んだ。そして首を引き寄せ、再び唇を奪った。お互いに息をつく間もないほどの口づけをかわす。今のふたりには言葉などいらぬもの。 言葉では告げられぬ想い。「ぁ、はぁ」小夜が小さく声を漏らすと、ふたりの間に透明の糸が引いた。「そぉ、ま、さま、わちしの、紅、が」小夜は神城の唇の端に残る己の紅に気が付き、そっと親指で拭う。「気にする必要などない。どうせまたつくのだから」神城はそんな小夜の頬に手を添え、今一度、唇を重ねた。小夜はそれに応えるように、そっと神城の首に腕を回したのだった。 「んっ、ぁ、やぁ、」小夜の口から零れる吐息は、甘い響きを宿していた。ただ、ただ、己の身に優しい口づけを落とされているだけというのに、むずがゆいような甘い痺れが、触れられた場所から広がっていく。時折、思い出したかのように神城は顔を上げ、小夜の顔をジッと見ては口づけをしていく。小夜はそれが嬉しくて、それでいて、少し恥ずかしい気がした。帯も外され、飾っていた簪も外されてしまった。今ここにいるのは、空蝉を剥がされてしまった小夜。「綺麗だ…」ポツリと神城が呟きを落とす。その言葉を拾った小夜の頬が、カッと赤く染まっていく。夜の客はそんなことなど言

  • 夜桜~空蝉の儚さよ~   第15幕

    はらりはらりと桜の花びらが、風に乗って花街を舞い落ちていった。カランカランと下駄を鳴らし、紅い橋を渡る。 夜の花街へと続く橋。今宵の小夜は、店へ行く道のりが遠く感じていた。 それと同時に、気分が沈んでいる。「はぁ…」自然とため息が零れ落ちた。「せやから…あかんのや…」独り言ちし、小夜は重たい足を進めた。小夜が店の暖簾をくぐれば、「おはようさん、お客が待っとるよ」女将からそう告げられ、ますます気分が落ちた。「小夜…顔、出とるで…」小夜の変化を感じた女将が、すぐに直せと告げる。「…消えたらあかん?」小夜はつい、そう聞いてしまった。「あかん。後悔しとうないなら、部屋にいきぃ」女将の言葉が、小夜の胸に静かに刺さった。後悔なら…すでにさっきしたところだった…「ほな…いってきます…」小夜は諦め、小さく息を吐き、自分が使わせてもらっている部屋へと向かった。「ほんに珍しいね…態度に出るなんて…でも…きっと驚くやろね…」気分が沈んだまま部屋へ向かった小夜の背を見送り、女将は番頭の横にある小包を見て微笑んだ。小夜は部屋の前へ来て、扉の前で立ち止まり、ため息をつく。気分じゃない。それでも客がいるのなら、空蝉にならなければならない。小夜はもう一度息を吐き、そっと扉を開けた。そして…「…えっ…」そこにある靴を見て驚いた。が、違うかもという気持ちもあった。小夜は逸る気持ちを抑えながら、静かに中へと足を踏み入れた。部屋へ入って、小夜の時が止まった。あの日と同じ光景。窓辺にもたれて、夜の花街を眺めている後ろ姿。 そこには酒の膳。小夜の心が泣いた。「おそうなり…」神城に声をかけかけたが、言葉が続かず、小夜は口を噤んだ。その声を拾った神城がゆっくりと振り返り、小夜を確認すると、静かに微笑んだ。「…あっ…おいでやす、神城さま」小夜は慌てて神城の前に座り、挨拶をした。「今宵も小夜どのとの時間を買いました。明けの刻まで一緒にいてくれますか?」神城の言葉に、小夜は驚きと喜びを感じた。あぁ、また明けの刻まで一緒にいてくれるのだと…「わちしでええんどすか?」本当に自分でいいのかと、確認してしまう。「自分は小夜どのがいい」神城はハッキリと言い切った。「せやったら…今宵はどうしなはります?」小夜の問いかけ

  • 夜桜~空蝉の儚さよ~   第14幕

    「元帥、少しお話があります」と、中間兵の一人が少し緊張した面持ちで声をかけてきた。「ここで、大丈夫な話か?」神城は声をかけてきた中間兵の顔を一瞥し、静かに問う。人に聞かれたくない話であれば、部屋を移動する必要があったからだ。「いえ、大丈夫です。佐怒田上官や北野上官にも聞いてほしいお話ですので」中間兵は大丈夫だと答えた。「なら、いい。で、話とは何だ? 新谷中間兵」神城はならばここで話を聞こうと、新谷に声をかける。「はい、実はこの度、婚約者との婚姻を結ぶことになりました。そこで…その…」新谷は少し照れながら話し出す。「おっ、ついにか」「やったじゃないか」新谷の言葉に、佐怒田と北野は素直に喜んだ。「おめでとう」神城もそんな新谷に、お祝いの言葉を告げる。「ありがとうございます。そこで、お願いがあります」新谷は意を決して神城に向き合う。神城は話を続けろと促した。「実は、お三方に式に来ていただきたいのです。婚約者の家族もそれを望んでいまして」新谷からの願いは、上官三人で自分の結婚式に出てほしいということだった。一瞬、神城は驚いた顔をしたが、「それは構わないが、我々が出て迷惑ではないのか? その他の方々にとって…」本当に大丈夫なのかと聞いてみる。「はい、大丈夫です。むしろ、お会いしたいと言ってくれております」新谷はハッキリと言い切った。「そうか、わかった。なら、出席させていただこう」「そういうことなら」「我々も」神城だけではなく、佐怒田と北野も一緒に、と返事をした。「ありがとうございます。日時などはまた改めてご連絡します」新谷は頭を下げると、部屋を出ていった。閉じられた扉を見て、神城はため息をついた。「よかったんですか、元帥」そのため息を拾った佐怒田が声をかける。「人が多いところは苦手だと、以前仰ってましたよね?」北野も大丈夫なのかと聞く。「苦手だが、祝いの席は出向く方なので大丈夫だ」祝いの席ならばと、神城は人が多くても出席することにしていたのだ。「元帥はそういうところは、しっかり切り分けてますね」「本当にすごいと思います」佐怒田と北野は、神城の感情の切り分けに感心すると同時に、尊敬もする。自分たちでは、どうしても負の感情の方が先に動いてしまうと…。「そうでもない。自分もそこまで大人ではないか

  • 夜桜~空蝉の儚さよ~   第13幕

    神城を見送った後で、小夜は己の手の中に残る包みを握りしめ、胸に押し当てる。「…ゆるい…て…そぉ…まさま…わちし…を…ゆるいて…」紡ぐ言の葉は震えた。本当は言葉にして伝えたかった。 自分自身の想いを、言葉に出来ぬ理由を…だが、結局は何も言えぬまま、時だけが無情にも流れて行ってしまった。小夜は包みを袖にしまい、自分のつけている花簪を外した。 そして、しまってあった包みを取り出し、簪と花簪を入れ直し、懐にしまった。外した簪を窓辺の箱の上に置き、小夜は部屋を出た。下に降りてきた小夜を見つけた女将は、「きぃつけて帰りよ」と、小夜に声をかける。「女将はん…わちし…」小夜は何かを言いかけて、言葉に詰まる。「小夜…花街には花道のルールちゅうもんがあるんや…あのお方はちゃんとわかっちゅうよ…」女将が小夜の言葉の意味をくんだ返事をする。「せやろか…」不安げに女将を見た。「心配せんでもえぇよ…あのお方は小夜との約束は違えへんて…まぁ、えらく実直すぎやから、かえって心配になりよるけどな…」女将は苦笑いを浮かべた。「ほんに…不安になるときある…そやけど…それが…あん人やから…」小夜はそっと目を伏せた。「ほら、そないな顔せんと、帰ってゆっくりしぃ」女将は小夜の背を軽く押し、帰るように促した。「ほな、また」小夜はそうとだけ言い、帰路へとついた。いつもの紅い橋を越え、川沿いの細い道を一人歩いた。花街の店が立ち並ぶ通りの奥道…。 その奥道の中に、小夜の家がある。花街の表とは違い、ここには怒号や喧嘩、そんなものがありふれている。「よぉ、暦、今日も男漁りで朝帰りかぁ?」酔っ払いが小夜に絡んできた。「くっせぇ…。くっせぇ息吐きかけんな」小夜は…いや、暦と呼ばれた小夜は、酔っ払いの男を押しのける。「あーん、んだその言いぐさは…」押しのけられた酔っ払いは小夜に掴みかかろうとするが、その手首をひょいとかわした小夜は、男の背後に素早く回り、「本当のことだろうが。酔っ払い野郎が」とん、と背を押す。背を押された拍子に、酔っ払いはよろよろと進み、こけた。「なにしやがんだ! 暦!」酔っ払いが怒鳴るが、「うるせぇよ。朝から怒鳴んなクソ野郎が…。悔しけりゃ客でも取ってみな」小夜は軽くあしらい、くるりと背を向けてその場を後にした。

  • 夜桜~空蝉の儚さよ~   第12幕

    夜に咲き、夜に乱れ 朝に散る、儚き空蝉 わちしは空蝉 答えは口には出せぬ かの人への―― 「小夜どの、また、あなたに会いに来てもいいだろうか?」言葉を失くしたままの小夜に、神城が問う。「あっ…かまへんで…せやって…忘れもん…取りに来てくれはるんやろ?」小夜は窓辺に置いてある、大切に使っている箱を取り出し、中から艶やかな絹の包みを取り出す。「それは、自分の忘れ物です。なので…また、取りに来ます」神城は小夜の手に乗る包みに手を添え、小夜の手ごと包み込む。「ええんどすか?」小夜の声が、かすかに震えた。来てはいけないと思う気持ちと、会いたいという気持ちがせめぎ合う。言葉に出来ぬ自分に、預けていてもよいのかと…。 次を約束をしてもよいのかと…。「えぇ、自分は自分の意思で取りに伺います。だから…小夜どの…」神城は一旦言葉を途切らせ、じっと小夜を見つめる。そして…「だから…次も…俺にあなたの夜を使わせてくれ」小夜の身体を強く抱き締めた。「…蒼真さま…おおきに…ちゃんと来てくださいな…待っとります…小夜の夜をあけて…」小夜はそっと蒼真の背中に手を回した。それは初めて、小夜が空蝉ではなく、小夜自身の言葉で返したものだった。「あぁ、必ず。また夜をもらいに来る」神城は小夜の頬に手を添え、そっと優しい口付けを交わした。情か、恋心か、気まぐれか、はたまた遊びか。神城の真意は、小夜にはまだ測りかねた。だが、それでもいいと思う。自分は空蝉だからと…「さて、そろそろお暇をしよう」神城は小夜の頬を一撫でして、離れた。「せやったら…お見送りを…」小夜が外まで、と声をかけるが、「いや、ここでよい」神城が断りを入れる。「…そう…どすか…」小夜は名残惜しそうに目を伏せ、小さく頷いた。「すまぬ、小夜どの…見送られると…その…後ろ髪を引かれてしまう…もう少しいたいと思うので…」神城は断りを入れた理由を、素直に口にした。「…あっ…せやったら…ここから…見送らさせてもらいます」小夜は小さく笑い、この部屋から見送ると答えた。「すまぬ、わがままを言った。また、取りに来るので、その時まで預かっておいてくれ」神城は小夜の手を一度だけ握り、静かに部屋を後にした。神城が番台へ顔を出せば、「お帰りですか、元帥はん」女

  • 夜桜~空蝉の儚さよ~   第11幕

    東の空が、うっすらと白みを帯び始めていた。「…んっ…」小さな声を零し、閉じられていた小夜の瞼がふるりと震えた。「まだ早い。もう少し夢の中にいてもよいのだぞ」窓にもたれた神城は、己の腕の中で眠っていた小夜に声をかけた。普段だったら、酒に呑まれることなどない小夜が、昨夜は杯を重ね、神城の腕の中で眠ってしまったのだ。まだ泡沫の中に身を委ねている小夜は、自分の状況がわかっておらず、「…そぉ…ま…さま…はな…さん…といて…わち…し…」そう言の葉を紡ぎながら、神城の胸に頬を寄せ、服をギュッと掴む。「あぁ、大丈夫だ。離さぬよ」神城はそんな小夜の肩を抱き寄せ、髪を撫でていく。「うれ…しぃ…」小夜はそんな言葉と共に、再び泡沫の中へと沈んでいった。「…小夜…俺は…――…」神城は小夜の耳元で何かを囁いた。が、それは決して小夜の耳に届くことはなく、明けの刻が近づく花街の空へと消えていった。 「んっ…」空が明け、夜とはまた違った賑わいを見せる花街。そんな街の声に気が付いた小夜の瞼が、再び震えた。「かみ…しろ…さま?」小夜は薄く目を開けた。「目が覚めたか。少しは寝られただろうか?」思った以上に声が近く聞こえ、小夜は驚いた。「えっ? あっ、わちし、もしかして…」小夜は続きを言葉にできずにいた。「約束…したからな…離さぬと」神城はちゃんと小夜との約束は守ったと告げる。そんな神城の言葉に、小夜は驚きと喜びを感じる。空蝉のたわ言に付き合ってくれたことへの喜び。「神城さま、疲れてはりまへん? わちしが言うたから…」喜びの中に、神城への心配が浮かんだ。「あぁ、大丈夫だ。ほら、このように使わせてもらったからな」神城の背には、この部屋にある寝具が使われていた。よくよく見てみれば、自分の身体にも掛けられていた。「神城さま…慣れてはります?」小夜はつい、そんなことを聞いてしまった。「まさか…花街で一夜を共にしたことがあるのは小夜どのが初めてで、自分は勝手がよくわかってないのだ」神城が慌てて弁明をしてくる。その姿が昨夜の神城とはかけ離れていて、小夜はクスリと笑ってしまう。「きぃつけなはれ…花街は艶やかなだけではありまへんから…落とし穴っちゅう危険もありますえ」小夜は神城の頬に手を添え、微笑む。それは艶やかで、それでいて妖しい笑み。

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status