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第5幕

Author: 槇瀬光琉
last update publish date: 2026-10-02 19:08:56

「…っ…神城さま…冗談きついどすへ」

小夜はそっと顔を逸らした。

花街に生き、花街で仕事をしている自分に、そんなことを言う輩は多くない。  

中には、強引に迫ってきた輩だっている。それなのに…

あの日、目が合っただけで、ここまで探しに来るなど正気の沙汰ではない。  

それどころか、金目当てに相手をされてもいいなどと言う神城には、驚きしかない。

だが…期待はしてしまう。  

それが、自分でも恐ろしかった。

「冗談などではない…っ…すまない。初めて話した自分が言っていい言葉ではなかったな」

神城は冗談ではないと言いかけたが、それを小夜に押し付けるべきではないと思い直し、言葉を途中で飲み込んだ。

知り合いと言える関係ではない。  

今日、初めて話した相手なのだ。

そんな相手からこんなことを言われても、信用はできないであろう。

神城は小さく息を吐き、

「小夜どの…今宵はお暇をしよう」

と静かに告げた。

その言葉に驚いた顔をして、小夜が神城を見る。

「えっ…神城さま…どないして…」

小夜は神城の突然の言葉に、動揺を隠せないでいた。

「このまま自分がここに留まれば、小夜どのが困ることになるかもしれぬであろう?」

神城はそう答えながら、腰を上げる。

「待っておくなはれ…神城さま…」

小夜は咄嗟に神城の腕を掴んだ。

腰を上げかけていた神城に、小夜が勢いよく掴まったものだから、二人はそのまま畳の上に倒れ込んでしまった。

「…っ…小夜どの、大丈夫ですか?」

小夜に声をかけた神城は、固まった。

小夜が怪我をしないようにと咄嗟に抱きしめ、自分が下敷きになったのだが、自分の腕の中で、小夜がはらりと涙を流したからだ。

「…っ…堪忍な…神城さま…わちしは空蝉やから…」

小夜の言葉に、ハッとする神城。

だが次の瞬間、小夜を己の腕の中に抱きしめ、

「かまわぬ。自分はそれでもかまわぬ。小夜どのが…それでいいのなら…自分はそれでよい…」

と、震える声で囁いた。

「…あかん…あかんよ…神城さま…あなたはあかんよ…」

小夜は神城の腕の中で、小さく首を振る。

神城をこの世界に留めてはいけないという思いと、もっと一緒にいたいというふたつの想いが、小夜の中で渦巻いていた。

最初から、そんなつもりなどなかったのだ。

あの日、会ったあの瞬間、確かに何かに導かれるように目が離せずにいた。  

それでも、忘れようとしていたのだ。

なのに、今宵、あの場所で見つけ、声をかけたら、もう止まれなくなってしまった。

もっと、この人を知ってみたいと思った。  

思ってしまったのだ。

己が空蝉だというのに…。

「なぜだ。自分では…っ…俺ではだめなのか? 小夜」

神城は「あかん」と繰り返す小夜に問う。

その言葉に、小夜の瞳からはますます涙が零れ落ちた。

「堪忍してぇや…神城さま…あなたは…あかんよ…」

小夜が涙ながらにダメだと告げる。

それはまるで、頑なに何かを拒むように…。

「俺ならかまわぬ。俺は…この出会いを無駄にはしたくない」

神城は涙を流す小夜の身体を抱きしめた。

「…っ…あなただから…あなた様だから…わちしはこの世界に染めたくはないんどす…」

小夜は、神城だからこそ、この花街の穢れた世界に染めたくないと訴えた。

「この世界が穢れているというのなら…それこそ本望だ。俺はすでに血塗られた男だからな」

神城はより一層、小夜の身体を強く抱き締めた。

「…っ…かみし…蒼真…さま…許して…わちしは…あなたが…」

小夜は唇を噛み締めながら、神城の胸に顔を埋めた。

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