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第3幕

作者: 槇瀬光琉
last update 公開日: 2026-09-28 18:02:08

男は今、来た道を引き返し、橋を渡りきった先、三軒先のひときわ大きな店の前へと来た。  

そこは、あの日、神城が会合を行った店の真隣にある店だった。

「わちしがつこうてる店はここどす」

男はそう言いながら、店の中へと入った。

「おや、小夜。今宵は来ないかと思うとりましたよ」

店に入るなり声を掛けてきたのは、この店の女将である。

「堪忍な、女将さん。偶然、この方とお会いしてもぉて…ついうれしゅうのぅて、連れて来てしもうたんどす」

男は…いや、小夜は少しだけ頬を染め、神城の腕にそっと自分の腕を絡めた。  

神城はペコリと頭を下げた。

「あら、素敵な殿方やない。それに…その紋章は元帥はんやね」

女将は小夜が連れてきた神城を見て、彼が元帥だと口にした。

「よく…わかりましたね」

神城が少し驚きながら聞けば、

「この界隈、あんさんみたいな殿方やて来ますさかいな。えろう若くしてなりなはったみたいやね」

女将は愚問だと言わんばかりに笑った。

女将の言葉に固まったのは小夜である。  

神城が元帥だと知ったからだ。

「すまない、やはり、自分と語らうのは嫌だろうか?」

小夜の身体が強ばったことに気が付いた神城は、小夜の顔を覗きこみ、聞いてみる。

もしそうならば、このまま帰ればいいだけだと己に言い聞かせる。

「あっ…堪忍な…少し嫌なこと思い出しただけやねん…せやから…気にせんといて」

小夜は小さく首を振り、大丈夫だと答えた。

「ほら、そないな所におったら、他のお客はんに迷惑になるさかい、早う部屋へゆきぃ、小夜」

女将はそんな二人を追い出すように、部屋へ行くよう促した。

小夜は神城の腕に腕を絡めたまま、

「いきましょか、元帥さま」

普段使わせてもらっている部屋へと、神城を案内する。

小夜が連れてきた部屋は、三階の奥の部屋。  

窓の外には、巨木の桜が近くに見える。

「この部屋は特別なんどすえ」

小夜は神城を窓辺へと案内する。

「特別とは?」

神城はつい聞いてしまった。  

聞いてから、しまったなと思う。

深く聞くべきではない。そう思ったのだ。

「この部屋は…わちしだけがつかえるんどす…せやから今宵は元帥さまとここで、語らいとうございます」

小夜は小さく笑い、神城を座らせ、自分も向かい合わせに座った。

「お酒、飲みなはります?」

小夜は神城に聞いてみた。

「イヤ…あなたが困るなら…飲まなくともよい」

神城は飲まなくとも大丈夫だと答えた。

その言葉に小夜は少しだけ安心したのだが、客としてここに来ているのだ。何か出さないわけにはいかない。

だが、

「大丈夫だ。自分はあなたと話がしたい」

神城は話すだけでいいと、もう一度告げてきた。  

小夜はそんな神城の心遣いが嬉しかった。

「せやったら…元帥さま、名を聞いてもよかどすか?」

「自分は陸軍元帥、神城蒼真ともうします」

小夜の問いに、神城は迷うことなく己の名を名乗った。

「神城さま…蒼真…さま…素敵な名ですな」

小夜は神城の名を口にし、ほぅと息を吐く。  

神城の容姿に似合う、素敵な名だと思ったのだ。

「あなたの名は?」

今度は神城が聞いた。  

本人の口から聞きたかったのだ。

「わちしは小夜といいます。この場所ではそう呼んでおくんなまし、神城さま」

小夜が笑う顔は、あの日、初めて目にした少しだけ妖しげな笑みと同じだった。

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