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1.夫婦二人で歩む道

last update publish date: 2026-09-14 07:01:19

 あれから三年後──

 爽やかな秋晴れの空の下、蓮花とその夫、鈴峯 透《すずみね とおる》は霊園へ訪れていた。

 墓石に刻まれた『滝川』とは、蓮花の旧姓であり、その墓に眠るのは三年前に病で無くなった養父である。

「お父さん……」

 仏花を手にしたまま未だ癒きっていない蓮花の手を離し、透は手提げ桶の水を掬い、持参した雑巾で綺麗に墓石を拭い始める。

「ほら、綺麗にしてあげないと」

 透に促され、蓮花も小石の隙間から伸びた雑草を抜き取る。

「早いものだね。俺にあの時、手術費を工面する甲斐性があったら……」

 そう言い、透は自分を責め続けている。

「透さんのせいじゃあ……わたしがそもそも仕事に追われて……」

「仕方ないさ。旭飛の社員とはいえ、高給取りの研究者達とは扱いが違うんだから」

「……そう。ただのお茶汲み要員だったしね」

「真面目に働いてたんだ。お父さんも文句なんか言わないさ。

 それにあの時蓮花の援助がなかったら、俺も鈴峯研究所を軌道に載せられなかった」

 当時、透の立ち上げた鈴峯研究所は蓮花の貯蓄まで切り崩し、ようやく立ち上げた新進気鋭の研究所だった。

 その頃同時に婚約をし、後に鈴峯研究所は見る見る間に力を付けていった。

 そして例の、未知の生命体の研究が始まると一躍脚光を浴び、透自身もメディアや化学雑誌に引っ張りだこの生活を送っていた。

「そう……ね。確かに、あの頃のわたしたちは全てのタイミングがズレてて……。間に合わなかった……」

「人生って、そういうものなのかもな。でも、蓮花。大事なのは俺たちがお父さんの死を受け入れ、忘れないで感謝する事さ」

「透……。そうね」

 透は手を洗い流すと、蓮花の肩を抱き寄せ真っ直ぐと墓標を見上げた。

「お父さん、来週は俺たちの3回目の結婚記念日ですよ。幸せに過ごしてます。

 来年の命日にも来ますよ」

「ええ。そうね。

 お父さん、来年も来るからね」

 手を合わせて二人静かに願う。

 来年もこうして夫婦揃って、父の命日を過ごせる事を。

 その時──聞きなれた着信音が透のジャケットから鳴り始めた。

「はぁ。やれやれ、また杏のやつか」

「最近頻繁ね」

 液晶画面には『桐生 杏』の文字。

 医療薬品メーカーや研究機材販売業者など、幅広い業界にコネクションを持つ財閥令嬢だ。

 透の後輩と言う縁で、その実力を余すことなく鈴峯研究所に貢献してくれたコンサルタントでもある。

「注文がやたら多くて嫌になる。後輩のくせに遠慮もないしなぁ」

「それで鈴峯研究所は成功しているんだもん。杏さんには感謝しなきゃ」

「まぁ。どうせ何かにつけて呼び出される。研究所へ向かうよ。

 さ、家まで送って行く、乗って」

「わたしは──」

 まだ午前で清々しい程に晴れた空。

「少し散歩しながら帰るわ」

 透はポルシェに向かっていた足を止め、一度蓮花の元へ戻ってくる。

「じゃあ、気を付けて帰るんだよ」

 そう言い、蓮花を抱き寄せ長い髪に顔を埋めた。

「大丈夫、大袈裟よ。記念日にはお義母さんも来ると思うし、透も仕事頑張ってね」

「ああ」

 透は蓮花から離れると、ようやくそばに運転手がやってくる。

「鈴峯研究所に行く」

「かしこまりました」

 後部座席のドアが開かれたが、透は胸ポケットからパサリとハンカチを落とした。

 蕩けそうなほど磨かれた靴。

 墓掃除で弾いた水滴を几帳面に拭うと、そのハンカチを隣の墓石目掛けて投げつけた。

「全く…… ! うんざりする ! 」

 透の車が走り去って行くのを手を振り見送った蓮花は、父親の墓の見えるベンチに座り、ぼんやりと菊の花を眺めた。

 嫌でも考えてしまう養父の事 。

 滝川  丈太郎は数多くの医学本出版で脚光を浴びた学者である。大学で教鞭を取り始めた頃、妻に先立たれ、子のいない滝川は養子として蓮花を引き取った。

 その養父が進行癌で要治療になった時、蓮花は既に透の起業資金を出資したばかりだった。

 ──もし、資金提供をしていなかったら ? ──滝川 丈太郎《父》は助かった….… ? 

 そんなifの世界線の話を考えてしまう。今でも透に資金提供したのは良かったのか ? だが、あの時期でなければ透が軌道に乗れなかった。

 勿論、こんな悩みは透にも相談できない。ただこの命日になる度に、蓮花の心の奥底でモヤモヤとした気持ちが生まれる今更どうしようもないというのに。

「── ! ──〜〜〜 !! 」

 誰かが遠くで騒いでいる。

 霊園のそばには遊具のある大きな公園も隣接している。

 一際甲高い叫び声に、蓮花はフフッと笑った。

「お墓参りに来た子供かな ? そうだよね、子供は飽きちゃうもんね」

 prrrrr.prrrrrrrr♪

 蓮花のバッグから聞こえる着信音。

 そのメッセージは久々に思える雨宮博士からだった。

『レン、いま暇 ? 』

 蓮花は一瞬迷ったが、夕飯の支度は済ませてある。予定が入っても大丈夫だろう。

『暇ですよ』

 返信を返すとすぐに既読が付いた。

『鈴峯研究所は無事 ? あの後何があったの ? 』

「……無事 ? 一体なんの話…… ? 」

『何かあったんですか ? 鈴峯は今も稼働中のはずです。夫が今出勤しました』

 既読後、雨宮博士からのメッセージは途絶えた。

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