Share

第747話

Author: 夜月 アヤメ
花が病院を出て行った後、西也も結局ほとんど食事をとらなかった。

軽く片付けた後、彼は再び若子の病室へ向かうことにした。

その途中―

ブルブル......

ポケットの中のスマホが振動する。

彼は取り出し、画面を確認した。

―知らない番号。

一瞬、眉をひそめたが、そのまま通話ボタンを押す。

「......もしもし」

「遠藤さん、ごきげんよう」

その声を聞いた瞬間―

西也の目が鋭く光った。

―この声......!

「......お前か!」

間違いない。

若子を誘拐した、あの男の声だ。

「おやおや、覚えていてくださったんですね。感動しますよ」

「貴様......!!」

西也は、スマホを握る手に力を込める。

「よくもノコノコ電話をかけてきたな......!!」

「ええ、もちろんですよ。だって、警察の皆さんが全然僕を捕まえてくれないんですもの。待ちくたびれて、いっそ自首しようかと考えたくらいですよ」

―ふざけるな。

男のふざけた口調に、怒りが込み上げる。

「......で、何の用だ?言っとくけど、若子には、もう指一本触れさせない。もし近づいたら―殺すぞ」

西也の声が低く響く。

だが、男はそれを楽しむように笑った。

「僕が彼女を傷つける?随分とひどいことを言いますね」

「......何?」

「前回、僕が彼女を助けたんですよ?忘れたんですか?」

男は楽しげに言葉を続ける。

「もし僕があの時、あの連中の手から彼女を奪わなかったら―あなたの大切な若子さんは、もっとひどい目に遭っていましたよ」

西也の顔色が、一瞬で変わる。

「......ふざけるな」

「事実ですよ?彼女を無事に返したのは、僕です。それとも、あなたはまさか自分が助けたとでも思っていたんですか?」

「......っ!!」

拳を強く握りしめる。

「それで、何が言いたい?」

「ふふ、落ち着いてくださいよ。単なる世間話です」

男は楽しげに笑うと、少し声を低くした。

「ところで、遠藤さん。あなたはどう思いましたか?あの時、藤沢修の胸に矢が突き刺さった瞬間」

西也の目が、冷たく光る。

「......何が言いたい?」

「あなたはあの光景を見て......嬉しかったですか?
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter
Comments (2)
goodnovel comment avatar
シマエナガlove
修誘拐監禁されてそう 西也が修殺しそうだし 修が狂うって内容だったけど 修がボロボロになって 西也に騙されてたのがわかって 若子が狂って精神崩壊しそう 若子と西也自業自得
goodnovel comment avatar
シマエナガlove
そろそろ西也の悪事がバレて 若子からも離婚切り出されたら 地獄にまっしぐら よかったね西也 これからずっと怯えて生きていく おめでとう
VIEW ALL COMMENTS

Related chapters

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第748話

    花は祖母の家に到着した。 両親が離婚した後、母は実家に戻っていた。 家に入るとすぐに、西片弥生が歩み寄ってきた。 「花、来たのね」 彼女は花の祖母であり、紀子の母親であり、遠藤家の女主人でもあった。 すでに七十歳を迎えていたが、その姿は五十代にも見えるほど若々しく、しっかりと手入れされた美しさを保っている。 そして―その気品と威厳は、一目で「強い女性」だと分かるものだった。 だが、そんな彼女も花を見ると、穏やかに目を細める。 「おばあさん」 花は彼女の腕をそっと取り、甘えるように言った。 「どうしたんですか?何か用があって呼ばれたんですか?」 弥生は優しく微笑み、花の手を引いてソファへ座らせた。 「ただ会いたかっただけよ。孫娘に会うのに、いちいち理由が必要なの?」 「そんなことないです!」 花はニコッと笑いながら、甘えた声で言った。 「でも、おばあさんが電話をくださったとき、何かあったのかと思って、急いで駆けつけたんですよ!」 「まぁ、なんていい子なの。私が可愛がった甲斐があるわね」 弥生は目を細めながら、孫娘の頬を優しく撫でた。 「そういえば、おばあさん、お母さんの様子はどうですか?」 花が尋ねると、弥生はちらりと二階へ目を向け、小さくため息をついた。 「......はぁ」 「やっぱり、まだ元気がないんですね?」 花は心配そうに立ち上がった。 「私、お母さんのところに行ってみます」 そう言って、階段に向かおうとした瞬間― 弥生がそっと花の腕を引き止めた。 「今はそっとしておいてあげなさい」 弥生の声には、静かな哀しみが滲んでいた。 「長年連れ添った夫婦が、突然離婚したのよ。どんな理由があったにせよ、簡単に吹っ切れるものじゃないわ」 彼女は、もう一度深いため息をついた。 「お母さんは、私たちには『自分から離婚を望んだ』と言っていたけれど......本当は違うかもしれないわね。 きっと、彼女はお父さんを庇っているのよ。私やおじいさんが彼を責めるのを避けるために、『自分が望んだこと』にしたのかもしれないわ」 花は祖母の腕にそっと手を回し、優しく言った。 「おばあさん、正直なところ、両親の関係は私もずっと見てきました。冷静に考えれば、お父さん

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第749話

    「おばあさん......」 花は悲しそうに呟いた。 「じゃあ、お母さんは今、とても辛い思いをしているんですね?」 弥生は、深いため息をついた。 「辛いどころじゃないわよ......」 彼女は静かに続ける。 「今日の午前中、お母さんが泣いているのを見たの。彼女は本当は、あんたのお父さんと離婚したくなかった。でも......お父さんが......」 弥生は花の手をぎゅっと握りしめた。 「花、悪く思わないでほしいけど......おばあさんはね、あんたのお父さんに他の女がいると思っているのよ。それで、お母さんと離婚したんじゃないかって」 「えっ......?」 花は驚きのあまり、目を見開いた。 「おばあさん、それは本当なんですか?」 「実はずっと前からそんな話はあったの。あんたのお父さんがまだ若かった頃、恋人がいたって話を聞いたことがあるの。でも、私たちの娘―つまりあんたのお母さんと結婚するために、その恋人と別れたのよ。だから、当時はそれ以上追及しなかったわ。最近、彼が電話で昔の初恋の相手と話しているのを聞いた人がいるのよ。私はね、きっとまたその女性とよりを戻したんじゃないかって思ってるの。じゃなきゃ、結婚して三十年も経ってるのに、どうして今になって急に離婚するの?」 「そんな......」 花の胸がざわついた。 「おばあさん、私、お父さんに聞いてみます!」 彼女は立ち上がろうとした。 しかし― 「ダメよ!」 弥生がすぐに手を掴み、花の動きを止めた。 「こんなことを彼に聞いたって、素直に答えるわけないでしょう?」 「......でも、もし本当にそうだとしたら……あまりにもひどすぎます!!」彼女にとって、どちらも大切な家族だ。片方は母、もう片方は父。二人が離婚するだけでも、彼女にとっては十分に辛いことだった。もし本当に父が悪いのなら、彼女が母の味方につくのは当然のことだろう。 「あんたも見てきたでしょう?ここ何年もの間、彼女がどんな生活をしてきたか。 衣食住に困ることはなかった。でも、心の支えはあったの? 夫からの愛情もなく、ただ形だけの夫婦関係を続けてきた...... でも、彼女は、あんたを大事に育ててきたでしょう?お父さんより、お母さんのほうが、ずっとあ

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第750話

    「おばあさん、安心してください。お父さんには絶対に気づかれません」 「いい子ね、やっぱり大事に育てた甲斐があったわ。調べがついたら、すぐに私に知らせなさい。お母さんがあんなに悲しんでいるのを見ると、胸が痛くてたまらないのよ......」 そう言いながら、弥生の目には涙が浮かび、そのまま頬を伝い落ちた。 「私の大事な娘が、どうしてこんな目に遭わなきゃならないの......」 「おばあさん、泣かないでください。大丈夫です、私が必ず真相を突き止めます。 もしお父さんが本当にそんなことをしていたのなら、私だって許しません」 弥生は花の手を優しく叩きながら、静かに言った。 「花、あんたは遠藤家の誇りよ」 ...... 紀子が階段を下りると、ちょうど花が家を出るところだった。 「あっ......」 彼女は呼び止めようとしたが、花は足早に去ってしまった。 少し戸惑いながら、弥生の元へ歩み寄る。 「お母さん、花が来てたんですね。どうして呼んでくれなかったんですか?」 弥生は落ち着いた口調で答えた。 「あんたは部屋で休んでいたでしょう?邪魔したくなかったのよ」 「お母さん......もしかして、花を呼んだのは、何か話したいことがあったからですか?」 その疑いを感じ取ったのか、弥生は隠そうともせず、静かに答えた。 「ええ、そうよ」 彼女は穏やかな表情のまま、率直に話を続けた。 「私は花に聞いたのよ。あんたが離婚した本当の理由をね。高峯が外に女を作ったんじゃないかって」 その言葉に、紀子の表情が変わった。 「お母さん、この話はもう何度もしましたよね」 彼女は母の隣に腰を下ろし、必死に説明する。 「離婚は私が決めたことです。誰のせいでもありません。もう彼とは一緒にいたくなかった、それだけなんです」 「なによ、そんなに真剣な顔して」 弥生は微笑みながらも、目は鋭かった。 「花は、何も知らないと言っていたわよ」 「もうこの話はやめましょう、お母さん」 紀子は焦ったように、少し強めの口調で言った。 「私はもう、高峯と離婚したんです。何が理由であれ、もう終わったことなんです。過去を追いかけても、余計に辛いだけじゃないですか......」 「あんた、今、幸せなの?当初、あんたは

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第751話

    夕暮れ時、柔らかな陽光が別荘の窓から差し込み、部屋の中に温かな金色の光を映し出していた。 室内は静寂に包まれ、空気にはほのかに花の香りが漂っている。まるで時間が、この瞬間で止まったかのようだった。 微かな風がカーテンを揺らし、そっと囁くように流れていく。 高峯は、光莉の背後に寄り添い、指先で彼女の肩をそっとなぞった。 そして、抑えきれない衝動のまま、軽く唇を落とした。 光莉は疲れ切った目を開けた。その瞳には、ただひたすらな嫌悪と苛立ちが滲んでいる。 彼女はわずかに体を動かし、彼の唇を避けようとした。だが、力が入らず、まるで自分の体が鉛のように重く感じた。 ―もう何時間、ここに閉じ込められているのだろうか。 二十年以上前、彼らはかつて最も親密な関係にあった。 だが今や、すべては変わり果てた。 光莉の中に残っているのは、ただの憎しみと嫌悪、そして軽蔑だけだった。 高峯は満足そうに、彼女を強く抱きしめたまま、そばに横たわる。 「光莉......もうすぐ三十年になるな。こうして、ようやくまたお前を手に入れた。俺たちはもう若くはないが、それでも、お前に触れれば、あの頃の気持ちは変わらない」 彼はずっと健康管理に気を遣い、日々鍛錬を怠らなかった。 体の管理には人一倍厳しく、すでに五十歳近い年齢にもかかわらず、三十代の男ですら敵わないほどの体力を持っていた。 見た目も四十代前半にしか見えず、成熟した魅力と落ち着きが滲み出ている。 若者にはない、時間に磨かれた男の色気があった。 そんな彼の自信に満ちた声を聞きながら、光莉はわずかに唇を上げ、冷たく嘲笑を浮かべた。 その目には、軽蔑の色がはっきりと浮かんでいる。 「あんたが言うその感じが何を指してるのか分からないけど......」 彼女は皮肉げに言う。 「もし気持ち悪いという意味なら、大正解ね。ええ、とっても気持ち悪いわ」 高峯の笑みが、わずかに引きつる。 一瞬で、彼の表情は冷ややかに変わった。 「......気持ち悪い?」 彼は低く問いかける。 「それが、今のお前の俺に対する気持ちなのか?」 「違うわ」 光莉は、静かに、そしてはっきりと言った。 「今じゃなくて、二十年以上前からよ」 彼女は冷たく微笑みながら、続ける

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第752話

    「どうした?本当のことを言ったけど。まさか傷ついた?プライドが高いのは分かるけど、私があんたに気があるとでも思ったの?その自信、どこからくるのか不思議で仕方ないんだけど。 もしかして、他の女の子たちが媚びへつらって、あんたをちやほやしてくれたから、女は簡単に満足するとでも思ってる?......可哀想に」 「黙れ」 高峯は苛立ちに任せて彼女の唇を塞いだ。 「わざと俺を煽ってるつもりだろ?お前が強がってるのは分かってる」 言い終わるや否や、彼は布団を跳ねのけ、彼女の体を乱暴にひっくり返した。うつ伏せになった彼女の後頭部を掴み、無理やり顔を上げさせる。耳元で低く囁いた。 「言っておくが、強がりには代償がある。今夜、お前を逃がさない」 怒りがすべてを支配する。まるで獣が獲物を貪るように―だが、その奥底には深い傷ついたプライドがあった。 それを認めたくなくて、狂ったように彼女を追い詰める。 彼女は枕を握りしめ、乾いた笑い声を漏らした。 ―泣けない。 もう半生を生きた。何を経験してきたかなんて数え切れない。今さら泣くほどのことじゃない。 だから、笑うしかなかった。 高峯は有言実行だった。 まるで理性をなくしたかのように、彼女が折れるまで執拗に責め立てた。 首を掴み、髪を引き、無理やり謝らせようとする。 「ほら、俺が正しいって認めろ」 だが、彼女はそのたびに冷たく笑って言った。 「......あんたなんか、曜にすら及ばない」 その一言が、彼の理性をさらに崩壊させた。 夜が更けても、この狂気の時間は終わらなかった。 枕元のスマホが何度も鳴っていたが、高峯は完全に無視した。 ―すべてが終わったのは、彼自身が動けなくなったときだった。 荒い息をつきながら、彼女の顎を掴み、無理やりこちらへ向ける。満足げに笑いながら言い放った。 「お前、どれだけ強がっても、体は正直だったな」 彼女は微動だにせず、目を開ける力すら残っていなかった。もはや皮肉を返す気力もない。 高峯はようやくスマホを手に取り、画面を確認する。 ―花からの着信だった。 隣で眠る彼女に視線を落とし、通話ボタンを押す。 「もしもし」 「お父さん、どうされたんですか?何度もお電話したのに、全然出てくれなくて....

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第753話

    花は手に北京ダックの袋を持ち、高峯の別荘に到着した。 ちょうどリビングに入ったところで、使用人がすぐに駆け寄ってきた。 「お嬢様、お待ちしておりました」 「お父さんはどこにいるの?」 使用人はにこやかに答えた。 「理事長様は二階におられます。まだ少しお仕事が残っているので、終わるまでこちらでお待ちくださいませ」 花は手に持っていた北京ダックを執事に渡しながら言う。 「お父さんのために買ってきた。でも、ちょっと冷めてしまったかもしれない。温めてもらえる?」 「かしこまりました。お嬢様はどうぞお掛けになってお待ちください」 「いいの。私、お父さんのところに行ってくる。何をしているのか気になるし」 そう言いながら、花は階段へと向かう。 すると、使用人が慌てて前に立ちはだかった。 「お嬢様、お待ちください!」 「......どうした?どうして止めるの?」 「理事長様はお仕事に集中しておられますので、邪魔しないようにと仰せです。もう少ししたら降りてこられますので、それまでお待ちいただけませんか?」 「邪魔なんてしないから。ただ様子を見て、そばにいるだけ」 花は譲らず、再び階段を上ろうとした。 使用人は困ったように一歩後ずさる。 「ですが......理事長様はお邪魔されるのをお嫌いになりますので」 「お父さんの仕事を見守るくらい、何が問題なの?大げさよ、どいて」 執事の態度があまりに必死だったせいか、花の中に妙な違和感が生まれた。 そこまでして二階に行かせたくない理由とは何なのか。 家族なのに、何をそんなに隠そうとしているのだろう? 使用人が返答に困っていると、ちょうどそのとき、高峯が階段を降りてきた。 彼はシンプルなグレーのルームウェアを身にまとい、身なりは整っており、清潔感にあふれていた。 すれ違いざまにほのかに香るボディソープの匂いから察するに、どうやら今しがたシャワーを浴びたばかりのようだ。 そのせいか、普段よりも少し若々しく見えた。 「お父さん、今お風呂に入っていたのですか?」 花は彼の近くで立ち止まり、漂う香りに気づいた。 「ああ。少し疲れて汗をかいたからな」 「そんなに長時間お仕事されていたんですか?顔色もあまり良くないですよ」 高峯は軽く笑

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第754話

    「お父さん、つまり......私とお兄ちゃんが大人になるのを待って、ずっと離婚のタイミングを見計らっていたんですか?」 高峯は何も答えなかった。 だが、その沈黙がすべてを物語っていた。 花は小さく息を吐く。 「もしそうなら、そもそもどうしてお母さんと結婚したんですか?お父さんは、最初はお母さんを愛していたんですか? もし愛していたなら、なぜ途中で冷めたんですか?もし愛していなかったなら、なぜ結婚なんてしたんです?」 矢継ぎ早に投げかけられる問いに、高峯はすぐに答えられなかった。 子供たちには話したことがなかった。 自分が紀子と結婚した、本当の理由を― 父の沈黙を見て、花は確信した。 祖母の言っていたことは、やはり本当だったのだ。 お父さんはお母さんを愛して結婚したわけではない。ただの打算だった。 母の家柄を利用して、自分の立場を盤石にするための結婚。 だからこそ、ずっと母を愛する夫のようには扱わなかったのだ。 そして今、もう何も恐れるものがないから、ためらいもなく離婚を選んだ― 「花、それはお前が口を出すことではない」 高峯は静かに言う。 「お前ももう大人だ。そのうち、色々と分かる時が来る」 「分かる?何をですか?人を利用して、価値がなくなったら捨てる......そういうことですか?」 花の言葉に、彼の眉間がぴくりと動く。 「......誰かに何か吹き込まれたのか?まさか、紀子が何か言ったのか?」 紀子が離婚のことで恨み言を言っているのか? いや、そんなはずはない。 彼女は昔からそういうことをする人間ではなかった。 もし未練があるなら、最初から離婚などしない。 離婚しておいて、後から悪口を吹き込むなんて、中途半端なことをする女ではないはずだ。 「お母さんは何も言ってません」 花は拳を握りしめ、悔しそうに言う。 「お父さんも分かってるでしょ?お母さんはずっと何も言いませんでした。何もかも我慢してきました。でも、私は見てました。お母さんは、本当にお父さんを愛してたんです!お父さんのことを一番に考えて......なのに、どうして......」 「花」 高峯は娘の言葉を遮る。 低い声が、わずかに怒気を帯びていた。 「これ以上、言うな」 その目が

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第755話

    高峯の先ほどまでの厳しい表情は、今ではすっかり慈愛に満ちた父親の顔へと変わっていた。 父の言葉に、ほんの少しだけ心が慰められる。 「はい、分かりました」 「分かればいい。今夜、お前が一緒に食事してくれるだけで、父さんはとても嬉しいよ。お前の好きな料理も用意させた」 彼は、花に光莉の存在を知られたくなかった。しかし、光莉は彼に散々弄ばれたせいで完全に力を失っており、今や雷が落ちても目を覚ますことはないだろう。 花が食事を終えて帰れば、また部屋に戻り、光莉と一緒に眠るつもりだった。 「ありがとう、お父さん」 花は微笑む。 「どんなことがあっても、私たちは家族です。私は永遠にお父さんの娘です。お母さんと離婚してしまいましたが、きっと一緒に暮らすのが難しくなったからですよね。それなら、私はお二人の決断を尊重します。ただ、お父さんには幸せでいてほしい。もし、いつかお父さんが本当に愛せる女性に出会ったら、ちゃんと教えてくださいね。私は全力で応援しますから」 高峯は満足そうに微笑んだ。 「なんていい娘なんだ。分かったよ、もしそんな日が来たら、お前にちゃんと報告する。だが、どうなろうと、お前の母さんが俺にとって大切な人であることに変わりはない」 それは、愛とは無関係な「大切さ」だった。 高峯の心に、愛する女性はただ一人だけ。 最初から最後まで、それは変わらなかった。 紀子に対して抱く感情は、ただの「罪悪感」だった。 自分は冷酷で、利己的で、非情な男だ。 しかし、それでも人の心というものは、どこかに情を宿している。 彼女は長年、彼のために尽くし、多くのことを隠し通してくれた。 たとえ離婚しても、それを世間に暴露することなく、黙って立ち去った。 そのことに対する、ほんのわずかな感謝と負い目は、確かにあった。 だが、そんなものだけでは、一緒に暮らし続ける理由にはならない。 紀子が欲しかったのは「愛」だった。 それだけは、どうしても与えることができなかった。 彼女が「耐えられない」と言って、離婚を望んだとき、彼は素直にそれを受け入れた。 ―ただ、それだけのことだった。 だが、これらの話を花に説明することはできない。 彼女に話せる単純な話ではなかった。 夕食の間、高峯と花は穏やかに会話

Latest chapter

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第975話

    若子はその場を追いかけたくてたまらなかった。けれど、足はまるで鉛を詰められたように重くて、動くことができなかった。 ―ダメだ。私はもう、修を追いかけちゃいけない。 彼との関係は、もう終わったんだから。 彼には山田さんがいる。もう自分とは終わっている。だったら、いっそ嫌われて、憎まれたままでもいい。 その方が、きっと彼のためになる。 そんな思いで立ち尽くしていた若子の背後から、ふわりと誰かが彼女を抱きしめた。 「若子......信じてくれてありがとう。俺を信じてくれて、本当に......ありがとう」 西也の声だった。 最終的に、若子は彼の言葉を選んだ。それだけで彼の中に、確かな勝利の実感が湧いてきた。 その口元には、ふっと得意げな笑みが浮かんでいた。 ―藤沢、お前は俺に勝てない。 俺は若子を傷つけたりしなかった。ずっと彼女のそばにいて、支えてきたんだ。暗闇の中で手を差し伸べてきたのは、この俺だ。 それに比べて、お前はずっと彼女を泣かせてきたじゃないか。 だが― 若子はその腕を、ギュッと掴んで無理やりほどいた。 「西也......本当に......本当にボディーガードを連れて、銃まで持って修のところに行ったの?本当に......傷つけるつもりだったの?正直に話して」 さっき、修にあんなふうに言ったのも、完全に信じてなかったわけじゃない。 もう修を信じるか信じないかは、正直どうでもよくなっていた。彼には侑子がいて、子どもまでいる。今さら自分が何を言ったところで、どうにもならない。 西也の呼吸が乱れた。肩がわずかに震え、若子の肩を強く掴む。 「若子、俺のこと信じてないのか?......まさか、あいつの方を信じてるのか?」 さっきまで自分を選んでくれたと思っていたのに、まるで手のひらを返されたような気がして、胸の奥がずきりと痛んだ。 「西也......お願いだから、本当のことを言って。本当に銃を持って行ったの?」 二人のうち、どちらかが嘘をついている。でも、どっちなのか、若子にはもうわからなかった。考えれば考えるほど、混乱するだけだった。 「......銃は、持って行った。けど、それは俺のボディーガードが持ってたやつで、護身用なんだ。アメリカじゃ銃の携帯は普通だし、もし危険な目に遭った

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第974話

    若子はしばらく黙って考え込んだ。そして、ゆっくり顔を上げて修を見つめた。 「でも......あのとき、あなたは本気で西也が死ねばいいって思ってた。私に、西也の心臓を桜井さんにあげるようにって、同意を求めたよね」 西也の口元がぐいっと吊り上がる。得意げな笑みを浮かべて、ほっと息をついた。 ―若子は俺のことを信じてくれたんだ。 藤沢修、お前なんかに勝ち目あると思った? 前には桜井雅子、今度は山田侑子。お前がこれまでやってきたこと、どれを取っても正当化できないし、言い逃れもできない。 その一方で、俺は若子にとっての理想の男だ。お前が俺に勝てる要素、どこにある? 若子の言葉は、修の胸を鋭く突き刺した。 「若子......それは......昔のことだ。もう何年も前の話だよ。それと今は別だ。あれはあれ、これはこれなんだ」 「でも、あなたは確かにそうした。確かに―あのとき、あなたは西也に死んでほしいと思ってた。これは事実でしょ?」 修は口をつぐむ。否定できるはずもなかった。あの頃、西也のことを心の底から憎んでいた。そして、雅子が心臓移植を必要としていたタイミングで、西也が倒れた。 これは「チャンス」だと思ってしまった。雅子を助けるには、西也の心臓を......その考えが頭をよぎったことを、否定なんてできない。 ―自分の中の醜い部分。もし誰もがそれを晒されたら、きっと誰も「人間らしく」なんて言えなくなる。 「若子......あれは、あのときの話だ。彼の命が消えかけてたから、俺は......ああ言った。けど、俺は手を下してない。殺してもないし、傷つけてもない。常識的に、そうするのが正しいと思っただけなんだ」 「常識、ね......」 若子はその言葉を聞いて、吐き気がしそうになった。 「修......あなたにとって、西也の治療を諦めることが『常識』なの? だったらもう、これ以上言わなくていいよ。きっと、あなたの心のどこかが後ろめたかったんでしょ?だから西也があなたの元を訪ねてきたとき、勝手に『殺しに来た』って思ったんじゃない?」 「......」 修はふらりと数歩、後ろに下がった。 何もかもが空っぽになったようだった。胸の中から、心臓ごと引き抜かれたかのように。 若子からの言葉。何度も、何度も突き刺さっ

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第973話

    若子のその言葉は、どちらにも肩入れしない「中立」なものだった。 誰が正しいのか、彼女にはわからなかった。だって、その場にいなかったから。修の言い分も、西也の言い分も、どちらも聞いてみれば筋が通っているように思える。 ただ、どちらも誤解していただけだったら―そう願わずにはいられなかった。 西也は修のことを誤解していて、修も西也の護衛が武器を持っていたことで、逆に西也を疑った。ふたりの関係はもともと悪くて、敵意に満ちていた。だから、極端な判断をしてしまったとしても不思議じゃない。 「こいつは本当にやったんだ。侑子まで捕まえて、あと少しで殺されるところだったんだぞ」 修の声には怒りと悔しさが滲んでいた。 だけど、若子の中でその言葉は、ただの「誤解」に聞こえてしまった。 彼女にとっては、現場にいなかった以上、どちらかを一方的に信じることはできなかった。 それでも―自分の命をかけてくれた修の言葉を、疑ってしまっている自分に、彼はきっと傷ついている。 離婚してしまった今、彼女はもう修の味方ではない。 かつてなら、迷わず彼を信じていたはずなのに。 「濡れ衣だ!」西也が激しく声を上げた。「若子、こいつの言うこと信じるな!こいつは嘘をついてる!それに、もし俺が本当に殺すつもりだったら、こいつなんて今こうして立ってられないだろ?あの時、屋敷に彼は一人だった。俺が殺そうと思えば、簡単にできた。でも、やらなかった!」 「それは、お前が油断してたからだ。俺が隙を見て銃を奪い返して、逆転したから助かっただけだ。あのままじゃ、俺も侑子も、確実に殺されてた。お前が死体を処理してしまえば、誰にもバレなかったはずだ」 「お前、よくもそんなでたらめ言いやがって!」 西也は怒りを抑えきれず、若子に向き直った。「若子、お願いだ、信じてくれ。俺がどんな人間か、お前ならわかってるだろ?こいつこそ、俺を殺そうとした張本人だ!」 「お前、忘れたのか?前に俺が事故に遭った時、こいつも含めて全員が、お前に俺の臓器を提供しろって迫ったんだぞ?こいつなんて、俺に早く死ねって言ってたようなもんじゃないか!」 西也は、思い出という武器で切り込んできた。 彼の言葉は、若子の心に鋭く突き刺さる。 あの時―病院で、全員が彼女に迫っていた。西也の命を見捨てて、誰か

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第972話

    修の声は驚くほど冷静だった。西也のように感情をむき出しにすることもなく、彼の言葉には一分の隙もなかった。 どこか、堂々として見えた。 その落ち着いた姿を見て、若子はふと、疲れを覚えた。 修と西也の喧嘩なんて、これが初めてじゃない。もう何度もあった。前なんて、レストランで暴れて警察沙汰になったことすらある。 どちらの肩を持とうと、結局ふたりの間の確執は終わらない。今回の乱闘だって、どうせこれが最後にはならない。 「修、西也、あなたたちもう大人でしょ?自分の行動には自分で責任持ちなよ」 若子の声には、明らかに苛立ちが混じっていた。 「また喧嘩して、これで何回目?私はもう知らない。どっちが先に手を出したとか、正直もうどうでもいい。やりたきゃ好きに殴り合えば?先に殴った方が、もう一発食らう。それでチャラにしなよ。私はあなたたちの母親じゃないの。毎回毎回、警察に駆けつけて後始末して......そんなの、もうごめんだから!」 西也は口を開けかけたが、若子の鋭い一言でぐっと黙り込んだ。 なにか言いたそうな顔をしていたけれど、その勢いはすっかり削がれてしまった。 彼の視線は自然と修に向き、そこに溜まった怒りの矛先をぶつけるように、じろりとにらみつけた。 ―でも、今回、若子は西也をかばわなかった。 修はそれを見逃さなかった。彼にとっては、これが逃せないチャンスだった。 「若子」 修が一歩前に出て、静かに言った。 「なんで俺の話は聞かない?どうして俺が西也を殴ったのか、その理由を考えてくれたことある?」 「藤沢、また話を捏造するつもりか?」 西也がすかさず口を挟んだ。 「捏造?お前、ビビってるのか?若子に話されるのが、そんなに怖いか?」 修は口元だけで笑って、続けた。 「お前、若子には言わないつもりだったんだろ?......あの夜、お前がどんな風に俺の家に乗り込んできたか。銃を持った連中を引き連れて、俺のこめかみに銃口突きつけたよな」 「な―」 若子が目を見開いた。 「西也......それ、本当なの?」 西也は眉をひそめて、必死に否定する。 「若子、違う!誤解だ、そんなことするわけない。確かに何人か連れて行ったけど、それは俺のボディーガードだよ。あくまで護衛で、武力を使うつもりなんてなか

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第971話

    修にとって、若子が西也を責める姿を見るのは、これが初めてだった。 彼は腕を組みながら二人を見つめ、目の奥に一瞬だけ安堵の色を浮かべた。 ―もしこれが昔だったら、若子は絶対に真っ先に西也をかばってた。 でも、今は違う。彼女は西也を守らなかった。 それだけで、少しだけ救われた気がした。 だけど同時に、不安の方が大きかった。 若子が西也をかばわなかったのは、ヴィンセントの存在があったからだ。 11年も一緒に過ごしてきた自分との関係すら壊して、西也をかばった若子が―たった数日で、ヴィンセントのために西也すら突き放すようになった。 それが、何より恐ろしかった。 ヴィンセントはまるで強引に入り込んでくる侵略者のように、既存の人間関係を簡単に壊してしまう。 「若子、お前......俺のこと、責めてるのか?」 西也の声は震え、目を見開いて彼女を見た。 「責めてるかって?ええ、そうよ。責めてるわ」 若子は疲れた表情で言った。ほんとは、こんなこと言いたくなかった。 でも、どうしても感情を抑えきれなかった。 物事がここまでぐちゃぐちゃになって、それでも「全部お前のためだ」なんて顔して、どんどん余計なことをして、混乱ばかりで、結局一番迷惑を被るのは若子だった。 「若子、あのときはお前が危ないって思って......電話で問い詰めるわけにはいかないだろ?もしそばに誰かいたらって思ったら......だから俺は、こっそり探しに行っただけで......俺だって、お前が心配だったんだ。理解してくれよ......それに、お前が夜に出かけたとき、俺には行き先がわからなかった。考えられるのは藤沢だけだった。そして実際、お前は彼に会ってた。お前の失踪は直接彼のせいじゃないかもしれないけど、彼と会ってなければ、そんなことにはならなかったんだ!」 「あなたが心配してくれてたのはわかってる。でも、自分のミスを正当化しないでよ!」 若子の声が一段と強くなった。 「西也......あなたといると、ほんと疲れる」 「......っ」 その一言が、西也の胸に深く突き刺さった。 「ミス」とか「疲れる」なんて―若子の口から、そんな言葉が自分に向けて出てくるなんて、思ってもいなかった。 彼は信じられないような表情で、ただ彼女を見つめるしか

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第970話

    若子の眉がピクリと動く。 「......彼が殴ったの?」 彼女はゆっくりと修に視線を向けた。 「またやったのね?」 「また」―その一言が、なんとも言えない絶妙な皮肉だった。 正直、ふたりの喧嘩なんて何度目か分からない。もう若子自身も慣れてしまっていた。修が西也を殴って顔を腫らしたとしても、正直、そんなに驚きはなかった。 修は、黙って若子の目を見つめ返す。彼女が自分を責めるつもりだと、わかっていた。 「......ああ、殴ったよ。でも、理由がある」 「理由?」 と、割り込むように西也が口を開いた。 「若子、俺はただ......お前が心配だったんだ。電話はもらってたけど、どうしても不安で......それで、こいつが何かしたんじゃないかって疑って、会いに行った。そしたら、いきなり殴られたんだ」 彼は言葉巧みに語る―が、もちろん真相は違う。 武装した連中を引き連れて、銃を突きつけながら修の家に押し入ったのは、まぎれもなく西也の方だった。 だが、それを言うはずもない。 たとえ修が暴露したところで、「証拠は?」としらを切れば済む話だ。 修は黙ってその顔を見ていた。黒を白と言いくるめるその口ぶりに、内心では呆れていた。 若子は黙ってそのやり取りを聞いていたが、眉間に深いしわを刻みながら、口を開いた。 「......西也。私、電話で『無事だから』ってちゃんと言ったわよね?どうして修のところに行ったの?」 西也の胸に、ひやりと冷たいものが走った。 ......若子、どうしたんだ? これはおかしい。こんなの、彼女らしくない。 本来なら、修に殴られたと聞いて真っ先に怒るはずだ。 「なんでそんなことするのよ!」って修に怒鳴って、もしかしたらビンタの一つも飛ばしてたかもしれない。 なのに―どうして、こんなにも冷静に俺を問い詰める? 修もまた、想定外の反応に言葉を失っていた。 まさか、若子の第一声がそれだなんて、思ってもみなかったのだ。 若子はじっと西也を見つめながら、続けた。 「電話で、ちゃんと伝えたよね?一週間後には帰るって。はっきりそう言ったはずなのに、口では『わかった』って言っておいて、その足で修に連絡して、修まで私が何かあったって思い込んで......それでふたりしてヴィンセン

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第969話

    「若子......もし、もし俺が言いたいことが―」 「若子!」 そのとき、西也が風のように走ってきた。まるで矢のような勢いで。 「若子、大丈夫か!?怪我は!?無事か!?」 修はぐっと息を飲み込み、握りしめた拳に力が入った。 また―またか。なぜこいつは、どこにでも現れるんだ。まるで悪夢のように。 「私は平気よ、心配しないで」 若子はそう言うと、ふたりの男を順番に見つめた。 「ちょうどよかった。ふたりとも揃ったところで、はっきり言っておくわ。ヴィンセントさんは、私の命の恩人よ。だから、どちらも彼を傷つけることは絶対に許さない。もし彼に何かしたら、私は......絶対に許さない」 その声には、これまでにないほどの強さが宿っていた。 ふたりの男は、一瞬言葉を失った。 今までは、何をしても若子は怒らなかった。なのに、いま彼女は、明確に「NO」を突きつけてきた。それも、他の男のために― 修と西也がいがみ合っている間に、彼女の心には、冴島千景という新たな存在が入り込んでいた。 こんなこと―あり得るのか? だが、西也はすぐに切り替えた。彼は、こういうとき、反射的に「正解」を選べる男だ。 「わかった、若子。俺はもう絶対に彼を傷つけたりしない。彼がお前の命を救ってくれたなら、それは俺の恩人でもある。だってお前は、俺の妻であり、俺の子の母親なんだから」 その言葉を聞いて、若子の視線が修の方へと移る。 修は静かに息を吐いて言った。 「......もし俺が彼を殺したかったなら、あの手術は成功してなかったさ。そこは信じてくれ」 ふたりの男が、揃って約束を口にする。 その場に、不思議な静寂が流れた。 若子は修と西也の顔を順に見つめた。 ......昨夜のあの怒りが、ふと胸に蘇る。 このふたりには、本当に怒り狂いそうだった。彼らが無理やりに踏み込んできて、ヴィンセントに銃を向けたあの瞬間を思い出すだけで、胸がギュッと締めつけられる。 あのときは―文句のひとつやふたつじゃ済まさないって、本気で思った。 手術が終わったら、きっちり叱り飛ばしてやろうと。 ......でも。 今こうして、目の前にいるふたりの男は、どちらも申し訳なさそうに頭を垂れていた。 昨夜のことが嘘のように、静かに彼女の前で

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第968話

    若子は、ついにうんざりしたようにため息をついた。 修は視線を落とし、どこか寂しげに呟く。 「......わかった。じゃあ、言ってみて。お前の言葉、ちゃんと聞くよ」 あいつがまともな男だとは思えない。でも、若子がそこまで言うなら―せめて聞いてみたくなった。 「彼は......一週間だけ一緒にいてほしいって言ったの。ただ、ご飯を作ったり、掃除をしたり......それだけ。それ以上のことは何もなかったの。彼は私に何もしてない。傷つけたりなんて、絶対に......ただ、すごく寂しかっただけ。誰かに、そばにいてほしかったんだと思う」 若子はゆっくりとガラスの向こう―病室の冴島千景に目を向けて、静かに続けた。 「彼、昔......妹さんがいたの。でも、その子を亡くしてしまって......だから私を、妹のように見てた。それだけ。あなたが考えてるようなことじゃないの」 その言葉を聞いた修は、ようやく少し肩の力を抜いた。 ―少なくとも、若子が傷つけられたわけじゃない。それだけで、少しだけ安心できた。 「......じゃあ、あいつが目を覚ましたら?お前はどうするつもりなんだ」 「当然、看病するわ。命を救ってくれた人だもん。絶対に回復させてあげたい。どんな形であれ、私は......彼に恩を返したい」 その言葉に、修の胸にチクリとした痛みが走る。 「彼をそんなに心配して......じゃあ俺はどうなんだよ、若子」 思わず、彼女の腕を掴む。 「この前、お前が誘拐されたとき、俺だって命懸けで助けに行った。死にかけたんだ。それなのに、お前は遠藤を選んだ。あの時、俺がどんな思いで―!」 「......あなたが私に、その選択の余地を与えたの?」 若子の声が鋭く割り込む。 「確かに、私は西也を選んだ。でもそれは、選ばなければ誰も助からなかったから。あの時、どっちかを選べって言われたの。選ばなきゃ、ふたりとも死ぬって言われたのよ。 私は、何度も言ったよ。どっちを選んでも苦しかったって。本当は、私が死ねればよかった。でもそれは許されなかった。だから、あなたを傷つけたこと......謝りたかった。だから、あなたを探して、何度も会おうとした。 だけど、あなた......絶対に会おうとしなかったじゃない。私がどれだけ探しても、避け続けた。

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第967話

    若子は慌てて自分の体を見下ろした。 服は―ちゃんと着ていた。乱れもなく、整っている。修の方も、ちゃんと服を着ていた。 「......昨日の夜、私に......何かあった?」 「倒れたからさ、ここで休ませたんだ。すごくぐっすり眠ってたよ」 修は、彼女が不安がらないように、穏やかに説明した。 若子は自分の服を見つめた。どこもおかしくない。きちんとしてる。 「この服......着替えさせたの、あなた?」 修の表情が一瞬止まる。昨夜、自分がしてしまいかけたことが脳裏に浮かび、胸がきしんだ。あの時のことを思い出すだけで、後悔と罪悪感に押しつぶされそうになる。 彼は若子の目をまっすぐに見られず、少し目をそらして答えた。 「......女の看護師に頼んだ」 若子はほっと息をついた。 やっぱり昨夜感じたあの感覚―誰かがキスしてきたような、全身が包まれたような、あれは......夢だったのかもしれない。 「......昨日の夜、ずっと一緒にいたの?」 「うん。お前の様子が心配だったから、ここにいた」 修の返事は短く、でもどこか優しかった。 若子は少し不思議そうな顔をした。何か聞こうとした瞬間、ふと思い出す。 「―そうだ、ヴィンセントさん!彼は無事なの?!」 「......一命は取り留めた。今はICUにいる」 その言葉を聞いた瞬間、若子は深く息を吐き、すぐにベッドから降りようとシーツをめくった。 「会いに行く。今すぐ」 彼女が部屋を出ようとすると、修もすぐに追いかけてきて、手を伸ばす。 「若子!」 彼女の腕を掴んだ。 振り向いた若子が問う。 「......なに?」 「今の状態じゃ、会えるわけない」 「外から見るだけでもいいの」 そのまま修の手を振りほどき、若子は病室を出ていった。 ICUに着いた若子は、硝子越しに千景の姿を見つけた。 彼はベッドに横たわり、身体中に医療機器が繋がれていた。心電図のモニターが、規則正しく音を立てている。 若子はそっと硝子に手を当て、ため息を漏らした。 「......ごめんね。私のせいで、こんなひどいケガをさせちゃって。ちゃんと治ってね......まだ、1万ドル返してないんだから......」 その呟きに反応したのか、後ろから修の声

Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status