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第826話

Author: 夜月 アヤメ
「山田さん、そんなに焦らなくていい。時間はまだあるんだから」

修は静かに言った。

「医者の指示をちゃんと守れば、これから医学がもっと進歩するかもしれない。人工心臓が普及する可能性だってある......だから、そんなに悲観するな」

その言葉に、侑子の心は少しだけ軽くなった。

「......藤沢さん、本当にごめんなさい。こんな夜遅くに、わざわざ来させて......迷惑かけちゃったね」

「......気にするな」

外では、激しい雨が降り続いていた。

修は窓の外を見つめ、ふっとため息をつく。

「......山田さんは、テレパシーって信じるか?」

「......テレパシー?」

侑子は首をかしげた。

「どうして急にそんな話を?誰かと心が通じ合ってるって思うことでもあったの?」

修はポケットから財布を取り出し、一枚の写真を引き抜く。

映っていたのは、若子の姿だった。

「......さっき、急に前妻のことを思い出した。胸が締めつけられるように苦しくなって......腹のあたりまで痛んだ」

侑子はベッドのヘッドボードにもたれながら、彼の背中をじっと見つめる。

「......それって、ただ単に彼女を思いすぎてるから、そんな気がするだけじゃない?」

修は小さく息を吐く。

「......かもしれないな」

そう言いながら、写真をそっと財布に戻す。

侑子の目が、寂しげに揺れた。

修はそんな彼女を一瞥し、静かに言った。

「もう休め」

「......じゃあ、藤沢さんは?」

「お前が寝たら帰るよ。だから、先に休め」

修はソファに腰を下ろし、胸のあたりを押さえた。

―痛い。

まるで心臓をえぐり取られるような感覚だった。

衝動的に、修は立ち上がった。

そのまま病室のドアを開け、駆け出す。

「......えっ?」

侑子が呼び止める間もなく、彼の姿は消えていた。

―藤沢さん、さっきは「お前が寝たら帰る」って言ってたのに。

なのに、どうして......今すぐに?

......

ドンドンドンドン―!

夜の静寂を破る激しいノックの音に、光莉は目を覚ました。

「......んんっ?」

寝ぼけたまま体を起こし、心臓がドキドキと早鐘を打つ。

一体、こんな夜中に誰が―
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