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第1章:前線の魔術師【006】

last update Date de publication: 2026-05-24 18:19:07

※ ※ ※

魔術塔と騎士舎がある広い敷地内の丁度中央に食堂が存在する。そこは、騎士と魔術師が自由に食事をする場所であり、談笑もできる憩いの場であった。もっとも、騎士率の方が高いのは、魔術師達は研究室の近くでしか食事を摂らない。食堂に行く距離でさえ惜しいのだ。

長い机が並ぶ食堂は、今日も騎士達の声で満ちていた。

その中に、黒が二つ混じっていた。

ミラと彼女の同僚魔術師レオンが、長テーブルに並んで座っている。黒いローブに細身の長身、茶髪の青年だ。レオンはトレーに料理を並べているのに対し、ミラは右手に一口も齧られていないサンドイッチ、左手に書類。ミラの目線は書類に注がれていた。

「あれ、黒髪の魔術師じゃないか」

「珍しいな。食堂に来るなんて」

「……生きてたんだな」

「失礼なこと言うな」

ざわ、と周囲が揺れた。ミラは気付いていない。書類を読んでいるからだ。

レオンは小さく息を吐いた。

「ミラさん。食事中くらい書類を置いてください」

「読み終わったら置きます」

「その“読み終わる”が来ないんですよ。長に人の顔を見て食事をするように、と言われてここにいるんです。書類を置いて下さい。このまま食事を摂らなかったら、夜も食堂で食べさせられますからね」

まるで、幼い子供に言い聞かせるようなレオンの口調に、ミラは不服そうに書類をテーブルに置いた。

レオンはやれやれと肩を竦めて、スープを口に運んだ。

隣では、ミラがサンドイッチを両手で持って、ちまちまと齧りついていた。

小動物のようだ、とレオンは思った。

「付け合わせの芋も食べてくださいね」

返事がなかった。一生懸命、サンドイッチを齧っている。食事がゆっくりなのは、頭の中で魔術式でも考えているのだろう――長年の付き合いだから、分かる。

レオンは溜息をついて、ミラのフォークを取った。芋を一つ刺して、ミラの手元に置いた。

「はい」

「ありがとうございます」

ミラは言われるがまま、芋を口に運んだ。

ゆっくりと、丁寧に噛んでいる。

レオンは自分のカップを置いて、ミラの分のお茶を手渡した。

「はい」

「ありがとうございます」

ミラはお茶を両手で受け取って、一口飲んだ。

それを遠巻きに見ていた騎士達が、ひそひそと囁き合った。

「なんか、介護みたいだな」

「育児では?」

「懐いてるな」

「あの魔術師、前線であんなバリア張ってたのに」

「食堂では別人だな」

レオンには聞こえていた。

(否定できない)

ミラには聞こえていなかった。

お茶を飲んでいるからだ。

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  • 好きじゃないです、と言ったら王命で結婚させられました~恋を知らない魔術師は執着騎士に囚われる~   第3章:王命【017】

     ※ 王宮の王の謁見場所に続く渡り廊下を歩きながらも、ミラの興奮は冷める気配がなかった。壁面や柱の随所に施された古代の防壁魔術を感知しているらしく、丸眼鏡の奥の瞳をキラキラと輝かせながら、早口でその術式構造を解説している。「……なるほど、ここはただの通路ではなく、侵入者の魔力を自動で減衰させる複層陣が組み込まれているのですね! 実に見事な連動性です」 「はいはい、すごいですねー」 その隣を歩くグレンは、完全に魂の抜けた棒読みで応じている。いつもなら、ヴィクトルがその分の熱量を持ってミラの言葉を一つ残さず拾い上げ、真摯に相槌を打ってやるところだった。彼女が嬉しそうに知識を披露する姿を見るのは、ヴィクトルにとっても至福の時間だからだ。  だが、今の俺にはどうしてもそれができなかった。(この胸のざわつきは、一体何だ……) 胃の奥を冷たく掴まれるような、嫌な予感がずっと消えない。  もしこれが、ただの大型の魔物討伐案件ならそれでいい。だが、それだけで国王である兄上がこの面々をわざわざ直接呼び出すだろうか。騎士団の最高戦力である団長と副団長、それに加えて魔術師を呼び出すなど、あまりにも過剰であり、どこか不自然だ。  そもそも、単なる武力解決で済む話なら、グレン一人を呼び出すればいい。桁外れの戦闘力があれば、大抵の有事は力技でどうにでもなるからだ。それなのに、副団長である自分と、さらにミラまで指名している。(兄上は一体、何を考えている) ヴィクトルが不安に眉を顰めていると、ついに謁見の間の重厚な大扉が大きな音を立てて左右へと開き始めた。  視界が開けた先、一段高い玉座には、威厳に満ちた佇まいでこちらを見下ろす兄上――国王陛下が鎮座していた。  そして、その玉座の傍らには、すでに先客の姿があった。  静かに佇んでいたのは、魔術師長アルバだった。「ふぉっふぉっふぉっ、お前ら遅いぞい」 長い髭を触りながら、緊張感のない声で笑った。「師匠もいらしていたのですか」 ミラがアルバの姿を捉え、トットットッと足音を立てて彼の元へ駆け寄った。彼女の優先順位はやはり自分はまだ下の方だ……と人知れず落ち込んでいると玉座の兄と目が合った――彼は、ニヤついていた。(なんだ、あの顔……?) 嫌な汗が背中に流れる。  経験上、兄があのような表情をする

  • 好きじゃないです、と言ったら王命で結婚させられました~恋を知らない魔術師は執着騎士に囚われる~   第3章:王命【016】

     ※ 王宮の王の謁見場所に続く渡り廊下を歩きながらも、ミラの興奮は冷める気配がなかった。壁面や柱の随所に施された古代の防壁魔術を感知しているらしく、丸眼鏡の奥の瞳をキラキラと輝かせながら、早口でその術式構造を解説している。「……なるほど、ここはただの通路ではなく、侵入者の魔力を自動で減衰させる複層陣が組み込まれているのですね! 実に見事な連動性です」「はいはい、すごいですねー」 その隣を歩くグレンは、完全に魂の抜けた棒読みで応じている。いつもなら、ヴィクトルがその分の熱量を持ってミラの言葉を一つ残さず拾い上げ、真摯に相槌を打ってやるところだった。彼女が嬉しそうに知識を披露する姿を見るのは、ヴィクトルにとっても至福の時間だからだ。 だが、今の俺にはどうしてもそれができなかった。(この胸のざわつきは、一体何だ……) 胃の奥を冷たく掴まれるような、嫌な予感がずっと消えない。 もしこれが、ただの大型の魔物討伐案件ならそれでいい。だが、それだけで国王である兄上がこの面々をわざわざ直接呼び出すだろうか。騎士団の最高戦力である団長と副団長、それに加えて魔術師を呼び出すなど、あまりにも過剰であり、どこか不自然だ。 そもそも、単なる武力解決で済む話なら、グレン一人を呼び出すればいい。桁外れの戦闘力があれば、大抵の有事は力技でどうにでもなるからだ。それなのに、副団長である自分と、さらにミラまで指名している。(兄上は一体、何を考えている) ヴィクトルが不安に眉を顰めていると、ついに謁見の間の重厚な大扉が大きな音を立てて左右へと開き始めた。 視界が開けた先、一段高い玉座には、威厳に満ちた佇まいでこちらを見下ろす兄上――国王陛下が鎮座していた。 そして、その玉座の傍らには、すでに先客の姿があった。 静かに佇んでいたのは、魔術師長アルバだった。「ふぉっふぉっふぉっ、お前ら遅いぞい」 長い髭を触りながら、緊張感のない声で笑った。「師匠もいらしていたのですか」 ミラがアルバの姿を捉え、トットットッと足音を立てて彼の元へ駆け寄った。彼女の優先順位はやはり自分はまだ下の方だ……と人知れず落ち込んでいると玉座の兄と目が合った――彼は、ニヤついていた。(なんだ、あの顔……?) 嫌な汗が背中に流れる。 経験上、兄があのような表情をする時はろくなことはなかった。「

  • 好きじゃないです、と言ったら王命で結婚させられました~恋を知らない魔術師は執着騎士に囚われる~   第1章:前線の魔術師【001】

    ――数ヶ月前。 ミラ・アッシュフィールドは魔術師だ。 黒髪に黒い瞳。この国では不吉とされる色を全身に纏い、それでも臆することなく研究室から魔術塔に続く石畳の小径を、長いローブを靡かせながら速足で歩いていた。丸眼鏡が鼻の上で僅かにずれているが、本人は気にしていない。いつもそうだ。 その背中を追う影があった。 金色の髪に、青い瞳。この国では王家直系だけが引き継ぐとされる色だ。ヴィクトル・ルーカス・エルンスト――王位継承権を破棄した、騎士団副団長。(あんなに小さいのに、歩くのが早いな) 足が長い俺には造作もないことだが。 (逃がすか) 手を伸ばせば届く距離まで詰めて、息を吸った。

  • 好きじゃないです、と言ったら王命で結婚させられました~恋を知らない魔術師は執着騎士に囚われる~   第1章:前線の魔術師【004】

    ※ ※ ※一週間後。ヴィクトルはついに本題を切り出した。「騎士団の近くに、女性に人気のカフェがあるんですが、一緒に行きませんか。男一人だと気が引けて」ミラは少し考えた――なんと、歩く足を止めて。しかし、少し、というのは本当に少しで、三秒も経たなかった。「研究で忙しいです」やはりそうか、とヴィクトルが思った瞬間、ミラが続けた。「あそこの令嬢が時間が空いているようです。私から誘いましょうか」ミラの視線が、回廊の向こうへ向いた。確かに、木に隠れて、こちらをチラチラと見ている貴族の令嬢がいた。「あちらの令嬢は、騎士団の殿方に贈り物を届けにいらっしゃった一人です。確か、副団長の親衛

  • 好きじゃないです、と言ったら王命で結婚させられました~恋を知らない魔術師は執着騎士に囚われる~   第1章:前線の魔術師【003】

    ※ ※ ※ 一週間後。 ヴィクトルはついに本題を切り出した。 「騎士団の近くに、女性に人気のカフェがあるんですが、一緒に行きませんか。男一人だと気が引けて」 ミラは少し考えた――なんと、歩く足を止めて。 しかし、少し、というのは本当に少しで、三秒も経たなかった。 「研究で忙しいです」 やはりそうか、とヴィクトルが思った瞬間、ミラが続けた。 「あそこの令嬢が時間が空いているようです。私から誘いましょうか」 ミラの視線が、回廊の向こうへ向いた。確かに、木に隠れて、こちらをチラチラと見ている貴族の令嬢がいた。 「あちらの令嬢は、騎士団の殿方に贈り物を届けにいらっしゃった一人で

  • 好きじゃないです、と言ったら王命で結婚させられました~恋を知らない魔術師は執着騎士に囚われる~   第1章:前線の魔術師【002】

    ※ ※ ※ 任務から戻った後、部下に何気なく聞いた。 「あの魔術師は誰だ」 「ああ、ミラさんです。魔術師長アルバ直々の弟子ですよ」 「初めて見たな」 (あんなに可愛い笑顔を今まで見なかった) それ以外にも。 魔力がもっとも高いとされる黒髪と黒い瞳の魔術師は、戦場では最も頼りになる存在だ。先ほど見たバリアは見事なものだった。不吉などという迷信とは無縁の、純粋な実力。そんな人物が表舞台に姿を現さなかったのが不思議だ。 「研究室に籠もってばかりで滅多に顔を出さないんですが、聞いた話では、魔術師長から追い出された時だけ前線に出るらしいんですよ」 「普段の彼女と別人みたいでしたね」

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