啓介は少し照れたように言った。彼の言葉から、今までどれだけ建前だけの言葉に囲まれて生きてきたかが伺えた。
「肩書きって努力が評価された成功の証で誇らしいものだもの。そんな輝いているものがあるのに魅力的に見えないわけない。そんなの宝石が好きだと言っているのにダイヤモンドを見て『カラット数なんて関係ない。存在しているだけでいい』って言ってるようなものよ。本当は1ct、2ctの大ぶりな光り輝くダイヤが欲しいのに謙虚ぶっているだけ。」
私は、彼の言葉に反論するようにさらに畳み掛けた。宝石に興味がない啓介は今の例えがよく分からなかったようだ。彼は、首を傾げながら困ったように私を見つめていた。
「例えばね、あなたがもし何の肩書きも持たないただの会社員だったとするわ。それでも、私はあなたの知性や、物事を深く考える姿勢、そして、私に真剣に向き合ってくれる誠実さとかそういう内面的な魅力に惹かれたと思う。」
啓介の顔を覗き込んでゆっくりと説明した。
「でもね、素敵な人で終わったかもしれない。そこに『若くしてCEOになった』という肩書きが加わることで魅力はさらに増幅されるの。どれだけ努力して、どれだけ困難を乗り越えてきたかの証拠でその努力の結晶が輝きになっているの。もともと美しい原石が磨かれてさらに輝きを増したようなもの、それが啓介の魅力でもあり、肩書きの価値なのよ。」
私の言葉に少しずつ納得したような表情を浮かべた。彼の顔に微かな笑みが浮かんだ。
「そういうものなのか?」
「え?そんな風に思っていたの?そうじゃないよ!親子水入らずで楽しんできた方がいいからそう言ったのよ」驚いて目を丸くしながら、理由を聞いてあっけらかんと話す佳奈。「お母さんも啓介に会いたくて来ているんだから邪魔しちゃ悪いと思ったの。久々に会うって言ってたから、それなら尚更私が言って親子団らんを邪魔してはいけないと思ったの。行くときは事前にご都合伺ってからの方がいいかなと思って。」「そうだったのか、ごめん」自分の勘違いだったことに気がつき、俺はすぐに謝罪をした。「ね、自由のためとか、面倒なことから解放されるための結婚とか言ったけど啓介のご両親を面倒と想っているわけじゃないからね?お互いが自由なるために協力していくの。お互い相手がいることで避けられる面倒なことってあるでしょ?そのための夫婦で啓介を困らせたり悲しい思いなんてさせないわ。」佳奈は真剣な顔をして見つめて言ってくる。「ごめん」「だからもっと私に話して。それに私、啓介のお母さんに会っていいんだ。誘おうとしてくれていたんだと知ったら嬉しくなっちゃった。」&nbs
土曜の朝、隣で寝息を立てている佳奈を起こさないよう啓介はそっとベッドから出た。実は、昨日の夜に佳奈に言っていないことが一つだけあった。それをいうことで佳奈との関係にも影響を与えると考えての事だった。リビングでコーヒーを飲みながら凜の言葉を思い出す。『啓介が結婚するって聞いてご両親がどう思っているか知りたかった。それとなく聞いたら結婚の気配がなくて心配していると言っていたわ。まだ親に紹介すらしていない関係なら、私にも勝算があると思っているの』前回会った際に啓介は母と食事に行くことを伝えたが「楽しんできてね」と自分は行く気がない素振りをした佳奈を見て一緒に来るよう誘うのをやめた。そして、佳奈がプロポーズの時に言っていた『自由のための結婚・余計なお世話から開放』という言葉が引っかかっていた。(もし佳奈が俺の両親と逢うこと自体を嫌がって自由のための結婚だから嫌と拒んで来たら……?)今後も自分の親とは他人のように接するのかと思ったら今までの親たちの愛情を急に思い返して切なくなったのだった。凜の行動も恐怖を感じたが嬉しそうに談笑する母の顔を見てほんの少しだけ微笑ましくもなった。(佳奈は本音で俺にぶつかってきている。俺も佳奈の本当の気持ちを確かめてみよう……)
啓介は少し照れたように言った。彼の言葉から、今までどれだけ建前だけの言葉に囲まれて生きてきたかが伺えた。「肩書きって努力が評価された成功の証で誇らしいものだもの。そんな輝いているものがあるのに魅力的に見えないわけない。そんなの宝石が好きだと言っているのにダイヤモンドを見て『カラット数なんて関係ない。存在しているだけでいい』って言ってるようなものよ。本当は1ct、2ctの大ぶりな光り輝くダイヤが欲しいのに謙虚ぶっているだけ。」私は、彼の言葉に反論するようにさらに畳み掛けた。宝石に興味がない啓介は今の例えがよく分からなかったようだ。彼は、首を傾げながら困ったように私を見つめていた。「例えばね、あなたがもし何の肩書きも持たないただの会社員だったとするわ。それでも、私はあなたの知性や、物事を深く考える姿勢、そして、私に真剣に向き合ってくれる誠実さとかそういう内面的な魅力に惹かれたと思う。」啓介の顔を覗き込んでゆっくりと説明した。「でもね、素敵な人で終わったかもしれない。そこに『若くしてCEOになった』という肩書きが加わることで魅力はさらに増幅されるの。どれだけ努力して、どれだけ困難を乗り越えてきたかの証拠でその努力の結晶が輝きになっているの。もともと美しい原石が磨かれてさらに輝きを増したようなもの、それが啓介の魅力でもあり、肩書きの価値なのよ。」私の言葉に少しずつ納得したような表情を浮かべた。彼の顔に微かな笑みが浮かんだ。「そういうものなのか?」
「啓介ってモテるのね」私は、啓介の言葉を思い出しながらふと口にした。「え……。そんなことないよ。突然どうしたの?」啓介は自分がモテるという事実を全く認識していないようで驚いたように目を丸くした。「だって女性たちから結婚したいと言われたけど結婚を考えられないから別れて、結婚願望がないって事前に言っても偽って女性たちが近付いてくるでしょ?」「まあ、そうだけど……。」啓介は曖昧に言葉を濁した。自分の地位をひけらかすこともなく、変な下心もなくスマートで機転の利く啓介の周りには常に言い寄る女性の影があった。モテを意識しなくても自然と引き寄せてしまう魅力を啓介が持ち合わせているからだ。「それって十分モテているじゃない。世の中、結婚したくても相手にされない人もいるのよ。それが啓介のところには女性が寄ってくるんだもん。」私は少し呆れたように言った。彼の謙虚さ、あるいは鈍感さには時々驚かされる。しかし私の指摘に、自分がモテるということに納得していない様子だった。「傍から見るとそうかもしれないけれど、彼女たちは俺の肩書きや経歴で判断していると思うよ。それで性格とか生活していく上で問題ないと思って
「彼女はまだ未練があって啓介のことが大好きなのね。」先程の彼の説明でタクシーに乗り込むことを許した啓介の判断に、正直納得できない部分は残る。だけど、凛の執拗さや啓介自身も困惑していたであろうことは分かった。彼の申し訳なさそうな表情に私の怒りは少しずつ薄れていった。私は、今までの話を冷静に分析した。「……それはどうかな。別れた時も信じていたのに裏切られたとか色々言っていたから、単に悔しいだけかもしれないよ。」啓介は少し面倒くさそうに答えた。「そうだとしても、私たちの結婚がおもしろくないと思っているってことよね。」彼の言葉に重ねて核心に触れた。未練にせよ、悔しさにせよ、凛の行動は、私たちの結婚を素直に祝福するものではない。私たちにとって無視できない事実だ。「そうかもな。俺は相手にする気はないんだけど、母さんのブログを見て趣味を把握するくらいだから何をするか怖いんだ。」啓介はそう言って少し震えた声で続けた。凛にいくつか質問していくうちに、料理教室に通うようになったのは、やはり偶然ではないことが分かったそうだ。彼女は、啓介の母親の料理教室のブログを隅々まで読み込み、趣味や興味を持ちそうな話題を徹底的に調べ上げたらしい。そして、思惑通り、母親は彼女が提供した展示会の情報を喜び、啓介を誘うために会場に足を運んだのだと。
仕事が終わりオフィスの施錠をして帰ろうとすると入口で凜が待ち構えていた。「啓介、話があるの。これから少しいいかな?」凛は、まっすぐに俺を見つめ開口一番に言ってきた。その場で用件を聞こうとしたが、「ここで話せる内容ではない」と言うばかりで教えてくれなかった。最近母のことで腑に落ちない点があったため凛を無視するわけにもいかず近くのレストランで話すことにした。付き合っていた時の別れ際も彼女には酷く泣き喚かれた記憶がある。今回も、もし感情的になられたら厄介だ。人目につく場所は避けたかったし、落ち着いて話せるように個室を選んだのは、せめてもの配慮だった。早く話を済ませて帰りたかったので、店に入ってすぐに俺は凛に問いただした。「どうして母さんの料理教室に通ってるんだ?」母から凛と再会したという話を聞いて以来ずっと俺の頭を占めていた疑問をぶつける。偶然にしてはできすぎている。「え?あれはたまたま。本当に偶然だったの」凛は、まるで悪びれることなく澄んだ瞳でそう答えた。その平然とした態度がかえって俺の疑念を深めた。(偶然、ね……そんなわけがない。)俺は、彼女の言葉を