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第157話

Author: 楽しくお金を稼ごう
それは先、彼が見た姿と同じだった。

天音じゃない。

その瞬間、蓮司の胸に宿っていた希望の光が消え失せた。

心配のあまり、彼は足早に外へ出た。

天音、一体どこに行ったんだ?

女性の不満げな怒鳴り声と、ボディーガードのリーダーが謝罪する声が聞こえてきた。

部屋のドアまで来たところで、蓮司はふと足を止め、クローゼットの方へ視線をやった。そしてクローゼットに歩み寄り、ドアノブに手をかけた。

「ちょっと、何をするんですか?

中には重要な書類が入ってるんです!」

秘書は慌てて叫んだ。

蓮司は要の方を振り返り、ゆっくりとクローゼットのドアを開けた。

その時、廊下にいたボディーガードが嬉しそうに入ってきて言った。「社長!奥様を見つけました!奥様の携帯の電波が宴会場にあります!」

部屋にいた全員が安堵のため息をついた。

蓮司は一瞬手を止めだが、次の瞬間、勢いよくクローゼットのドアを開け放った。

中には何もなく、金庫があるだけだった。

「酷すぎます!中には機密情報が保管されているんです!」秘書は大声で怒鳴った。「この件、このままでは済ませません!」

しかし、要は秘書を制止した。「風間社長は奥様を探しているんですね?愛妻家としては、心中お察しします」

要は軽く口元の血を拭い、落ち着いた様子で言った。「しかし、二度とこのような無礼な行為はしないでいただきたいですね」

蓮司は自分が悪いと分かっていた。しかし、目の前の男の冷静沈着な態度に、苛立ちを感じた。「妻を見つけたら、改めて遠藤隊長に謝罪します」

そう言い残すと、蓮司は大股で出て行き、そばにいたボディーガードに尋ねた。「電話は繋がったか?」

「社長、電波が不安定で繋がりません。システム担当が位置情報を特定しています。現場の者も捜索を開始していますので、すぐに奥様を見つけられるはずです」

9階では、天音が窓辺に立ち、蓮司の険しい後ろ姿が夜の闇に消えていくのを見ていた。

警報が止み、消防車、パトカー、救急車が次々と去っていった。

周囲は静まり返り、まるで先ほどまでの騒ぎが幻だったかのようだった。

天音は腕時計を見た。もうすぐ10時だ。

宴会場に到着した蓮司だったが、ボディガードたちは依然と天音を見つけることができていなかった。

蓮司はボディガードの無能ぶりに怒りを覚えたが、理性はまだ残ってい
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