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7.摂政ブレイク

Author: サイ
last update publish date: 2026-08-19 19:36:49

 ナノリアが初めてブレイクに会ったのは、国王の葬儀が終わって数か月後だった。

 まだ8つのアディノスのために、摂政として抜擢されたのがブレイクだった。

 コーンワルド公爵領は、国境沿いの広大な領地を有する歴史ある家門だ。国王ドローネの姉が嫁いでおり、その息子ブレイクがすでに公爵位を継いでいた。つまりはアディノスの年の離れた従兄弟に当たる。

 当時彼は30手前だったかと思う。それでも王都まで統治の名声が届くほど有能で、国王の推薦ではあったけど摂政就任にどこからも反対はなかったのだとか。

 ナノリアは5つになったばかり。摂政殿下へ挨拶をしにいくぞと言われて、アディノスと2人、会いに行った。

 葬儀にも参列を許されなかったナノリアは、この日、本当に久しぶりに内城を出た。そうして国王の執務室に向かう。

 ドローネがかつて使っていた執務室は、ナノリアも何度か出入りした事がある。

 そこはすでに主人を変えて、室内は様変わりしていた。

 落ち着かなくてきょろきょろとして、アディノスに背中を小突かれる。

「った——」

「挨拶しろ」

「あ……ナノリアで、ございます」

 緊張したままお辞儀をすると、ブレイクはわざわざナノリアの前まで来て、膝をついた。

「はじめまして。君が瑠璃の妖精姫だね」

 吸い込まれそうな琥珀色の瞳と、はっきりと目立つ黒髪の青年。強烈な存在感——幼いナノリアにも、強く印象に残った。

 彫りの深い濃い目鼻立ちは、従兄弟とはいえアディノスとは全然似ていなかった。爽やかな笑みを浮かべながら、優しい眼差しを向けてくれる。

 瑠璃の妖精姫、それはドローネが付けた呼び名だった。瑠璃姫、妖精姫と言って可愛がってくれた。久しぶりに呼ばれた呼び名に、少し恥ずかしくて懐かしくて、もじもじとしてしまう。

「聞いていた通り可愛らし——」

「どこが。ぐずで、のろまな出来損ないだ」

 ブレイクの言葉を遮ってアディノスが言い捨てた。

 父親を亡くし、アディノスは急に攻撃的になった。

 母親であるサフィアもずっと部屋にこもってしまっているから、まだ8つの彼としても怒りの矛先が必要だったのかもしれない。

 こんな悪態はいつもの事だった。けれどこの日は恥ずかしくて、ナノリアはうつむくしかなかった。

 すごく偉い人の前で、ぐずでのろまと知られるのが、情けなくて。

「殿下」

 ブレイクの低い声が響く。

「人をけなすような物言いは控えるように言ったのを、もうお忘れですか」

 ナノリアはびっくりした。

 これまでアディノスにこんなふうに物申す人は初めて見た。ブレイクはさらに続けた。

「それから、ぐずものろまも同じ意味です。もう少し勉学に励んだ方がいいですね」

「はあ!? ブレイク、一体誰に向かって……!」

「アディノス王子殿下ですが。教師は注意してくれなかったですか? それなら殿下の教師らを見直さねばなりませんね」

 現状、この国のあらゆることはブレイクの手の中にあった。人事も、予算も。

 それが分かっているから、アディノスはそれ以上何も言えない。

 ただ腹を立てて、子供らしく何も言わずに出て行ってしまった。

 ついて行った方がいいのか、迷いに迷っておどおどとするナノリアを、ブレイクはふわりと抱き上げた。

 びっくりするくらい視界が高くなって、ナノリアは驚きに固まった。

 国王ドローネに抱かれたことはあっても、ここまで高くはなかった。それに、ブレイクの体は鍛え抜かれて筋肉質で、がっしりしていた。

「わあ、妖精というのはこんなに軽いのか」

 ブレイクはそう言いながらナノリアを壊さないように気遣うように、慎重に抱いた。

「突然陛下が身罷みまかられて——ええと、いなくなって、さぞかしつらかっただろう」

 じっと琥珀色の瞳で覗き込まれると、ナノリアは胸の内をすべて見透かされたような気がした。

 アディノスに放つ言葉を思えば、厳しく恐い人なのだと思った。声も顔も、少し怖かったし。

 しかしこうやって優しい言葉を掛けてくれたから、戸惑いが先に来る。それから、その言葉の意味をじっと考えた。

 ——つらかっただろう。

 誰もそんな事は言ってくれなかった。

 これまで優しくしてくれた人達の、誰も。

 久しぶりのあたたかい言葉だ。

 ナノリアの目に、ぶわっと涙があふれた。

「わっ、ど、どう……」

 ブレイクは慌てて辺りを見渡したが、部屋には誰もいない。

 ナノリアはぽろぽろと涙を流し、どうしても止められなかった。

「ご、ごめ……なさ……」

 泣くなって怒られるだろうか。呆れて部屋に戻されるかもしれない。やっぱりぐずでのろまだって思われちゃうかも。

 顔が真っ赤になって、我慢しようと思うのに涙がどんどん溢れて止まらなかった。

「うっ……うぅ」

 嗚咽ばかり漏れるナノリアを、ブレイクはぎゅっと抱き寄せた。

 広い肩に顔を埋める形になって、ナノリアはそのまま、わんわんと声を上げて泣いてしまった。

 それでもブレイクが離そうとはせず、背中を優しく撫でてくれたから。ナノリアは久しぶりに子供らしく、声を上げて泣き続けた。

「う、うぅ……へいか、へい、かぁ……」

 つらかっただろう。——そう言われて、悲しんでいいのだと言われているように思えた。

 肩がすっかり涙で濡れて鼻水までついても、ブレイクは怒らなかった。

「大丈夫だ、蝶の姫君。君を悪いようにはしないからね」

 しっかりとした腕に抱かれ、繊細な羽には触れないように優しく背中を撫でられて。

 低い声が体を伝って響いてくる。その安心感に、ナノリアは散々泣き続け、そしていつの間にかそのまま眠ってしまった。

 そうしてその後、一度も再会することはなかった。

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