LOGIN自分の失敗を残す。 それは、やはり怖い。 だが、残さなければ同じことをする。 自分だけではない。 次に照会文を書く誰かも。 「はい」 ミレーヌは別の紙を取り出した。 上に、少し迷ってからこう書いた。 照会文の不備記録 その下に続ける。 受領先に責任追及と受け取られる表現あり。修正。 文字にすると、頬が熱くなった。 自分の失敗が、はっきり紙に残る。 でも、不思議と逃げたい気持ちは少なかった。 失敗が形になったから、直せる。 そう思えたからだ。 午後遅く、クラリスが慈善記録官室へ顔を出した。 マルタから簡単な報告は行っていたのだろう
「……はい」 「地方孤児院は、王宮の書式に慣れていません。人手も少ない。受領控えを書く者が、院長一人かもしれない。あるいは、読み書きに慣れた職員が限られているかもしれない」 ミレーヌは、手元の紙を見つめた。 自分の文面が、急に冷たく見えてくる。 このままでは受領確認として認められません。至急、正確な数量、状態、受領者名を記入し、再提出してください。 間違ってはいない。 でも、受け取る側からすればどうだろう。 王宮から、あなたの書類は認められません、と言われたように見えるかもしれない。 自分たちが何か悪いことをしたのかと怯えるかもしれない。 「確認は、相手を怯えさ
慈善記録官室の朝は、思っていたより静かではなかった。 紙をめくる音。 封筒を開ける音。 受領印を乾かすために棚へ置く音。 リーナが小さく咳払いする音。 セリア記録官が、届いた書類の件名を読み上げる声。 それらが途切れず続く。 ミレーヌは、自分の机に座り、昨日届いた地方孤児院からの受領控えを前にしていた。 相手は、王都から馬車で半日ほど離れた小さな村の孤児院。 名は、リーフェ孤児院。 冬服の補填対象ではないが、社交界の小さな慈善刺繍会から肌着と寝台布が送られる予定になっている。 問題は、孤児院側の受領控えがとても簡素だったことだ。 肌着、寝台布、受
言った瞬間、エリオット自身が少し驚いた。 こんなふうに返すつもりはなかった。 ハルベルトも驚いたようだった。 すぐに表情を戻したが、目は冷えていた。 「若いですね」 「はい」 エリオットは、今度は逃げずに答えた。 「若いので、古い帳簿を疑うところから始めます」 記録室が静かになった。 数人がこちらを見ている。 ハルベルトは、しばらくエリオットを見下ろしていた。 「孤立しますよ」 低い声だった。 忠告にも、脅しにも聞こえる。 エリオットは赤字の入った帳簿を見た。 小さな赤い文字。 確認費相当。 それは、自分が財務院の慣例に初めて入れた赤
クラリスは羽根ペンを取った。 新しい紙に書く。 確認費相当支出の歴史的存在 その下に続ける。 問題点:名目分散により、制度上の必要経費として認識されず、削減・流用・無償化が容易になった。 オスカーが、横で感心したように頷いた。 「非常に明確です」 「エリオット監査官の資料が明確だからです」 クラリスがそう言うと、エリオットは一瞬返事に困った。 財務院では、こういう褒められ方をあまりされない。 少なくとも、古い帳簿に赤を入れたことを評価されることはない。 「ありがとうございます」 彼は少し遅れて答えた。 その時、イリスが茶を置いた。 「監査官様も、
慈善物資費。 孤児院支援費。 施療院冬季支援費。 社交界寄付品整理費。 雑費。 臨時謝礼。 輸送補助。 記録整理手当。 その中に、気になる項目があった。 孤児院冬物受領確認 馬車代・書記手当 エリオットは目を止めた。 確認費ではない。 だが、内容は確認費そのものだった。 孤児院へ冬物が届いたか確認するための馬車代と書記手当。 別の年にも、似た項目がある。 施療院包帯布現物確認 臨時女官手当 さらに別の帳簿。 寄付毛布受領先巡回 記録紙代 エリオットの指が、紙の上で止まった。 あった。 確認費は、昔からあったのだ。