第352話

彼女はわずかに眉を上げ、何も言わず、嘲るような視線を向けて瑛司に小さく笑った。

瑛司はそれに応えるように、さらに強く彼女の腰を抱き寄せる。

二人の体はほとんど隙間もないほど近づいた。

電話が繋がる。彼の低く落ち着いた声が響いた。

「......瑠々」

スピーカーモードではなかったが、廊下は静かで、蒼空との距離も近い。

だから、電話の向こうから聞こえる瑠々の声が、はっきりと耳に届いた。

瑠々の声は泣き声まじりで、弱々しく、いかにも儚げだった。

「瑛司......ネットで蒼空が投稿したのを見たの。もう胸が苦しくて......本当に、つらいの......」

言葉が詰まり、嗚咽が混じる。

「......お願い、一緒にいてくれる？会社に行ったけど、瑛司の秘書が『もう帰った』って言ってて......どこにいるのか分からなくて、怖いの......」

蒼空は心の中で拍手を送りたくなった。

もし瑠々が芸能界に入っていたら、もしかして主演女優賞の一つや二つ、軽く取れていたかもしれない。

感情のこもり方が完璧だった。

もし彼女の本性を見抜いていなければ、今ごろ本気で瑠々の涙を信じていたかもしれない。

案の定、瑛司の瞳が一瞬だけ揺れ、すぐに低く優しい声で答えた。

「外にいる。先に家に戻れ。すぐに帰るから」

蒼空はまぶたを伏せ、静かに聞いていた。

その声は驚くほど優しく、まるで電話の相手に対して無限の包容を示しているかのようだった。

彼のそんな声色、あの穏やかな語調は全部、瑠々にしか向けられない。

瑠々の震える声が続く。

「いや......私は会社の前で待ってる。来てくれなきゃ、帰らないから......！」

瑛司は少しだけ眉を下げ、困ったように言う。

「いい子だから、先に帰ってて」

「いやよ......ここで待つ。早く迎えに来て？」

蒼空はふと下を向き、まだ自分の腰を囲む彼の腕に目を落とした。

さっきよりもその力は明らかに弱まっている。

理由は一つ――瑠々の存在だ。

そう、絶対にそれが原因だ。

そして、瑛司自身もそれを自覚しているに違いない。

彼女はその電話を見つめた。

瑠々の甘えた声が途切れず続く中、瑛司は辛抱強く、優しく言葉を返していた。

その様子を見ながら、蒼空の瞳の奥に、挑発的で悪戯めいた光が浮かぶ。

彼女はわざと瑛司