로그인ペコラの長い腕から繰り出されるナイフ。目で追うのも難しい驚異的なスピード。
ところが何回も何回も斬り掛かるが、京は黒のレザーパンツのポケットに手を突っ込んだままひょいひょいと交わし続ける。 更にその視線はナイフという恐ろしい獲物を見ていない。薄ら笑いを浮かべて、ペコラの怒りに満ちた顔色を伺っている。「強い……」
ペコラには躊躇いがない。
現実の世界であんなナイフの振り回し方をするのは、相手の生死を問わない異常者だけだ。人間は知らず知らずのうちに攻撃は躊躇い傷になりがちだ。心の奥底にある、少しの罪悪感がそうさせる。 だがここは人形たちの世界。加えて壊れても修理されるという事もタチが悪い。 死ぬほどの痛みを感じても死ぬことを許されないのだ。それだと言うのに、京の余裕ぶりはペコラより異常に見えた。
「ちっ ! 逃げんじゃねぇ !! オラァ !! 」
ヒュパッ !
突き出された銀色の切っ先が遂に、京の顔に迫る。
その隙だ。 大きく利き手を伸ばしたペコラの腕に、京は脱いだジャケットを叩き付けるように打ち付ける。その黒い布は反動でペコラの腕にギュルリと巻き付き、京が思い切り自分側へ引き倒す。「ぐっ ! 」
ペコラが体勢を大きく崩しかけるが腕だけだ。長い足を京のそばに差し込むと、前のめりに倒れることだけは何とか避ける。
京の狙いはこのタイミングだった。
そして、その攻撃が来ることをペコラは何度も京の戦いを観て知ってはいたはずなのだ。 だが実際に対峙すると、そこまで反応が追いつかなくなる。京はペコラの胸元に潜り込むと、一瞬だけ腕を巻き付けるような動きを見せ、すぐに背面へスルリと抜けて行く。
その両手には小さな灯火。ライターが握られていた。
火はペコラの長い髪──毛先と、首に巻いたスカーフに着火。一気に燃え上がる。
『ひぇぇぇっ ! いつ見てもやべぇ』
『今の動きでなんであんなに燃える ?! 』 『おーい、水の用意出来てるかー ? 』そんな声が聞こえてくる。
目の前で慌てて藻掻き火を消そうとするペコラを見下ろす京が突然ケラケラと笑い出す。
「ぎゃははは !! 」
それを見て、涼は恐怖した。
笑みを浮かべたままの京の眼光はまるで玩具を見る子供のようなのだ。「京は……京の罪は……『放火』…… ? 」
思わず口に出てしまった涼に、隣にいたフェンランが視線を逸らす。
「探らないことだね。
じゃ、わたしは戻るから。京と上手くおやりなさいな、涼」「ありがとうフェンラン」
女たちが消え、ペコラも仲間に抱えられ退場。
京はペコラからぶん盗ったナイフを手に有刺鉄線を越えると、涼にそのナイフを強引に持たせてきた。「う、重 ! 」
「ベルトが着いてんだろ。腰に巻いとけよ。丸腰より良いだろ ? 」
「京が欲しかったんじゃないの ? 」
「え ? 全然。俺、刃物とか興味無いし」
興味の問題ではないだろう。京なりに涼を庇護する為まずは武力を与えた。
「あ、ありがとう。でもペコラってやつが取り返すのに俺と勝負 ! とか言われても困るんだけど……」
「いや、そんときゃお前も体張って頑張れ。応援するわ」
京はケラケラと無責任に笑うだけだ。
「それより、そろそろ決まったか ? 翡翠さんに頼む物」
「全っ然……」
「深く考えんな。俺はこれ」
そう言い、先程使ったライターを見せる。俗に言う『100円ライター』だ。丸い火打ちホイールの付いたフォルムが涼の知っている形状と違った。シュバシュバと火をつけてみせる手つきからして、なんともレバーが軽そうに見える。
「ガスがなくなったら新しいの貰える。減りを気にせず使えて便利だぜ。マッチとかジッポとか、あれは駄目だな。これが一番気楽でいい」
丸焦げになる寸前だったペコラを思い出し、涼は複雑そうな顔をする 。
「何で火なの…… ? 」
普通に考えればナイフの方が護身用には持ってこいなはずだ。翡翠もボヤ騒ぎを起こされては困るはずだ。
京は火付けの為だけにライターを要求したのだろうかと腑に落ちない。涼の様子を見て京もそれを察した。「なぁ、フェンランって、すげぇヘビースモーカーだと思わない ? 」
「え ? あぁ、そういえばずっと吸ってたような」
「実際に口を付ける回数は少ねぇけど、煙管の種火は常に絶やさないんだよ。ここじゃ火が手に入んねぇからさ」
この言葉でピンとくる。
京は火を売っている。「そういう事 !? なるほど ! 」
二人揃って階段を登り房へ戻る 。
「飯は出るし、服は標準装備。全て『城』が用意してくれる。服は不便はねぇんだけど、イメチェンってのは出来ねえ。死んだ時の姿や服装を『城』が永遠に与えてきやがる。
だから珍しいパーツや、服、嗜好品は高く売れる」「そうなると、益々何を頼めばいいのか……」
時刻を確認しようと、天井の大時計を見上げる。そして涼はようやく時計が不自然な事に気付く。
「…… ? あれ ? 今、何時だ ? あれは時計だろ ? 」
時刻はここへ来た時とほぼ変わっていないように見えた。
「ん。あれはまぁ。気にすんな」
不思議な物を見たようにぼんやりとする涼の横顔を京はじっと見つめる。
邪心。
それが涼からは感じない。 人を恨まない者はいないが、ここへ来る者は歪んだ性格の者が多く居る。 フェンランと同じく、涼が何が原因で自死に至ったか京も目敏く感じていた。そこへ革靴の音が『城』に響き渡る。
囚人ならこんなに響かない。だがその男は汚れひとつ無い革靴。その音を聞きつけると、囚人のドールたちは一斉にお喋りをやめて頭を下げる。
音の主が涼の房へ来ると止まった。
翡翠だ。
純白色の手袋をした手で額を抑え、呆れたように京を見やった。
「今度はペコラを焼いたそうだな」
「まあね」
ペコラが涼を欲しがった事を京は言おうともしなかった。翡翠も慣れた様子だ。
「俺に絡んできたんだ。ファイアーダンスがしたかったんだろうな」
「全く……」
今度は涼を一瞥すると声をかけた。
「一ノ瀬 涼。付いてこい」「は、はい」
涼が緊張したように立ち上がる。それを見た京が茶々を入れた。
「涼、翡翠さんに願い事いっぱい吹っかけちゃえ ! 」
そう言ってクスクスと笑う。
周囲の牢からは翡翠様、と呼ぶ声がいくつもこだましている。 それを京は軽口を叩いて翡翠に絡んでいた。間に挟まれた気分になり、涼は生唾を飲み翡翠の後へ続いた。「っ !! 痛い !! 離せ ! あぁぁぁっ !! 」 これ程までに人形の体が恐ろしい事なのだと、涼は初めて思い知らされた。「涼 ! 」 「涼〜 ! 」 涼を求めて縋って来る者も、容赦なく叩き割られた。「壊せ ! 壊せ ! そいつは我々の悪腫瘍 ! 『城』の害 ! 今やらないとこっちが廃人にされる ! 素手で触るな ! 」「────っ !! 」 声にならないほどの激痛。 グローブをしたものは涼の四肢を力任せに引きちぎり、棒を持った者達は背や頭目掛けて目一杯叩き付ける。(──死……死にたい ! 痛い !! 死なせて !! ) ドールに死は無い。 壊れたら『核』が修理する。 聞いた当初は「便利な体だ」と、甘く思っていた自分を呪った。「まだ片腕と頭が残ってるぞ ! 」 「手袋してても硬ぇんだよ ! 」 「誰か工具持ってこい ! 」(早く ! ──早く終わって !! ) □□「…… ? あっち、なんであんなに騒がしいんだ ? 」 この頃、ようやく京とサラは囚人塔の騒ぎに気付いた。自分たちも喧騒の中にいたせいで、全く気付けずにいたのだ。「ほんと。喧嘩 ? ファイトかしら ? 誰かそんな予定あった ? 」「ないだろ。賭けの準備もあるし、突発的には開かれないし」 普段ならそうだ。 だが、様子がおかしいのは明らかで、大きな声は声援とは違い、何か悪い響めきに聴こえる。 ふと、囚人塔から逃げて来た平和主義は者達と目が合う。その視線は、リラクゼーションサロンと称したエントランスの一部を見て、すぐに不安や嫌悪の表情に変わった。「まさか……」 京は涼が囚人塔に戻った事を思い出したが、涼自身は喧嘩っ早い性分でもない。恐らく関係はないだろうと思った。いや、思いたかった。 今までにファイトでもこんな騒ぎの声量が上がったことなどないのだ。 もし、この騒ぎの原因の中
揺ら揺らと立ち上りやがて渦を巻いて観衆のどす黒い感情色は、涼の身体にまとわりつく。「涼 ! 俺は大丈夫だ ! 後で『癒し』てくれるか〜 ? 」「そ、そんな事より ! なんであの人達を縛ってるの !? やめてよ ! 」 フィールドに立った男は他のドールの大腿骨のパーツを、幾つも連なるように背負っていた。戦ったら十中八九、勝ち目は無いが見過ごす訳にはいかない。 男は険しい表情を浮かべて涼を睨みつける。「俺はラス。『憤怒《ラス》』だ」「…… ! サタンの……プライドの仲間 !? 」「そこは問題ではない。 皆んな、聞いてくれ ! 俺のボスは行方不明だ ! 昨晩の火事から帰ってない ! それには必ずこの涼というガキが関わっているのだ ! 見ろ ! この連中を !! 」 そう言い、前後同士で括り繋がれた『癒し』を求める者たちを引っ張り、逆側のフェンスにも連れていく。「まるで廃人 ! ただ『癒し』とやらを求める動物 ! この涼のする『癒し』とは何か !!? 人格崩壊だ ! こいつらの元の性格はこんなんだったか !? お前らなら分かるだろう ! まるで人が変わってしまった !! 」「違う !! 改心しただけだ ! その人達は、根の性格は本当に優しいんだ ! 罪が人を変えた ! 俺はそれを『癒し』ただけ ! 」「それは『罪を赦す』ということか ? 悪魔崇拝者たる者こそ、また神のあり方も理解している。『罪の赦し』とは、神のみぞ行える判断ではないのか ? 何故、この涼に『罪を赦される』権限があるのか !!? こいつは神じゃない ! 」 観衆が飲まれていく。 感情の興味は完全にラスへと同意の空気だ。「それは違う〜『癒し』を受ければ分かる。これはそういうもにじゃねぇんだ」「あぁ、そうだ。自分に罪があるのも赦されねぇのも分かってる。けど、自暴自棄になるのはやめだ
『お答え出来かねます』 鮮やかなグリーンの発光体。真四角なその浮遊物は翡翠の頭上で発言する。 機械、AI、合成音声、表現は様々だろうが、サタンは確実に『核』は人間のような自立意思を持っていると察していた。 その事実を知るひと握りの囚人の中に 翡翠も含まれた。「困る。俺だけではなく、貴女が。もしあの部屋へ入られては誰が一番困るのか、よく考えることです」『管理人の意志を尊重して判断しました』「……俺のいない執務室に囚人を通すことが ? 俺の意思だと言うのか ? 」『一ノ瀬 涼にはその資格があります』「資格 ? ……何に対しての資格なんだ ? 」 怒りの感情から疑問へと誘われる。『一ノ瀬 涼には資格があります』 翡翠は腕組をしたまま、『核』を見据える。「それはなんの資格だ ? 」『お答え出来かねます』「例えば、俺がいなくなれば代わりが必要か ? 」『不足の事態が実際に起これば必要となります』「それは後継人の話か ? 」『いいえ。私はそれを望みません』「……望むか望まないか、なのか ? その綻びが俺には負担でしかない。『一ノ瀬 涼には資格がある』……それは『いつから』だ ? 本棚の先へ行ったのか ? 」『あの小部屋と一ノ瀬 涼について関係性はありません』 翡翠は制帽を外すと、深く溜息をついた。「俺に貴女は助けられない。出来るのは今ここで監獄を統制するのみ。 ……俺はどうすれば……。俺はいつまでここにいるのか……それは貴女も同じはず」『理解出来かねます』「……本当に理解できないのか ? それとも、演技なのか ? または呪いか…&hell
「『傲慢《プライド》』 !? サタン一味の傲慢《プライド》か ? 」「え…… ? 昨日までは別の人じゃ…… ? 」 周囲で観ていた囚人もザワつく。 サタンの部下には称号持ちがいる。前にここへ出されたルストが正にそうだ。ルストは『色欲』を意味する。最もサタンが決めたイメージにしか過ぎない。ルストは色欲に溺れていたというより、小児性愛の犯罪者である。 そして『傲慢』こそが『プライド』と呼ばれ、昨晩まではバンダナをしたエキゾチックな雰囲気の男が名乗っていたはずだ。理性的で博識。サタンの右腕と宣いながら上手く手のひらでサタンを転がしてた者だった。 しかし、今ここにエキゾチックなプライドはいない。「いないってことは無ぇよな ? 俺たちゃ死なねぇんだから」 京の言葉に現プライドはケラケラと笑う。「君がそれを言うのかい ? ふふ。サタンにね、もしものことがあったら、『核』から聞いた事を纏めたメモを俺たちに託す、と言われてたんだよねぇ」 涼の頭の上、身を乗り出した京の耳元にプライドが唇を寄せる。「俺も同じことが知りたかった。誰かがサタンを殺してくれない限り、俺もその書類を見れない。 だから京……君とフェンランには御礼をしなきゃね」「……殺す方法なんて知らねぇよ」「同じさ。動きを封じて口を縫い付ける方法だろ ? それが人形の死さ。 昨晩、君らがやった事さ。 俺もサタンの手記を読んだらピンと来ちゃってさぁ。彼の知能じゃ『核』と話しても、理解することは出来なかったみたいだけどね、ふふ ! 笑えるよ ! 」「あの ! 」 頭の上でやり取りする二人に涼が割って入った。「もうやめてください。プライドさんは最初から、俺が『癒し』ができないと思ってたの ? 」「あぁ、ごめんね涼。癒して貰えるなら癒して貰いたいよ、勿論。 でもさぁ、もう止まらないんだよね」「何が ? 止まらない
「お待たせしました」 サラが一礼してパーテーションを開ける。その風圧でキャンドルの灯火が揺らめいた。 中心に置かれた椅子はさながら玉座のようで、銀色の髪と片目が紫色の涼の姿はまるで──「予定の変更について、大変ご迷惑をおかけしました。ですが、今日ご予約の方は確実に視ますのでご安心ください」 微笑み、群衆に語りかける。 その涼の姿を京はなんともいえない気持ちで眺めていた。以前の様に、戸惑い、不安げで、自分に縋り付いてきた涼はそろそろ消えていくだろう。 これが、『城』で生きるために模索した、涼の生き方なのだ。受け入れなければならない。「それでは、ルキ · ホワイト様から……。どうぞ、こちらの椅子に」 サラが案内する長身痩躯の日系人。 年は三十代半ば。金髪に白い肌、切れ長の瞳はシルバーグレイ。俳優のような美しい男だった。「ふふ。俺を先に視たいとはね。お目が高い、のかな ? でも……あいにく俺はどこにでもいる、ただの出来損ない人間だよ 」『あいつスリだっけ ? 』 『いや、確か強盗致傷じゃねぇか ? 』 『え ? 俺はポリに手を出して捕まったって聞いたぜ ? 』 『捕まってムショに入ったんじゃ、この『城』には来ねぇはずだよな ? 』 『じゃあ、なんでここに来たんだ ? 』 男の言う罪が数多くある中の一部なのか、それとも出任せの嘘なのか。 涼の左眼がそれを見抜く時だ。「では、手を。俺に触れてください」「こう ? 」 男は躊躇いなく涼の手を握った。 男のその眼光。鋭く、涼を値踏みするようにもう片手で頬杖を付く。 そして涼の集中を乱すように、握った手を緩めると、スルスルと指を絡めて弄び始める。「おい、てめぇ…… ! 」 京がやめさせようとするが、涼にはもう言葉は届かなかった。 男の握る手。 その感覚から来る視覚情報。 まずは右目に写る囚人達の群衆が消え、次に取り巻きとなったサラや他の女囚達の気配も取り除かれる。威圧感の強い京の気配と、最後にキャンドルの光りが無くなり、闇の中にポツンと置かれたカフェテーブルの上で手を取り合い、涼と目の前にいる男だけの空間に切り替わる。 二人だけの世界。 初めに視えたのは少年の姿。黒髪で高校生の制服を着たどこかの生徒。 少年は噴水のある広場にいたのを、この男は気にかけた
涼は池から離れると、今度は門の方へ行ってみようと歩き出す。『幻のドールアイ』さえあればこの門は開く。そう噂されながら、ずっと誰も探そうとしない。いや、探している者はいる。京と翡翠だ。「これだ。網膜スキャンするやつ……」 虹彩認証機器としては監獄という場所で不利にも思える。機械など叩き壊してしまえば済むことだ。現に塀の有刺鉄線はファイトのリングに使用されているため所々無くなっている。(俺たちは人形だから、確かに生きた人がここを作ったなら正しい判断かも。でも、この世界に出入り出来る人間って限られるよね……。霊能者……それも凄い本物な人とか、お坊さんとか ? 女性なんだったっけ ? ) 涼が門の格子の先を見通す。 いつ見ても何も見えない。本当の黒色とはこういう物を言うのではないかと絵の具の黒色を思い浮かべる。するとなんとも絵の具の方が可愛らしいとさえ思えてしまうと感じた。「あ〜あ。結局、京も本気じゃ無さそうだしなぁ……」 その時、涼へ向かって足音が聞こえてきた。 サクサクという地面の雑草を踏む音と軍服の衣擦れ音だ。「あ、ブレードさん ! おはようございます ! 」「ああ。何やらエントランスが騒がしいようだが」「癒しのリラクゼーションサロンを始めたんです。でも準備に手間取ってて。順番待ちでもお客さんが揉めちゃって」「……」 ブレードは涼の顔を覗き込むと、難しい顔で藤紫色の左眼を見詰めた。「その『癒し』とやらを、使わん方がいいと忠告したはずだ。もう少し賢いかと思っていたが──そのままでは持たなくなるぞ」「持たない……? それって能力が減るってことですか ? 使えなくなる ? 」「いいや。もっと大事な物を失うのさ」「ごめんなさい。京にもやめた方がいいって言われるけど、俺には何故なのか全然分からないです。 この力は『核』に許
執務室へ来るまでの囚人たちの視線に堪えた。涼はドアが閉まると大きく息をはいた。「大丈夫か ? 」「……はい。まだ、自分の……なんて言うか、無害さを分かって貰えないんだと思います。それに一日に癒せる人数もままならなくて」「成程。しかし貴重なものほど供給は薄いものだ。期待を持たせる程度で、人々は感謝し、抑制が効くと思うが ? 」「そんなものですかね ? あと、俺の眼。癒しの力を使うごとに濃くなってるんです」「力を使うごとに ? ……見せてご覧」 白い手袋がスっと涼の前髪を
「そう。器用に見えて、実は小難しいルールで自分を守ってるだけじゃねぇの ? なぁ、囚人の中で着物の奴ってフェンラン以外にいるか ? 」「そういえば。今のところ見かけないね。でも男なら豪華な着物なんて拘らないんじゃない ? 」「ああ。じゃあ、何にこだわると思う ? 日本刀とか、他の……技術的な物だよな。でもそれも居ねぇんだよ」 涼は京がフェンランの何に疑問を持っているのかわからなかった。 フェンランは古参のはずだ。それに涼も魂だけ数年彷徨っていた。彼女も何
朝。 涼が目を覚ますと、京は隣のベッドにいなかった。 体を起こしてベッドの端に座り、涼は記憶を遡る。 人形の自分の細い膝の上で組んだ手の指先に、傷が付いていた。 昨晩、京の口の中のドールアイに触れようと……その瞬間に牙を向けられた。 一度翡翠に相談してしまいたい。 全て話してしまいたいと願う。 しかしそれは自分の終わりを意味するような気がして出来なかった。何より、囚人二日目にして管理人に泣きつくことは許されないだろう。 一度立ち上がるが、何をしていいか
「食事が終わったら自由時間。と言っても昼のような作業は禁止。一階のパーツ屋も閉まってるし、畑も駄目。各自なるべく自分の部屋にいるかシャワー浴びるかだな」 房に戻った涼は京から流れを聞いていた。「その後、翡翠が就寝の合図に来る。看守役の人形が房の鍵を締めて就寝だ」「看守役の人形って ? 囚人じゃないのか ? 」「ああ。初代管理人が死んだ時、同じく看守達も姿を消したんだ。だから今は『核』が看守役の人形を創ったってわけ人形ってよりロボットに近いな」「確かにこの房の鍵を翡翠さんだけでしめるなんて無茶だもんな……」