LOGIN房がある塔は円形で漏斗状になっている。
その囚人たちの建物から内廊下で、左右それぞれに別な塔がある。 漏斗状の囚人の塔を支えるように、左右は直立した建物だ。 外壁には固く閉じられた正門があり、高く、越えることは出来ない。その外壁は闇の中に存在する三つの塔、『城』を囲っている。 正門から見て右の塔は囚人たちの食堂やリネン置き場。人形である彼らにとって、大それた入浴は必要ない。房に備え付けの水道だけで事なきを得るが、必要に応じて使用できるシャワー室もある。 自害の心配がない人形の体は、実に人間ほど管理に手間はかからない。正門から向かって左の塔が、管理人である翡翠の執務室がある場所だ。
左塔へ続く内廊下に向かう翡翠と自分に、皆の視線が集まるのを涼は感じていた。
これから何が始まるのかも、まだぼんやりしていて把握していないのが現状だった。「こっちだ」
重い錠前を外し、中へ入る。その中にも鉄の扉に南京錠。木製のドアに鍵を差し込む。
何枚ものドアを抜けてようやく左塔の中に入る。 その時、涼は初めて窓を見た。 窓の外には中庭があり、外壁、その先の漆黒の世界だ。「ここは……死後の世界なの ? 」
「そうだ。死後、罪を清算する監獄だ」
「地獄じゃなくて ? 」
翡翠は答えなかった。
通されたのは執務室。 机と資料。質のいい万年筆もあるが、使っている感じはしない。ソファに座るよう促される。
どこを見ても生活感の無い部屋だった。寝室は別なのだろうかと思ったが、すぐにソファの凹みにムラがある事に気付く。
恐らくここで翡翠は寝ている。 この神経質そうな男が、である。 真っ白いカーテンのそばには小さな観葉植物があった。翡翠は手袋をしたままそっと水差しを手に取ると観葉植物の鉢に少しだけ流し込む。
「さて。ここについての話を始めよう。
来て早々、君の取り合いがあったと聞いたが ? 」「あれは…… ! 俺に興味を示した奴から、京が守ってくれたんだ。フェンランって人も。そばに居てくれた」
「……。意外だな。京もフェンランも、他人に興味を示すタイプではないが……」
それこそ涼には分からない話である。
「他に質問したいことは ? 」
「ある。あれなんだったの ? 」
翡翠の問に、涼は用意していた質問をぶつける。
「あれ、とは ? 」
「俺を庭園屋上から放り投げたの 」
翡翠は難しい顔をすると、真っ直ぐに涼を見つめる。
「簡潔に言えば、ここに来るための手解きだ。
まず、死んだら生きた人間と同じ場所にはいれない。特に君は『死の日』を繰り返していた地縛霊のようなものだ 」「……。いつも、柵を越えてから思い出すんだ。「俺、死んでたんだ」って。でも、気付くとまた朝になってて、あの日を繰り返して……。
でも、そこにあなたが来た時、違和感があった。いつもと何かが違うって感覚があった。あれは何…… ? 」「それは君の「あの日」の記憶の中で、俺は本来いない者だからだ」
「……なんで俺をここに連れてきたの ? 」
涼が恨めしそうに翡翠を睨む。
身体を両手で抱き、ぶるぶると震える。 まるで自分が生きていることが穢らわしいと言わんばかりに。「君には『城』の説明からした方が良さそうだな」
そういうと翡翠は棚から、この『城』を模したドールハウスをローテーブルに置いた。
「この中心の塔が囚人房。今俺たちがいるのが左塔の最上階。さて、この部屋の下には何があると思う ? 」
「何……が………… ? 」
裏を返せば何かがあるということだろうか。
「そう。この『城』を俺一人が作ったとは思わないだろう ?
先に案内しよう」翡翠が立ち上がり涼を待つ。
涼は全く理解してないうちにあちこち案内され、疲労の色が出てきた。「今ここに来たばっかじゃん」
「その目で見た方がいい。
それに、この塔に囚人が足を踏み入れるのは、ほとんどがこの時だけだ」涼はふてぶてしく立ち上がると、ドアのそばで自分を待っている翡翠の妙な雰囲気に意識が向いた。
「どうかしたか ? 」
「いや、なんでもないです」
読了してくださった方、支えてくださった担当さんとXでのリポストなど、全ての方に御礼申し上げます。大変ありがとうございましたm(_ _)m制作小話『強制狂葬 狂眼ドール』の制作について、サスペンスや流血描写を自分の作品上、切っては切れないスパイスになっていて……しかし時代は規制の厳しい年齢制限の時代 ! 何とか打開策はないかと考えたのが、身体を人形の体にする ! 血は出ない ! 修理できる ! 監禁やデスゲーム要素も異界の刑場という事にしてリアル感より気味の悪さを押し出そうと模索しました。強制狂葬、というタイトルの中で「誰が強制的に狂った葬りを受けたのか」は、主人公 涼の他のキャラもある意味当てはまります。しかし他にも……。脱獄という言葉を皮切りにストーリーは進行し、やがて涼は監獄に適応しようとし、それが全てを歪ませてしまう。けれど、最初の歪みはフェンランの存在でもあります。最古の女囚の正体ですね。フェンランを語る上での冥花の存在。あれは……つまり違法な物ですがこれも出すわけに行きませんから、冥界に咲く花を加工する──そうして狂眼ドールの世界は全てはが比喩で作りました。人間が自分の罪を清算するとはなんなのか。どうすれば清算したと言えるのか。それはきっと刑罰を受ければいいとイコールではない。そんなお話でした。これにて連載終了となりますm(*_ _)m長い間ありがとうございました !! では新作でお会いできればと思います!!
京の足音は黒いブーツのゴム底を床に擦りながら歩く音だ。 ズザ……ズザ…… 無言で暗い囚人塔を歩く。誰もいなくなった『城』の内部。カビ臭く、湿度が高い。大きな声で喚く者も、賭けで盛り上がる男たちも、今はもういない。全て外の闇へ巣立って行った。 半分は輪廻転生を叶えるだろう。中でも辿り着けず意気消沈してしまう者も。皆、覚悟の上で出て行った。 今、『城』は大時計が出る前。これから翡翠が完全に『核』へ変貌したら、再びこの天井には藤紫色の大時計が現れるだろう。そしてまたいつか囚人から生贄が選ばれ、時が来たら鐘の音が響き、生贄の眼は狂ったように変色していくのだ。 京は一人、食堂への渡り廊下へ向かう。「…… ! 」 食堂の明かりはついていた。「陳さん……残ったって聞いてた。まじかよ……すげぇ。すげぇよ」「……」 陳は相変わらず口を開かない。しかし京をじっと見つめたあと、トレイに銀の皿とスプーンをカンッと置き差し出した。「はは。こんな状況でも腹は減るもんなぁ……」 トレイに乗ったものは豆カレーとライス。 いつだったか。涼が楽しそうに豆カレーを毎日食べる男の話をしていた記憶がある。 あの時、涼に「生贄に選ばれている」と伝える事が出来ていれば……しかし、京自身あとから聞いた話。不可能だったことは分かっている。 後悔はいつまでも込み上げるものだ。 椅子に座ろうとした時、長テーブルの上に食事の乗ったトレイが他にもある事に気付く。 誰も居ない席。 京はすぐにそれが何か気付いた。 トレイの横に写真立てがあった。中にあるのは写真ではなく絵だったが、恐らく陳が自分で描いたものだ。必死で、何度も描いては消しを繰り返しながら。ようやく描けた愛妻の絵を遺影に使い、誰もいない時に食事を供えていたようだ。
京は吸い終えたシケモクを花瓶へ落とした。透明な一輪挿しの中で紙が解け、冥花がふわりと水に馴染むと途端に真っ青な水に変わる。「もう一本やるか ?」 翡翠は震える手で同じく冥花を落とすと、深く肺の中を空にするように息を吐き燻らせていた紫煙の漂う筋を見る。 細くなった煙の帯が、隙間風に乗ってツイッとドアの外に流れている。「いや、要らん。 ……行こう」 ギシッと椅子が大きく軋み、立ち上がった翡翠は一度隠し部屋の中へ行き、すぐに戻った。「なんだ ? 」「これさ」 翡翠の真っ白な手袋の中には蛍石が握られていた。 この『心臓部』となるその石を持ち、二人は執務室を後にした。 □□「ほらね。……京は逃げない。それに翡翠も」 涼はぼんやりと『核』の中を漂いながら、天音 澄子の意識に言葉を向ける。涼の目は瞼にまで侵食が及び、顔を上半分が藤紫色に変色していた。そのドールアイには城の内部がどこでも視えた。 翡翠と京がこの部屋に向かう姿も。 ドンッ ! 大きな音がたち、ふと涼の視線が揺らぐ。 肉眼では見えない外の光景が、視ようとすれば脳裏に流れ込む光景。 翡翠と京が自分──『核』を見上げて立っていた。「『核』よ。いや、天音 澄子」 翡翠が前に出る。そして、純白の手袋をゆっくりと開き蛍石を見せた。「よく見ていろ」 翡翠が蛍石を摘むと、そのままゆっくりと口の中にカコンと音をっ立てて放り込んだ。「翡翠……。あの石は棺の中にあった……」 それを涼が視認した時、また現段階で半分『核』である天音 澄子の悲鳴が響いた。『翠 !! 翠ぃ〜〜〜っ !! 何故 !!? それは捧げ身に入れるもの !! 何故盗った !! 』 錯乱状態で声を発したキューブ型の浮遊物に、翡翠と京が顔を見合せ静かに頷いた
「ふ……っ、ふはは ! てめぇ逃げてなかったのかよ……」「……ふ……ふふ。何故だろうね ? 」「知らねぇーよ、ふひひ」 翡翠は窓から京にチェアを向けると組んでいた足を組み直した。「京。お前は脱獄に興味があったんじゃないのか ? 門が開いたが ? 」「……ククク ! 馬鹿じゃねぇの ? 俺ぁ、てめぇが『幻のドールアイ』の片方を無くしたら、どんな顔で焦り出すんだろうって面白半分でやってやっただけ ! 」「ああ。馬鹿なんだな。 でも正解だった。両眼揃って闇の世界に出たところで、目的が分からなければサミールの二の舞だ。 ……ははは……本当にね。俺も自分の馬鹿さ加減が嫌になる。 輪廻転生のドアだってさ、くく、そんな不確かな理由であの闇の先に行けるか ? 」「まぁ〜、俺も人の事言えねぇ馬鹿だけどよ。 今、考え無しに門から出ていった囚人らよりゃ考えてるつもりだぜ」「そうか。 じゃあ聞こう。どう考えているんだ ? 」 京はぷくくと吹き出しながら翡翠を指差した。「そりゃあ、管理人様が一番心当たりあるんじゃねぇの ? 」「言ったろ ? 俺は酷い馬鹿なんだ。そんなもんがあるかないか不確かなまま出ていくなんて……その度胸があったら、とうの昔に逃げてるのさ」 京はふと真剣な面持ちに変わるとソファへと体を沈ませる。「過去だけ見りゃ、俺はてめぇだけが凶悪犯様には思えねぇけどな」「ふん。放火魔にそう言ってもらえると嬉しいものだね。罪が軽くなった気がするよ。 最後に一つ聞かせてくれよ。片方のドールアイはどこにある ? 」 京は隠し部屋から倒れて転がっていた絵蝋燭にライターで火をつける。ユラユラと揺らめく光が照らしたローテーブルの上にハラハラと埃
「涼 ! 聞こえてんのか !? 」 既に囚人たちの半分は開いた門から闇へ出ていった。 京の声だけが『核』である自分のすぐそばから響いてくる。「ふふ ! くすくす…… ! 」 涼は耐えられずに笑ってしまった。『……』「面白いね。視えてないのは貴女だってば」『わたしはこの城の脳であり眼でもある』「京はきっと意地でも出ていかないよ ? 貴女も意地でも門を開け続ける ? 」『閉じて欲しいの ? 』「それはさせない。分かるでしょ ? どんどん力が俺の方に流れてる。 門の開け閉めくらい、もう俺の手中にあるよね ? 」『確かにそれは感じる。けれど、そんな脅しでお前を核から吐き出したりするものか。 お前は永遠にこの核になり、魂を捧げ続ける』「貴女は何も見えていない」『見てる』「見てない」 そんな攻防も知らず、『核』の下で京はへたりこんだ。 しかし数秒してすぐに立ち上がる。座り込んでいても仕方がないのだ。「囚人塔は…… ? 大時計はもう出たのか ? 」 一度、『核』の元を離れる。 京の気配が側から消えたのを感じながら、涼は核に釘を刺し続ける。「京が出るまで時計は出さないし、させない。あれは次の後継者を選ぶまでのタイマーだ。京を選びたくないしね」『いくら探し回っても、無駄だよ』「どうかな ? 」『すぐに諦める』「ねぇ、貴女は京が残った理由がわかる ? 」『友情とでも言うのか ? 』「ほらね。見えてない。京はそんな安い言葉で生きてない。 結局、貴女は他人の運命を自分で理解した気になって暴走した身勝手女だ」『その身勝手女の代わりになるのがお前だよ、涼』「望むところだね。最も俺は信じてるけど」 □□□「京 !
「この石が、『核』の本体だよ」「即身仏……には見えないね。ミイラどころかただの生き埋めだね」「『城』が外法で建ててんなら即身仏も何もねぇだろ。呪物になっただけじゃねぇかよ。元々が呪いの城なんだよ。翡翠に殺されて云々じゃねぇ」「そうかもね。なんの準備もない者がなんの修行もなく出来るはずがないんだ。そもそも法律で禁止されてるはずだよ」「それで ? これ、どうすりゃいいんだよ。壊すのか ? 蛍石って燃える ? 」「お前はなんでも燃やそうとするな。発光するとか割れるという事は聞いた事はあるが……呪いを解くイコール壊す、では無いかもしれん」 どうしたものかと慌てふためく側で、涼がジッと出入口を見たまま固まっていた。「涼 ? どうした ? 」「……やばいかも……」 そのうち、足音が近付いて来るのが分かった。バタバタと何人もの物音は大きな騒音となって執務室へ向かっていた。「どうする !? 」「これが本体ならとりあえず ! 」 涼が石に手を伸ばす。「馬鹿 ! やめろ ! 」 何が起きるか分からないものを素手で掴もうとした涼を、誰も止めることはできなかったら。「う、うわぁぁぁっ !! 」「涼 ! 」 カツンと音を立てて涼の指先に石が触れた途端、両眼が狂った様にギョロギョロと動き出す。「くそ、どうなってんだ」「すぐに離して ! 涼 ! 石を離すんだよ ! 」「は……剥がれない ! 」 目の前の何かを払い除ける仕草をしながら涼はもがいたまま尻餅をついてしまった。 そこへプライドと翡翠がやってきた。後には囚人達がゾロゾロと身を乗り出してついてきていた。「呪いの物と分かっていながら何故荒らした !! 」 翡翠が涼に掴みかかる。「涼、『核』への生贄に選ばれて
涼がリラクゼーションルームへ行くと、数人の男たちがサラを相手に揉めていた。「なんでだよ !! おかしいだろ ! 」「何のための予約だよ ! 」予約の順番を変える事に不満を抱えた者たちだ。当然だ。多い囚人たちの中から並んでまで勝ち取った順番なのに、後から来た者を先に視るというのだから。涼は自分のせいだと名乗り出ようとして一歩踏み出すが、他の囚人に止められた。「涼さん、今はあかん。ああいうのはゴネれば何とかなるんちゃうかと思ってんねん」「まぁ……そうかもしれないけど&hel
いくら考えようが答えなど出るはずがない。『核』と話せるサタンですら大きな情報は掴んでいなかった。当然、サタンは悪魔を崇拝し、この世界が地獄とするなら『城』での覇権は握りたかった。その為に『核』を使い他者を出し抜こうとした。 サタン一味に脱獄の意思が無かったのは京もフェンランも聞いている。『幻のドールアイ』の存在を鼻で笑っていた。「とにかく、何か翡翠から聞き出せるとしたら、お前しか──」「涼くんー ♪」 二人の肩が飛び上がる。「サ、サラ…… ! びっくりした ! 」「用
「サタンが『核』に願ったものはな、いつでも『核』と会話できる権利さ」「『核』と……話す…… ? 」「お前はどう思う ? アレと話してみて、何か視えたか ? 」 涼は京の質問の意図が理解出来なかった。大事な話をされている自覚はある。しかし昨晩、京が加害したサタンの話に、何故自分の『癒し』が絡むのかが見えないのだ。無理もない。京も全てを涼に開示していないのだから、察しようがない。「『核』はいかにもコンピュータって感じじゃない ? 無機質って言うか…&helli
囚人達が予想していたより、火災は小規模だった。『城』の外壁にも庭にも問題はなく、石畳や木の根の一部が炭になった程度だった。 それでも大きな騒ぎになったのは水が無いからだ。安易に消火できる設備がないところを、看守ドールが鑑賞池からバケツリレーをしたという。なんとも原始的な造りだ。 食堂の隅、目玉焼きに視線を落としながら涼はぼんやりと昨晩の事を考えていた。 京がしつこく『城』の構造について、おかしいおかしいと繰り返していたこと。自分の知らない何かを知っているから、そう思うのではないかと。 考えすぎか ? 確かにそう涼は