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6.『楽』の狂人

Penulis: 神木セイユ
last update Tanggal publikasi: 2026-02-15 17:00:00

 京と長髪の男が対峙する。

「俺は勝ったらあの同居人をいただく ! 」

「ん。俺が勝ったらその腰のナイフを貰う」

 レフェリーはいない。

 有刺鉄線の中。二人は観衆に宣言をする。

 そして観衆の囚人たちは、それをギラついた眼差しで魅入っている。

『おう、京に賭けた奴いるか ? 』

『俺ぁ、今回はパスだよ。オッズが偏って意味がねぇ』

『皆が京に賭けたら意味がねぇもんな』

『俺はペコラに賭けたぜ』

『チャレンジャーすぎるんだろ』

 そんな会話が飛び交ってくる。

 涼は周囲を見渡し、フェンランに教えを乞う。

「賭けって、ここでは何を賭けるんだ ? 金……とか、あるのか ? 」

 フェンランは唇から煙管を離すと、難しそうに首を傾げた。

「金なんてないさ。賭け事用の手作り紙幣はあるが、大抵は賭ける相手を探して……賭けてもいい物を提示する。物々交換。それで成立さ。

 わたしら女は賭け事はしないけどねぇ」

「じゃあ、フェンラン達の稼ぎってなんなんだ ? 

 最初に翡翠ってやつに欲しいって言ったのか ? 」

 するとフェンランは急に顔色が変貌する。なんとも雨模様の曇り空のような色を漂わせた。

「ああ。あんた、まだ翡翠の旦那と面会前だったね。

 いいかい ? 何を取引したかなんて、誰にも言うんじゃないよ。わたし達の事を嗅ぎ回るのもおよしなさい。

 そうさね。世間話くらいにしておきなよ。わたしはあんたたちが言う世代より、ずっと前の時代の人間らしい。人種も色々だ」

「日本人だけじゃないんだ……。

 フェンランは、もしかして戦前の人 ? 」

「そういや、デカい戦があったらしいね。

 わたし以外の女にも年齢なんて聞くんじゃないよ ? 生前を探る事になるからね。それはここに堕ちた原罪にも繋がる」

「エイジハラスメントとかより、そっちの方が大事なのか。話を聞く限り女性に限った話じゃないんだね」

「そうさ。分かったかい ? まぁ、わたしは女性であることが、何よりも武器だと思うけどね」

 着物姿の派手めな女囚。

 フェンランの言うことに涼は焦燥感を覚える弱い立場の人間が、性を武器に太刀打ちする事は決して公平で等価交換とは思えなかったからだ。

「俺は……」

 一度言葉を飲み込み、表現を探す。

「フェンランのように女性の華やかさはないけど……。そういうのは……望んでないし。無理だった」

 意味を悟ったフェンランも、笑みは浮かべるものの氷のような笑みで涼から視線を逸らす。こんな話題がすぐに出てくる男というものもおかしいと、すぐに察した。

「あんた。ソレで死んだ口かい ? 」

 涼の顔色が曇るのを見て、フェンランも更に気落ちしたように睫毛を伏せた。

「いつの世も、男女なんて関係なく虐げられる者がいる。難儀なものよねぇ。

 いいさ。あんたがどうなろうと知らないが、ひとつだけ教えてやるよ。

 いいかい ? 大抵の物はここで物々交換で手に入る。例えばあの長髪はナイフを持ってるね ? それを京は奪おうとしている。あの男が翡翠の旦那にねだった、ただ一つの物だと思ったからだろうね。京は相手の武力とアイデンティティを削ごうとしてるんだ。

 この階層の雑貨屋を見なよ。鋭利なナイフでなくとも、武器になりそうな物は並んでるだろ ? 

 あの男はたった一度の願い事で手に入れたものが、慣れれば『城』の中で買えることを知らなかったんだ」

「……意味は分かった。けど、俺は何を翡翠に言ったらいいか分からないままだよ……」

「そこは考え方次第だね。

 あのパーツ屋の主人はこういう試合で破損したパーツを、回収して売る『権利』を要求したんだ。そして誰もが長く暮らす『城』の中で欠損したパーツはあいつから買う他ない。激しい損傷なら『城』が修理してくれるけど、細かい傷はどうしようもなくてね。

 あいつは商売の権利と引き換えに、身の保身を買ったのさ」

「……なるほどね。んー、難しいね。ああいう専門的な技術、俺にはないし」

「まずは京の戦いをご覧よ。一応あんたの保身もかかってるんだろ ? 話はそれからでもいいさね」

「あ、うん」

 □

 京はのらりくらりと涼しい顔をして、ペコラと皆が呼んでいる長髪男の前に立つ。

「ルールが欲しいかぁ ? ガキんちょ」

「別に。要らないかな」

 ペコラは気丈に京を煽るが、この時外野で見ている涼の眼は恐ろしいものに気づいていた。

 京の持つ『楽』の感情色がぞわりぞわりと舞い上がり、闘技場全体に漂い揺らいでいた。煙のように京から流れ出た黄金色は、ペコラを飲み込んでも誰も気付かない。

 涼だけに見える人の感情。

 涼はこの状況で『楽』の感情を出し続ける京に恐ろしさと同時に、強烈な魅力を感じ初めていた。

「一撃で沈むなよ、京〜 ? 」

「随分ストレス溜まってんね。

 ほら、来なよ」

 京には『恐怖』の色がないのだ。ただの見栄でないことが涼には色でわかる。

 思わず鉄線に掴みかかり、その姿に目を見張った。

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