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第5話

Author: サンドクッキー
酒井家に戻って、私は荷物をまとめ始めた。

長年暮らしたのに、荷物はたったのスーツケース一つだけだったなんて。

テーブルの上に、首にかけていたネックレスを置いた。ペンダントトップには、勲が3歳の時に、私が朔也に3日間も頼み込んで、やっと撮ってもらった家族写真が入っている。

ちょうどその時、スマホにニュース速報が届いた。

芸能ニュースで、朔也たちが遊園地にいるところを撮られた写真だった。

写真に写る三人は、とても仲が良さそうで、まるで本当の家族のようだった。

もう、未練なんてない。

家を出る前に、私はこれまでの貯金を執事に渡して、こう言いつけた。

「このお金を、勲の養育費にして」

執事が何か言いかけたその時、紬がいきなりドアを押し開けて入ってきた。彼女は私の横にあるスーツケースを見て、少しきょとんとしていた。

「勲から聞いたわよ。どうしても朔也と離婚するって騒いでるんだって?」

私はしばらく黙ってから、首を横に振った。

「騒いでいるんじゃなくて、もう離婚しました」

紬は言葉に詰まり、怒りのあまりテーブルの上のものをすべて床に叩き落とした。

「加奈子!誰があなたにそんな度胸を与えたの!この卑しい女め!なんであなたの方から朔也に離婚を突きつけるわけ!

言っておくけど、離婚するなら一文無しで出ていくのよ!勲も置いていきなさい!もう二度と勲には会わせないから!」

酒井家に嫁いでから、紬に最初に言われたのは「お母さんと呼ぶな」ということだった。

勲が少しでも怪我をしたり、朔也の体調が少しでも悪かったりすると、全部私のせいにされた。

これまでの罵声は、我慢できた。だって、私は昔から紬の八つ当たりの対象だったから。

でも、これまですべて我慢してきたのは、勲のためだった。今はその勲さえ手放したのだから、もう我慢する必要なんてない。

だから、紬が平手打ちをしようと振りかぶってきた時、私はその手首を強く掴んで、突き飛ばした。

「朔也が離婚協議書にサインした時から、私は酒井家とは何の関わりもなくなったんです」

私が抵抗するとは思わなかったのか、紬は体勢を崩して床に倒れ込んだ。

その時、聞き覚えのある声がドアの方から聞こえた。

「加奈子!いい加減にしろ!母さんに手を上げるなんて!」

凛音もすぐ後ろにいて、驚きに目を大きく見開きながら、慌てて紬を助け起こした。

「加奈子さん、いくら腹が立ったからって、酒井社長のお母さんにあたるなんて!」

同時に、物音を聞きつけた使用人たちが集まってきて、陰でひそひそと噂話を始めた。

「奥様のこと、可哀想だと思ってましたけど、今見てみると、あれは全部演技だったのかもしれませんね」

「ほんとですね。弱々しくていじめられてるっていう噂とは、まるで別人じゃないですか。大奥様にまで手を上げるなんて」

勲は紬の前に立ちはだかり、私を睨みつけて言った。

「ママは悪い人だ!おばあちゃんをいじめるなんて!もうママの顔なんか見たくない!僕、凛音さんにママになってほしい!」

まだ8歳の息子には、この言葉がどれほど母親を傷つけるか、分かっていなかったのだろう。

とっくにズタズタになった私の心でも、この言葉はじくじくと痛んだ。

「彼女が私を叩こうとしたから、私は……」

朔也は私の言葉を遮ると、冷たく笑って問い詰めてきた。

「母さんがお前を殴っただと?それを、ここにいる誰かが見たか?でも、お前が母さんを突き飛ばしたのは、ここにいる全員がはっきりと見たんだ。まだ何か言い訳するつもりか!

加奈子、お前が騒ぐのはいつものことだが、今回は母さんを傷つけたんだ。すぐに謝れ」

私は紬に謝りたくなかった。

この家に来てから、私はずっと謝ってばかりだった。

勲が学校に行きたがらなければ、私が先生に頭を下げて謝る。

朔也のネクタイの組み合わせが悪ければ、私が彼に謝る。

紬がパーティーで恥をかけば、私が招待客に詫びなければならない。

「朔也、もういいのよ。私は大したことないから。こんなことで怒る必要ないわ」

紬はいつも朔也の前でだけ寛大なふりをして、裏では私を召使いのようにこき使っていた。

もう、この家の誰の顔も見たくなかった。だから、私は執事に直接言った。

「まだ片付けていない私の荷物は、全部捨てて。このまま出て行くから」

でも、勲が私の行く手を阻んだ。彼は目を真っ赤にして私を見ていたが、口から出たのは引き止める言葉ではなかった。

「おばあちゃんと凛音さんをいじめて、このまま出ていけると思ってるの?

ママを罰してあげる!ママが前に僕にしたみたいにね。そうすれば、何をしてよくて何をしちゃダメなのか、ちゃんと覚えるでしょ!」

信じられない思いで勲を見つめた。いくら私のことが嫌いでも、ここまで私を憎んでいるはずがない。

「武田(たけだ)さん……ママを屋根裏部屋に閉じ込めて」

酒井家の屋根裏部屋は、ルールを破った者を閉じ込めるための、いわば「お仕置き部屋」だった。

以前、勲を一度だけそこに閉じ込めたことがあった。食事会で好きなメニューがないことに腹を立てて、箸を投げつけたからだ。

二度としないように、お仕置きとして一度だけそこに入れたのだ。

それから半年も経たないうちに、まさか自分の産んだ息子に、同じ方法で「罰して」もらうことになるなんて。

朔也たちは、勲が私にする仕打ちを、無表情のまま黙って見ていた。

命令された使用人たちが、私を床に押さえつけた。必死に抵抗する私の目には涙が溢れ、勲の顔が滲んで見えた。

「勲、私、あなたの母親よ!どうしてこんなひどいことができるの!」

勲は冷ややかに私を見つめた。その表情は、朔也と瓜二つだった。

「パパと離婚した時から、もうママじゃない」

私がこの手で育てた息子が、今ではあちら側について、一緒になって私をいじめている。

私の心は、本当に、完全に壊れてしまった。

屋根裏部屋に閉じ込められた、その夜。

私は最後に、窓から勲の部屋を見つめた。

かつて、勲はこの部屋で私とかくれんぼするのが大好きだった。

でも、今、勲にはもっと大好きなママができた。だから私は、それを叶えてあげることにした。

私は最後に一度だけ電話をかけると、屋根裏部屋のガラクタに火をつけた。

炎は、あっという間に屋根裏部屋全体を包み込んだ。

燃え盛る炎の中で、私は力なく笑った。「何もかも、これで終わり」
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