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第231話

Author: シガちゃん
「池上先生みたいな優しい女性が奥さんなのに離婚するなんて……相手の人、随分勿体無いことをしたわね」真里は驚きこそしたものの、すぐに受け止めた様子だった。

由奈は顔立ちが整い、華やかで、肌も白く、どこか素直そうな雰囲気がある。この界隈ではとても好まれるタイプで、言い寄る人がいても不思議ではない。

由奈が答えるより先に、恭介が口を挟んだ。「別れて正解だ。あんな男が、幸せになる資格がなかったというだけの話だよ」

真里も頷く。「今は若い人の離婚なんて珍しくないもの。それに池上先生なら、もっといい人に出会えるわ」

由奈は軽く微笑み、視線を落として食事を続け、それ以上は何も言わなかった。

食事を終えると、由奈は真里の隣を歩き、恭介とともに川口夫妻を見送った。少し距離を置いて、倫也が後ろからついてくる。

夫妻が車で去ったあと、恭介は由奈に向き直った。「池上さん、これから病院に戻るのかい?」

「はい、戻ります」

「それならちょうどいい。二人、同じ方向だろう」

由奈は一瞬、言葉に詰まった。

恭介は倫也を見て言う。「君、送ってやれ」

あの日、執務室での微妙な空気が頭をよぎり、由奈は反
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